*星空文庫

アンドロイドと人魚姫(四)

せっか 作

アンドロイドと人魚姫(四)

《あらすじ》人魚のマナは先に人間界に適応した親友ミチルを頼って上陸。初めて一人で出かけた町で、アンドロイドだという少年アヤトと出会う。上陸した人魚に与えられた時間は一か月。その間に「人間に、いつまでもここにいてほしいと心から望んでもらえなければ」魔女にもらった毒の副作用で死んでしまう。マナは仕事を通して「居場所」を得ようと考えていたが、おりしも巷では猟奇的な殺人事件への人魚の関与が報道され話題になっていた。戸惑いながらもどうにか職にありつき、迎えた第二週目。勤務中に偶然アヤトと再会したマナは、相談に乗ってくれるよう持ち掛けるが……。

 最初のビジョンの甘さを指摘されたのは本当だったと気づくのにそう長くはかからなかった。人魚の国で仕事を見つけるのはそう難しくない。訪ねていって気に入られればその日から働けるものだったが、ここでは何もかもが違う。パートタイムの急募では週五日勤務の仕事すらなく多くても週四日程度の募集で、問い合わせてみれば面接日を数日後に指定されたり、折り返し連絡するなどといつになるのかわからないような返事をされたりした。即日面接の事業所ばかり回り、ようやく初出勤にこぎつけたのは上陸六日目の土曜日だった。最初の一週間をほぼ仕事探しに費やしてしまったのだ。この調子では圧倒的に時間が足りない。
 アヤトに退勤後相談に乗ってくれるよう約束を取り付けて持ち場に戻ると、既に気まずい空気になっていた。月曜日の組になった松岡は小太りで強面の中年女で、カラスのようなやたら鼓膜に響く声で喋る。今朝の顔合わせではマナの顔と名札を交互に見ると、結婚しているのかと訊いてきた。いくら「佐藤」姓が似合わない風貌だからといって初対面でなんて失礼な人だろうと面食らったが、人魚だとは言えないのでほほ笑んでごまかすと、どうやら会話ができないと思われたらしく、それきり背を向けられてしまった。休憩時間は弁当を食べながらずっと端末を見ていて、取り付く島がない。
 内部の職員が回収してきた山のようなリネン類を順次業務用の洗濯機にかける。大きさの違う三種類のタオルセットを作って袋詰めする供給準備も、仕事の大部分が共同作業でないので、会話がないと一人きりで働いているかのようだった。お喋りもせず歌いもせず、黙々と手を動かすだけというのは異様に感じられる。職場の構造も今一つ全貌がつかめなかった。リネン交換の他に給食の提供がされているようだということはわかっているが、その他の職員は何をしているのか、交流の機会すらない。
 雲が厚く一度も日が射さないまま灰色の風景が暗くなってゆく。最初にアヤトと会った日もこんな天気だった、とマナはふとそんなことを思った。少し頭痛がする。自分に割り振られた仕事を終えてみると、松岡は更衣室に引き上げた後だった。壁時計を見ると五時半を数分過ぎている。慌てて準備室を出ると、職員専用口に向かう松岡の背中が見えた。誰もいない更衣室で着替えを済ませ、タイムカードを切ると虚しさに襲われる。それでもめげまいと顔を上げたが、専用口の外にアヤトの姿を見つけるとひとりでに視界が曇った。


