アジアが泣いた AV女優の死 ~歪んだ“性”と闘う~
“歪(ゆが)んだ性”と闘う あるAV女優の遺言
今や年間1,000億円に迫るアダルトビデオの市場。
紅音ほたるさんは、1,000万枚を売り上げるトップ女優でした。
しかし、アダルトビデオが間違った性知識を広めていると考え、引退後、その誤解を解く活動を続けてきました。
女性の尊厳を傷つける若者たちの事件が相次ぐ、現代の日本。
1人の女性の闘いが突きつける社会へのメッセージです。
紅音ほたるさんが8年前に引退した後、開設した女性限定のインターネットサイトです。
若い世代に口コミで広がり、口にしづらい性に関する相談が殺到しました。
“私の彼氏は避妊をしてくれません。”
“AVでは普通にしているのですが、痛くならない方法はありますか?”
ほたるさんは一人一人に丁寧に返信し、時には直接会って相談に乗っていました。
関西出身の吉田華さん(仮名)、27歳もその一人です。
20歳のころから、ほたるさんに悩みを打ち明けていました。
吉田華さん(仮名・27歳)
「(サイトに)書き込んでたなぁ。」
アダルトビデオを模倣した彼氏の行為が時に苦痛でしたが、誰にも打ち明けることができなかったといいます。
吉田華さん(仮名・27歳)
「やっぱり彼氏とセックスして、痛く激しくされてしまったりすると、ちょっと我慢しちゃったりというのは、わりとあります。
リアルな友達に言えないことがたくさんあるので性の悩みって。」
大阪出身のほたるさんが女優になったのは、19歳の時。
激しい演技で、すぐにトップスターに駆け上がりました。
自分の仕事に誇りを持っていた、ほたるさん。
その地位を捨て、性に関する啓発活動に踏み出したのは、あるファンの言葉がきっかけでした。
“あなたの演技が誤解を与え、若い人を傷つけている。”
若者たちを対象にした、シンポジウムの映像が残されていました。
紅音ほたるさん
「全然意識が違うんですよ、(AVを)作っている側と見る側の。
それをはっきり分かったときに、これはすごい大変なことなんだなと思って。
あれを自分の性生活に取り入れちゃうとか、彼女にしたりしたら、もちろん心も傷つくし。
なので絶対にAVを教科書にしないでくださいと、いつも伝えています。」
ほたるさんは、傷つく女性たちの力になりたいと心理学の勉強もしていました。
AV女優だった自分だからこそ、本当の性知識を伝えられると考えていたといいます。
心理カウンセラー 浮世満理子さん
「性の問題というのは、なかなかカウンセラーの中でも、関わって相談に乗れる方は多くはない。
彼女のような方が、ちゃんと女性が抱える悩みを受け止めていけるというのは、本当に社会も変わっていたかもしれません。」
渋谷の街頭に立つ、ほたるさんです。
引退してから亡くなるまでの8年間、1万5,000人以上の若者に直接コンドームを手渡しました。
そして、男性の誤った知識に振り回される女性の相談にも答え続けていました。
ほたるさんの活動は、教育現場にも影響を与えています。
佐賀県の中学校で養護教諭を務める、白濵洋子さんです。
長年、性教育に力を入れてきました。
ほたるさんが文章を寄せた本は今、全国の学校に広がっています。
小中学校でも性の問題をタブー視すべきではないというのが、ほたるさんの考えでした。
紅音ほたるさん
“触れづらいことは触れないという態度を取り続けていたら、事態は悪くなるだけです。
子どもたちの性を問題視するのであれば、真正面から向き合ってほしいのです。”
今、国の中学校の学習指導要領では、性行為や避妊の方法などは盛り込まれていません。
白濵さんは、ほたるさんの訴えにもっと耳を傾けるべきだと考えています。
市立中央中学校 養護教諭 白濵洋子さん
