今年6月、滋賀県のとあるショッピングセンターで、駐車場にとめられている車の中から男女の遺体が発見された。
店からの通報により、地元・草津署の刑事が現場に到着。
だが…運転席で死亡していた男性は、なぜか頭をハンドル側に向け、うつ伏せの状態。
女性も助手席の下にずり落ちたような、異様な体勢で死亡していた。
目立った外傷はなかったが、共に嘔吐した痕跡があった。
さらに、男性の方には血も混じっていた。
車内に薬物などはなく、遺書と思われるものも見つからなかったため、自殺とは考えにくい状況だった。
自殺ではないとすると…毒物による殺人の可能性も十分に考えられた。
発見当時、窓は閉められていたが、ドアは助手席以外、ロックされていなかった。
エンジンキーはONのまま、ガソリンメーターはゼロになっていた。
捜査員も唸った変死体。
一体、男女に何が起こったのか?
真相を知った時、あなたはきっと他人事とは思えない、恐怖を感じることになる!
警察は事件・事故の両面から、捜査を開始。
遺体を検死解剖にまわしつつ…結果が出るまでの間、まずは身元を調査した。
免許証から、死亡した男性は、滋賀県内に住む19歳の会社員と判明。
車のナンバーから、遺体発見の半年前、地元の駐車場で停車していた車にぶつかり、物損事故を起こしていたことが分かった。
男性の車の後部にはバンパーとドアにまたがる大きなへこみがあった。
ただ、中古の古い車だったため、男性も凹みをそのままにしていたようだった。
女性は、同じ滋賀県内に住む、19歳と判明。
周囲への聞き込みから、男女は交際していたことが分かった。
警察は、電話やメールのやり取りから、交友関係で2人にトラブルがなかったかを調査。
男性は発見される3日前に、母親にメッセージを送ったのを最後に誰とも連絡を取っていなかった。
さらに、車がいつからとまっていたのかを確認しようとしたのだが…
駐車場に防犯カメラは設置されていなかった。
だが、ショッピングセンターの客に聞き込み捜査を行った結果…2日前の12日夜からあの駐車場にとまっていたという証言が取れた。
その証言から、警察はこう考えた。
まず何者かが、別の場所で2人を殺害。
遺体を深夜、駐車場まで車で運び…少しでも発見を遅らせるため、窓より低い位置になるように遺体の体勢を変え、見えにくくしたのではないかと…
犯人はあの場所に防犯カメラがないことを予め知っていて、あの駐車場を選んだ可能性も考えられた。
そして、遺体発見から8日後…遺体の検死結果がでた。
死亡推定日は、遺体発見の2日前、6月12日。体内から青酸カリなどの毒物は検出されなかった。
死因は…男女共に一酸化炭素中毒によるものだった。
(男性は一酸化炭素中毒死、女性は吐しゃ物による窒息死)
一酸化炭素は、無色無臭の気体。
密閉された空間で、モノが燃えた際、酸素が不足し、不完全燃焼が起きることで発生する。
たとえば、閉め切った部屋で暖房器具を長時間使用し、発生したケースなどが報告されている。
車の排気ガスにも、微量ではあるが一酸化炭素は含まれている。
一酸化炭素が血液中に入ると、本来全身に酸素を運ぶべき、ヘモグロビンと瞬間的に結合。
酸欠状態となり、吐き気や頭痛、痙攣などの症状に襲われる。
そして、空気中の濃度が0.15%以上の環境下で呼吸をすると、短時間で死に至る可能性もあるという。
しかし、遺体発見時に車内から一酸化炭素は検出されなかった。
さらに、車中の一酸化炭素中毒といえば、煉炭や排気ガスをホースで車内に引き込んでの自殺が思い起こされる。
だが、遺体発見時、車内からは自殺に繋がるような道具は、一切見つかっていなかった。
実は、排気ガスによる一酸化炭素中毒事故の例もある。
特に多いのは豪雪地帯。
車が雪に埋もれ、行き場を失った排気ガスが車の下に充満。
僅かな隙間から車内に流れ込み、中にいる人が中毒死するケースである。
だが、今回事件が起きたのは6月。
雪で車が覆われるはずもなく、排気ガスが溜まるような地形でもなかった。
他に考えられるのは、やはり他殺。
しかしその場合、犯人はどうやって2人を一酸化炭素中毒にしたのか?
考えられるのは…別の場所で暖房器具の不完全燃焼を起こして殺害したケース。
しかし、なぜ駐車場へ運んだのかは謎である。
不可解な体勢で発見された男女の遺体。
検死の結果、死因は一酸化炭素中毒と判明。
捜査はあらゆる可能性を視野に続けられた。
自殺の可能性だが、煉炭や排気ガスを車内に引き込むホースなどの道具は発見されていない。
次に事故の可能性…車が雪に埋もれることで、排気ガスが車内へと流入するケースが多い。
しかし、排気ガスによる中毒事故は、豪雪地帯以外でも起きている!