 「いや、本当に働き始めたってことだけでも驚いてますけど。適応の早さに」
 色のない闇に半分沈んだ上水沿いの遊歩道はぽつりぽつりと白い街灯に照らされている。他には人影もなく、水と緑の匂いが濃い。会うなり話し始めてしまい何も考えずに歩いて、家までの道を半分ほど来ていた。マナに向かう先も訊かずに黙って付いてきたアヤトは、とりとめもなく説明した絶望的な状況に対してそう言った。
 「そうかしら」
 あまり気が休まらない。いつしか雲の消えた西の空には下弦の月がかかっている。
 「明るい見通しが持てないの。自分のことを隠そうとすると、あまりにも答えられないことばかりなんですもの。でも、初めはお互いのことを話すものでしょう。それなのに何も言わないんじゃ、親しくなれないのは当り前よね。かといって、人魚だと打ち明けるわけにはいかないわ。怖がられてしまうもの……」
 「ニュースの話ですか?」
 植込みの間にベンチが見えて、二人は最初の時のように並んで座った。
 「あんな風に嘘を言い広めるなんて、ひどいわ。人魚は心がなくて平気で人を殺すだなんて。そんな目で見られると思うと怖くて、次の日は昼まで部屋から出られなかったの。もちろん時間がないから面接を受けに行こうと思い直したけど、電話でも面接でも人魚だと見抜かれたらどうしようと思っているからオドオドしてしまって。これじゃまるで罪人だわ。私は何も悪くないのに、どうして隠さなきゃいけないの?」
 隠せば自分で認めてしまうことにもなる。人魚は悪なのだと。
 「それで、また最初の問題に返ってくるの。こういう状況で、どうすれば人間と親しくなれると思う?」
 アヤトは困ったように眉根を寄せた。
 「うまくいった人に訊けないですか? 人魚の友だちと一緒に住んでるんですよね」
 ええ、まあ、と、マナは言い淀んだ。
 「ミチルちゃんは夜こそ人の集まるところへ出かけていかなきゃって、しきりに言うの。でも、私はそういうことは苦手なの」
 そうでしょうね、と彼は言った。あまりすんなり肯定されると自信が揺らぐ。
 「人魚のコミュニティとかないんですか? 上陸した者同士情報を共有したりする集まりなり連絡網なり。そういうので仲間と繋がって、他の、もう少しマナさんに合った助言を得られるといいですよね」
 「どうなのかしら。あったらいいけど、聞いたことはないわ」
 同朋集団の存在どころか、三人組で上陸したその彼女たちの消息すら、ミチルは一言も話さない。そのことにはずっと違和感を抱いている。
 「――というのは、具体的な妙案が浮かばないからで」
 見ると、アヤトはばつが悪そうに肩をすくめる。
 「俺も人間とはどう付き合っていいかわからないんですよね」
 対岸を黄色のランプを灯した自転車が一台駆け抜けてゆく。音は細く尾を引き夜の匂いが濃くなった。たゆたう空気が肌に冷たく感じられる。子どもの輪郭を残す顎に片手をあてて、彼は長いこと考え込んでいた。
 「前に国には帰れないと言ってましたけど、もし期限を守れなかったら、マナさんはどうなるんですか」
 「消えるのよ。脚を得るために飲んだ毒に溶かされて、この身は滅びてしまうの」
 「本当に?」
 目を見て絶句する。前に言わなかっただろうか。
 「それでも、陸に上がってみようと思ったんですか」
 自殺行為だと言いたいのだろうか。思わず目を伏せ、ほほ笑んだ。
 「海にいても、死んでしまうから。水が汚れて、国も破壊されてしまったから」
 それを聞くとアヤトは黙ってしまった。瞬きもせずに光の踊る黒い水面を見つめている。繊細な造りの横顔はやはりどこか生身の人ではなかった。命を纏った人形のようだと、マナは思った。


