投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]

スレッド一覧

  1. ひらがなプロジェクト(206)
  2. アルベア論(975)
  3. 正義のあかし(45)
  4. 掲示板の注意事項(1)
  5. 虚構の大石寺疑惑(0)
  6. 2015年安保法制(977)
  7. アラシ行為記録(21)
スレッド一覧(全7)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


法華経の智慧・如来寿量品第十六より基底部を仏界にしていくのが成仏ということです

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年12月 4日(日)21時22分38秒
  生命の「基底部」を変える

須田 最後に、もう一つ確認しておきたいことがあります。十界互具論の目的は、人界所具の十界、なかんずく仏界を涌現するところにある──これは納得できるのですが、そこで疑問になるのは、宇宙に百界があるように、人間の生命にも百界が具わっています。それでは、その「人界の生命の百界」には、どういう意味があるのかということです。

斉藤 たしかに御書では、「人界所具の十界」に焦点を当てて論じておられます。そのうえで、一個の人間が十界互具(百界)の当体であるというのは一体どういう意味になるのか。それとも論じる意味がないのか──という疑問ですね。

池田 一つのとらえ方として、生命の「基底部」を考えたらどうだろう。「基底部」というのは、同じ人間でも、地獄界を基調に生きている人もいれば、菩薩界を基調に生きている人もいる。

斉藤 地獄界を基底部にするというのは、ちょっとしたことでもすぐに落ちこんでしまう──などという傾向性もそうですね。

池田 いわば、生命の「くせ」です。これまでの業因によってつくりあげてきた、その人なりのくせがある。

斉藤 それは、その人の「パーソナリティ(人格)」とかも含まれますね。

遠藤 その人がいつ一も立ち返る「拠点」というか、「マイホーム」というか(笑い)、生命の根本軌道でしょうか。

池田 バネが、伸ばした後もまた戻るように、自分の基底部に戻っていく。地獄界が基底部といっても、四六時中、地獄界のわけではない。人界になったり、修羅界になったりもする。修羅界の「勝他の念」を基底部にする人でも、ときには菩薩界や天界を出すこともあるでしょう。

須田 それを「修羅界所具の菩薩界」と言っていいわけですね。

池田 しかし、修羅界を基底部にする人は、一時的に菩薩界を現出しても、また、すぐに修羅界に戻ってしまう。この基底部を変えるのが人間革命であり、境涯革命です。
その人の「奥底の一念」を変えると言ってもよい。生命の基底部がどこにあるかで、人生は決まってしまう。譬えていえば、餓鬼界が基底部の人は、餓鬼界という船に乗っているようなものだ。
餓鬼の軌道を進みながら、その船の上で、あるときは笑い、あるときは苦しむ。さまざまな変化はあるが、船は厳然と餓鬼界の軌道を進んでいる。ゆえに、見える風景も餓鬼界の色に染まっているし、死後も、宇宙の餓鬼界の方向に合致していってしまうでしょう。
この基底部を仏界にしていくのが成仏ということです。もちろん基底部が仏界になったからといっても、九界があるのだから、悩みや苦しみがなくなるわけではない。しかし人生の根底が「希望」になっていく、「安心」と「歓喜」のリズムになっていくのです。

戸田先生は言われた。
「たとえ病気になっても『なにだいじょうぶだ。御本尊様を拝めばなおるのだ』と、それでいいのです。そして、安心しきって生きていける境界を仏界というのではないのか。それでいて、仏界に九界があるのだから、ときに怒ったり困ったりもする、安心しきっているのだから怒るのはやめたとか、なんとかいうのではなくて、やっぱり心配なことは心配する。しかし、根底が安心しきっている、それが仏なのです」
「生きてること自体が、絶対に楽しいということが仏ではないのだろうか。これが、大聖人様のご境涯を得られることではないだろうか。首斬られるといったって平気だし。ぼくらなんかだったら、あわてる、それは。あんな佐渡へ流されて、弟子にいろいろ教えていらっしゃるし、『開目抄』や『観心本尊抄』をおしたためになったりしておられるのだから。あんな大論文は安心してなければ書けません」

須田 先ほど、池田先生が紹介してくださったように、戸田先生は苦境の中でも「太平洋のような大境涯の信心」をもっておられた。これも″根底が安心″ということではないでしょうか。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
善意の人の集まりですが、途中で空中分解してしまうかもしれません。
自分の考えに固執しすぎると、どんどん方向が違ってしまって、せっかくの志が頓挫してしまいます。
生命の基底部が闘う「仏」なら少しぐらいの考えの違い等どうーってことありません。
敵は巨大ですが、立ち向かう勇気を失くさないように。
 

問題・課題は山積とありますが…

 投稿者:獅子の子  投稿日:2016年12月 4日(日)21時18分24秒
  ご高齢の先生 奥様には
安心して頂きたいです。
これ以上ご心配をお掛けしたくはありません。

先生と奥様には少しでも安心と心休まる時をご夫婦で
ごゆっくりと過ごして頂きたいとの思いです。

ご高齢の先生にこれ以上ご心労をお掛けするのは
心苦しく 心痛いです。

『どうかご安心下さい』と
言える戦いをしたいです。
法廷の場に先生をお呼びする事は
先生の寿命を削り取るようなものと私は思います。


元職員三人さんが
証人申請したのかはわかりかねますが それ以前に
身体に問題がないのであれば
バイトでもいいからお仕事を
探す戦いをされるべきと思います。

まだまだ青年
頑張って頂きたいです!

