職員の皆様へ(平成27年6月)
先月号に続いてこれからの医療と町づくりシンポジウムの概要を送ります。
渥美和彦博士
東京大学医学部卒。専門領域は外科、人工臓器、統合医療で日本の統合医療の第一人者。1965年東京大学医用電子研究施設教授、東大定年後は鈴鹿医療大学学長、日本学術会議第7部長などを歴任。2000年統合医療学会を設立し理事長に就任、2012年名誉理事長
1、 2011年3月11日東日本震災は人間の価値観を大きく変えた。人が必ず死ぬこと、食糧、水、エネルギーなど地球資源が有限であることを再認識した
2、 ライフラインが断たれ電気、水、ガスなどが使えない状態では近代医学が役に立たなかった。漢方薬、健康食品、鍼灸、マッサージ、カイロプラティック、ヨーガ、音楽療法などが癒しに役立った。健康のありがたさが身に染みて病気にならないような予防医療、エネルギーを消費しないエコ医療、自分の健康は自分で守るセルフケアが問題になった
3、 遺伝子科学や再生医学の進歩は予防医療を可能にするようになった。高齢化に伴い老人の疾病への予防化が目標として重要である。内容としてゲノム診断、予防センサの検討、ITのシステム化、データバンクにおけるビッグデータの利用などの問題も生じており、予防医療として統合医療が利用されることになるだろう
4、 我が国においては統合医療モデルとして
イ、 病院やクリニックを中心とした医療中心型
ロ、 自然との共存を目的とした自然欠乏症候群型
ハ、 ゴルフコース場型
ニ、 ハウステンボスなどのビジネス中心型
などのモデルが検討されている。新しい統合医療は従来よりも社会システムの中でのより緊密な連携が必要となった
5、 この様に医療への需要が変わると新しい産業が生まれる。新健康産業の創出であり私は未来健康共生社会と名付けている
伊藤壽記博士
大阪大学医学部卒。専門領域は消化器外科、統合医療。2005年に大阪大学大学院医学系研究科教授となり、現在、同大学大学院医学系研究科統合医療学講座特任教授。日本統合医療学会発足当初から要職を務め、現在筆頭業務執行理事。厚生労働省の「統合医療」のあり方に関する検討会の委員として議論のとりまとめに参加。
1、 患者は我が国の医療における診断・治療技術の優位性は認めるものの、医療に対する満足度は決して高くない。患者自身は各々の生き様の質、すなわちQOLを第1義的に考え、その観点から医療の質の向上を求め、更には費用対効果の高い医療を望んでいる
2、 現行の疾病構造は急性疾患から生活習慣病中心の慢性疾患にシフトしている。結果、超高齢社会に突入し医療費の高騰が続き、国民皆保険制度の破たんが危惧されている
3、 生活習慣病の病態は身体的、心理的、環境的、更には社会的な要因などが相互に関連する複雑系で近代西洋医学だけでは自ずと限界があり、新たな医療体系の構築が必要。すなわち病院完結型医療からケアを目指す地域完結型医療(地域包括ケア)へのパラダイムシフトが考えられる
4、 統合医療は現行の医療と補完代替医療を融合させ、これからの医療の方向性を示す医療体系と考えられている。医師中心の集学的チーム体制で疾病に対応しようとする医療モデルと、地域のコミュニティが主体となってQOLの向上を目的とした社会モデルがあり、両面から検討しその上で相互に連携した新たなコンソーシアム(協会、連合などの意)の創生が必要となる
5、 厚生労働省は統合医療を「近代西洋医学を前提としてこれに補完代替医療や伝統医学などを組み合わせて更にQOLを向上させる医療であり、医師主導で行うものであって、場合により多職種が協働して行うもの」と定義づけして、国民に統合医療の正しい情報を発信するデータベースを作成する事業が始まっている
