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法学委員会出身弁護士とその素顔 貼り付け②

 投稿者:おおぐろ  投稿日:2016年12月 5日(月)13時29分36秒
  (張り付け開始)

“人間革命”といっても下半身の人格は一向に変わらない

桐ヶ谷や八尋も、女好きでは人後に落ちない。

たとえば、昭和46~7年ごろ、沖縄復帰にともない、沖縄創価学会の合併手続きのため現地に滞在したときのことである。

桐ヶ谷は、石垣島で“夜の女”を買った。その体験を、山崎正友や八尋頼雄に自慢話した。

2人は散々冷やかした。

「あの女は、額に吹き出ものがいっぱいあったぞ。変な病気をもっていたに違いない。あの手の女は危ないからな……」

桐ヶ谷は青ざめて、那覇に帰るとさっそく皮膚科の医院に駆けつけた。医者は抗生剤等を処方したうえで、一カ月ばかり性行為を控えるように指示した。帰国した桐ヶ谷は、毎日のように抱いていた女房との交渉を断った。女房が誘っても応じない。

1カ月が過ぎて、晴れて女房を抱いたとき、感極まって桐ヶ谷は思わず口走った。

「ああ、お前がやっぱり一番いい!」

とたんに女房は、桐ヶ谷を突き放した。

「ちょっと、一番いいって、誰と比べて言っているのよ。誰か他の女とやったの!?」

あわててあれこれ言いつくろおうとしたが、もはや手遅れ、あとの祭りである。

女房は桐ヶ谷を許そうとしない。

「あれほどナニが好きなあんたが、1カ月も何もしないなんて、本当におかしいと思っていたわ。それと、私に隠れてこっそり薬を飲んだりしていたら、なおさら分かるわよ」

桐ヶ谷は、ありのままを白状し、平身低頭謝ったが、許してもらえない。

翌日、女房は、夫婦の仲介人である山崎正友のところへ、自分が印鑑を押した離婚届をもってきて、「あなたにも責任がある。主人に印鑑を押させてください」と言って置いて帰った。

山崎正友も閉口して、あの手この手で必死になだめ、何とかもとのサヤにおさまらせた。

そんな桐ヶ谷は、それでも一向に懲りず、その後もソープ遊びなどに率先して付き合った。

一方、八尋も、その方面では人後に落ちない。

学生時代、下宿していた家の女房(学会員。その折伏で入会)とねんごろなり、家賃を免除してもらい、亭主に隠れてうまい食事にありついていたチャッカリ派であるが、創価学会本部に入った直後、「レストランはくぶん」のウエイトレス(女子部幹部)とねんごろになり、結婚すると言い出した。周囲がいろいろと手配して、池田大作のOKを取り、どうやらメデタシとなりかけたとたん、八尋はこの女性に飽きて、婚約を解消した。創価学会のなかで出世するには、結婚相手の女も選ばなくてはならぬということに気づいたのである。

やがて、池田大作の指名で第一庶務の女性と結婚、山崎正友が結納を納める役をおおせつかった。結婚式には、池田大作の妻香峯子が出席した。ところが、子供できたこの女性と、また離婚してしまった。そして再婚しようとしているが、娘の反対でままならないという。

女に弱いのは、セクハラで秘書に訴えられて名を上げた片上公人(元参議院議員)だけではない。

なお、さらに余談だが、“情報師団”にも、女の話はつきものであった。北林芳典の酒グセと女グセの悪さは相当なもので、酔うとサディスティックになる。

池田大作出席の結婚式で娶とった妻に、酒に酔った北林は、「お前はただでメシを食わせてもらっているのにサービスが悪い。トルコ(ソープ)の女は、1万円で何でもする。お前も見習え」と命じ、泣いている妻に手淫やフェラチオを命じた。

途中で爆発した北林の精液は天井まで届き、仰向けに寝ていた顔面に降りかかった。北林は、「何て不器用なんだ。片手で上からあてがっていないからこうなるんだ。バカヤロー」とののしり、妻をなぐった。

北林は、酒の席で、酔っ払うとこの話を自慢げに披露するのがクセだった……。“裏の仕事”は、どうしても人格を荒廃させるのだ。

(張り付け終了)
 

気になった様

 投稿者:大樹  投稿日:2016年12月 5日(月)13時25分39秒
  ありがとうございます

しかし、まだまだです

牧口先生には戸田先生が!
戸田先生には池田先生が!
そして、池田先生には?
今はまだ「奥様」しかいないのではないか?と思います

中国の人は良く見ています
以前三代会長の絵を書いて贈って下さった中国の画家がいます
その絵はまさにその姿を描いておられました

牧口先生には戸田先生
戸田先生には池田先生
池田先生には「私」がいる!

そんな1人になりたいと奮闘中です

恐らくこの板の皆さんも同じ思いだと思います

「私」がいるという弟子が澎湃と立ち上がり、森にして行くことが大切だと思います

考えると原田会長は真の弟子が目覚める為に「悪役」している存在なのかもしれないです
今や日顕を越える悪役です

善は団結しにくい
しかし、ここまで悪役が跋扈し、会員を集票マシン、新聞拡張員にしているのを見たら、団結せざるを得ない


先生は
難は有難い
私1人でたくさんの青年を育てるのは難しい
難のおかげでたくさんの青年が育つという話をされました

「共戦」の揮毫初披露して下さった会合で
「誓いを貫き、同志を護り、正義を打ち立てる師弟不二の弟子がいるかどうか
一切は、それで決まる」

自民党の集票マシン、新聞拡張員にされている会員を見て「可哀想ではないか!」「おかしいではないか!」
という弟子が澎湃と現れる時
その時が先生の勝利の時だと思います

先生が生きて下さっている時に「勝利」をお届けしたいと思っています

先生はマンデラ大統領と会見した時、言われます
「後継者はどうなっていますか?
   マンデラと言う一本の高い木だけでは  森は出来ません」

世間は今、同じ思いで先生を、学会を見ているでしょう

自ら一本の木となり、一緒に「森」を作りましょう!



 

法学委員会出身弁護士とその素顔 貼り付け①

 投稿者:おおぐろ  投稿日:2016年12月 5日(月)13時22分48秒
  (張り付け開始)

法学委員会出身弁護士とその素顔

打ち合わせを終え、作業に飛び出して行った情報師団と入れかわりに、桐ヶ谷章、八尋頼雄両弁護士が入ってきた。

東大大学院卒で創価大学法学部の教員(のちに法学部長)を兼ねる桐ヶ谷章は、法学委員会の責任者でもある。創価学会員の学生を訓練し、司法、官僚、外交官、経済界、マスコミ、医者等々あらゆる方面に送り込み、池田大作が総理大臣となったときの手足として働く人材を育成するというのが、法学委員会設立の目的であり、池田大作の指示で山崎正友が創設した。(RC:この人材たちが2005年5月3日までに達成すると称している「総体革命」の担い手になるらしい)

神崎武法(検事、のちに公明党委員長・郵政大臣)、浜四津敏子(弁護士、のち公明党委員長代行・環境庁長官)らとともに、桐ヶ谷章、八尋頼雄、福島啓充(弁護士、創価学会副会長)、添原良治(弁護士、公明党代議士)遠藤乙彦(外交官、元公明党代議士)らは、皆法学委員会出身であり、山崎のあとがまには桐ヶ谷章が座った。八尋頼雄は、弁護士ながら創価学会事務局長として専従職員となり、池田大作の秘書兼側近として事務局を総括するほか、墓苑造成事業、大石寺対策や情報活動など、やはり山崎正友のやっていた分野を引き継ぐようになる。