 

「やっぱり優しさがいい」

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 4日(日)20時57分21秒
  特集 宮本輝
昭和59年 PHP

自分の人生体験を人様に教訓めいてい語る資格はまだないが、37歳という短い歳月の中で味わった最大のやさしさとは何であったかを思い浮かべてみたい。
私は昭和47年の10月、25歳のときに、創価学会に入会した。自分が、得体の知れない病気にかかったことが一番の動機であるが、これほどまでに世間やマスコミに攻撃され続ける宗教は、あるいは徒鉄もない哲理を掲げているかも知れないと感じたからであった。
私が小説家になろうと決意したのは、それから3年後であり、蛍川で芥川賞を頂戴したのは、さらに3年後であった。芥川賞を受賞して半年ほどたった頃、私は創価大学で池田先生とお逢いした。
池田大作氏は私にとって師匠であるから、ここでは先生と書かせていただくことにする。

よく晴れた日で、大学の構内には、私と同年輩の友人たちが集まって日なたぼっこをしたり、とりとめのない話に興じていた。すると、遠くから池田先生の近づいてくる姿が見えた。先生は私たちの前で立ち止まりひとりひとりに近況を聞き、激励をし握手をかわした。
だんだん私の方に近づいてくる。ところが、先生は私に目もくれず、私をとばして、隣の青年と話をし、これから大学生たちの催すフェスチバルを見ようと語った。私だけを外してである。
私は先生と一瞬目が合うたびに何かしゃべろうとするのだが、口を開きかけると、先生はじつに鮮やかに視線をそらしてしまう。とりつく島もない。みんなは先生とともに去ってしまい、私一人が残された。私は腹が立った。先生が、わざとそうしたのであることは判った。判っただけに、よけいに腹が立ち「なにが池田大作だ。えらそうにしやがって」と思ったのである。私は電車に乗ってホテルへ帰る道すがらも、ホテルに着いてからも、腹が立って、腹が立ってしかたがなかった。

そのうちに、なぜ池田先生が、私にそうしたのかを考え始めた。私は、自分が少し恥ずかしくなってきた。俺は芥川賞作家なんだぞという言葉が、私の中から聞こえてきたのである。自分はなんという嫌らしい顔をして、先生の前に立っていたことだろう。先生は、そんな私のすべてを、瞬時に見抜いたのだ。ああ、俺はなんというちっぽけな恥ずかしい人間だろう。俺は自分の頭の後ろに、
「芥川賞作家でござい」という看板を立て、弟子の分際で師匠を待ったのだ。それに気付くと、私は転げ回りたいほど、恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなくなったのである。あした、たとえ池田先生に「宮本輝なんか知らないよ」と門前払いされようとも、自分は自分の非を遠くからお詫びをし、ご挨拶をして大坂に帰ろうと思った。翌日、私は、再び創価大学へ行った。ちょうど大学祭の日で、先生には来客が多かった。しかし、校舎の廊下で私は先生とお逢いすることが出来た。
先生は私を見るなり、自分の方から歩み寄ってこられ、「きのうはごめんね」と小声で言われたのである。私はまだ何も言っていない。自分の驕りや非礼をお詫びすることばをひとことも口にしていないのである。そして「私と君の間には、世間の肩書きなんか、なんの関係もないんだ」と、
そう言われたのであった。私はこの7年前の出来事を生涯忘れないだろう。

あの時、池田先生に叱られていなかったら、私は青二才の分際で、芥川賞の看板を盾に一人前の作家ずらをして闊歩し、天下を取った気分で驕り高ぶるつまらない作家のままで終わったに違いない。
あの時の、先生の叱責は、おそらく、私のこれまでの人生で受けた最も大きな優しさである。
この小さな地球のさらに小さな日本の中で、一時的にもてはやされ肩書きを付けられても、それがいったい何だろう。『世間の肩書きなんか、なんの関係もないんだ』これは人生を考える上でも、
深い意味を持つ言葉だと思う。人間を育て、蘇生させる優しさには、強力なエネルギーを必要とし、
まず先に相手を理解する深い懐が必要だ。いま人々は叱ることが下手になった。裏を返せば真実の
優しさをも忘れたと言えるのかもしれない。
(創価新報(1999年9月6日付け)「私のなかの創価学会 宮本輝」)
 

以前にティニーさんから受けた質問です。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月 4日(日)20時55分22秒
  虹さん関連の一連のやりとりをみていて
このことを思い出しました。

