偉大なるサスペンス映画の巨匠と、その”魂の弟子”の絆を描く『ヒッチコック/トリュフォー』

1962年8月13日、アルフレッド・ヒッチコック監督は63歳の誕生日にあたるこの日から、1週間にわたるロング・インタビューを受けることになります。インタビューアーはフランソワ・トリュフォー。当時の彼は『大人は判ってくれない』『突然炎のごとく』などを発表したばかりのヌーベルバーグの新進監督でした。この二人の対談は『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』として66年に出版され(日本版が出たのはかなり遅れて81年)、世界中の若い映画ファンや映像作家のバイブル的な存在になりました。本作『ヒッチコック/トリュフォー』はこの本の成立過程を追うとともに、二人の偉大な映画監督の絆をも描き出したドキュメンタリーです。

現在でこそ“サスペンスの神様”として映画ファンからあがめられる存在になっているヒッチコックですが、じつはこの当時は“ただの大衆作家”としてしか見られてはいませんでした。その評価を一変させたのが、このインタビュー本(以下、『映画術』と略)。62年の春、トリュフォーはヒッチコックに長文の手紙を書いてインタビューを申し込みます。そこには「この本が出版されれば、あなたが世界で最も偉大な監督であると誰もが認めることになるでしょう」と書かれていました。自分の低評価に不満を募らせていたヒッチコックは、この手紙を読んで涙を流さんばかりに感激。インタビューの申し出を快諾すると、自作の一本一本、微に入り細を穿つように隅々まで解説し、その演出のテクニックや理論を明かしていったのです。その録音テープはざっと50時間分。本来ならば、そのテープの音声解説に合わせてヒッチコック映画の該当シーンを見せるだけで、すばらしい映像作品(映画学校の教材に最適!)ができるのでしょうが、それでは上映時間がいくらあっても足りません。したがってこの映画は『映画術』のメイキング・オブ的な役割を担っています。

トリュフォーがいかにヒッチコックを敬愛し、彼に正統な評価を与えることに尽力したのか。さらにその友情が対談後も続き、お互いに映画製作上の助言を交わし合い、ヒッチコックのAFI厚労省受賞(79年)の際にはトリュフォーがフランスから駆け付け、祝辞を述べたこと、などがよくわかるのです(ヒッチコックはヒット作の多さに比べて賞には無縁で、アカデミー監督賞には5度候補になるも無冠に終わっています。『レベッカ』は作品賞を受賞していますが、オスカーを手にしたのは製作者でした)。

また、マーティン・スコセッシ、デヴィッド・フィンチャー、ウェス・アンダーソン、リチャード・リンクレイター、ピーター・ボグダノヴィッチ、黒沢清らの10名の監督たちが証言者として登場。『映画術』との出会いやこの本にまつわる思い出、ヒッチコック映画の魅力についても語っていきます。もちろんヒッチコック映画の名場面の引用もたっぷり。残念ながら本作の上映時間は80分と短めなので、“これでヒッチコック映画のすべてがわかる!”とまで言い切ることはできませんが、“ヒッチコック映画入門”としては最適な作品。本作を観ると、この中で語られたヒッチコック映画の数々を見返したくなるはずですから。「サスペンスとサプライズは違う」などといったヒッチ先生の言葉や演出理論には、いろいろと考えさせられる点がありますので、サスペンス映画に興味を持っている人、映画作りを志している人で、まだヒッチコック作品を「名前だけは聞いたことがあるけど…」という人がいれば、この作品をきっかけにしてその世界に足を踏み入れてくれれば、と思います。

(付記)

映画人たちがヒッチ作品について語る部分で、『めまい』や『サイコ』に関する話が多いのは、最近の傾向なのでしょうね…。

(『ヒッチコック/トリュフォー』は12月10日から公開)

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PHOTOS BY PHILIPPE HALSMAN/MAGNUM PHOTOS