のちに、ルノアール絵画疑惑で有名になるが、昭和51年ごろは、まだそこまで実力者になっていない。

山崎、桐ヶ谷、八尋の3人の弁護士で、創価学会の法律問題はすべて仕切られる。

資料のコピーに目を通し、山崎正友から熱海での打ち合わせの内容を聞いていた2人は、ニヤニヤしながら顔を見合わせていたが、例によって桐ヶ谷が口火を切った。

「隈部もよく書くなあ、こんなことまで。でも、これ本当なのかなあ。ボスは知ってるの?」
「馬鹿野郎、本当のわけがあるはずないだろう。皆デタラメに決まっている」

思い入れよろしく言葉を区切ってから、山崎正友はさらに続けた。

「という前提に立って、処理に当たるのが我々の仕事だ」

桐ヶ谷のズッコケぶりにゆるみかける顔を引き締めながら、山崎正友は宣言した。

「このA子というのは、本田章子さん(当時は結婚して吉田姓)だよな。それと渡部通子さんと多田時子さんだな。赤坂の芸者というのは、一度『週刊新潮』が書いて、こちらがねじ込んだことがあったっけ。他にもいるのかな。吉良さん(女子部長)、外山さんとかはどうなんだろう。ああいう女と、一ぺんでもいいからやりたいなあ」

3人は、大笑いになった。

余談だが、創価学会首脳は、池田大作を見習ったわけでもあるまいが、女に弱い人物が多い。クセも決してよくないといえる者も少なくない。
秘書にセクハラを働いて訴えられた公明党参議院議員をはじめ、醜聞を流す議員も1人や2人ではない。最近では、幹部同士が不倫関係のもつれから会館内で刃傷騒ぎをおこし、パトカーが呼ばれるという事件や、公明党議員が買春や淫行罪で逮捕されるケースもいくつか出ている。

さらに創価大学元学長の息子で大学教授の男が、愛人の若い女性との性交場面を映像化してインターネット上で売っていたという事件も、つい最近世間を騒がせることとなった。

(張り付け終了)
 

「撃ち方止め!」――法学委員会出身弁護士とその素顔

 投稿者:おおぐろ  投稿日:2016年12月 5日(月)13時18分16秒
  ネットからの拾い物で恐縮だが、アップしておく。

「法学委員会出身弁護士とその素顔」
http://soejima.to/boards/past.cgi?room=sirogane&mode=find&page=230&word=%C3%D3%C5%C4%C2%E7%BA%EE&cond=&view=10

これは、法学委員会初代委員長の山崎正友が2001年に出した『「月刊ペン」事件 埋れていた真実』(第三書館)という本からの抜粋である。

山友が書いたものだから、どこまでが本当でどこからが嘘か分からないが、はっきり覚えているのは、この本が出るまでは、聖教本紙や創価新報、第三文明等々の学会系メディアで、山友の下半身問題を徹底的に攻撃していたのだが、この本が出るや、「撃ち方止め!」。ピタッと完全に止まったことである。

ここで取り上げられている弁護士の一人からの指示であることは明らかだった。

山友の報復の一撃で、一発KOされた学会弁護士たち。こんなんで極悪と戦えるわけがない。

竹入や矢野と和解したのも、叩けばいくらでも埃が出る、わが身を守るためだったのでは!?
 

遠くから、出る幕ではありませんけれど・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 5日(月)13時14分20秒
編集済
  あるところで確認しました・・

「民事訴訟において参考人招致という手続きはありません。
参考人の審尋(民事訴訟法(以下同じ))という制度はありますが、参考人には出頭義務はありません。 」

もし、先生を参考人として申請していたとしても、どういう申請なのかでしょう?

先生には学会の人事権は全くありませんから、どういう参考人としてなのか・今の所、理解不能・不明

証人喚問は国会のことであり、民事訴訟ではそういう言葉はないですね。

もしも、何かの参考人として先生を裁判所に申請し、それが、認められて、裁判所からの呼び出しが

あったとしても、出席は義務ではありません。医師の診断書をもとに出席を断ることができます。

3人さんのプログをよく読むと、悪の枢軸が先生の名を利用していることで、先生は健在であるということに

繕って学会員全体を騙している。

それを、恐れ多いことですが何かの形(例えば診断書等の入手)で証明したいということからではないでしょうか・・

もし、そうだとすれば、相当の覚悟と決意、思索を経てやっていることは間違いないでしょう。

でも、何れにしても、今後の経緯を見て、実際はどのようなことかを見てみる必要があると思います。

それから、判断をしてみたらいかがでしょうか・・

遠くから、余計なことですが・・

http://

 

(無題)

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 5日(月)13時05分17秒
  宗教は語る 平和への貢献

創価学会名誉会長 池田大作
北東アジアの交流を

「平和の確立のため,人類文明の進展のために,主要にして積極的な貢献を なすのは,東アジアであろうと期待します」  英国の大歴史家トインビー博士の忘れ得ぬ言葉である。 30年前,ロンドンのご自宅で,博士と私は「21世紀への対話」を重ねた。 その一つの焦点は,中国
と韓・朝鮮半島,日本など,北東アジアの巨大な可能 性であった。  博士と2年越しの対談を終えて,欧州から戻った翌月(1973年6月),私が真 っ先に訪問したのは, 福井県である。  いにしえのギリシャ・ローマ文明は,地中海の交流が育んだ。新たな21世紀の 文明創造の海は, 日本海であろう。福井は,この「東洋の地中海」沿岸の中心点
である。 ☆  環日本海が一つの輪となり,民間の力を軸に,地域の発展と環境の共生をめ ざそう――  今年の7月,福井新聞社で行われた「北東アジア交流プロジェクト」の論点を ,感銘深く伺った。  地球を町に譬えれば,北東アジアの国々と日本は「向こう三軒両隣」の関係 にある。 隣同士が緊張したままでは,互に不幸だ。両方が損をす
る。  昨年の秋,ゴルバチョフ元ソ連大統領と再会した折にも,環日本海の対岸交 流が話題となった。  「時代の流れに身をまかせるのではなく,そこに意思をもって働きかける努 力が必要です。 そのために,我々は対話し,協力し合わねばなりません」  冷戦を終結させた
人物だけに,重みのある一言であった。  日本の指導者も,平和への確固たる信念とビジョンを持つべきだ。 戦後の日本は,欧米諸国ばかりに目を向けがちであった。 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)との問題も,政治の対応があまりにも鈍感 であった。  足下の安定と友好を築かずして,真の平和はない。ここに,歴史の鉄則があ る。  日本
がリーダーシップをとって「北東アジア平和会議」を行い,国連等と連 動させる積極的な試みが あってもよいのではないか。 ☆  古来,敦賀港を擁する福井は,大陸の施設を迎える松原客館が置かれるなど ,日本の表玄関であった。1900年の1月,真冬の荒海で難破した韓・朝
鮮半島 の商船を,泊村(小浜市泊)の村人が救出した歴史も有名である。記念碑には ,「海は人をつなぐ,母の如し」と至言が刻まれている。  韓国との国交成立前に,水原の青年会議所と友誼を結んだ民間
交流の先駆の 県も,福井だ。  国家の政略に左右されぬ,民間と民間,人間と人間の交流が,ますます,重 要な時代に入った。 その尊いモデルが,福井県出身の教育者・藤野厳九郎先生と,中国の留学生・ 魯迅青年の出会いではないだろうか。  私も,文豪・魯迅負債が恩師の国へ寄せた友情の深さを,ご子息の周海嬰氏 から伺った。  今,師
弟の故郷である福井県と浙江省には,20に及ぶ友好関係が結ばれてい る。 省都には,麗しい「福井杭州友好公園」がある。 ☆  何よりも近隣諸国と,信頼と友好を結ぶべきである。 これが,日本の哲学であり,目標でなければならない。  いわんや,20世紀の日本は,アジアの歴史に,暴虐な戦争の悲劇を刻んでし まった。  心から信頼される
日本への努力を,絶対に忘れてはなるまい。 すべて「平等互恵」こそ,真実の平和の定理だ。  四半世紀前,フランスの行動する文化人アンドレ・マルロー氏と私は,対談 集を発刊した。 その出版を喜ばれ,福井県生まれの碩学・桑原武夫先生がエールを贈ってくだ さった。  「平和の精神の普及と,人類の地球的結合へ,さらなる民衆の運動を

!」と 。  日本海に臨む急斜面で,厳冬を耐え抜いて凛と咲く県花・越前水仙――。  21世紀の北東アジアの青年たちの心に,教育と文化の交流で美しい友誼の花 々を開花させていきたいと, 私は願う一人である。

2002年11月20日 福井新聞より



特別寄稿の「提言」に思う
鋭い"見識と先見"そして行動
福井県 勝木 健俊 (福井商工会議所副会頭)

