もしポピュリズム(大衆迎合主義)が世界中で貿易のルールを破り捨て、グローバル化を危機に追いやっているのだとすれば、そのニュースはアジアの大部分には届いていない。
アジア諸国は列を成して環太平洋経済連携協定(TPP)――米国が当初率いていた12カ国の貿易協定で今ではそこから逃げ出している――に署名しようとしているほか、日本は一見不可能なことをなし遂げている。欧州連合(EU)の貿易協定(経済連携協定=EPA)について、同国は欧州委員会と合意に調印する段階に迫っているのだ。EUは最近、TPPと似たようなカナダとの二者間貿易協定と米国との広範な貿易協定をめぐる論争に苦しめられたにもかかわらず、だ。
確かに、日本との協定がEUで批准されるまでの道は、仮調印段階に至るまでのそれよりも困難かもしれない。とはいえ、これまでの極めてスムーズな進展には、2つの大事な点がある。
第1に、グローバル化全般、特に貿易協定の拒絶に向かうとされている動きは、西欧と米国に偏った現象であり、誇張すべきでない。第2に、貿易協定への国民の反対は、しばしば貿易そのものへの反対を上回る。また、抵抗の度合いには、費用と効果の冷静な議論につながらないランダムな要素もある。
TPPにおいてもEUとの交渉においても、この段階に到達した功績の多くは日本の安倍晋三首相のものだ。安倍氏は、政治経済学者が常に想定してきた役割――すなわち難しい国内改革の断行を後押しするための外付けレバー――として貿易協定を使ってきた。このケースでは、日本の保護された農業セクターの改革を推し進めるためだ。
対照的に、EUはカナダおよび米国との交渉において、国内有権者にきつく縛られ苦しめられた。不当な扱いについて企業が進出先の政府を直接提訴することを認める「投資家と国家の紛争解決(ISDS)」条項が、多弁で巧妙に組織化されている欧州の活動家たちを刺激した。この条項で議論は割れた。
EUと日本の協定にもISDS条項が盛り込まれているが、それでも抗議者の目をかいくぐって円滑に協議が進んだ。EUの活動家はカナダとの協定を米国との環大西洋貿易投資協定(TTIP)の代理指標と見なす公算が大きく、日本に脅かされるとそれほど感じていない。
ひとたび合意に仮調印し、批准の段階へと進んだら、EUは国内政治の危険な波を乗り越えなければならない。今夏、欧州委員会は外部の圧力に屈し、主にISDS条項が盛り込まれているために、カナダとの貿易協定は中央のブリュッセルで合意するのではなく、批准のために各EU加盟国と一部の地方議会に提出されるべきだとの意見に同意した。その結果、同協定はベルギーのワロン地域の妨害作戦に遭い、ブリュッセルで全面的な動揺を招いた。
■アジアのリーダーシップ必要
もし日本との協定でこの決定が再現されたら、批准は難しくなる。EUの当局者が安倍氏に羨望のまなざしを向けたとしても許されるだろう。安倍氏は、自党が議席の大多数を押さえている日本の国会で協定を承認させるのが比較的容易だからだ。
いら立たしいかもしれないが、それでもEUの各加盟国に発言権を与えることは正しい行動だ。この微妙な局面では、どれほど重要であろうとも、一つの貿易協定を成立させるために反貿易感情をあおる価値はない。
EUと日本のEPAは、貿易協定の機構はまだうまく機能すると(世界へ)強く発信するだろう。また、アジア太平洋地域の大半を含め、一部世界は、EUと米国よりもずっと、貿易協定の調印に対するアレルギー反応が小さいことも浮き彫りにするだろう。
今後数年間、貿易協定の妥結には強いリーダーシップが必要になる。そうしたリーダーシップは十中八九、アジアからもたらされなければならない。
(2016年12月7日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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