ポピュリズム(大衆迎合主義)への欧州の反撃は、数時間、上首尾に運んでいた。4日日曜日の午後、オーストリアの大統領選挙で極右候補が負けたことが判明した。だが、オーストリアからの朗報は、同日夜、アルプス山脈の反対側から伝わってきた悪い知らせによってかき消されてしまった。イタリアのレンツィ首相が憲法改正に関する国民投票で敗北し、辞任することを正式に認めたからだ。
イタリアの国民投票の結果が欧州に与える影響は、6月の英国の国民投票ほどには明白に劇的ではない。英国民は投票で欧州連合(EU)離脱を決めた。イタリア国民は単に、多くの専門家がそもそも構想からしてまずいと考えていた複雑な憲法改正を拒否しただけだ。
それでも、ブレグジット(英国のEU離脱)とレンツィ氏の辞任は確かに、同じ物語の一部を構成している。欧州統合プロジェクトは、前代未聞の重圧にさらされている。英国の離脱の決断は、これを裏付ける最大の証拠だ。だが、長期的には、イタリアで展開している危機の方がEUの存続に重大な脅威をもたらす恐れがある。政治的、経済的、さらには地理的な理由による。
■親欧州からの転換
イタリアは、英国とは異なり、EUの創設メンバー6カ国の1つだ。EUの前身に当たる欧州経済共同体(EEC)は、1957年に調印されたローマ条約によって創設された。英国民は常にEU主要加盟国の中で最たる欧州懐疑派だったが、イタリア国民は伝統的に最も熱心な統合主義者だった。だが、イタリアでは、EUに対する態度が著しく変わった――長期的な経済停滞、ユーロ危機、不法移民への不安を受けてのことだ。
イタリアの有権者が現状に幻滅しているのは、決して意外ではない。イタリアは2008年の金融危機以降、工業生産高を少なくとも25%失った。若年失業率は40%に迫る水準にある。驚くまでもなく、多くのイタリア人は通貨ユーロの出現を恐慌に近い不況と結びつけている。実際、一部のエコノミストは、ユーロはイタリアの競争力に破滅的な影響を与え、国から通貨切り下げの手段を奪い、債務負担を重くするデフレ環境を生み出したと考えている。
この暗い背景を考えると、レンツィ氏はイタリアの伝統的な親欧州の立場を代表する最後のイタリア首相の一人となる可能性がある。最近では、レンツィ氏でさえ、ブリュッセルたたきに走るようになり、イタリアの海岸に上陸する何十万人もの難民に対処するための支援をEUが与えてくれないことへの無理からぬ幻滅感を表明している。またレンツィ氏率いる政府は、ベルリンとブリュッセルで処方された経済緊縮策にもいら立っていた。
とはいえ、レンツィ氏は基本的に親欧州派であり続けた。今、表舞台に出るのを待ち構えている野党各党については、それが当てはまらない。コメディアンのグリッロ氏が率いる「五つ星運動」は、レンツィ氏を倒すうえで大きな役割を果たした。