池田名誉会長の「教育」「文化」に対する提言を,いつも注目しています。  今回,福井新聞への特別寄稿「平和への貢献―北東アジアの交流」も,示唆 に富む提言に,感動を深く しました。  名著として,今も読み継がれている,トインビー博士との対談集『21世紀へ の対話』で, すでに北東アジアの巨大な可能性に言及された

高い見識。 また,日本海を「東洋の地中海」と見なされ,トインビー博士との対談後,真 っ先に沿岸の中核都市・ 福井を訪問された行動。感銘を覚えます。  当時,冷戦構造のなかで,第2次世界大戦の戦後処理の問題を抱えながら,日 本は,北東アジアの諸国と国交正常化に
努力し始めたころであったと思います 。  その後のアジアの発展・交流を見るにつけ,名誉会長の先見の明を実感しま す。平和のために,
足元の 安定と友好を築かねばならない,との強い信念が,率先の行動を生むのだと思 います。  日本海沿岸の発展を担う私たちが奮起し,北東アジア交流の道を大きく開い ていきたいと思います。

2002年11月28日 聖教新聞「声」の欄より

 

ジョーさんへ

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年12月 5日(月)13時00分36秒
  ご返事ありがとうございます。

ことの発端は柳原氏のブログに掲載されていたものの事実確認を私が取り上げたことによります。
今の議論は事実確認といったところから師弟論になっていますが、元々の池田先生の民事での証人の申請は、私は信憑性が高いと思っております。

なぜならば、裁判記録は誰でも入手でき、真偽の判別が確認できます。
そもそも、足軽会等の記載内容については詳しくは存じ上げませんか、裁判の内容については、事実でないものを捏造してブログ掲載していたならば、ジャーナリストとしての信頼性がなくなるからです(宿坊での人物評を抜きにして)。これは、情報提供として本部からあったのか、ご自身が閲覧したのかは定かではありません。
このことからも、ジョーさんの言葉を借りれば、事実根拠の提示となれば、宿坊の掲示板で議論していることの中でも、憶測の域を出ないものが多々出てきてしまいます。

裁判自体は3名と対学会本部であり、他人である我々がどうこうできる話ではありません。
そのために裁判所があるわけで、裁判の中身について議論しても価値的であるとは思えません。(関係者なら話は別ですが)

大事なことは、その一つの事実(仮想でもいいですが)を捉える我々が千差万別であり、かたや師匠招致もOK、いやそんなことは絶対あってはならないと意見が別れており、弟子とは何かーと多角的に意見を出し合うことだと思います。
そうだな、本当に弟子とはそうあるべきかもしれないーと認識をあらたにすることいいわけです。

掲示板で善悪、真偽を判別することについては、一人一人のまなざしに委ねられますが、あくまでもライン(現場)で戦う私にとっては、悪を見抜く判断材料にもなっていますし、勉強させていただいておる次第です。
 

ヨッシー様、ヽ(^○^)ノ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年12月 5日(月)12時51分1秒
  おいヽ(^○^)ノ勃樹ちゃんと仕事しろよ(^○^)

ヨッシー様、いつも素晴らしいヽ(^○^)ノ

悪代官達に明日は来ねーぞ(*^▽^)/★*☆♪
 

裁判記録

 投稿者:ジョー  投稿日:2016年12月 5日(月)12時31分44秒
  ロマンさん

ぜひ、そうされた方がいいと思います。
重要なのは「事実」であり、見解を述べるならばそれに基づくべきです。
そもそも、学会員三名が池田先生を証人喚問した、などと誰が言い出したのですか?
出所はどこなのですか?
出所のわからないところで議論すべきではないし、
それが明確であるならば言い出した本人に直接聞いてみたいところです。
 

新年◯行会入場券

 投稿者:現場では…  投稿日:2016年12月 5日(月)12時03分31秒
  会館御用達の輪転機にての黒一色の
通常の入場券でございました。
経費削減とはいえ…
寂しい気持ちの新年入場券です。
 

本日も、実に生々しい信濃藩物語

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 5日(月)11時43分44秒
  ・・・ヨッシー様、ご苦労様です。

しかし、実に生々しい傑作・痛快、痛快・劇場・・

書くのが実に大変だなと推察します。しかし、命名が実にうまいですね・天才・・・

悪の枢軸も大変な人を敵にしたもの。

真相を描いた痛快・ユーモアと茶目っ気たっぷりの小気味いいタッチの「信濃藩家中見聞」

永久に残るでしょうね。あ~毎日が楽しみ・・ワクワク・できるだけ長く続けばと期待。

しかし、本当に先生のお弟子さん方、素晴らしい人が銀河のごとく

今、その人々が雲集のごとく・・ここに・


ペンギン
 

「信濃藩家中見聞」 其の十七

 投稿者:ヨッシー  投稿日:2016年12月 5日(月)11時11分8秒
  其の十七

城代「皆行の守! 新律令はいかがいたす所存じゃ!」

勃樹「はい、只今も律令方を締め上げて居ります。森中小判鮫太夫(もりなか・こばんさめだゆう)は早々に寝返りましたが、なにせ奴は文書が書けぬゆえ、何の役にも立ちませぬ。一番の問題は、律令方長官の遠藤法華守千恵蔵(えんどう・ほっけのかみ・ちえぞう)でございます。口を開けば『殿のご意思は』『過去との整合性が』と騒ぎたてまする」

城代「うむ。先日も呼び出してあの手この手で脅してみたが、一向にらちが明かん。それどころか、奴め、これまでの経過を文書にしてわしらを突き上げてきおった。しかもじゃ、わしが『命令に従えぬのは分派活動じゃ』と怒鳴りつけたら、奴め、『殿のご意思に背くそちらこそ分派活動でござろう』などと言い放ちおった」

勃樹「ほほう」

城代「何を感心しておるか。昨日は、『質問状』なる文書を持って、坂田の守の所へも出向いたようじゃぞ」

勃樹「大丈夫です、ご城代。坂田の守へは、頼綱さまが根回しをされて、口裏を合わせるようになっております」

城代「知っておるわ。だが、坂田は根がアホな上優柔不断、ちょっと突き上げられると、すぐオタオタしよる」

勃樹「たしかに。では、今のうちに律令方は捨てて、学問所にいる御用学者の二人にやらせるようにいたしましょう」

城代「それがよい。本年は、どうしても新藩律の発表までこぎつけたいからのう。律令方は解体処分にせい! 遠藤の代わりに小判鮫太夫を据えて、体裁だけ整えておけばよい」

勃樹「かしこまってございます」

城代「それがうまくゆけば、来年は第二弾を考えておる。実は、こっちが本命じゃ」

勃樹「本命?」

城代「まあよい。オヌシはさっさと学問所へ飛べ。もし歯向かう者があれば報告いたせ。徹底的に仕置きしてくれようぞ」

勃樹「では、これにて御免。(ご城代はマジだぜいw。昨年とはうって変わって強気だわ。ついに殿を見切ったな。しかも来年は本命? ひよっとしてやっと拙者の時代が到来か? フョッ、フョッ、フョッーのフョー)」

(つづく)


※これまでの投稿はこちらを。
壱の巻(平成二十五癸巳ノ年)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60751
弐の巻(平成二十六甲午ノ年)
其の十三  http://6027.teacup.com/situation/bbs/60907
其の十四 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60959
其の十五 http://6027.teacup.com/situation/bbs/61015
其の十六 http://6027.teacup.com/situation/bbs/61055
 

限界突破

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年12月 5日(月)10時48分54秒
  創価教育学体系一巻より 学問発達の三段階

「第一期は人類は多数相集り社会を形成して種々の生活行動を日常経験しながらも、未だ真理に対する自力的認識の能力が発達しない。其れが為に先覚者の人格を信じて、其の人の言葉を一も二もなく尊重して、決して間違いはないと、少しの疑いもなく信仰する時代である。」

「第二期は人智がやや発達して、今迄他人にのみ依頼して居た状態の中に、自分の経験からたまたま或真理を発見して、自己の力を過信して来る場合である。あたかも或る小さな発明家が其の初期に於ては、他人から見て児戯に類するようなことでも、非常に熱中し、誇大に信じて、其の価値を正当に判断するに遑(いとま)がない状態の如く、一切の真理を自分の経験に依って決定せんとする時代である。」

