エホバの証人時代の辛く苦しい思い出を、明るく楽しい思い出に変えてみる。
そんなことなんてできるのだろうか、とずっと思っていた。
だけど「あの頃を思い出すだけで気が滅入る」なんて言っていたら、イイことはない。そんな話は聴いているほうが、余計に気が滅入ってしまうはずだ。
だから「あの頃を思い出すだけで、今でもなんだか、たまらず笑いが込み上げてくる」とかそんな愉快な話に書き換えるだけで、自分も相手も随分とその話に対する受け止め方が変わってくる。
例えば、自分の場合。
「あのリーゼント巡回を誰か注意する奴はいなかったのか」とか、「誰も注意せず野放しにされたリーゼント巡回なんてまるで裸の王様だな」とか。
あのテクノカット巡回に、誰か「その髪型時代遅れですよ」って突っ込み入れる奴はいなかったのか、とか。
いろいろな個性豊かな超人たちを思い出すだけでなんだか笑けてくる。
あんな超人たちには普段の生活ではなかなかにお会いできないな、と。
だって、あんな髪型で、演壇からキリストの愛を説いたり、奉仕を励ましたり、自己顕示欲満々の自分大好き人間なのに、聴衆に向って、熱心に自己犠牲をすすめていたり、私の聴問会に参加した時には笑いながら怒ったりしてるんだから、もう全てがギャグとしか思えない。
「あんな髪型は一般社会では絶対通用しないけど、エホバの証人の狭苦しい社会だから許されるんだろうな、きっと」とか。いろいろと考えると全てが全て喜劇に思えてきた。
そんな風にして肩の力を抜いてみる。
「人生に無駄なことなんて一つもない」
あの巡回監督だって、必死になって、ある種の笑いを自分に教えてくれようとしていたんだ、と。
そういえば、、
「東京都稲城会衆の隣の永久宿舎で、テクノカット巡回から、美味しいコーヒー豆をプレゼントされたなぁ」と、そのときのこともたまにふと思い出したりする。
あの時「やっぱり巡回はイイもん飲んでるんだなぁ」と何気に感心したものだ。
そのおこぼれにあずかったのは何を隠そうこの自分だったし。。。
なんだかいろいろ懐かしくなってきた。
「そういえば、あんな強面の巡回監督たちも開拓者学校だけはリラックスして、とても楽しげな様子だったなぁ」
だって好き勝手話していて、1日が終わるなんて、彼らにとっては最高の二週間なんだろう。
それは野外奉仕で家から家に次々に知らない人を訪ねるよりずっと楽しいものだろう。そう考えると、巡回監督も大変な稼業だ。
そういえば、かつての友人である巡回監督 小林正純は今も元気かな。
彼も内面を隠しつつ、上っ面を上手に飾り着けて、適当に振る舞ってて、なかなかに世渡り上手な男だったな。
いずれも懐かしい思い出たち。。
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