集団的自衛権を考える(5)犠牲者を出す覚悟はあるか 東京外国語大・伊勢崎賢治教授

伊勢崎 賢治さん

日本が戦後に掲げてきた「平和」が岐路に立つ。安倍晋三首相は積極的平和主義を唱え、集団的自衛権の行使容認、そして憲法改正を目指す。「日本に9条はもったいない」。東京外国語大教授の伊勢崎賢治さん(国際政治学)はそう繰り返してきた。アフガニスタンをはじめ紛争地域の現場に身を置き、武装解除に携わってきたその人が考える平和の創り方とは。

-閣議決定された「防衛装備移転三原則」により武器輸出が原則解禁になります。武装解除に携わった身としてどう受け止めますか。

「実のところ、あまり気にしていません。アフリカではゲリラが使う車の多くは日本製。荷台を改造し、機関砲を載せている。日本製は性能が良くて壊れないから重宝されているのです」

-日本で作られたものが人を殺す道具になっている現実がある、と。

「そもそも日本はすでに戦争に参加している。米国と北大西洋条約機構(NATO)のアフガニスタン攻撃に自衛隊はインド洋上での給油活動で加わっている。憲法9条があるのに、おかしいですよね」

-とはいえ、武器輸出解禁は大きな転換です。

「アフガンでの武装解除では米軍からも現地の軍閥からも、日本人だからうまくいったと言われた。日本は経済大国でありながら唯一戦争をしない国と認識されている。中立的ないいイメージに、不純なものが入ってくる感じはあります」

「ただ、そのイメージも誤解にすぎない。自衛隊の給油活動はアフガンの大統領も知らなかった。中東の国々から日本は参戦してないと『美しい誤解』をされているわけです」

■9条はもったいない

-武器輸出の歯止めになってきたのも9条でした。

「僕は9条そのものを信じてはいない。9条のおかげで平和だというが、そんなのうそ。9条を押しつけてきた米国が守ってくれているから平和だったにすぎない。その現実を直視したくないから、そう思い込もうとしている」

-でも、伊勢崎さんは護憲派として知られています。

「外交的に使えるから守れと言ってるんです。これだけの経済大国で戦争をしないし、政府開発援助(ODA)も出す。そういうイメージをつくってきたから成功した。ただ、9条のことは海外ではあまり知られてない。誤解しちゃいけないのは、そのイメージは9条のおかげではないということです」

-思考停止に陥らず活用すべきだ、と。

「戦争をしない日本には平和外交をする潜在能力がある。でもノルウェー以上のことをやってない。ノルウェーは1993年にパレスチナ暫定自治宣言(オスロ合意)への秘密交渉を仲介し、スリランカの和平合意にも尽力した。一方でNATOの一員として戦争にも参加している。でも平和国の地位は揺るがない」

-日本で語られてきた平和に不満がある。

「今までは国益の議論に終始していた。つまり、戦後レジーム(体制)によって保たれていた平和をいかに守るか、と。でも、日本のためだけの9条でいいんですか、ということです。もっとも、『9条は日本にはもったいない』と新聞に寄稿したら、護憲団体から講演に呼ばれなくなりましたが」

■テロの背景にメスを

「日本を守ってくれていた米国は元気がなくなっている。それを認識すべきです。2001年から続くアフガン戦争は米国建国以来最長の戦争です。経済は疲弊し、米国は今年中にアフガンから撤退する意向です。平和を引き続き享受したいと思うなら、日米両国の利益になる9条を大切にしていかなければならない」

-9条は米国の利益にもなるのですか。

「アフガン戦争は終わっていません。逆に(国際テロ組織の)アルカイダ的なものは拡大している。テロの背景には社会の腐敗や貧困がある。構造的な暴力の被害者たちが宗派や言語などで集団化し、衝突して内戦に発展してしまう。ロシアとチェチェン共和国の関係や中国の新疆ウイグル自治区もそう。世界が共通して抱えている病気です。この病気との戦争が9・11以降始まった。その戦いの中で日本が果たせる役割がある」

-役割とは。

「テロの根絶には構造的な社会問題にメスを入れ、テロを嫌う社会、過激な思想を生まない社会をつくっていかなければならない。当事国の内政に入り込み、変えていくしかない。それは優しく、平和的にしかなし得ない。危険でも武装勢力の中に入って調停したり、停戦を監視したりすることも求められている」

-それができるのは日本だ、と。

「9条がつくりだした日本の体臭というものがある。9条の下で暮らしてきて好戦性というものがない。戦火に生きる人々はそれを敏感に感じ取るのです」

■積極的平和主義とは

「そういう意味では、テロとの戦いにおいて日本も集団的自衛権を行使して参戦すべきだと思います」

-集団的自衛権は同盟国が攻撃された場合、加勢する権利のことですが。

「あくまで非武装で、平和的に、です。それは米国が一番望むことでもある。米軍は自衛隊に武力を使って手助けしてほしいなんて思っていない。NATO加盟国の軍隊は皆銃を撃てるわけだから。武器は使えないけど現地の人の心をつかみ、社会の何がテロリストを生んだのかを考える部隊が一つくらいあったっていい。安倍首相の言う『普通の国』になる必要は全くありません」

-武力は平和介入の選択肢の一つにすぎない。でも安倍首相の掲げる積極的平和主義からは、そうした考えはうかがえません。

「非武装で戦いの中に入っていく。これこそが積極的平和主義です。いままでは武力を使わない代わりに、本当に危険なところに入ってはいかなかった。本当にやるとすれば犠牲者が出ると思う。その覚悟があるかどうか、です」

■安倍首相が提唱する積極的平和主義

自衛隊の海外展開を念頭に世界の平和と安定のために貢献することをうたう。特定秘密保護法の制定や国家安全保障会議創設、集団的自衛権の行使容認、武器輸出三原則に代わる防衛装備移転三原則といった安倍政権が進める安全保障政策の見直しは、いずれも同じ文脈に位置付けられる。1月の施政方針演説で安倍首相は「国際協調主義に基づく積極的平和主義の下、米国と手を携え、世界の平和と安定のためにより一層積極的な役割を果たしていく」と意義を強調した。

◆いせざき・けんじ

1957年、東京都生まれ。東京外国語大教授。インド国立ボンベイ大学大学院に留学中、スラム街の住民運動に関わる。2001年から国連シエラレオネ派遣団の武装解除部長を務め、03年からは日本政府特別顧問としてアフガニスタンにおける武装解除を担当した。

【神奈川新聞】

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