「第三期は自分の力をむやみに過信した第二期生活の反動として、単に自己経験のみに執着せず、広く衆人の同様な経験を比較対照し、且出来るだけの材料を集め、それに依って科学的、合理的の概念・理法を構成する時代である。」

::::::::

信心(人間革命)においても、同じ三段階の過程をたどるのではないか。信心したての第一期は、組織や先輩の言う通りに信心活動に励み、疑わずに実践していくことが肝要である。そこで信心の基礎と、福運の基盤を構築していくこと。土台をつくることに専念し、素直に吸収していく時期である。

第二期は、ある程度の信心のコツをつかんでいる状態であり、組織や先輩に頼るのではなく、自分の頭で考え行動する、信仰者としての自立の段階である。いろいろな指導があるが、「自分はどう思うのか」と、自身の考えを明確にし、自立する。皆が聞きたいことは、「先生はこう指導されている」ではなく、その上で、「あなたはどう思うのか」という、「あなた自身の言葉」である。

第三期は、自立した信仰者である自身に限界を感じ、洗練された信仰者へとバージョンアップする段階である。自身の考えを確立することはよいが、その場合、独りよがりになるリスクがある。また、自身の考えがすべて正しいわけでもなく、自己満足にも陥りやすい。御書や創価三代の指導、さまざまな人の考えや経験等と、照らし合わせ、自分の信心が、仏意に合致しているかどうか、広宣流布のためになっているか検証していく。

信心していても、人として成長しなければ、価値を生み出せない。牧口先生は、教育の発達において、第一段階を出ることがないことを歎かれた。信心も、第一段階で止まっていては、これからの、弟子の時代を乗り越えることは出来ない。限界を突破し、洗練された信仰者へと信心を深化させる必要がある。その先に、自身の発迹顕本も、出世の本懐の成就もある。また、54年体質脱却のキーにもなる。

組織や幹部(先輩)、池田先生頼りの第一期の信心から、自分の頭で考え行動できる、自立した第二期の信心へと成長すること。そして、限界を感じ、御書、三代会長の指導、種々の考えや経験から比較検証し、洗練された信仰者へのレベルアップの第三期の流れが、人間革命の道である。創価学会とは学ぶ会であり、学ぶということは、成長するということなのである。
 

おはようございます!

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月 5日(月)09時58分53秒
  ゲスっぷりが止まらない安倍及び自公ナサケネー政権。

いい加減に目を覚ましたほうがいいですよね。

我々は、サイテー政権に振り回される日本国民であり、

世界中から「驚くべき羊群」であると、「大災害時のパニック極小の整然」を裏返し、

こういう事なのかという驚嘆の現状。



ところで、安倍の内閣参与の面々、面妖な人間がいるいる。

たとえば、飯島勲。

この人、『ひみつの教養』(プレジデント社)という本を出しております。

この本、一言で言えば「不祥事をゴマカす卑劣な手口を自慢げに公開」した、

「正義なんてばかばかしくって」本。



こういう「悪知恵指南書」の類を世間に出すようないかがわしい荒事師を、

いわゆる「政界の寝技師」のごとく重用するのって、どう思います?



つまりですね、安倍及び自民公明はですね、このような人物の目線で汚染されている、

モラル無き低能政権であるから、恥も外聞も、社会人を納得させる「わきまえ」も捨てて、

強行採決を毎度の定番にし、憲法をバカにして、国会を冒涜し、国民をコケにし、

恐れ多くも国庫(税金だろー)に巨大な穴を開け、くれてやっちゃうんですよ、国民以外に。



それを、追随ですよ、執行部シナノ藩家中は。



彼等の指示にやすやすとのっかり国を破壊して、多くの国民に、「善の顔」した狂人「破壊者」

と認識されている、それが事実なのに、いつまでも疑いもしない常識しらず、井の中の蛙、

何を言っても蛙のツラに○○、そんなふうな人もいますが、大方もう分かっています。



聖教珍聞ですが、ある意味70年前の大本営発表とそう変わりません。

公明珍聞も、安保賛成時の「マンガ」(やけに大きな目玉が登場する)を見て、

こりゃ駄目だと思いました。会員を平気で騙していますよ。

これら機関誌は、記事が適宜まだらにグレーとなり、どう見ても魔に食い破られています。



真実への窓は、赤裸々な事実と、思いの吐露が詰まっている、この宿坊しかありません。

宿坊の掲示板は、目覚めた会員にとって、暗夜行路の灯台のような存在です。

本当にありがたいです。

今、元職三人の事での議論も、組織では出来ないことがここでは正直に行われているのです。

前を向いて、進んでいる証拠です。

今少し事態を見守りましょう。





 

二十一世紀への対話18

 投稿者:まなこ  投稿日:2016年12月 5日(月)09時43分56秒
  【池田】 近年、精神身体医学等によって、精神と肉体の相互関係は、学問的にも一般に認められるようになりました。また、メダルト・ボス等の医学者は、心的エネルギーと肉体的エネルギーが人間生命において相互に交流し合うという考え方を示しています。このような考え方は、生命を“色心不二”と把握した仏法の思考法に合致するように思われます。
しかし、仏法ではさらに思考を進めて、精神・肉体が渾然一体となって脈動し、能動的活動を続ける生命の本質を、宇宙生命との関連から考察していきます。私はこうした仏法の考察に立つとき、初めて精神と肉体の不二の関係をただ認識するだけでなく、生命を新たな創造の方向に能動的に生かし、有機的に発揮させることが可能であると考えます。

【トインビー】 私も“色心不二”は地球上ないし他の天体に棲息するあらゆる生物種の各成員の姿に認められるものであり、また宇宙生命の流れの一部をなしていると考えます。さきにも述べましたが、生物の各個体はいずれも宇宙と同一の広がりをもち、それゆえ全宇宙そのものと同じなのです。ヒンズー教の“タット・トヴァム・アシ”(汝はそれなり)という格言は、生物個体と“究極の実在”との関係についての真理を示すものであると私は信じています。
 

柳チャ~ン、ホントに必死だね~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年12月 5日(月)09時35分36秒
  おはよう柳チャン、本日のお題「カルト化する一方の福岡一味」、ホント毎日必死だね~(笑)

すでに、ジャッカルさまが斬っていらっしゃるので、小生からは一言だけね~(笑)

>これらは過去の教団脱会者とウリ二つの行動といえよう< って(笑) これってスリ替えだよね~(笑)

いいかい柳チャン、過去の脱会者は常に師匠がターゲットだよ。元3名の方は、執行部がターゲットなの。

相手が全然違うのを、さも同一化して、スリ替える印象操作だね~(笑)

何回も言うけど柳チャン、柳チャンはさ~、元3名の集会に行って、取材して、モノを書くべきだったんだよ~(笑)

日蓮大聖人だって、公場対決を要求してたじゃな~い。師匠も法論として公場対決したでしょう。

自称「妙法のジャーナリスト」なんだから~、どうして公場対決しないの? って問題なのよ~(笑)

公の場からは逃げまくり、陰でこそこそとコラムで文句いっても説得力ありませ~ん。(大笑)

今度の外国特派員協会での記者会見が最後のチャンスだよ~(笑)柳チャン、

柳チャンも一応ジャーナリストの端くれなんだから~、行って取材すればいいじゃな~い。

ぜひ、直接取材したうえでのコラムを期待してるよ~、ガンバレ、柳チャン(笑)
 

ちょっとむかっ腹が立ちましたもんで……

 投稿者:ジャッカル  投稿日:2016年12月 5日(月)08時22分53秒
  柳原滋雄氏のコラムを毎回読んでいますが、珍しく感想を書きます。

>すべて我々が正しい、学会本部は間違っている――。職場や教団組織に多大な迷惑をかけ、追い出された人間たちが、自己正当化の論理をあからさまにしている。これらは過去の教団脱会者とウリ二つの行動といえよう。

学会本部の一部の、しかも決定権を持っている質の悪い者が間違った事をして、それにまっとうな意見をして問題が始まったのです。そういう事実が自己正当化云々なんですか?