 部屋に戻ると、ミチルはベッドの上で壁にもたれて端末をいじっていた。バラエティ番組がつけっ放しになっている。
 「遅かったわね。誰かいい人いた?」
 マナに話しかける彼女は、難しい顔で端末の画面を睨んだままだ。
 「例の彼と偶然会えたからまた少し話を聴いてもらっていたの」
 リモコンを拾い、音量を抑える。
 「例の彼って、そんなのいたっけ」
 「アンドロイドの」
 案の定、ミチルは眉を顰めた。
 「ちょっと。まだそいつとかかずらってたの?」
 「偶然会っただけって言ったでしょ」
 「ゾンビなんか放っとけって言ったじゃない」
 「ゾンビって、動く死体のことでしょ? 彼はアンドロイドだといったわ」
 会ったこともないアヤトをけなさないでほしい。ムキになって言い返すマナに、ミチルもムキになって声を荒げた。
 「町をうろついてるのはゾンビロイド、死人に似せて作られた動く人形なの。人形の相手する暇があったらパブのパーティーでもなんでも出かけて男引っかけてきなさいよ!」
 お決まりの小言に耳を塞ぐとミチルは言い続けながらマナの尻をぴしぱし叩く。
 「死人に似せたお人形ですって?」
 ローテーブルを回ってミチルの手から逃れ、対岸のソファに腰かけた。マナが多少片づけたとはいえ相変わらず部屋は物の山に沈んでいる。
 「まだ大人になりきらないような子なのよ。それなのに死んでしまったというの?」
 「知らないし、そんなことはどうだっていいのよ。マナ、あなた本当に自分の状況がわかってる? いつまでもお姫様でいられちゃ困るよ、もう下弦の月だっていうのに人間と出かけもしないで。私がついてるといったって、私にあなたの毒を打ち消すことはできないの。ましてアンドロイドは、――今のうちに言っとくけど、どうにもならないからね。絶対に本気になっちゃ駄目。血が流れてないんだから」
 「わかってるわ。だから相談したのよ、どうすればいいと思う、って」
 忠告の意味を深く考えずに、マナは遮った。ミチルが顔を曇らせるのを見てまたお説教が始まると思い、先を急ぐ。
 「彼は人魚のコミュニティがあるはずだと言ったわ。困った時に助け合えるような」
 それ以前に、ミチルと一緒に上陸した二人はどうなったのだ。
 「……かつてはあったよ、私が来たほんの最初の頃だけど」
 ややあって答えた、彼女の声は低められていた。
 「でもそのうち、お互い助け合おうみたいな空気じゃなくなったから」
 ベッドの上で彼女の端末が震えた。ミチルはすかさずそれを拾って立つ。話を切り上げられてしまう。マナは焦った。どうしても他の人魚と繋がらなければ、先に進めない。
 「どういうこと?」
 「それだけ人魚の間の競争が激しいってこと。騙し合い、奪い合いは当り前、調子のいい奴が伸しあがってまじめないい子は踏み台にされる――もしもし」
 ミチルはトイレに引き込んでしまった。鍵のかかる音がする。また秘密の電話だ。
 『岸本セレンです。私が主題歌を歌わせていただいている映画「雨垂れ」、もうご鑑賞いただけましたでしょうか?』
 テレビの声にマナは顔をあげた。ポスターの前でミチルのような付け睫毛の華やかな娘がにこやかに語りかけている。一瞬で本編らしい映像に切り替わったが、その隅に四角く切り取られた画面の中で喋り続ける顔にマナはくぎ付けになった。
 『――甘く切ない恋の物語、是非ご覧ください。劇場でお待ちしてます!』
 再び大写しになった岸本セレンは視聴者に向けてニコニコと両手を振る。
 「これ……」
 ビデオメッセージに続けて映画本体のCMが始まった。編集されたハイライト・シーンのバックに美しい主題歌が流れている。その独特の響きに確信した矢先、後ろから来たミチルが無言でチャンネルを替えた。驚いて振り向くと、彼女はベッドにドサッと腰を下ろして鏡を手に口紅を直し始める。やはりそうだと、マナは思った。
 「今の、あの子よね?」
 元の名が思い出せない。陸では何という名になったと聞いたか。ミチルと一緒に海を出た一人、彼女の一番の親友だ。
 「知らない。誰のこと?」
 そう言って雑に髪を梳かし、ブラシに絡まった毛を取る。
 「……喧嘩したの?」
 呼出しがかかって出るつもりだとは予測できた。それよりも、彼女が親友の成功を喜ばないなんて嘘だ。嫉妬してしまうほど仲が良かったではないか。
 「どうして」
 「行って来る。ああそうだ、マナ、周りに私のことペラペラ喋ったりしてないよね? 外で知らない人に同居人のこと訊かれたりしたら答えちゃ駄目よ。あと留守中は誰か来ても出ないこと。いいね」
 「ねえ、どうして?」
 流されたので食い下がると、彼女はうんざりしたように髪を振り乱した。
 「ねえそれ、関係ないでしょ。自分のこと考えろっていうのに全然わかってないのね!」
 鋭い声に立ち竦む。背を向けてバッグを拾う彼女は上下黒のスウェット姿だ。マナの目にも部屋着のその服装で出てゆくのだろうか。
 「仲直り、しないつもり?」
 言ってしまった口を指先で抑えた。ミチルは向こうを向いたまま肩で息を吐く。やがて、抑えられた声が言った。
 「赦してあげるよ。あの子が手に入れたもの全部失くすなら」


