「ルーム」(原題:Room)は、2015年公開のカナダ・アイルランド合作のドラマ映画です。フリッツル事件に触発されたエマ・ドナヒューの小説「部屋」を原作に、レニー・エイブラハムソン監督、ブリー・ラーソンら出演で、拉致され、監禁されたまま一児の母親となった女性が絶望的な状況からの脱出に挑む姿を描いています。第88回アカデミー賞で、作品、監督、脚色、主演女優の4賞にノミネートされ、主演女優賞(ブリー・ラーソン)を受賞した作品です。
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目次
スタッフ・キャスト
監督:レニー・エイブラハムソン
脚本:エマ・ドナヒュー
原作:エマ・ドナヒュー「部屋」
出演:ブリー・ラーソン(ママ / ジョイ・ニューサム)
ジェイコブ・トレンブレイ(ジャック)
ジョアン・アレン(ばあば / ナンシー、 ジャックの実の祖母)
ショーン・ブリジャース(オールド・ニック)
ウィリアム・H・メイシー(じいじ / ロバート、ジャックの義理の祖父 )
トム・マッカムス(レオ、ナンシーのパートナー)
アマンダ・ブルジェル(パーカー巡査)
ジョー・ピングー(グラボウスキー巡査)
キャス・アンヴァー(ミッタル医師)
ランダル・エドワーズ(弁護士)
ウェンディ・クルーソン(インタビュアー)
ほか
あらすじ
- ママ(ブリー・ラーソン)と5歳の誕生日を迎えたジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)は、天窓しかない狭い「部屋」で暮らしています。体操をして、テレビを見て、ケーキを焼いて、楽しい時間が過ぎていきますが、外に出ることができないこの「部屋」が、ふたりの全世界です。夜、二人がオールド・ニックと呼ぶ男(ショーン・ブリジャース)がやってきて、服や食料を置いていきますが、ママはジャックに洋服ダンスの中に入るよう言います。ママは息子にもっと栄養をと訴えますが、半年前から失業して金がないとオールド・ニックは逆ギレします。さらに真夜中にジャックがタンスから出てきたことで、ママとオールド・ニックは争います。
- 翌朝、「部屋」の電気が切られ寒さに震える中、生まれてから一歩も外へ出たことがないジャックに、ママは真実を語ります。ママの名前はジョイで、この納屋に7年も閉じ込められており、外には広い世界があると聞いたジャックは混乱します。考えを巡らせたジャックはオールド・ニックをやっつけようとママに持ち掛けますが、ドアの暗証番号はオールド・ニックしか知りません。ママは「モンテ・クリスト伯」をヒントに、死んだフリをしたジャックをオールド・ニックに運び出させることを思いつきます。練習でカーペットにくるまれたジャックは癇癪を起こしますが、「ハンモックのある家と、ばあばとじいじがいる世界」に行ける、ママは励まします。しかし、「ママは?」と尋ねられ、2度と息子に会えないかもしれないと思うと、ジョイは言葉に詰まります。
- やがてオールド・ニックがやってきて、脱出を決行、ジャックの記憶と出会った人たちの機転で、思わぬ展開を迎えますが・・・。
レビュー・解説