「集団で捉えて中学生はそういう時期じゃないから、そういうのはまだまだふれなくていいよじゃなくて、もしそういうこと(性のこと)で悩んでいる子どもが一人でもいたら、そのことにちゃんと向き合える大人が身近にいることが大切なんじゃないかと、ほたるさんは言ってくれているのかな。」
ほたるさんのAV女優としての知名度がもともと高かったアジア。
性に対する誤った知識が横行する中、ほたるさんの啓発活動が大きな反響を呼びました。
台湾では、立法院に招かれ、若者に正しい性の知識を伝えていかなければならないと訴えました。
紅音ほたるさん
「(コンドームを)つけなアカンよ。」
台湾レッドリボン基金会 元事務局長 洪林瓊照さん
「彼女が勇気を持って立ち上がり、主張していることは、私たちを励ましています。
紅音ほたるさんのような人に、もっと出てきてほしい。」
“歪(ゆが)んだ性”と闘う 紅音ほたるさんの思い
紅音ほたるさんは、今年(2016年)8月に持病のぜんそくが悪化して亡くなりました。
32歳でした。
生前、タブー視されがちな性の問題に取り組み続けました。
アダルトビデオを情報源にしているという若者は、男子高校生の15%。
大学生では、40%以上にのぼっています。
さらに、違法にアップロードされたアダルトビデオなどを含む、インターネットを情報源にしているという若い男性も、これだけの数に上っています。
飯島さん:アダルトビデオの作品上の演出だと思うんですけれども、それを本物の行為であるというふうに思い込んで、誤解をしてしまって、それをきっかけに性に対する、ゆがんだ価値観を持ってしまう若者も一部にはいるのではないかというふうに思っています。
一方で、女性の方がそういった、ゆがんだ価値観の被害に遭うということがあるわけですけれども、ただ、女性の方もやはり知識とか経験が豊富ではないということもあり、また、男性に嫌われたくないというようなことから、何かおかしいなと思っても、なかなか「ノー」と言えなくて、それが結果的に暴力的な行為につながって、非常に傷ついてしまうというようなことも起こっているのかなというふうに思います。
そうしたことへの危機感を持つ教師たちに、紅音ほたるさんが寄稿した本が広く読まれている 実際、学校では「自分を大切に」とは言われたが、具体的なことは教わらなかったと思うが?
秋元さん:保健体育の授業で、男子と女子が分かれて授業を受けた記憶があるんですけど、特に日本の場合、女性が性に対して発言をしたり、また性に触れてはいけないという風潮があるとは思うんですが、女性側も男性に任せっきりにしたりせずに、自分もしっかりと知識、そして意識を持って、パートナーのためにも責任を持った方がいいんじゃないかなというのは常々思っています。
紅音さんはサイトなどを通じて、5,000人にも上る女性の相談に乗ってきましたが、性の問題を入り口に女性たちが抱える、さまざまな痛みにも気付いていくようになります。
5,000人の“痛み” 声なき声に向き合う
正しい性の知識を伝え続けた、紅音ほたるさん。
自分が主催したイベントなどで気になる女性がいると、「いつでも相談して」と連絡先を渡していました。
都内のアパレルショップで働く本田優花さんも、そうして声をかけられた1人です。
子どものころから性同一性障害に苦しんできた本田さん。
海外で性転換手術を受けてからも周囲の偏見は変わりませんでした。
そんな時、ほたるさんだけがいつでも自分の悩みに時間を割いてくれたといいます。
本田優花さん(26歳)
「『すごい今まで苦労してきたんだから、もうちょっと自分自身を愛してあげることが大事じゃない』って言ってもらって。
それでつらいつらい言ってても、仕方ないと思うので、今の自分を愛してあげるのが一番かなって。」
女性の痛みと向き合おうとした、ほたるさん。
彼女自身、子どものころから多くの苦しみを抱え続けてきました。
声:紅音ほたるさん(生前の取材テープより)
「私が子どもの3歳くらいですかね。
