史実を取り入れると、人物が立ってくる
機銃掃射の描写も鳥肌立つほど怖かったです。今までさんざん戦争映画で機銃掃射のシーンを観ているはずなのに、これほど怖かったのは初めてです。
片渕:映画に出てくる機銃掃射って、だいたい弾着が一直線に走って行くんですけれども、実際には照準を定めて撃つので、照準を合わせた場所にいきなり渦を巻くように弾着するんです。当時米軍は、機銃と連動するカメラを戦闘機に装着して戦果を確認していましたから、その映像を見るとどのように弾着していたかが分かります。そこから、逆に撃たれる側からはどう見えたかを描いていきました。
それから、戦闘が始まるとばんばん空から色々なものが落ちてくる。これも怖かったです。こういう描写も初めて観ました。
片渕:市街地上空で戦闘しているのだから当たり前で、実際色々落ちてくるのを体験した方もいます。すずさんは、呉の山側に住んでいるのですけれど、すると当時の呉周辺の高角砲の配置から、どの砲台が撃った弾が、すずさんのところに落ちてきたかはなんとなくですが計算できるんですよ(と、ここでまさに、映画中ですずさんが機銃掃射を受ける当日、米軍が呉の海側上空から山側に向けて撮影した写真をパソコンに表示させる監督。呉湾には多数の海軍艦艇がいて煙幕を張っており、上空では対空砲火が炸裂している)。
すずさんの家が山側のこのあたりです。高角砲はそんなに真上に向けては撃ちませんから、するとこのあたりの砲台がこの方向に撃つと、すずさんの家あたりに弾丸が落ちるだろうなと、なんとなく見えてきます(ここで、湾内の艦艇を指し示し始める)。これが青葉(重巡洋艦)。
作中、すずさんの幼なじみの水原哲が乗り組んだ船ですね。
片渕:青葉は後に湾内に擱座して終戦を迎えますが、この時はまだ擱座していません。これが榛名(戦艦)、ここで煙幕を張っているのは雪風(駆逐艦)と浜風(駆逐艦)です。これが日向(戦艦)、こっちが利根(重巡洋艦)。この白い船は高砂丸という病院船です。病院船だから、煙突から出せる煙幕は小さいです。
呉湾の艦艇は、完全に作中で再現されていますよね。マニアを試すリトマス試験紙みたいです。
片渕:榛名は、空襲が終わった後、主砲に砲弾が残っていて、仕方ないので空襲後に主砲を撃って処分したんです。その衝撃波でガラスが震えたって話が残っています。戦艦が街のすぐ近くで主砲を撃っているんですね。そういうところから、戦争中の呉を満たした音はどんなものだったかということも分かってきます。
ラスト近くで、灯火管制の覆いをはずしたすずさんの家が、ぽっと明るくなるのが、呉湾の船上から見えるというシーンがありますよね。あの船なんだろうと思って艦船に詳しい友人に聞いたら「駆逐艦の『椎』だろう。人間魚雷『回天』の発射装置を付けていたから」という。調べると、終戦時、椎は回天の発進訓練に使われていたんですね。
片渕:あの描写は、椎の乗組員の方が、「終戦の日、灰ヶ峰のふもとに最初の灯りがともった」と書いているのを使ったんですよ。
ええっ、史実なんですか。
片渕:そうです。その話を原作のこうの史代さんにしたら、「まさにすずさんの家の方角ですね」と言われたので、この灯りはすずさんの家だということにしていいのではないかと思って、取り入れました。このように現実にあったことと、すずさんとをかみ合わせていったんです。