記事

与えられた労働がこなせなくなることは、勤労者にとって社会的に「死ぬ」ことと同じ。 という日本的メンタリティーの弊害 「電通過労自殺バッシングの裏にある日本人のメンタリティー」第3回<不寛容という病 バッシングが止まない日本>

「働くこと」がうまくいかない人に対して、日本人は、もともと厳しい。

しかも、雇う側も、雇われている側も、同じように厳しいのだ。

それゆえ、ドロップアウトしてしまうと、人は自分を責めてしまう。それが、自殺へと向かわせてしまうのだ。

日本人の”基本的メンタリティー”を見直さなければ、こうした悲劇は、再び起こる可能性が十分にある。

    *   *   *

 高度成長期、バブル期において、すでにわが国においては、突出したさまざまな心理‐社会的な問題が出現していたが、経済が好調だったために、それほど目立つものにはならなかった。

 しかし、長い低成長の時代を迎えて、それらは直面すべき問題として、われわれの前に突きつけられている。その一つは、教育と学校に関する諸問題であり、不登校やいじめの問題は少しも解決のきざしを見せていない。

 さらに顕著になったのが、この自殺の問題である。不登校やいじめの問題とも関連はするが、過労自殺を含めた自殺の増大は、わが国独特の社会的なメンタリティと不可分である。

 過労自殺の背景には、「いかに過重な労働であろうとそれをこなせない人間は社会的に認められない」という思い込みが、雇用者側にも勤労者側にも存在している点である。

 与えられた労働がこなせなくなることは、勤労者にとって社会的に「死ぬ」ことであり、その時点で、彼は仕事をやめることよりも、自殺を選択する。

 これは、リストラにあって失業した労働者が自殺する経過と類似している。欧米と異なり、わが国には失業者を暖かく見守るような眼差しは少ない。それどころか、知人・隣人ばかりでなく家族までもが、失業したのは本人の努力が足りないせいであると、非難の視線を送り続ける。

 過労自殺の心理的な背景もこれと類似している。彼らは社会的な脱落者にならないように、常に精一杯努力した人たちであった。この問題の解決には、「悪人情」とも言うべき日本型のメンタリティを変化させていくことが必要なのであるが、今回の第二の電通事件の経過や長谷川氏のコメントを見ると、日本社会のメンタリティは一向に変化していないように思える。
    *   *   *
自分自身の生活を振り返り、反省する人も多かったのではないでしょうか。

「不寛容な日本人」の本質に、思わず恐怖を感じてしまいます。

次回のテーマも乞うご期待。

あわせて読みたい

「自殺」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    反日デモ 韓国の"報道管制"

    木走正水(きばしりまさみず)

  2. 2

    息をするように嘘ついた蓮舫代表

    木曽崇

  3. 3

    トランプ外交 早くも3つの失敗

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

  4. 4

    成宮とホリエモン 報道の問題性

    sionsuzukaze

  5. 5

    小池知事、希望の塾で大胆発言

    伊藤陽平:新宿区議会議員

  6. 6

    よしのり氏"特例法は天皇を侮辱"

    小林よしのり

  7. 7

    難病告白の原口議員と総理の会話

    和田政宗

  8. 8

    今さらカジノなんてやめておけ

    ビデオニュース・ドットコム

  9. 9

    自殺問題と"日本型メンタリティ"

    幻冬舎plus

  10. 10

    アパート建設ラッシュが続く理由

    ヒロ

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDまたはYahoo!IDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。