信濃町の人びと様  投稿者:ティニー
投稿日:2015年 2月22日(日)00時18分38秒   通報

”一部を省略します”

自身の心根が先生と御書だけに極端になれば、先生と御書以外に信仰心を持っている方々は、その極端さに触れ、法以外に執着しているものを守ろうとします。

先生や法を、自身の弱い生命で下し、自らの行為を肯定しようとするのです。

そこに連帯が加わると、排斥する作用がうまれます。
要は突き詰めると皆、身軽法重ではないのです。


そして私には除名になる宿業でもあるのでしょう。


最後に信濃町の人びと様、ひとつ聞いてもよろしいでしょうか?
以前創価班会で、担当幹部の方が話してくれたのですが。
先生が参加された会合に着任についた時、先生と役員で唱題する機会があったそうです。

先生は突然皆の方に振り返り、

「今、私が拳銃を突きつけられたら、私の身代わりになれる者はいるか!」
と、言われたそうです。

信濃町の人びと様、一瞬の躊躇もなく、先生の身代わりとなって死ねますか?
 

小作人様に同意

 投稿者:大道  投稿日:2016年12月 4日(日)20時14分52秒
  自分も仮に本部から除名されるようなことがあれば同様のことをするつもりです。
先生を証人としてはいけない道理はありませんから。
 

小作人@地上の発心へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年12月 4日(日)20時10分32秒
  >自分が彼らの立場だったら同じことをします。<

ご返信誠にありがとうございました。
お心が良くわかりました。

 

虹と創価家族さんへ

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年12月 4日(日)20時01分45秒
  もう外出しますが簡潔に。

問題ないと思いますよ。自分が彼らの立場だったら同じことをします。
御書を引っ張り出す間がないけど、大聖人も門下の方に「地獄へ同道いたす」とおっしゃってくれているのじゃなかったですか?
これ、甘えるんじゃないのですよ。師匠と弟子をただの上下関係で見てるから恐れ多くなっちゃうんですよ。

今、問われているのは自分にとっての、あなたにとっての「池田大作は何処にいるんですか」これに尽きるのです。

では。。
 

私の後輩の男子地区リーダーが組織を去りました

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年12月 4日(日)19時49分54秒
  退会はせずに未活動家になりました。彼はとても真面目で安保法制の時は題目をあげて悩んでいました。ただてさえ青年部か少ないのに未活動家になるのはとても惜しい。しかし、組織の現状は厳しいからなぁ。  

小作人さまの意見に賛成!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月 4日(日)19時47分1秒
  私は、先生の長文の謝辞やらメッセージ、弔意に違和感を感じています。年齢相応で短い文面でよいのでは?

今までも、御伝言で短い文面が沢山有りました。それで結構なのです。一昨年、九十歳過ぎた父の葬儀をし、母は呆けもせず健在ですが先生と同じ歳です。凡そ年齢を重ねていくとどのような感じか、わかりませんか?

私は、新・人間革命執筆といい、非常に不可思議に観ています。
 

小作人@地上の発心様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年12月 4日(日)19時44分54秒
  1点だけ質問です。

自分の裁判のために、池田先生を証人申請しても良いのですか?それともいけないのですか?

ご返答を宜しくお願い致します。

 

カマトトぶるのはいい加減やめませんか?

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年12月 4日(日)19時35分14秒
編集済
  一旦帰宅してまた出掛けます。他の方々が論じてきたことと重複しますが、、、

先生が法廷に立てるような状態でないことは件の3人はもちろん、この板の住人なら百も承知の共通認識。
お体の現状も、「執筆活動」の実態も、とうに彼らが書けるだけの話をブログに余さず記載しています。
真偽の判断は読み手に委ねられている。是非はともかく彼らの立場は旗幟鮮明。

「お元気な池田先生」を詐り謀り、早晩ばれることになる嘘を突き通している原田執行部の欺瞞と無慈悲を
公に表して広く世に問い掛ける、彼らなりの信念に基づいた行動であって、外野がとやかく論評するような
種類のものではないんじゃないですか?
こんなのが先生利用だと本気で思ってらっしゃる人いますか?
先生にいつまでも頼り切り、醜い争いに巻き込んでいっているのは3人と法廷で対峙する側ではないですか?

先生は80歳までに世界広布の基盤を完成し「このあとは、妙法に説く不老不死のまま、永遠に広宣流布の
指揮をとることを決意する」(随筆 新・人間革命 1998.01.04)とおっしゃていたじゃないですか?
1998年ですよ。弟子としてどんな準備をしてきましたか? 先生はもうすでに生死を超越した、肉体の
滅不滅を超えた存在なのですよ。
それこそ電源と端子とかそんな次元を超えて、今ここに肉体を有する一人ひとりが「我こそが山本伸一なり」
との自覚で各々の使命の天地で広布に駆け巡っているのじゃなかったのですか? とっくの昔に。

ご無礼を承知で言いますが、虹と創価家族さんの胸中には未だ「若く美しくなった池田大作」は顕現されていないのですか?
末法万年に続く広宣流布のビジョン、後継の人材が歩を進めるロードマップの作成をまだ手掛けてもいらっしゃらないのですか?

