欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁にとって、今月はいつにも増して細心の注意を要する任務となった。資産購入プログラムの規模を縮小し、期間を延長するというECBの決定についての説明だ。ドラギ氏は、ECB理事会内でもベルリンでも超金融緩和に対する批判を浴びている。だが、ユーロ圏のインフレ率はなお目標を大きく下回り、圏内の景気回復の足取りは弱く歩調もそろわないままだ。世界的な債券利回りの上昇基調の中で、投資家は来年の政治的混乱のリスクにますます敏感になっている。
この文脈において、現行プログラムの期間が終了する来年4月以降、債券購入の規模を月間800億ユーロ(約9兆6800億円)から600億ユーロに縮小するというECBの決定には、明らかに政治的利点がある。まず、タカ派をなだめると同時に、購入対象の債券の確保という実務的な問題も軽減することになる(この問題に関して、ECBは短期国債も購入対象に含めるとともに、必要ならば損失を負ってでも債券購入を行うとしている)。その一方、少なくとも来年末まで量的金融緩和を続けるとすることで、ドイツ総選挙前に難しい決断を迫られる事態を回避した。
しかしながら、今回の決定の経済的論拠は説得力がはるかに弱い。
ドラギ氏は、これは量的緩和の終了に向かうことを意味するものではないと強調した。実際にドラギ氏は、終了への「テーパリング(段階的縮小)」は議論すらされなかったと語り、理事会は状況に応じて資産購入規模の再拡大に転じる姿勢を維持すると明言した。さらにドラギ氏は、ECBが「市場で持続的な存在感」を維持するというメッセージを発信したかったとも述べた。
とはいえ、これは明らかに金融刺激の水準の低下だ。すでにECBの量的緩和延長を見越していた投資家は、その推測を撤回したようだ。ECBが低利回り債券の購入に対する制限を解除するとのニュースを受けて、短期債券が値を上げた。一方、長期国債はリスクの高い南欧諸国を中心に利回りが上昇した。ドラギ氏は、ECBが資産購入規模を800億ユーロに設定した3月以降、デフレのリスクは後退したことを根拠に挙げた。これは事実だが、だからといって、ECBがユーロ圏経済の下支えを縮小すべき時であるということにはならない。
回復は進んでいるが歴史的水準に比べて控えめなままであり、ECB自身の予測で成長率は今年、来年ともに1.7%だ。しかも、ECB理事会は「基調的インフレ率に確実な上昇傾向の兆しはなお見えない」としている。ドラギ氏自身、ECBの予想成長率でインフレ目標は達成されそうかと問われて「必ずしもそうではない」と答えた。しかも、ドナルド・トランプ氏の米大統領選勝利後の米国債の利回り上昇が、すでにユーロ圏の国債に圧力を及ぼしている。ドラギ氏は、金融市場の状況がインフレ目標の達成と「矛盾する」ようになれば、ECBは再び緩和に転じるかもしれないと述べた。だが、すでに市場が金融引き締めと同じものを生み出したと論じることもできる。
来年は投資家の不安材料も多い。フランスの選挙、イタリアの銀行問題、トランプ氏の米大統領就任に伴う非常に大きな不確実性などだ。
ドラギ氏は、ECB理事会の大半のメンバーを味方につなぎ留めつつ金融刺激策の広範な効力を維持するうえで、最も無難な方法を選んだのかもしれない。だが、すでにユーロ圏は08年と11年、ECBの誤った利上げに大打撃を受け、ユーロ圏の大部分が今もその影響に苦しんでいる。ECBは出口へ急ぎすぎる危険に注意する必要がある。
(2016年12月9日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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