>また教団内における金銭的不祥事を明らかにせよという主張だが、彼らの主張は所詮は伝聞ベースにすぎない。さらに社内の問題を社外にすべて公にしている団体があるなら教えてほしいくらいだ。

伝聞ベースに過ぎないとは、いかにも本部職員が使いそうな逃げ口上ですね。伝聞と言い切る根拠は何か示してもらいたいものです。また社内の不祥事云々とありますが、金銭不祥事の原資が、純粋に信心を頑張っている会員さんの気持ち、先生に使ってほしいと願う真心なのだという事を、柳原氏は分かっているのでしょうか?
単なるその辺の会社の社内不祥事などとは、問題の質が根本的に異なるのですが、その事が柳原氏は分かっていますか?

>受け入れて反省するか、受け入れないままで開き直るか

納得もさせないで、権力で押し潰すやり方を肯定する話で、完全に本部寄りですね。先生は、指導できないものが官僚主義に走るとおっしゃられていましたが、まさにその典型です。

>自身の足元を見つめることのできない者たちは、どこまでいっても暴走を続けるしかない。これら一連の行動を“主導”している人間は、本当に罪深い。

これはそのまま柳原氏にお返しします。自分自身の事なので、さだめし書きやすいでしょう(笑)

柳原氏が一方の情報のみで書いているのがよく分かるようで、こういうのを「提灯記事」といいます。

ジャーナリストを名乗るなら、これは恥ずかしい事ですよ。もし柳原氏の大脳の恥を感じる部分に埃が詰まっていなければ、今からでも反対側の情報をしっかり取材して、公平な記事を書くべきです。

いずれにしても柳原滋雄コラムは、くだらないブログになってしまいました。残念です。
 

大樹様

 投稿者:気になった  投稿日:2016年12月 5日(月)07時53分57秒
  返信ありがとうございました。

よく覚えていらっしゃって、本当に池田先生の指導を心に刻んでいるのだなと感じさせていただきました。

私も池田先生の指導をもっともっと学び、先生の指導を通して話ができる、そんな自分に成長できるよう精進して参ります。

 

本日掲載の聖教珍聞、本部幹部会でのメッセージについて

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月 5日(月)07時17分4秒
  平面的に整えられた先生のメッセージですが、これ、PCモザイクで作ってませんか?

ちょっと違和感で、過去文を探ってみますね!
 

今週のことば 2016年12月5日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年12月 5日(月)06時52分20秒
  身近な所に青年がいる。
明るく声をかけよう!
「仏種は縁に従って起る」
共感の輪を広げ
地涌の友を呼び出せ!
 

「心の財」第一なり

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 5日(月)06時15分20秒
編集済
  2010年 大百蓮華12月号に紹介された奈良婦人部の話題。

≪巻頭言より抜粋・「心の財」第一なり≫

忘れ得ぬ奈良広布の母は、病弱な夫を抱え関西を走った。
家の塀一面にペンキで悪口を書き立てられたこともある。
母は胸を張った。「中傷は誇りや。世界最高の妙法と師匠と学会を知った嬉しさ!
負けたら信心の実証は示せない。
絶対、負けへん。すべてに逆転勝利しました」後輩を慈しむ、
97歳の錦宝の母の心は、今も荘厳な太陽と燃える。
「心の財第一」(1173㌻)の創価の母たちには、いかなる魔軍も敵わない。

*****************************

大白に草創の奈良広布の母:有馬のぶさんが紹介されました。
「有馬よ、恥じをしれ」と初代婦人部長の有馬のぶさんの自宅
の壁には大きな落書きが書かれました。
(添付写真は"大和タイムス"より。現在の奈良新聞。)

有馬さんは、落書きをあえて消されませんでした。それは
「池田先生の弟子である私は(有馬)こんな事では負けへん!」
「池田先生に奈良の有馬は大丈夫です!」と断固、負けへん!
と闘い続けたのです!広布の母ありて学会は磐石なりです。



拡大写真↓
 

記者会見が楽しみ

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年12月 5日(月)01時48分18秒
編集済
  こうやっていろいろ想像するのもいいかもですね。

「自分の裁判」ってゆう感覚がなかったかもしれませんよ。

懲戒解雇処分の無効を求める裁判=相手の非を認めさせる裁判

一般のよくあるケースだど、解雇無効・復職したいで訴えて、裁判で勝っても復職しないでお金で解決みたいです。

3名の場合、たぶんお金目的ではないですよね。相手の非を認めさせるのが目的。復職したいは本当でしょうね。でも裁判の途中で除名処分されて、裁判で勝っても復職できなくされました。

証人申請書(でいいのかな名前が書かれていたのは?)の現物を見てみないとわからないですね、日付もわかるし、趣旨も書くみたいです。

弁護士が途中で変わったと、あの人が書いていましたよね、3人だって初めての裁判?最初の弁護士にまかせていたらそうなっていたとか。


3人には言いたいですね、対面して言うとたぶんこんな感じになります
この裁判もう終わってんだろ、先生の名前の証人申請書の経緯いえよ、裁判の一番の目的は何だったんだよ、みんなわからないんだよ、まあ一つではないよな、いいよ全部いえよ、やっぱり聖教減部除名事件が許せなくてこうなっちゃったんだろ、どうなんだよ、いま継続中の裁判、時間の無駄、相手がくだらない、ばかばかしい、次の仕事の目途が立っているならいいけど、そうでないなら、本当にくだらないから、ばかばかしいから、仕事探しとかに使ったほうが価値的、将来本部職員なんてなくなるんだよ、全員ボランティアスタッフになるんだよ、その時声かかったらやってあげればいいんだよ、裁判なんてもう結果わかってるんだろ、やめろよ、その時間使ってブログを充実させろよ、そっちのほうが絶対いい、前に頼んだだろ、コピペ出来るようにしろよ、県名も使うなって、本が県名になってるからもう遅いよ、わるいけど全部西暦にして、本に合わせるしかないよ、サイレントアピールは座談会も兼ねてるからいいかもしれないな


12/8の記者会見が楽しみですね。
 

青年山本伸一を心に描きつつ

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年12月 5日(月)01時38分36秒
  とは言いながらも

>自分も仮に本部から除名されるようなことがあれば同様のことをするつもりです。
先生を証人としてはいけない道理はありませんから。

大道さんのお言葉を借りますが、不思議なもので除名された3名の方をとおして、掲示板内でこのように意見が分かれる。

虹と創価家族さんはきっと除名されても先生を証人として呼ばれないのでしょう。
それは、虹と創価家族さんご自身の心の問いかけなのです。青年山本伸一だったらどうするだろうかと。これは、神格化とかの話ではありません。池田先生が戸田先生に対してどうであったか。
民事だろうが刑事事件だろうが同じことです。
妙法流布の永遠に指揮を執れる不老不死といえども、先生は89歳を間近に控えられ、肉体も衰弱されていると私は思っております。

このことをブログにも記載すべきだと思いますが、裁判の戦略上されなかったんでしょう。

ジョーさん
>三名の方に直接聞いてみたらどうですか?

一番正確なのは裁判記録を見ることですね。三名に聞くよりは第三者機関の記録を参考にすべきと考えます。提出した事実を確認するならです。
場合によっては閲覧に行こうとも私は思います。
この内容によっては誰がデマを流しているかどうか判別できます。
 

事実が不確定なことについて

 投稿者:ジョー  投稿日:2016年12月 5日(月)01時16分23秒
  元学会員三名の方が先生を証人喚問したとかしないとか、そういう話が出ていますが、
そもそも事実かどうかもわからないことを議論する意味ありますか?
どこまでいっても憶測です。
ここで『事実だとしたら』と付け加えて推測されている方々、事実かどうか確認するために三名の方に直接聞いてみたらどうですか?
話はそれからだと思います。

魔は、讒言をします。
デマを流します。
私も、そういう経験があります。
デマがデマを呼び、話が全く別のものになってしまいます。

私は常に、会って確認する、いつ、どこで、だれがを明確にするよう、心がけてきました。

事実かわからないことをいちいち話すのは不毛です。
そんなに気になるのであれば、事実なのかどうか、まずはっきりさせるべきです。
それから議論したらどうですか?
 