数えで齢九十を迎えようとしている池田先生を神聖不可侵、何処か遠くから仰ぎ見るような感覚で捉えていませんか?
先生を仰ぎ見るのではなくて、先生が今見てらっしゃる方向へ同じ視線を注ぐのが弟子としての基本ですよね?
そこが曖昧だから、3人の行動に非があるようにどうしても考えてしまう。先生を偶像化している連中と立ち位置が変わらないじゃないですか?

 

外国特派員協会 書籍発刊記者会見

 投稿者:窮状  投稿日:2016年12月 4日(日)18時59分22秒
  記者会見に一般の方は入れませんが、翌日YouTubeにて配信されるようですね。  

須田さんの「宮田論文への疑問」は・・・

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年12月 4日(日)18時28分51秒
  こちらからどうぞ!

http://sgi-shiteifuni.com/?p=11702


宮田氏の日本宗教学会での「釈迦本仏主義」への傾斜論理も
こちらで確認できます。
 

「二十一世紀への対話」を読みたい方は・・・

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年12月 4日(日)18時25分40秒
  ★★師弟不二ARCHIVE★★
http://sgi-shiteifuni.com/

検索に  「二十一世紀への対話」

と入力してね。

 

ジャッカル様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年12月 4日(日)17時52分2秒
編集済
  >先生がまったく見えない事が、大阪事件との違いで、先生がいったいどうなっているのかとの思いが昂じて、お3人方が先生を参考人招致するという行動に出たと思うのです。<

ご返信誠にありがとうございました。

池田先生を思う時、自分がいつも大切にしている事があります。
それは奥様のお気持ちです。

第三代会長となった池田先生が帰宅すると、「今日の就任式は、池田家のお葬式だと思っています」と語られたエピソードは、あまりにも有名です。

その日から、家族の団らん、アットホームな暮らしは、皆無だったのではないでしょうか。
戦友とも言うべき奥様の戦いは、我々が想像を絶する戦いだと思います。

2010年5月を最後に、池田先生は本幹同中に参加されることはなくなりました。
宮田教授の証言にあるように、池田先生には健康問題が起きている思います。

ご体調が良い時は、池田先生と奥様は戸田先生との思い出の地、そして心に残る同志のいる地域を車でご訪問されているのではないでしょうか。

あくまで個人的な思いですが、池田先生と奥様は、今、とても温かく和やかな時間を過ごされているのではないでしょうか。
戸田先生の思い出に包まれ、また思い出深き同志のいる地域へ。
ご夫婦で、とても温かく和やかな時間を過ごされていらっしゃると思います。

だからこそ、組織内の悪との戦いに池田先生と奥様を巻き込みたくはない。
苦労に苦労を重ねられた奥様に、ゆっくりと温かく和やかな時を過ごして頂きたいのです。

ジャッカル様のお気持ちは良く分かります。
自分も「池田先生に答えを出して頂きたい」と、頼ってしまう弱い自分がいたのです。
しかしそれでは、力ある弟子にはなれません。

我々には、池田先生のスピーチがあります。
そして、池田先生の祈りがあるのです。
それだけで十分ではないでしょうか。

池田先生を証人に立てるような考えではなく、弟子のみの戦いで池田先生の指導を基に、智慧と祈りで戦って頂きたい。
元本部職員の3名の方には、創価世論を味方にするためにも、自分自身を見つめて頂きたいと思っています。

 

師弟不二の道相対!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年12月 4日(日)17時29分48秒
  >(8)師弟の道・師弟不二の道相対......同じく池田先生を永遠の師とする弟子の中 でも、
   師弟の道はダメで、師弟不二の道でなければならない (広布第三章パートII......2010年~)( 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール   投稿日:2016年12月 4日(日)17時08分1秒 )<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/61067

 さすが、「法華経の智慧」を極められた方。投稿内容が、違いますね。(笑み)
 「法華経の説くところは真実である」。その法華経を完結されたのは、日蓮大聖人である。それは、「法華証明抄」で明らかです。そして、その日蓮大聖人の法華経を現代に蘇させたのは、創価学会の三代会長、なかんずく池田先生である、ということですね。あとは、付録……。(笑い)


 

通りすぎるけど様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年12月 4日(日)17時11分50秒
  始めまして。

1点だけ質問です。

自分の裁判のために、池田先生を証人申請しても良いのですか?それともいけないのですか?