シャッターが閉まった車庫の中で、長時間アイドリングをしたため、車庫内に排気ガスが充満。
隙間から車内に入り込み、乗っていた人が一酸化炭素中毒で死亡した例もある。
だが…雪の場合も、車庫の場合も、排気ガスの逃げ場が無いため起こる。
今回のような屋外の駐車場にとめていたケースとは条件が違いすぎる。
しかし、他殺だった場合も疑問が残る。
暖房器具や湯沸かし器を使っても、不完全燃焼で一酸化炭素濃度が致死量に達するには時間がかかる。
その前に被害者は、吐き気や頭痛に襲われて異常に気づくはず。
検死で睡眠薬の成分は検出されておらず、予め睡眠薬で眠らされていたとは考えられない。
一方で警察は、事件が起きた車の精密な車体検査を実施していた。
その時、鑑識があるものを発見。
それにより、今回の事件は他殺でも自殺でもなく、いくつもの不運が重なった事故だと判明した。
果たして、発見されたものとは…?
彼らが辿り着いた真実。
発端は、半年前に起きたあの出来事だった。
そう、男性が起こした物損事故である。
駐車しようとして、ぶつけてしまうことは珍しい事ではない。
経済的に余裕のない場合、多少の傷なら修理に出さない人もいるだろう。
被害者の男性も、修理には出さず、そのまま乗り続けていた。
だが重大な損傷は、見えない場所に潜んでいた。
実は…追突の衝撃で、排気ガスを通すパイプが破損、根元が外れていたのだ!
そのため、通常は空気中に放出される排気ガスが、車体の下に漏れていた。
さらに、同じ衝突により車体の底の溶接部分に、長さ数センチ、幅数ミリの亀裂が4箇所も生じていたのだ。
男性は値段が手頃だったことから、12年落ちの中古車を購入していた。
全ての車体がそうとは限らないが、今回の場合は、男性が購入するまでの間のメンテナンス不足の可能性や、物損事故での当たり方の不運もあり、衝撃によって亀裂が生じてしまったとされている。
そして半年間、男性は異変に気付くことが出来ないまま…ついに事件の夜を迎えてしまったのだ。
警察の事故調査によると、2人は例のショッピングセンターに立ち寄り、しばらく車の中で過ごしていたという。
このことが事件に大きく関わっていた。
この日の最高気温はおよそ30度…日が落ちても蒸し暑かった。
車内で冷房を使用していたため、アイドリング状態で停車していたのだ。
外れたパイプから排気ガスが漏れていても、走行中は常に車が前進しているため、特に問題はなかった。
だが車をとめ、長時間アイドリング状態を続けると…漏れた排気ガスは、車体の下に溜まっていくことになる。
その結果…亀裂を通って、空気よりも軽い一酸化炭素だけが徐々に車内へ流れ込んでしまったのだ。
一酸化炭素は無色無臭。
車内の2人が気付かなかったのは、そのためだった。
だが本来、排気ガスに含まれる一酸化炭素濃度は決して高くない。
徐々に車内に流れ込んだのなら、2人は最初に頭痛や吐き気、めまいなどの中毒症状に襲われたはず。
普通なら、死に至る前に不調に気付き、窓を開けるか、車外に出るか出来たはずである。
なぜ2人は異変に気づかなかったのか?
その理由は、後の調査でこう言われている……何らかの事情で、2人とも寝てしまったに違いない。
この間、窓は閉め切られ、密閉された車内には亀裂から入ってきた一酸化炭素が…徐々に溜まっていくことに。
ではなぜ、外に出ないまま奇妙な体勢になったのか?
埼玉医科大学病院ER・中毒センター、上條吉人氏はこう分析する。
「一酸化炭素によって、体の組織や臓器が低酸素状態になる。最も低酸素状態に弱いのは「脳」で、物を判断したり、物を考えたり、要するに正常な判断ができなくなる。脳は体の運動機能も司っているので全身が脱力して思うように力が入らない。逃げようと思っても、ドアを開けて車外に出られない状態になる。さらに重症になると痙攣発作を起こすことがある。痙攣発作を起こすと体が突っ張った後にバタバタ手足が動く。シートからずり落ちたり、不自然な格好になって死亡した可能性が高い。」
若い2人の命はこうして失われた。
後日、警察は被害者の車を使い、当時の状況を再現。
車内の一酸化炭素濃度を計る実験を行った。
すると…車内の一酸化炭素は、30分経つと、吐き気や頭痛を覚えるような濃度に。
およそ1時間後には…吸い込むと短時間で死に至るほどのレベルに達した。
もしも、もう少し季節が早く、冷房を使わなければ…
もしも、2人共車内で眠っていなければ…
もしも あの時、男性が車を修理に出していれば…
不運の連鎖が招いた悲劇だった。
さらに、一酸化炭素中毒事故の怖さは、車内だけとは限らない。
今から11年前、北海道・札幌市。
3階建てアパートの1階部分のガレージで、車のアイドリングによる一酸化炭素中毒が発生。
車内にいた2人が死亡した。
さらに、ガレージに充満した一酸化炭素が天井にあけられた配管用の穴から上層階へと流入。
その結果、ガレージで亡くなった2人とは全く関係のない、3階の部屋に住む女性が死亡するという痛ましい事故となった。