「おっそいな~、ベンジャミンのやつ……」
英国の空は今日も自殺したくなるような灰色――つまりは曇天であり、決して爽やかとは言えない。
そんな寒空の下に、ダニエルラ〇クリフから眼鏡と濃い眉毛を抜き去ったような、いかにも草食系といったイギリス男児が立ちつくしてぼやいている。
彼の名前はピーター・ラビット。
親愛なるあなたの隣人で、草食系のイギリス男子だ。
「ごめ~ん、ピーター!」
ストリートの向かい側から小柄な女の子が走ってくる。↓
彼女こそがベンジャミン・バニー、その人である!
つつましやかな胸がキュートで、ちょっとエッチなうさちゃん大好き女子だ。
ピーターのいとこでもあり、理由もなく彼に惚れている。きっと脱ぐ日は近いだろう。
「遅いじゃないかベンジャミン」
「ごめ~ん。お父さまがしつこく詮索してきて」
ベンジャミンの父であるベンジャミンバニー氏は、厳格なことで有名だ。
もし一人娘のベンジャミンがいとこの雄と出会っていると知られたら……。
ピーターに明日はないだろう。
「それじゃあピーター。今日は湖水地方にピクニックに行きましょ♪ わたしね、お弁当つくってきたのよ」
得意げにバスケットの中身を見せびらかすベンジャミン。
けれども中身はただ乱切りにしただけのニンジンが無造作に詰め込まれているだけだ。
ピーターは優しい性格なので何も指摘せずに、あいまいな笑みを浮かべるだけだった。
と、その時だ。
トゥルルールル、トゥルルー♪
ピーターのスマホが着信を告げ、そちらを見やると嫌な顔をする。
「うわぁ……非通知だよ。詐欺かなぁ?」
「変な勧誘だったらわたしが文句言ってあげるわ。スピーカーにしてみてピーター」
ベンジャミンの提案を受け入れたピーターは、通話状態に切り替えスピーカーをオンにする。
路上に通話の音声が広がっていく。
「ハァイ! ピーター! 私よ。グゥ〇ン・ステイシーよ」
「誰だよお前!!」
ピーターは思わず叫んでいたが、ベンジャミンはというと放心している。
というのもこの通話相手に対して思考を張り巡らせていたからだ。
電話の主はブロンドのアメリカ人女性を思わせる、ひどく艶やかな声であり、その声を聞いたベンジャミンは『ハァイ』の『ハ』の時点で確信していた。
この女は巨乳である、と。
そしてベンジャミンは自身のつつましやかな胸元を見下ろし、その後すぐにピーターをまるで親のかたきか何かを見るような目線で貫く。
「ちょっと電波の状態が悪いからよく聴こえないわ。とりあえずハウストンストリートのいつものカフェで待ってるから。愛してる!」
「あ、アイシテル!?」
ベンジャミンはひっくり返ったような甲高い声を上げ、そこで通話は途切れた。
ピーターはまる美人局に引っかかった気分のまま、ベンジャミンに向き直る。
彼女は相当キレている。
わなわなと震える声で、ゆっくりと問いただしていく。
「ピータ~! 誰よ、今の女は!」
「ご、誤解だよベンジャミン! 僕はグゥ〇ン・ステイシーなんて知らない! これは間違い電話で、きっとアメイジングな方のピーターと勘違いしてきたんだよ!」
ピーターには本当に電話の相手に対し、アメコミ以外で心当たりがなかった。
けれどもベンジャミンは恋する乙女である。
そんな言い訳は通用しない。
目尻にいっぱい涙を浮かべて、しゃくりあげながらピーターを責める。
「な、な~にがアメイジングよ! アメイジングなのはむしろわたしの方っ! わたしの知らないところで、きょ、きょ、巨乳の女友達がいるって知ったわたしの心境が『アメイジング』だわ!」
「声聞いただけじゃないか、どうして巨乳だってわかるんだ!」
「や、やっぱり巨乳なのね! 許さない許さない許さな~いっ!! ふわぁ~んっ!!」
ベンジャミンは泣きながらピーターをポカポカと殴りつける。
彼女の拳はあまりにも小さいため、ピーターへの物理ダメージはゼロであった。
けれどもレコード店から退店してきた独り身と思われる通行人の心は砕かれる。
はたから見ればイチャついているように見えなくもないピーターとベンジャミンを見やり、通行人は嫉妬から『ストラトヴァリ〇ス』のCDを投げつけた。
「そういう意味で言ったんじゃ! や、や、めてベンジャミン! 止めて通行人!! CDケースは結構痛いっ!!」
「うるせえ! 死にやがれ草食野郎!」
通行人は二枚目のCDケースを投げつける。
今度はソ〇タアークティカのベストだ。
「ぴ、ピーターなんて大だいだーい嫌いっ! ばかばかばか馬鹿ぁ! ううううぅう……」
ベンジャミンの機嫌が直るまでピーターは三時間かけて説得を行った。
その頃には、にんじんの切り口はすっかり乾燥してしまっていた。