ご返答を宜しくお願い致します。


 

究極の師弟論

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 4日(日)17時08分1秒
編集済
  先の「信濃藩家中見聞」に出ていた八重相対論・・

私が思うに、これは「究極の師弟論」

これを考えられた方は、ハッキリ言って凄い・・

●八重の相対論

(1)内外相対......同じ宗教でも、外道はダメで内道(=仏法)でなければならない。

(2)大小相対……同じ内道でも、小乗教はダメで大乗教でなければならない。

(3)権実相対......同じ大乗教でも、権教はダメで実教(=法華経)でなければな らない

(4)本迹相対......同じ実教でも、迹門中心の比叡山ではダメで、本門中心の日蓮 仏法でなければならない

(5)種脱相対......同じ日蓮仏法でも身延等ではダメで大石寺でなくてはならない

   (広布第一章パートI......戸田会長時代、出獄~1959年<会長就任反対問 題>)

   (広布第一章パートII......池田会長時代、1960年~1969年<言論出版 問題>)

(6)宗創相対......同じ大石寺系でも、宗門はダメで創価学会でなければならない

   (広布第二章パートI......昭和48年路線、昭和52年路線、1970年~1 979年<勇退>)

   (広布第二章パートII......僧俗和合時代、1980年~1989年<第二次宗 門問題勃発>)

   (広布第二章パートIII......平成2年路線、1990年~1999年<正本堂消 滅、自公連立政権発足>)

(7)池創相対......同じ創価学会であっても、池田先生との師弟がなければダメ

   ※「先生を3番目の会長とみるか、永遠の師ととらえるかの違い」(正木指 導)

   (広布第三章パートI......2000年~2009年<自公連立政権崩壊、下野 >)

(8)師弟の道・師弟不二の道相対......同じく池田先生を永遠の師とする弟子の中 でも、

   師弟の道はダメで、師弟不二の道でなければならない (広布第三章パートII......2010年~)


ペンギン

「創価正義」
http://www.sgi-seigi.com/
 

大樹様

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年12月 4日(日)16時07分11秒
  ありがとうございました!
上から言われて私達がついていったのはアキヤ系の創価学会だった。池田先生の創価学会ではなかった。
その悔しさはともかく、新しい世代まで道連れにしたことを悔いています。
 

気になった様

 投稿者:大樹  投稿日:2016年12月 4日(日)15時42分5秒
編集済
  御質問頂き、回答遅くなりすみません

記憶ベースですので、年代等は正確ではありませんが、そういう発言を先生がして下さったのは事実です

草創期、聖教新聞社も経営は大変だったと察します
特に大変だったのは新聞販売店
そんな事情もあったのでしょうか?
多くの会員は多部購読していました

我が家も家族4人でしたが、5部とっていたように思います

そんな時、先生が
「新聞は一家に一部でいい」と言われ、母が大変に喜び、
「やっぱり先生はありがたい!」
と感激していました

両親は先生が大好き
会員に過剰な負担をかけることを強いるのは先生ではない!
秋谷会長始め途中の幹部のせい!
と言っていました

会員に過剰な負担がかかると必ず、先生が是正して下さると全幅の信頼を置いていました

「一部でいい」と先生が言われたのは秋谷会長の初期の頃だと思います
60年前半だと思います

先生のこの一言で当時の会員は胸のつかえがとれ、解放されました
多宝会の中には覚えている人が多いと思います

そんな経緯があったので、その後、十数年経って、秋谷会長が「マイ聖教」と言い出した時は
唖然としました

しかし、きっと先生が是正して下さると思っていました

しかし、マイ聖教はドンドンエスカレートするばかり

ずっと不思議に思っていました

先生の精神
「会員に過剰な負担をかけない」からするとおっしゃりたい事はたくさんあったと推測します

それでは、何故放置されていたのか?
当時の先生のご指導を読むと
「私ばかりにやらせるな」
  「私ばかり頼るな」
と言った発言が多くなっています

原理原則は示した
その上でどうするか?
弟子に委ねたのだと思います
弟子に委ねた結果、マイ聖教は加速していくばかり
会員に過剰な負担がかかっていることを見て見ぬ振りする最高幹部達
声を上げない青年部達

その辺に苛立ちながらも弟子を信じ、待ってくださる先生
また、時代の流れ、民意には誰も逆らえない
本来民衆ほど賢い存在はないと言われた先生

自分は聖教の多部購読の件だけでなく、安保等全ての問題の先生のスタンスは同じと思っています

原理原則は示した
あとは本物の弟子がどう行動するのか?
期待し、待ち続けておられる

先生が何も言われないから「承諾」されているという考えは大間違いだと思っています

先生は
「諸君達の為に舞台を作っている
私が作った舞台に誰も乗らなくても私は諸君達を責めません
自分に福運がなかったと思う」と言われました

先生ほど大福運を積まれた方はいません
先生の大福運で必ずや本物の弟子が澎湃と湧き上がり、先生が作られた舞台に踊り出てくる時がくると大確信されていると思います

この板にたまたま出会い、閲覧するようになり
自分も先生の大確信と同じ確信を持ちました

 

民事事件の裁判ですよ。

 投稿者:通りすぎるけど  投稿日:2016年12月 4日(日)15時12分10秒
  大阪事件を引き合いに出していたけどあれは刑事事件。
国家権力が学会潰しに出た事件。

戸田先生を狙い撃ちにする為に
大阪の指揮を執られていた池田先生をターゲットにした。
国家権力が芋づる式で学会本隊を狙っていた事件。


三人の裁判は不当解雇の無効を訴えた民事事件。
裁判の種類も構図も全く違う。

しいて言うならば
職員の悪い行為を先生に報告しようとしたら
報告しようとした側が悪者にされた事件。
先生の指導の通りの行為を咎めた側との裁判なんだよね。

引き合いに出すのが正しいのだろうか?