いつもいつもお母さんの口癖は、『結婚した次の日から離婚したかった』とか言ってて、そして私のことはモノ扱いしてました。」
両親の離婚をきっかけに小学生の時、うつ病を発症。
AV女優になってからも、虚像と実像の間で苦しみ、再び、重いうつ病を患いました。
ほたるさんの苦しみを間近で見てきた女性がいます。
ポールダンサーのKAORIさんです。
引退後、ポールダンスの道に進んだ、ほたるさんを指導してきました。
ポールダンサー KAORIさん
「出会ったくらいは、もう本当に『大丈夫かなこの子』みたいな。
話しかけますよね、ほたるに、そうしたら15秒くらい一点を見つめてそのあと返事が返ってくる。」
ほたるさんは、薬で症状を抑えながら、女性たちの声に耳を傾け続けようとしていたといいます。
ポールダンサー KAORIさん
「ちょっと元気がないだろうなって子を見かけると、必ず一言かけるんですよ、『大丈夫?』とか。
たぶん気付ける心を持っているのは、自分がそういう時期があったからだと思う。
痛みを知っている子だから自分が、その痛みがある子をほっとけないんだと思うんです 。」
ほたるさんは、自分が苦しんでいたからこそ、女性たちの家族や友人にさえも打ち明けられない痛みに気付くことができたのです。
ほたるさんの言葉は、ある女性の命を救っていました。
土屋真理さん(仮名)は、風俗店で働いていたころ、ほたるさんにつらい胸の内を相談していました。
土屋さんは高校3年生の時、交通事故で重傷を負い、内定が決まっていた会社に就職できませんでした。
就職や進学した友人たちから取り残されたと感じるようになった土屋さん。
地元・北陸を離れ、上京しました。
東京で就くことができたのは、風俗の仕事。
男性客の口先だけの優しさにすがるしかなかったといいます。
土屋真理さん(仮名・29歳)
「普通に過ごしてれば普通になれたのに、どんどん崩れていっちゃう自分が本当に嫌でした。
(ほたるさんに)『つらくなったら連絡してな』って、いきなり言われて、えって思ったけど、なんかいろいろ察してくれたし、『聞いてあげるよいろんなこと』って言われて。」
手首に残る、リストカットの傷。
ほたるさんに出会って半年、土屋さんは命を絶ちたいと思うほどの屈辱的な行為を客から強要されました。
その時、頭に浮かんだのが「いつでも話を聞くよ」と言ってくれていた、ほたるさんでした。
土屋真理さん(仮名・29歳)
「ほたるちゃんに電話して『限界だった』って言ったときに、『えらいね、頑張ったね』って言われて、えらいんだと思って、頑張ったんだ私と思って。
なんかその言葉が、なんでそこで、えらいね頑張ったねって、言えるのって。
なんかほんとに泣けちゃって。
今でもうれしかったし忘れられないです。」
亡くなる2か月前のほたるさんの言葉です。
紅音ほたるさん
「心を閉ざしちゃっている子とかに関わり続けていくことが、いちばん大事と思います。
コンスタンスに声かけてくれたり、話しかけてくれたり、そういう存在の人がいたら、全然違うと思うんで。」
紅音ほたるさん 女性の痛みと向き合う
悩みと向き合う紅音さんの活動を、秋元さんはどう思った?
秋元さん:ほたるさんのどこに、こんな原動力があるのかなというのは思ったんですが、ご自身が苦しんでいらっしゃったからこそ、いろんな方に手を差し伸べたい、そして、いろんな方から必要とされることで紅音さん自身も救われていたのかな、ご自身の存在意義っていうのを感じていらっしゃったのかなというのを思いました。
(痛みを違う形にしていた?)
優しさを分け与えるじゃないですけど、そういったことで紅音さん自身も救われていたのかなという印象を受けました。
紅音さんは、分かっているだけで5,000人の女性たちが相談をしていた 女性たちはなぜ、紅音さんにそこまで救いを求めていたのか?