凄惨なフリッツル事件に触発されながらも独創的で、トラウマとファンタジー、緊張感と暖かさが入り交じる中、リアルでスリリングな展開をブリー・ラーソンとジェイコブ・トレンブレイが好演、母と子の関係を繊細に描きながら、深く洞察する作品です。
冒頭、5歳の誕生日を迎える朝、ジャックはママより先に目覚めます。
ジャック(語り):昔々、僕が降りてくる前、ママは毎日泣きながらテレビばかり見ていてゾンビになった。そして天国の僕が天窓からおりてきた。ママを中からドカンドカンと蹴ったんだ。僕が目をバッチリ開けて絨毯に出てきたから、ママがへその緒を切って、「こんにちは、ジャック」って言ったんだ。
というジャックのモノローグに続き、ベッドを後にしたジャックが部屋の中の様々な「物」に話しかけます。
ジャック:おはよう、スタンドさん。おはよう、植木さん。おはよう、卵ヘビさん。おはよう、敷物さん。おはよう、洋服ダンスさん。おはよう、テレビさん。おはよう、洗面台さん、トイレさんも。おはよう、みんな。
監禁は母親ジョイにとってトラウマ以外の何物でもありませんが、5歳のジャックにとっては生まれた時から母とともに過ごすこの部屋が世界の全てで、そこに童話的な世界を構築しています。
父親に24年間も地下室に監禁され、7人も子供を産んだオーストリア女性の話(フリッツル事件)を原作者のエマ・ドナヒューが聞いた時、ドナヒューの関心は事件の全体像ではなく、子供たちに向けられました。監禁された女性エリザベートは、上の階に連れ出された年長の三人と生まれて間もなく死亡した一人を除く、三人の子供と地下室で暮らしており、最も年下のフェリックスは5歳でした。幼い少年の視点で語られ、サイコパスと犠牲者の話や性的虐待の話ではなく、「SFや童話に近い、一つの世界から別の世界への旅」という本のアイディアが、この時、閃光の様にドナヒューの脳裏にひらめきました。
子供目線の童話的要素を感じさせる本作は、その半ばでジャックが監禁から脱出、続いて二人の取り巻く環境と心理の変化が刻々とスリリングに描かれていきます。大きく環境が変わる映画の前半と後半を貫くものは、親子関係のあり方です。
今作で描かれているのは、普段は目にはしないような極端な状況ではあるものの、普遍的な話でもある。実は子育てという「子どもと親の絆」が掘り下げられている物語なんだ。
通常であればパートナーや子どもの友達といった周りの人間、学校などの機関があって子育てをするものだけど、この極端な物語の中では母親がその負荷を全部担っている。教育やメンタル面のサポートなど、子どもの世界の全てを母親ひとりが提供しなければいけない、一緒に作っていかなければいけないという状況に置かれている。
ふたりが閉じ込められたあの部屋から出られただけで、問題の深層は解決されたわけじゃない。ジャックとママはまだ自由になれたわけじゃない。
前半部分では、ママとジャックにとっての問題は、ふたりを閉じ込めた男、通称オールド・ニックだけだった。後半では、問題はもっと大きなものになる。それは私たちみんなが直面している、または、直面したことがある問題だ。最悪なことにどう対峙するのか、それでもその世界で生きていくのか?どうやって心地よい単純な幼少期を終え、混沌とした大人の人生と向き合うのか?子供と自分に変化が訪れた時、親はどうやって関係を再構築するのか?