先生、師匠を守る一念は素晴らしいが
もっと、本質を見ないと却って
下手な先生利用になりはしないかな?
そんな危惧を抱きます。


証人申請の行為が其れ程問題になるのだろうか?
手続き上、証人申請が必要だった可能性がある。

そもそも論をよく見極めないとね。

不当解雇に至った経緯は
池田先生の全体会議の指導。

「おかしなことがあれば私に報告をしなさい。」

だったはず。

だから、報告しようとしたら先生利用だ。
けしからん。となった。

そんなやりとりの積み重ねが解雇に至ったようだけど。
 

ハラダの創価学会乗っ取り

 投稿者:転輪  投稿日:2016年12月 4日(日)14時53分58秒
編集済
  ハラダが池田先生の創価学会を狂わせてしまった
それならば池田先生御本人を招致してハラダの創価学会を裁いてもらおうということ
池田先生の招致が厳しいのであればせめて博正氏が名代で来ていただければ解決できる

裁判で公場対決ができればハラダが創価学会乗っ取りが周知に知れ渡るし
ハラダの御三方の除名処分が不適切であったことも分かる

裁判としては証人を申し出ることは当然の権利
 

裁判の証人申請の話でしょ

 投稿者:通りすぎるけど  投稿日:2016年12月 4日(日)14時37分22秒
編集済
  一通り、自らの陳述内容に関係がある人をあげて

証人として申請をあげておいただけなのでは?

名前があるだけなら手続き上、書類に書いたってだけレベル。

三人を応援するつもりないけど

普通に裁判の仕組みを知っていれば、

これ、当たり前すぎる話なんだけど。

ちょっと過剰に反応しすぎなのでは?

素人談義の落書きレベルにならないように気をつけてね。

柳原某なんか訳知り顔で

都合よい部分だけ切り取りしてるように思えるけど。

まさに便所の落書きがブーメランっていうw
 

祝電

 投稿者:光輝  投稿日:2016年12月 4日(日)14時30分16秒
  タイ国王就任の祝電を「SGI会長」が送られたと聖教記事

反板は対外的には「SGI会長」
対内的には「池田先生」
と使い分けていると反論していましたが、
それでは、12日トランプ大統領への祝電は
何故「池田先生」と記載されていたのだろうか?

是非教えて頂きたいものです

四季の励まし
「誓いを立てるのだ
  誓いを持ち
  誓いを果たしゆく人間は
  強く、清く、正しく
  人生充実の勝ちたる人である」

我が誓いは何か?
「私は広布の為に、学会員の為にーこれ一本で生きてきた
昼も夜もなく戦ってきた
この私の「心」を受け継ぐ人が欲しいのです」

先生の「心」を受け継ぐた弟子になること!
これが我が誓い

この誓いのまま、創価学会に会員の幸福第一の血液を送り続けていく努力をしていきます
 

海外在住様

 投稿者:うなぎ  投稿日:2016年12月 4日(日)13時29分15秒
  裁判所で確認された方から報告受けてますが、池田先生と、息子さんの名前が確認できています。

 

生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 4日(日)13時18分34秒
  SGIの信心に学びたかったのですが・・・
もうこの数年間、座談会で見る体験ビデオもSGIのメンバーのが
多くなってきているんですよ。やっぱり先生から距離は遠くても
こころは近い人が多いんだな~と思っていました(ToT)

ニューヨークに住む友人は健気な信心で頑張っています。
先生の指導に飢えていて、私が先生の指導などをメールで送ると
大変喜んでくれます。

チリのメンバーによると教学は実践の教学という言葉が無くてお勉強と
いう意味に翻訳されていると聞きましたが、確かに国によって活動環境が
変わってくるものだと思います。

確かに選挙も財務も無いからいいな~と思うことはありますけど。
SGIには本質をつかんでいる人が多くいてほしいです。

余談ですがここ数年、先生の夢がいっぱい詰まったアメリカ創価大学に
毎年寄付しています。お礼のパンフレットとか届いて気分がいいです。

ハッキリ言うと功徳があります。財務に功徳があるかどうかは最近
ちょっとわからなくなっています(笑)
 

本日の政教珍聞で~す。原田怪鳥様、先生を「亡き者」にしようとしてるんですか~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年12月 4日(日)11時54分24秒
  本日の政教珍聞1面、「四季の励まし」の掲載、誠に、誠に、ご苦労様で~す。(笑)

小生は、貧愚下賤の末端会員ゆえ、宿業多々、妄想多々のゆえ、ついつい思うのですが、

最近「池田大作先生」の記述が多くないデスか~?、そりゃあ間違いではありません。

しかし「牧口常三郎先生」「戸田城聖先生」「池田大作先生」と並べると、まるで先生が故人になったような印象がありマス。

先生はまだ「在世」なので~す。「在世」にもかかわらず、師匠を過去のものにしようとする、何か印象操作を感じま~す。

原田怪鳥様はじめ執行部の面々は、いかが思われてますか~?