 扉が閉まり施錠されると、マナは呪縛から解かれたようにソファに座り込んでしまった。ミチルのあんな声を初めて聞いた。三人組の間に起きたこと。ミチルの秘密。頻繁に連絡してくる人物。彼女の背後――色々なことが駆け巡り、そこへ「こうしていてはミチルに見放されるかもしれない」という不安まで混ざって頭の中をぐちゃぐちゃにする。吐き気がしてテレビを消し、クッションに顔を埋めた。
 さらさらと聞こえるあの音は何だろう?
 ずいぶんとかかって、雨が降り出したのだと理解する。
 ようやく落ち着いて体を起こすと、ベッドの上や床には仕事後に着替えたものらしい彼女の衣服が散乱していた。脱力して、拾い集める気が起きない。それらが魚の死骸のように見えて部屋は現実感を失くし、ここがどこなのかわからなくなる。
いけない。と、首を振った。こんなことではいけない。ミチルの言う通り、今考えなければならないのは自分のことだ。他のことに気を取られている時間はない――。
 それにしても、脚が痛い。
 マナは顔をしかめて鈍痛を訴える膝下をさすった。全身に毒の痺れを蘇らせている元凶はこの脚だ。仕事を終える少し前から始まった。鉛が詰まったような不快な痛みに目の前までくらくらする。よく見てみようと腰をかがめたその時、水の中を空気の泡がゴボゴボと昇るような感覚が右足首から駆け上った。何事かと膝を抱え、恐る恐るスカートの裾をめくりあげる。自分の脚を見てマナは凍り付いた。
 白く滑らかだった右膝の内側に小指の先ほどだが、気味の悪い青筋が浮き出ている。
 昨日はなかった。いや、今朝着替えた時でさえ、こんなものはなかった。