外の世界に出てみれば、(ジョイは)実のところ17歳の少女のままだった。彼女は息子と上手く接することができず、彼との距離も離れてしまうんだ。(レニー・エイブラハムソン監督)
アメリカの現代文学の代表的小説家のひとりで、映画「ノーカントリー」(2007年)の原作者コーマック・マッカーシー(「血と暴力の国」)は、「ザ・ロード」という世紀末小説を書いています。この作品は、世紀末のアパラチア山脈を舞台に、ほとんどの動植物が絶滅、文明も消滅、生き残る人類の大部分は食肉人種という過酷な環境の中、飢餓や凍死の危機など様々な恐怖を経験しながらも、父と息子が倫理や理想を捨てずに南に進み続けようとする物語で、2007年にピューリッツァー賞フィクション部門を受賞した作品です。原作者のエマ・ドナヒューは、コーマック・マッカーシー同様、過酷な状況下で、親であること 、親子の関係のあり方について問いかけています。
私が本作を書き始めたのは、ちょうどコーマック・マッカーシーの「ザ・ロード」を読み終えた時よ。私もマッカーシーも、最も人生を変える経験、即ち親であることを叙事詩的に表現しようとしているわ。彼は殺伐とした世界に生きる父と子を、私は監禁されて未だ妊娠中のように共に生きる母と子をね。
すべての親は、拘束と保護の間で揺れるのよ。(エマ・ドナヒュー)
エマ・ドナヒューが原作を発表した時、「フリッツル事件のトラウマを利用している」という批判を受けましたが、本作は終始一貫して深い洞察と鋭い眼差しで親子関係を描いたものであり、監禁事件の悲惨さや解放後の適応障害を主眼にしたものでもなければ、お涙ちょうだいでも単純な「めでたしめでたし」でもありません。それが本作を普遍的で、より価値あるものにしています。ジョイはジャックにとって強く暖かい特別な存在ですが、一方で、例えば、
- 5歳になるジャックに母乳を与えている
- 「ジャックは誰のものでもない、私のものなの」(インタビューでジャックに父親を教えたかと問われて)
- 「私の子供の育て方に口を出さないで」(ジャックに優しく接するべきと母親のナンシーに言われて)
といったジョイの言動から、彼女に共依存的な傾向があることも描かれています。もちろん、二人きりで監禁され共依存ににならざるを得ない部分もありますが、「すべての親は拘束と保護の間で揺れている」というのが原作者の視点です。それが最も厳しい形で表出するのが、インタビュアーの質問です。
インタビュアー:犯人にジャックを連れ出してもらおうとは思わなかったの?そう、誰かに見つけてもらえるように、病院の前に置いてきてもらうとか?ジャックは自由になれるわ。正常な子供時代を過ごして欲しいと思わなかった?あなたと一緒にいることが彼にとって最良のことだった?
「ルーム」はフリッツル事件の実際に拘泥することなく、「監禁から開放へ」という設定の大きな変化の中、終始一貫して母子の関係を描くという独創的なアプローチで、二人の環境と心理の変化を類まれなる想像力で緻密かつ繊細に構成しています。「フリッツル事件のトラウマを利用している」というドナヒューに向けられた当初の批判とは裏腹に、親子関係を描くという確固たる信念と、映画としての完成度の高さがひしひしと感じられる作品です。
<オチバレ>
インタビュアーに動揺したジョイは睡眠薬自殺を図り、入院します。回復して退院したジョイに、ジャックは自分の世界のすべてであった「部屋」に戻りたい、ひと目見たいとねだります。荒れ果てた「部屋」を一通り観た後、ジョイに帰りを急かされたジャックは、「部屋」に別れを告げます。
ジャック:さよなら、植木さん。さよなら、椅子1号さん。さよなら、椅子2号さん。さよなら、テーブルさん。さよなら、洋服ダンスさん。さよなら、洗面台さん。さよなら、天窓さん。ママも「部屋」にさよならして。
オープニングと対をなしつつ、最後の一言でママの立ち直りへの希望を感じさせる、見事なエンディングです。
<オチバレ終わり>
ブリー・ラーソン(ママ / ジョイ・ニューサム)
ジェイコブ・トレンブレイ(ジャック)
ジョアン・アレン(ばあば / ナンシー、 ジャックの実の祖母)
ショーン・ブリジャース(オールド・ニック)
ウィリアム・H・メイシー(じいじ / ロバート、ジャックの義理の祖父)
トム・マッカムス(レオ、ナンシーのパートナー)
撮影地(グーグルマップ)
舞台はアメリカのオハイオという設定ですが、多くをカナダで撮影しています。
- 裏庭の物置にジョイとジャックを監禁したオールド・ニックの家
- ジャックがオールド・ニックのトラックから逃げ出した場所
- ジョイとジャックが運び込まれた病院
- ジョイの母ナンシーとそのパートナーが住む家
- ジョイとジャックが行くハンバーガーショップ
- ジョイとジャックが屋外スケートリンク
- ジョイとジャックが歩く海岸
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関連作品
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