6、 規制緩和の流れの中で超高齢者医療(メタボ、ロコモ、認知など)や大規模災害後の後遺障害など、これまでの医療の枠では対処できない領域があり、これが正に統合医療に求められるところであり、まず取り組むべき課題である
7、 欧米の統合医療的アプローチをそのまま継承するのではなく、臨床研究を通じてエビデンス(証拠、科学的根拠の意)を構築し、我が国の風土に合った日本型の統合医療を開発して行く事が求められる
以上、4名の先生方の統合医療に対する考え方、主張したいこと等の概要を紹介しましたが、共通するのは現代医療の世界では限界のある病態や医療資源などの関係から、国民に持続可能性のある医療を提示して地域ぐるみで取り組みを進める必要があると言う事ではないかと思います。西洋医学を前提としつつそれを補完する医療として、各国にある伝統的な薬膳や鍼灸などの治療法を認めて、全体的に融和された医療を統合医療と位置付けると、我々は既にお医者さんに掛かりながらも健康食品を服用したり、鍼灸師にお世話になったり、ヨーガを暮らしの中に取り込んだりしていますので、居ながらにして統合医療を実践しつつあると言えるのではないかと思います。
医師の指示が無ければ保険が利きませんが、保険が利かなくても効果があるものは沢山ありますから、効果を実証してそれを積み上げ国民に認知して頂くという事が大切な課題になってきます。
シンポジウムの興奮冷めやらぬ5月中旬に上京した機会を利用して、厚生労働省の保健局長にこの問題に対する国の考え方を尋ねた折、帰り際に「新・統合医療学」と言う書籍を頂きました。読み進んで行くうちにポジションや今後の進め方などで医療の未来世界がぼんやりと見えてきました。ここでは紹介し切れませんが、新統合医療学の目的は生涯にわたって生きがいを持ち健康に生きたい人を支援する事として「食、こころ、体」を軸としてspiritual life(意義ある生活:悟性)を目指す正四面体モデルを提唱されているので紹介します。
新・統合医療学の正4面体モデル(抄)
1、食―必要な食事、正食(マクロビオティック)、サプリメント、薬膳、植物療法(漢方)、断食療法、食介護
2、こころ―精神医学、五感療法、温泉療法、音楽療法、アロマテラピー、休養、ヨーガ・アーユルヴエーダ,気功・エネルギー療法、実存分析、生活行動支援(て・あーて)、死への対処
3、体―西洋医学的療法、運動療法、有酸素運動・ストレッチ、無酸素運動、西式健康法、橋本操体法、徒手療法、カイロプラクティック、鍼灸、按摩
4、これ等を組み合わせ有意義な人生、悟性の生活を送ると言うものです。
統合医療学の社会での役割(抄)
1、 社会の縮退―一部の人や物の間だけをお金や物が循環しつつもだんだんと狭い場所に集中してスピードアップして早く回って行くさまを縮退と言うと、拡がる貧富の格差や地方の過疎化の問題にまで当てはまる。
医学の世界の「抗○○財」もその一例で、それぞれの病態に直接的になるべく早く対抗しようと作られている。大きな成果も収めたが、逆に耐性ウイルスを生じさせ対症療法となっても治療につながらない。こうした事象は縮退とどこか似ている。問題となる事象を部分に分割して対抗策を講じていく方法は要素還元主義の基づく方法で「部分を集めると全体になる」という考えがその背景にある。
2、 高齢化社会の慢性疾患―先進諸国の多くは生活習慣病や認知症など慢性的な疾患とのかかわりを考えなければいけない時代に突入した。抗○○財などの薬や外科手術など症状を直接的に治そうとする方法のほかに、健康法や養生法など身体全体をゆっくりと改善する地味な養生法が良いと言う場合もあるのではないか。直接的でなくても症状の改善というゴールに到着すれば良いので、ここに統合医療的治療法がある。
3、 自発的治癒力で「急がば回れ」―命の本質は繰り返しであるから、直接的な治療でも統合医療的な治療法によっても元の状態に還ってくる。