 

C作戦(25年ぶり3回め)

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年12月 4日(日)11時40分25秒
編集済
  冷静にならないと他化自在天の思う壺です。
ご存知のように、今、「3度目のC作戦」が進行中です。2回目は1990年頃、宗門・日顕主導によるものでした。そして1回目は1979年(昭和54年)頃、学会執行部主導によるものでした。そして今回。25年ぶり3回目(まるで甲子園出場の様?)です。
「C作戦」とは「師弟をCUT」する「第六天の魔王の“出世の本懐”」です。「師弟断絶」です。池田先生は「師匠とは皆を法に結び付ける存在」と言われていました。「師弟不ニ」は「依法不依人」と同義語であると言えます。「依法不依人」でなくては「境智冥合」できず、「即身成仏」する道を断たれます。だから事は重大なのです。

この「師弟をCUT」「師弟断絶」は双方向の動脈と静脈の両方をCUT、断絶しています。
ここがジャッカルさんのおっしゃる通り「大阪事件との違い」であると思います。
(大阪事件の時、「師匠は戸田先生」で「弟子は池田先生」で、この時はまさしく「師弟不ニ」で「師弟断絶」はなかった。今は「師匠は池田先生」で「弟子は我々」で、はっきり言って頼りない。「裁判」というキーワードが同じなだけで、事の本質は違うと思います。)
それはジャッカルさんがおっしゃる通り「先生がまったく見えない事」と併せて「先生からも会員の事がまったく見えない」ように“させられている”事です。双方向でCUT、断絶“されている”のです。

この「池田先生と我々」は“つながっていると思っていた”が、違っていた!
元職員のブログは「第1 池田名誉会長に報告が届かない学会本部の実態」とタイトルして始まりました。ここに事の本質があると思うのです。そして彼らは「池田名誉会長に報告」を届けることに全てを注ぎ込んで来ました。血液を送り込もうとしたのです。ところが実は動脈も静脈もCUT、断絶されていたことに気づいたのです。(ちなみに去年のその頃、私はまだ気づいていませんでした。)
それでも届けよう……とするも届かず、万策尽きて、参考人招致という方法をもし選んだとしても、それは批判されるべきではありません。恐らく私も同じことを考えるでしょう。それを与同といわれるなら、それを頂戴いたしましょう。

彼らは(それまで知らなかった)CUT、断絶された動脈と静脈をつなぎ直そうと必死なのです。これは宿坊の皆さんと「同心」でしょう。彼らも我々もドクターX~外科医・大門未知子のように「私、失敗しないので」とは言えませんが、暗黙の了解とされる多部数購入など上からの命令に「いたしません」と拒否しながら師弟断絶と戦っています。
そもそも師弟断絶が無ければ、あの裁判も無かったのです。

どなたかも投稿して下さっていましたが、「善は結託しない」という残念な性癖があります。これを乗り越えたい。当然、皆、立場も考え方も違います。違っていい。むしろ違っている方がいい。そうでなければ「異体」になれません。同質性の高い、不安遺伝子(DUP25)を持つ、草食動物の日本人は「異体」になることが苦手(逆に欧米人は「同心」が苦手らしい)です。苦手なものは意識的にしか作っていけないでしょう。その意味ではまた京都西京極乃虎さんにも帰って来て欲しい。冷静に、「互いの立場や考え方を尊重する異体同心」の参考モデルをここに創るためにも。

いずれにしろ、我々もそれぞれの立場で「虚空(クラウド/雲の上=掲示板・宿坊)」から降りて来て、“再び”「霊鷲山(現場)」で地に足をつけた戦いをする必要があります。「事件は会議室で起きているんじゃない! 現場で起きているんだ!」から。
その時に、彼らや京都西京極乃虎さんたちもそれぞれの立場で力になってくれるのではないでしょうか。立場、出身国、持ち味が違う『サイボーグ009』のようなかんじでしょうか。(あれ、昔の西鉄ライオンズがモデルって知ってました? カンピースさん)
そんな「今“再び”の陣列に 君と我」ではないでしょうか。

そうでないと勝てない。それだけ敵は、第六天の魔王(ただいま『信濃藩家中見聞』特別出演中。アカデミー賞、トニー賞有力候補)は手強い。
いっちょう、「異体同心」(今月の大白P98~99参照)の手本を信濃藩家中に見せつけてやろうじゃありませんか!
(偉そうなことを言っておいて、来週のサイレントアピールはやはり行けなくなりました。もし可能な方はお力添えを。)

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-61.html
http://amzn.to/2fxRlFX
 

SGIの信心に学べ・・?