***

 翌朝、現場へ向かう事業所の車の後部座席でマナは小さくなっていた。家事代行の仕事は常に三人一組で契約者の自宅を訪問する。同行する二人の片方は川村という比較的若い管理職の女性で、金曜日に研修を受けたときの担当者だった。二度目というだけで昨日よりはましになりそうな予感がしたのだったが、笑顔で挨拶したのに返ってきた声はあまりにも冷淡で、さっそく期待をくじかれた。もう一人の高木笑美はマナと同じ年頃に見える若い娘だが、挨拶にも頷き返すだけの無愛想ぶりで、今もマナと並んで後部座席に座りながら頬杖をついて窓の外を見ている。
 ――アヤトくん、どうしよう。
 膝の上で両手を握りしめて、思わず心の中で呼んだ。海の上では未だアヤトとしか交流らしい交流をもてていない。ミチルにどう言われようとも、頼れる知り合いはアヤトしかいない。どんなに頼りにならなくとも。
 血が流れていないから駄目だと言ったミチルの言葉が今になって疑問符付きで蘇る。あれはどういう意味だろう。
 三十分ほどで着いたのはこぢんまりした一軒家だった。家事代行業にも格付けがある。富裕層をターゲットにした贅沢なメイドサービスでは主人との間の細やかな付合いが期待されるようで、最初はそのような事業所へ志願したのだが採用してもらえなかった。雇われたのは中間層をターゲットにした業界の中でも安価が売りのところで、サービス内容は部屋や水回りの定期的な清掃に留まる。専業主婦家庭の利用は少なく、共働きか介護育児に追われて家事にまで手が回らないという人に人気だという。
 とはいえ、住んでいるアパートとの落差にマナは唖然とした。外観からして壁の黒ずみもなければ苔もカビも生えていない。出迎えた女性は一番後ろに立っているマナに一瞬目を留めてから、「お願いします」と道を開けた。腕には一歳くらいの女の子を抱き、奥にもう一人幼い女の子が見える。どうして私を見たのだろう、と思いながら最後に玄関を上がると饐えた匂いがした。上の女の子が戸を開けたままにした一階の洋室には白い介護用のベッドが置かれ、老人が寝ている――。
 「立ち止まらない」
 背中を押されて我に返ると、笑美だった。マナが業務外のことに気を取られているのを見咎めて戻って来たらしい。信頼関係のためにここでは依頼された仕事以外のことに関心を示してはならないと最初に言われたのを思い出して、鳩尾の奥がギュッと竦む。いきなり失態を演じてしまった。
 初めに通されたのはリビング=ダイニングキッチンの大一間で、川村は笑美とマナの二人で片づけるように指示した。机やカーペットの上に散乱したクレヨンを箱に戻しながら、てきぱきと子どもの絵本を棚に戻す笑美の横顔を窺う。彼女は怒っているように見えた。口を尖らせるように下唇が持ち上がって顎に皺が寄っている。その上時折マナの手元をチラチラと監視しているのだった。既に信用されていない。マナは情けないやら恥ずかしいやらの泣きたい気分になる。
 片づけが済むと、笑美は置いてあるものの埃取りは自分がやると言ってマナにはフローリングの掃除を命じた。掃除機にモップ掛けをして、仕上げに庭と繋がるガラス戸のサッシのゴミ取りにかかる。四つ這いになって細かい砂を掻き出していると、小さな手に肩を叩かれた。顔を向けると、いつの間にか上の女の子が側に立って見つめている。
 笑いかけようとすると、少女が言った。
 「おねえちゃん、人魚さん?」
 「えっ」
 思わず声が漏れたのと、笑美がこちらを振り向いたのと、同時だった。
 「人魚さんでしょ」
 つるりとした黒い瞳でじっと見つめる。
 「いいえ、私は……」
 否定しよう。否定しなければ。思えば思うほど頭が真っ白になり、じたばたもがくように言葉を探していると、「こら、ユイ!」と声がして母親が飛んできた。
 「お仕事のお邪魔でしょ」
 娘にだけそう言って、どこかへ連れ去る。呆気に取られて、見ると、笑美は既に背を向けて自分の仕事に戻っていた。


 二時間ほどで退出し、車に乗り込む。叱られるに違いないと身構えたが、川村も笑美も終始無言だった。何も言われないと、却って恐ろしい。
 マナは事業所で昼食休憩後に午後の現場に向かうことになっている。当然午後も同じ三人組かと思えば、笑美は午前中しかシフトを入れていないらしく帰ろうとする。マナは引き留め、自分から頭を下げた。
 「あの、色々と不手際がありまして……」
 「――で、人魚なの?」
 顔を上げると、無表情な目と目が合った。
 「あの」
 「だと思った。前にもいたんだよね」
 「えっ」
 「よく似た感じの子」
 笑美は横目に見るように視線を残してゆっくりと向きを変える。
 「あの、その人は、今……?」
 歩き出す笑美に引っ張られるように、マナも後に従う。
 「知らない、急に来なくなっちゃった。まじめに働いてると思ってたんだけど」
 助からなかったのだろうか。胸の奥が急速に冷たくなってゆく。
 「別にそんな顔しなくたって。平気だよ? 私、人魚に偏見とかないから」
 仕事頑張ったって「仕事頑張る子」って見られるだけだよ。
 ミチルの忠告が呪いのように絡みつき首を絞める。
 「ま、隠したいなら黙っといてあげるけど。お先」
 もっと、気をつけなくては。
 マナは思った。
 もっともっと、人間に見えるようにしなくては。

(続く)

『アンドロイドと人魚姫(四)』

『アンドロイドと人魚姫(四)』 せっか 作

闇と壁、終わりの始まり

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2016-12-09
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