毎日こうしたことを繰り返しているならば、直接的なものはスピードを上げて短いループを高回転で回り「縮退」し他の要素との関係性は減る。統合医療的な治療法はたくさんの段階を経ながら、体で言えば様々な部位と相互関係を持ちながら、全身に影響を与えたり与えられたりしながら、ゆっくりと改善してきたのでゆっくりと元に還る。体の様々な要素と相互関係を持ちながら改善に向かうと言う意味において、自発的治癒力を引き出すことにつながる。複数の選択肢があるとき急を要しない場面で急がば回れにも意義がある。そうすることで身体や社会における「縮退」の進行を遅らせ、自然本来の複雑性を取り戻すこともできる。
4、 医療費増の原因―1960年ごろまでは症状のある病気に対して治療し、転帰は治癒か死亡と言うものであった。その後健診が普及し検査値異常を予防医療と称して治療対象とし、降圧剤、血糖降下剤などが対費用効果やリードタイムバイアスの十分な分析なしに処方され続けている。ここは未病の領域であり、本来「食、こころ、運動」によって健康体に戻れるはずである。さらに重複診療、出来高払い制度が医療費の急増をもたらしている。一人一人が死生観を以て生きなければ健全な社会は形成できない。自助、共助、公助の割合を6:3:1程度にすることも必要。
個人個人の自然治癒力を最大にして健康長寿を保つことが日本を医療費破綻から救うのは明らかである。
5、 地域社会の活性化―健康長寿の達成には「食・こころ・体」をバランスの良い状態にすることが必要で、そうすればスピリチュアルな意義ある生活が出来る。これを実行に移すには地域住民が集まれる程度の区割りが必要であり、緊急時に歩いて集まれる距離で旧小学校区くらいが望ましい。コーディネーター役を配置し在宅医療、地域の病院や診療所との連携や、温泉療法や運動療法の案内など多様な対応を行うことで、地域住民の意識の向上により自助、共助、公助の割合も6:3:1ぐらいに目指せるはずである。本来、未病の治療は食養生をはじめ生活習慣の改善で達成できるはずでこの様な拠点により地域力もアップする。
おわりに
医学の研鑽を富士登山に例えると、三合目あたりまでは樹海の中で自分の選んだ道をわき目も振らずに登らねばならない。五合目あたりまで来ると隣に薬学や看護学、栄養学などの道筋が見えてくる。七・八合目まで上るともっと周りが見えてくるが、それでも山のこちら側しか見えない。頂上まで達して初めて反対側が見通せ、漢方、鍼灸、アーユルヴェーダなどの道があり、上って来る人が見えるようになる。 惜しい事に三合目あたりは30歳、五合目あたりが50歳、八合目が65歳で定年を迎える事になる。定年後も昇り続けないと頂上には着かない。向こうから登ってきた人も頂上までたどり着いてこちら側を見ると西洋医学の優れた点がわかるので、ここに共通の理解ができ東西両医学を融和させた「新・統合医療学」が成り立つのである。従来の統合医療は色々な花を集めて束ねただけの花束モデルだったのである。
以上、長い報告を最後までお読み頂きありがとうございました。「これからの医療の在り方と町づくり」シンポジウムでは、結論として「統合医療」を標榜し、小学校区単位のくくりで「自助、共助、公助」の調和のとれた町づくりを行うという事が導き出されたように思います。南部町で進める7つの地域振興区を活用した「町の保健室」、地域包括ケアシステムの推進などは、そのままこれからの町づくりのモデルとなるものと確信しました。医療の世界は難しいのですが医食同源とか身土不二など、直感的に理解でき日常的に実践している町民の皆さんですから、西洋医学との融合による統合医療の実現は思った以上に早く訪れるのではないかと思った次第です。
平成27年6月19日
町長 坂本昭文
参考文献:渡邊 昌監修、地域包括診療・介護・医療現場のための「新・統合医療学」
発行所:公益社団法人 生命科学振興会