飯島さん:やはり、それだけ孤立をしている女性たちが非常に多いということが浮かび上がってくる数だと思うんですね。
なんでそこまで孤立してしまうのかと、いろいろな理由があるかと思うんですけれども、大きく分けて2つ。
1つは、今のその状況を自己責任であると、自分がうまくやってこれなかったからというふうに考えていて、それを誰かに相談をしても、それは「あなたの責任でしょう」と否定されてしまうんじゃないかと思うと怖くて、なかなか相談ができないというのが1つあるかと思います。
それからもう1つは、今、一番身近な家族であるとか、友達との関係がとても希薄になっているのではないかと。
別の言葉で言うと、「関係性の貧困」という言い方をされたりもするんですけれども、例えば家族の中で、お父さんとお母さんの仲が悪くて、子どもの居場所がないであるとか、あるいはもっと深刻な、性的な暴力を受けているというような、それが表沙汰にならない家族という場所でも危険な場合もあります。
あとは友達関係も、先ほどの後半のVTRでありましたが、就職活動がちょっとうまくいかなくなって、友達はみんな就職や進学をするというところで、やはりどこかに所属をしていないと、ぷつっと友達との関係も切れてしまって、そうすると家族や身近な人になかなか相談ができないというような状況になっていると。
そして、東京に1人で出てきて、誰にも「生きていることがつらい」ということを打ち明けることができないと。
彼女に優しくするとはいっても、体目当てで一瞬の優しさではあるんだけれども、そこにすがって結局、捨てられてしまい、ぼろぼろになっていくというふうな負のスパイラルのようなことが起こって、どんどん傷ついていくというようなことがあるのかなというふうに思います。
秋元さん:確かに家族や友人だからって、すべて話せるわけではなくて、自分のいろんな情報を知らないからこそ、素直に知らない人に話せたりというのはありますよね。
秋元さんは、この紅音ほたるさんの生き方を見て、何を感じた?
秋元さん:私も生きてきた中で、いろんな方に聞いてもらったり、向き合ってもらえるということの心強さというのを常々感じてきたので、それは私自身も、紅音さんのようにはなれないかもしれないんですけど、自分のできる範囲でいろんな方と向き合っていけたらいいな、ちゃんと向き合って話を聞けたらいいなというのは感じました。
飯島さん:「言葉化できない痛み」というものを抱えている人がとても多いという中で、今、そういったところに、例えばLINEであるとか、悩みに乗るというような、そういった団体も増えてきています。
最後は、紅音ほたるさんの思いを継ごうとする女性たちです。
アジアが泣いた あるAV女優の死
佐賀県に住む中島明穂さん、21歳です。
ほたるさんに相談に乗ってもらっていた中島さんは、彼女のようにどんな悩みにも向き合える養護教諭になりたいと考えています。
佐賀県の看護学生 中島明穂さん(21歳)
「(相談して)心が軽くなったし、目的って言うか、目標が定まったかなと思うので、いろんな年代の人の悩みを聞けるような(ほたるさんは)理想とする姿です。」
紅音ほたるさんの親友だった、ラップ歌手のFUZIKOさんです。
ラップ歌手 FUZIKOさん
「これはいい曲にしたいな。」
先月(11月)、音楽配信サイトのヒップホップ部門で1位を記録したFUZIKOさん。
今、親友にささげる曲を作っています。
「Beautiful Light Bug」。
美しいほたると名付けられた曲。
多くの女性が抱える暗闇をともし続けた、紅音ほたるさんへの思いです。
♪:Beautiful Light Bug
“行くべき場所にたどり着くための愛
哀しみが詰め込まれてくよ会いたい
今はなんのためかも わからず心痛い
もがき苦しみ投げ出そうと弱気に
乗り越えた者だけへの再会あなたに
いつも音と一緒に リアルが襲い
音と一緒に リアル乗り越えてる夢は遠い
受け入れたら また一曲愛せた
この曲をくれた人ありがとう
この世界で確かに生きた美しい人へ”