虹と創価家族 様

 投稿者:誰か私を呼んだ?  投稿日:2016年12月 5日(月)01時11分10秒
  横レス、申し訳ありません。

私なら、しませんし、絶対にしてはいけないと考えます。

役職解任になった友人が、方面長から、「除名者を庇って、お前が除名になったらどうするのか?」と訊ねられ、「勝手応援団を作って学会を守ります」と応えたこと、
安保法案に反対したことで契約を更新されなかった某教員の方が、「今年が無理なら次の年に契約をお願いします。それもだめならその次の年にお願いします」と言って、労働争議にしなかったことに、
共感しています。
 

虹と創価家族様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 5日(月)00時41分39秒
  すみません、ちょっと仕事の合間に投稿していたので読んでなくて
論争になってるのに気づきませんでした。

私も虹さまと同じく除名されようが何されようが先生を証人申請
なんか絶対しません!

そんな発想は微塵もありませんね。聞いてびっくりします。

 

saysaysay様

 投稿者:大樹  投稿日:2016年12月 5日(月)00時02分26秒
  賛同頂きありがとうございます

ハイ
おっしゃる通り、多くの人が秋谷フィルター、原田フィルターを通した活動していたと思います
職員、幹部、議員は最たるものです

先生が「私1人だった」と
またマサキさんに「遊んでいるようなものだ」と厳しく御指導されたのもそういうことだと思います

「私1人だった」
今こそ、私自身も先生につながる戦いをしていきます
それなりに頑張ったつもりできましたが
「私1人だった」と師匠の弁
まだまだだったことを素直に認め出発したいと思います

虹と創価家族様
全面的に賛成致します
彼等の勇気は本当に尊敬します
しかし、原田会長を糾弾したいのか?
創価学会の全てを糾弾したいのか?
判別しかねるところがあります

原田会長を糾弾したいのならば絞るべき
正木さん、先生の御子息まで槍玉に上げる手法は納得できません

また、元職員の側に立ち解説されている方も数人おられますが、その方達は元職員と話、理由を聞いたのでしょうか?
まるで彼等から聞いたように書いておられますが

彼等にお願いしたいのは、彼等はブログに書き込んできた人達
皆の疑問に是非、ブログで説明して欲しいと思います

せっかく他の方が投稿して下さっていることに水を差して申し訳ありませんが、
やはり真相は本人しか分からないのですから
是非本人達にブログで答えて欲しいです


 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年12月 4日(日)23時42分26秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

善の連帯

 投稿者:ジャッカル  投稿日:2016年12月 4日(日)23時31分18秒
  分かりきった事ですが、あえて書きます。

ここは掲示板ですので、反板の住人や本部の連中が工作員よろしく、分断工作に励んでいます。

また、なりすましや、些細な事を煽り立てて、相手にボロを出させて書き込んでいるのが誰かを探り出そうと、血まなこになっています。

黄金柱さんの仰るとおりです。

方向性さえ間違っていなければ、善の連帯を大切にしなければ。

出発点に戻って、まともな創価学会を取り戻しましょう!
 

同盟題目23時開始

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月 4日(日)22時57分40秒
  よろしくお願いします。同盟題目は任意参加です。

皆さん、お題目をあげていきましょう。
池田先生のご健康の為に。

昔、外部の方ですが、映画監督の松山善三さんが
皆さんが題目三唱だけでもいいから、池田先生の健康の為に祈ってほしい。と話されていたことを聞きました。
 

生命の基底部!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年12月 4日(日)22時10分35秒
編集済
   生命の「基底部」を変える!
 それが人間革命だと。多くの言葉はいりません。納得です。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/61085





 

一言!

 投稿者:黄金柱  投稿日:2016年12月 4日(日)22時06分46秒
  方向が間違っていなければ多少は「問題ない」と思います。

楽しく行きましょう!

あくまでも「善の連帯」を大事にしましょう!
 

法華経の智慧・如来寿量品第十六より基底部を仏界にしていくのが成仏ということです

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年12月 4日(日)21時22分38秒
  生命の「基底部」を変える

須田 最後に、もう一つ確認しておきたいことがあります。十界互具論の目的は、人界所具の十界、なかんずく仏界を涌現するところにある──これは納得できるのですが、そこで疑問になるのは、宇宙に百界があるように、人間の生命にも百界が具わっています。それでは、その「人界の生命の百界」には、どういう意味があるのかということです。

斉藤 たしかに御書では、「人界所具の十界」に焦点を当てて論じておられます。そのうえで、一個の人間が十界互具(百界)の当体であるというのは一体どういう意味になるのか。それとも論じる意味がないのか──という疑問ですね。

池田 一つのとらえ方として、生命の「基底部」を考えたらどうだろう。「基底部」というのは、同じ人間でも、地獄界を基調に生きている人もいれば、菩薩界を基調に生きている人もいる。

斉藤 地獄界を基底部にするというのは、ちょっとしたことでもすぐに落ちこんでしまう──などという傾向性もそうですね。

池田 いわば、生命の「くせ」です。これまでの業因によってつくりあげてきた、その人なりのくせがある。

斉藤 それは、その人の「パーソナリティ(人格)」とかも含まれますね。

遠藤 その人がいつ一も立ち返る「拠点」というか、「マイホーム」というか(笑い)、生命の根本軌道でしょうか。

池田 バネが、伸ばした後もまた戻るように、自分の基底部に戻っていく。地獄界が基底部といっても、四六時中、地獄界のわけではない。人界になったり、修羅界になったりもする。修羅界の「勝他の念」を基底部にする人でも、ときには菩薩界や天界を出すこともあるでしょう。

須田 それを「修羅界所具の菩薩界」と言っていいわけですね。

池田 しかし、修羅界を基底部にする人は、一時的に菩薩界を現出しても、また、すぐに修羅界に戻ってしまう。この基底部を変えるのが人間革命であり、境涯革命です。
その人の「奥底の一念」を変えると言ってもよい。生命の基底部がどこにあるかで、人生は決まってしまう。譬えていえば、餓鬼界が基底部の人は、餓鬼界という船に乗っているようなものだ。
餓鬼の軌道を進みながら、その船の上で、あるときは笑い、あるときは苦しむ。さまざまな変化はあるが、船は厳然と餓鬼界の軌道を進んでいる。ゆえに、見える風景も餓鬼界の色に染まっているし、死後も、宇宙の餓鬼界の方向に合致していってしまうでしょう。
この基底部を仏界にしていくのが成仏ということです。もちろん基底部が仏界になったからといっても、九界があるのだから、悩みや苦しみがなくなるわけではない。しかし人生の根底が「希望」になっていく、「安心」と「歓喜」のリズムになっていくのです。

戸田先生は言われた。
「たとえ病気になっても『なにだいじょうぶだ。御本尊様を拝めばなおるのだ』と、それでいいのです。そして、安心しきって生きていける境界を仏界というのではないのか。それでいて、仏界に九界があるのだから、ときに怒ったり困ったりもする、安心しきっているのだから怒るのはやめたとか、なんとかいうのではなくて、やっぱり心配なことは心配する。しかし、根底が安心しきっている、それが仏なのです」
「生きてること自体が、絶対に楽しいということが仏ではないのだろうか。これが、大聖人様のご境涯を得られることではないだろうか。首斬られるといったって平気だし。ぼくらなんかだったら、あわてる、それは。あんな佐渡へ流されて、弟子にいろいろ教えていらっしゃるし、『開目抄』や『観心本尊抄』をおしたためになったりしておられるのだから。あんな大論文は安心してなければ書けません」

須田 先ほど、池田先生が紹介してくださったように、戸田先生は苦境の中でも「太平洋のような大境涯の信心」をもっておられた。これも″根底が安心″ということではないでしょうか。

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善意の人の集まりですが、途中で空中分解してしまうかもしれません。
自分の考えに固執しすぎると、どんどん方向が違ってしまって、せっかくの志が頓挫してしまいます。
生命の基底部が闘う「仏」なら少しぐらいの考えの違い等どうーってことありません。
敵は巨大ですが、立ち向かう勇気を失くさないように。
 

問題・課題は山積とありますが…

 投稿者:獅子の子  投稿日:2016年12月 4日(日)21時18分24秒
  ご高齢の先生 奥様には
安心して頂きたいです。
これ以上ご心配をお掛けしたくはありません。

先生と奥様には少しでも安心と心休まる時をご夫婦で
ごゆっくりと過ごして頂きたいとの思いです。

ご高齢の先生にこれ以上ご心労をお掛けするのは
心苦しく 心痛いです。

『どうかご安心下さい』と
言える戦いをしたいです。
法廷の場に先生をお呼びする事は
先生の寿命を削り取るようなものと私は思います。


元職員三人さんが
証人申請したのかはわかりかねますが それ以前に
身体に問題がないのであれば
バイトでもいいからお仕事を
探す戦いをされるべきと思います。

まだまだ青年
頑張って頂きたいです!

