税制上の働く「壁」をなくすのが改革の目的だったはずなのに、壁を遠ざけつつ、残す。

 新たな壁の手前にはすでに社会保険制度による壁があり、税制関連の壁を遠ざけた効果がどれほどあるのか疑わしい。今後、壁をなくす作業が一層難しくなることだけは確かだ。

 政府・与党が固めた所得税の配偶者控除の見直し案である。

 いまの仕組みでは、配偶者の年収が103万円以下なら、世帯主は年収から38万円を引いて所得税額を計算でき、負担が軽くなる。配偶者の年収が103万円を超えると、差し引ける金額が段階的に減っていく。

 103万円を超えると、世帯主への家族手当がなくなる企業も目立つ。だから配偶者は年収を抑えようと就業時間を調整する。この「103万円の壁」をなくし、思う存分働けるように改める。それが出発点だった。

 配偶者控除を廃止し、年収に左右されない「夫婦控除」の導入が当初、検討された。しかし終着点は、「103万円」を「150万円」に引き上げる配偶者控除の延命・拡大である。

 パートで働く配偶者が、より長い時間働き、収入を増やしやすくなる効果を政府・与党は強調するだろう。しかし壁が残る限り、パートから正社員に転じて本格的に働きたいと考えているような人にとって、妨げになり続ける。

 そもそも、社会保険の「130万円の壁」がすでにある。配偶者の年収がこれを境に増えると、世帯主の扶養家族からはずれ、自ら厚生年金保険料などを負担することになる。

 今年10月には、厚生年金に入る人を増やそうと、一部の人を対象に「106万円」に引き下げた。いまの国会には、各社の労使で合意すれば中小企業でも106万円にできるようにする法案が出ている。社会保障分野では境界線を下げる方向なのに、配偶者控除では逆行し、縦割り・ちぐはぐさが際立つ。

 今回の配偶者控除の見直しでは、約300万の世帯で減税になる。その財源を確保するため、世帯主の年収が1120万円を超えると控除できる金額を減らし始め、1220万円でゼロにする案が有力だ。増税になるのは約100万の世帯だ。

 高所得層の負担を増やし、中・低所得層の負担を軽くする「再分配」は所得税改革で欠かせない視点だ。だが、目標はあくまで、好きなだけ働けるようにすることだったはずだ。

 安倍政権が言う「だれもが活躍できる社会」は、「パートがもう少し働ける社会」なのか。