 

「やっぱり優しさがいい」

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 4日(日)20時57分21秒
  特集 宮本輝
昭和59年 PHP

自分の人生体験を人様に教訓めいてい語る資格はまだないが、37歳という短い歳月の中で味わった最大のやさしさとは何であったかを思い浮かべてみたい。
私は昭和47年の10月、25歳のときに、創価学会に入会した。自分が、得体の知れない病気にかかったことが一番の動機であるが、これほどまでに世間やマスコミに攻撃され続ける宗教は、あるいは徒鉄もない哲理を掲げているかも知れないと感じたからであった。
私が小説家になろうと決意したのは、それから3年後であり、蛍川で芥川賞を頂戴したのは、さらに3年後であった。芥川賞を受賞して半年ほどたった頃、私は創価大学で池田先生とお逢いした。
池田大作氏は私にとって師匠であるから、ここでは先生と書かせていただくことにする。

よく晴れた日で、大学の構内には、私と同年輩の友人たちが集まって日なたぼっこをしたり、とりとめのない話に興じていた。すると、遠くから池田先生の近づいてくる姿が見えた。先生は私たちの前で立ち止まりひとりひとりに近況を聞き、激励をし握手をかわした。
だんだん私の方に近づいてくる。ところが、先生は私に目もくれず、私をとばして、隣の青年と話をし、これから大学生たちの催すフェスチバルを見ようと語った。私だけを外してである。
私は先生と一瞬目が合うたびに何かしゃべろうとするのだが、口を開きかけると、先生はじつに鮮やかに視線をそらしてしまう。とりつく島もない。みんなは先生とともに去ってしまい、私一人が残された。私は腹が立った。先生が、わざとそうしたのであることは判った。判っただけに、よけいに腹が立ち「なにが池田大作だ。えらそうにしやがって」と思ったのである。私は電車に乗ってホテルへ帰る道すがらも、ホテルに着いてからも、腹が立って、腹が立ってしかたがなかった。

そのうちに、なぜ池田先生が、私にそうしたのかを考え始めた。私は、自分が少し恥ずかしくなってきた。俺は芥川賞作家なんだぞという言葉が、私の中から聞こえてきたのである。自分はなんという嫌らしい顔をして、先生の前に立っていたことだろう。先生は、そんな私のすべてを、瞬時に見抜いたのだ。ああ、俺はなんというちっぽけな恥ずかしい人間だろう。俺は自分の頭の後ろに、
「芥川賞作家でござい」という看板を立て、弟子の分際で師匠を待ったのだ。それに気付くと、私は転げ回りたいほど、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなくなったのである。あした、たとえ池田先生に「宮本輝なんか知らないよ」と門前払いされようとも、自分は自分の非を遠くからお詫びをし、ご挨拶をして大坂に帰ろうと思った。翌日、私は、再び創価大学へ行った。ちょうど大学祭の日で、先生には来客が多かった。しかし、校舎の廊下で私は先生とお逢いすることが出来た。
先生は私を見るなり、自分の方から歩み寄ってこられ、「きのうはごめんね」と小声で言われたのである。私はまだ何も言っていない。自分の驕りや非礼をお詫びすることばをひとことも口にしていないのである。そして「私と君の間には、世間の肩書きなんか、なんの関係もないんだ」と、
そう言われたのであった。私はこの7年前の出来事を生涯忘れないだろう。

あの時、池田先生に叱られていなかったら、私は青二才の分際で、芥川賞の看板を盾に一人前の作家ずらをして闊歩し、天下を取った気分で驕り高ぶるつまらない作家のままで終わったに違いない。
あの時の、先生の叱責は、おそらく、私のこれまでの人生で受けた最も大きな優しさである。
この小さな地球のさらに小さな日本の中で、一時的にもてはやされ肩書きを付けられても、それがいったい何だろう。『世間の肩書きなんか、なんの関係もないんだ』これは人生を考える上でも、
深い意味を持つ言葉だと思う。人間を育て、蘇生させる優しさには、強力なエネルギーを必要とし、
まず先に相手を理解する深い懐が必要だ。いま人々は叱ることが下手になった。裏を返せば真実の
優しさをも忘れたと言えるのかもしれない。
(創価新報(1999年9月6日付け)「私のなかの創価学会 宮本輝」)
 

以前にティニーさんから受けた質問です。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月 4日(日)20時55分22秒
  虹さん関連の一連のやりとりをみていて
このことを思い出しました。

信濃町の人びと様  投稿者:ティニー
投稿日:2015年 2月22日(日)00時18分38秒   通報

”一部を省略します”

自身の心根が先生と御書だけに極端になれば、先生と御書以外に信仰心を持っている方々は、その極端さに触れ、法以外に執着しているものを守ろうとします。

先生や法を、自身の弱い生命で下し、自らの行為を肯定しようとするのです。

そこに連帯が加わると、排斥する作用がうまれます。
要は突き詰めると皆、身軽法重ではないのです。


そして私には除名になる宿業でもあるのでしょう。


最後に信濃町の人びと様、ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?
以前創価班会で、担当幹部の方が話してくれたのですが。
先生が参加された会合に着任についた時、先生と役員で唱題する機会があったそうです。

先生は突然皆の方に振り返り、

「今、私が拳銃を突きつけられたら、私の身代わりになれる者はいるか!」
と、言われたそうです。

信濃町の人びと様、一瞬の躊躇もなく、先生の身代わりとなって死ねますか?
 

小作人様に同意

 投稿者:大道  投稿日:2016年12月 4日(日)20時14分52秒
  自分も仮に本部から除名されるようなことがあれば同様のことをするつもりです。
先生を証人としてはいけない道理はありませんから。
 

小作人@地上の発心へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年12月 4日(日)20時10分32秒
  >自分が彼らの立場だったら同じことをします。<

ご返信誠にありがとうございました。
お心が良くわかりました。

 

虹と創価家族さんへ

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年12月 4日(日)20時01分45秒
  もう外出しますが簡潔に。

問題ないと思いますよ。自分が彼らの立場だったら同じことをします。
御書を引っ張り出す間がないけど、大聖人も門下の方に「地獄へ同道いたす」とおっしゃってくれているのじゃなかったですか?
これ、甘えるんじゃないのですよ。師匠と弟子をただの上下関係で見てるから恐れ多くなっちゃうんですよ。

今、問われているのは自分にとっての、あなたにとっての「池田大作は何処にいるんですか」これに尽きるのです。

では。。
 

私の後輩の男子地区リーダーが組織を去りました

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年12月 4日(日)19時49分54秒
  退会はせずに未活動家になりました。彼はとても真面目で安保法制の時は題目をあげて悩んでいました。ただてさえ青年部か少ないのに未活動家になるのはとても惜しい。しかし、組織の現状は厳しいからなぁ。  

小作人さまの意見に賛成!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月 4日(日)19時47分1秒
  私は、先生の長文の謝辞やらメッセージ、弔意に違和感を感じています。年齢相応で短い文面でよいのでは?

今までも、御伝言で短い文面が沢山有りました。それで結構なのです。一昨年、九十歳過ぎた父の葬儀をし、母は呆けもせず健在ですが先生と同じ歳です。凡そ年齢を重ねていくとどのような感じか、わかりませんか?

私は、新・人間革命執筆といい、非常に不可思議に観ています。
 

小作人@地上の発心様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年12月 4日(日)19時44分54秒
  1点だけ質問です。

自分の裁判のために、池田先生を証人申請しても良いのですか?それともいけないのですか?

ご返答を宜しくお願い致します。

 

カマトトぶるのはいい加減やめませんか?

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年12月 4日(日)19時35分14秒
編集済
  一旦帰宅してまた出掛けます。他の方々が論じてきたことと重複しますが、、、

先生が法廷に立てるような状態でないことは件の3人はもちろん、この板の住人なら百も承知の共通認識。
お体の現状も、「執筆活動」の実態も、とうに彼らが書けるだけの話をブログに余さず記載しています。
真偽の判断は読み手に委ねられている。是非はともかく彼らの立場は旗幟鮮明。

「お元気な池田先生」を詐り謀り、早晩ばれることになる嘘を突き通している原田執行部の欺瞞と無慈悲を
公に表して広く世に問い掛ける、彼らなりの信念に基づいた行動であって、外野がとやかく論評するような
種類のものではないんじゃないですか?
こんなのが先生利用だと本気で思ってらっしゃる人いますか?
先生にいつまでも頼り切り、醜い争いに巻き込んでいっているのは3人と法廷で対峙する側ではないですか?

先生は80歳までに世界広布の基盤を完成し「このあとは、妙法に説く不老不死のまま、永遠に広宣流布の
指揮をとることを決意する」(随筆 新・人間革命 1998.01.04)とおっしゃていたじゃないですか?
1998年ですよ。弟子としてどんな準備をしてきましたか? 先生はもうすでに生死を超越した、肉体の
滅不滅を超えた存在なのですよ。
それこそ電源と端子とかそんな次元を超えて、今ここに肉体を有する一人ひとりが「我こそが山本伸一なり」
との自覚で各々の使命の天地で広布に駆け巡っているのじゃなかったのですか? とっくの昔に。

ご無礼を承知で言いますが、虹と創価家族さんの胸中には未だ「若く美しくなった池田大作」は顕現されていないのですか?
末法万年に続く広宣流布のビジョン、後継の人材が歩を進めるロードマップの作成をまだ手掛けてもいらっしゃらないのですか?

数えで齢九十を迎えようとしている池田先生を神聖不可侵、何処か遠くから仰ぎ見るような感覚で捉えていませんか?
先生を仰ぎ見るのではなくて、先生が今見てらっしゃる方向へ同じ視線を注ぐのが弟子としての基本ですよね?
そこが曖昧だから、3人の行動に非があるようにどうしても考えてしまう。先生を偶像化している連中と立ち位置が変わらないじゃないですか?

 

外国特派員協会 書籍発刊記者会見

 投稿者:窮状  投稿日:2016年12月 4日(日)18時59分22秒
  記者会見に一般の方は入れませんが、翌日YouTubeにて配信されるようですね。  

須田さんの「宮田論文への疑問」は・・・

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年12月 4日(日)18時28分51秒
  こちらからどうぞ!

http://sgi-shiteifuni.com/?p=11702


宮田氏の日本宗教学会での「釈迦本仏主義」への傾斜論理も
こちらで確認できます。
 

「二十一世紀への対話」を読みたい方は・・・

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年12月 4日(日)18時25分40秒
  ★★師弟不二ARCHIVE★★
http://sgi-shiteifuni.com/

検索に  「二十一世紀への対話」

と入力してね。

 

ジャッカル様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年12月 4日(日)17時52分2秒
編集済
  >先生がまったく見えない事が、大阪事件との違いで、先生がいったいどうなっているのかとの思いが昂じて、お3人方が先生を参考人招致するという行動に出たと思うのです。<

ご返信誠にありがとうございました。

池田先生を思う時、自分がいつも大切にしている事があります。
それは奥様のお気持ちです。

第三代会長となった池田先生が帰宅すると、「今日の就任式は、池田家のお葬式だと思っています」と語られたエピソードは、あまりにも有名です。

その日から、家族の団らん、アットホームな暮らしは、皆無だったのではないでしょうか。
戦友とも言うべき奥様の戦いは、我々が想像を絶する戦いだと思います。

2010年5月を最後に、池田先生は本幹同中に参加されることはなくなりました。
宮田教授の証言にあるように、池田先生には健康問題が起きている思います。

ご体調が良い時は、池田先生と奥様は戸田先生との思い出の地、そして心に残る同志のいる地域を車でご訪問されているのではないでしょうか。

あくまで個人的な思いですが、池田先生と奥様は、今、とても温かく和やかな時間を過ごされているのではないでしょうか。
戸田先生の思い出に包まれ、また思い出深き同志のいる地域へ。
ご夫婦で、とても温かく和やかな時間を過ごされていらっしゃると思います。

だからこそ、組織内の悪との戦いに池田先生と奥様を巻き込みたくはない。
苦労に苦労を重ねられた奥様に、ゆっくりと温かく和やかな時を過ごして頂きたいのです。

ジャッカル様のお気持ちは良く分かります。
自分も「池田先生に答えを出して頂きたい」と、頼ってしまう弱い自分がいたのです。
しかしそれでは、力ある弟子にはなれません。

我々には、池田先生のスピーチがあります。
そして、池田先生の祈りがあるのです。
それだけで十分ではないでしょうか。

池田先生を証人に立てるような考えではなく、弟子のみの戦いで池田先生の指導を基に、智慧と祈りで戦って頂きたい。
元本部職員の3名の方には、創価世論を味方にするためにも、自分自身を見つめて頂きたいと思っています。

 

師弟不二の道相対!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年12月 4日(日)17時29分48秒
  >(8)師弟の道・師弟不二の道相対......同じく池田先生を永遠の師とする弟子の中 でも、
   師弟の道はダメで、師弟不二の道でなければならない (広布第三章パートII......2010年~)( 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール   投稿日:2016年12月 4日(日)17時08分1秒 )<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/61067

 さすが、「法華経の智慧」を極められた方。投稿内容が、違いますね。(笑み)
 「法華経の説くところは真実である」。その法華経を完結されたのは、日蓮大聖人である。それは、「法華証明抄」で明らかです。そして、その日蓮大聖人の法華経を現代に蘇させたのは、創価学会の三代会長、なかんずく池田先生である、ということですね。あとは、付録……。(笑い)


 

通りすぎるけど様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年12月 4日(日)17時11分50秒
  始めまして。

1点だけ質問です。

自分の裁判のために、池田先生を証人申請しても良いのですか?それともいけないのですか?

ご返答を宜しくお願い致します。


 

究極の師弟論

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 4日(日)17時08分1秒
編集済
  先の「信濃藩家中見聞」に出ていた八重相対論・・

私が思うに、これは「究極の師弟論」

これを考えられた方は、ハッキリ言って凄い・・

●八重の相対論

(1)内外相対......同じ宗教でも、外道はダメで内道(=仏法)でなければならない。

(2)大小相対……同じ内道でも、小乗教はダメで大乗教でなければならない。

(3)権実相対......同じ大乗教でも、権教はダメで実教(=法華経)でなければな らない

(4)本迹相対......同じ実教でも、迹門中心の比叡山ではダメで、本門中心の日蓮 仏法でなければならない

(5)種脱相対......同じ日蓮仏法でも身延等ではダメで大石寺でなくてはならない

   (広布第一章パートI......戸田会長時代、出獄~1959年<会長就任反対問 題>)

   (広布第一章パートII......池田会長時代、1960年~1969年<言論出版 問題>)

(6)宗創相対......同じ大石寺系でも、宗門はダメで創価学会でなければならない

   (広布第二章パートI......昭和48年路線、昭和52年路線、1970年~1 979年<勇退>)

   (広布第二章パートII......僧俗和合時代、1980年~1989年<第二次宗 門問題勃発>)

   (広布第二章パートIII......平成2年路線、1990年~1999年<正本堂消 滅、自公連立政権発足>)

(7)池創相対......同じ創価学会であっても、池田先生との師弟がなければダメ

   ※「先生を3番目の会長とみるか、永遠の師ととらえるかの違い」(正木指 導)

   (広布第三章パートI......2000年~2009年<自公連立政権崩壊、下野 >)

(8)師弟の道・師弟不二の道相対......同じく池田先生を永遠の師とする弟子の中 でも、

   師弟の道はダメで、師弟不二の道でなければならない (広布第三章パートII......2010年~)


ペンギン

「創価正義」
http://www.sgi-seigi.com/
 

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