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 4日(日)11時37分47秒
編集済
  寝たきりオジサン様

少しも、すごい境涯なんかでは・・

学会員を60年もやっていると、誰しも、色んな歴史と出会いがありますよね。

いま、多くのメンバーが信心を学ぶ・磨くのはここ宿坊だと思います・・

海外に関して言えばSGIメンバーは選挙ナシ。定期的財務なナシ。機関紙強制購読ナシ。

いろいろな目標ナシ。

民音もないので、その担当不要。書籍販売(ノルマ?)ナシ。

行きたい時にだけの会合参加。押しかけ家庭訪問ナシ。

メンバーはリーダーに会いたい時にだけ連絡・・

ですから、あまり信仰活動にストレスがないんです。

各国では、その活動はいろいろ違っていますから、一概には言えませんが・・

昔と違ってその現状は先日、一人のSGI様が書いておられましたが、

世界のSGIの教学・指導は次第に浅くなってきているはずです(欧州では10年前から徐々に・・)。

今の欧州は感じが、サークル・プラスになってきつつあるので、昔味わったような最大歓喜(歓喜中の歓喜)

を味わえる機会はドンドン、失われているように思います。

つまり、一般の平和団体プラス信心してみようかな、みたいな・・

そこで、会合では内容が分かったのか、どうかと思えるような状況でも拍手や歓声・・

何か、どこかのNGOの団体か?と思わせるような軽い感じが時折、見られるそうです。

自分の地元組織ではそうなら無いように、その防戦が大変だ・・と欧州の友・・

私の大きな懸念は最近は弾圧、難に対する耐性ができていませんので・・

このようなサークル・プラスで増え続けた場合、難ということは一応、頭で勉強していても

その体験がありませんから・・そこは、ご想像通り・・

一度、権力側(マスコミ含め)に攻撃を受けたら・一瞬にして壊滅の危険性が多々あるだろうと・・

完全壊滅ではなくとも、大きな被害が出ることは間違いない・そう、危惧しています。

今、日本に研修に来ているSGIメンバーの顔つき・態度には必死さ、真剣さがさほどないとは友の声

現代の奇跡と、アホ・脳天気会長が言った欧州の発展?は、恐ろしほど、一瞬にして壊滅の危険性が

あるということです。それが、374919事件や多くの不詳事件、

悪の枢軸体制が知れ渡った時の衝撃度、その後の状況を危惧しています。

ですから、その改革はゆっくり、慎重に、しかも遅滞なく・・です。


そのための、重要な武器です。
拡散よろしくお願い致します・・「創価正義」
http://www.sgi-seigi.com/

ツイッター様、よろしくお願い・・です !


ペンギン

http://

 

「信濃藩家中見聞」 其の十六

 投稿者:ヨッシー  投稿日:2016年12月 4日(日)11時15分41秒
  其の十六

頼綱「御免」

重蔵「おや、これは大目付どのではござらぬか。お側用人部屋へ何用でございまするか?」

頼綱「いや、貴殿に話があって参った。内密な話ゆえ、しばし外へご同行願いたいが」

重蔵「左様か、では早速」


頼綱「ところで坂田の守どの、殿のご様子はいかがでござる」

重蔵「あまり芳しい事は聞いておりませぬ。最近は、第三ご嫡男の尊若様がぴったりとお側に付いておられますので、我らお側用人方も直接はお会いでき得ぬ状態で、、、、詳しい事は分かりかねますが」

頼綱「なるほど」

重蔵「して、拙者に話とは?」

頼綱「うむ。殿もご高齢の身、万が一の時は貴殿はいかがいたす所存かと」

重蔵「と申しますると?」

頼綱「殿にもしもの時は、当然、貴殿らお側用人は無用の者となろう。その後の貴殿の立場を案じましてな」

重蔵「・・・・」

頼綱「いやなに、それを機に隠居されるのも一つの道ではあるが」

重蔵「な、なにを申されるか、拙者は、まだこの通り達者でござる。隠居などと、、、」

頼綱「そうでござろう。そこでじゃ、ご城代は、貴殿を次期次席家老にと考えておられる」

重蔵「拙者が次席家老に!」

頼綱「左様」

重蔵「しかし、現次席家老の正木八百の守は、拙者より若く、ご壮健であるが?」

頼綱「いやでござるか?」

重蔵「め、めっそうもござらん! ありがたき事にござる。が、殿にご相談をしなくても?」

頼綱「ご相談可能な状況か?!」

重蔵「た、確かに、、、」

頼綱「ご城代は、貴殿の身を案じてござるのじゃ、貴殿も重臣なれば藩の行く末が心配でござろう」

重蔵「それはもう。して、八百の守は?」

頼綱「この際、時機を見て八百の守には辞職して頂く。ご城代の御方針に何やら不服をお持ちの様なのでな」

重蔵「なんと。もしや先日、若年寄兼総務奉行の梶岡新六郎どのが更迭されたのもその関連で?」

頼綱「左様。梶岡殿は、ご城代に背く律令方をかばい立てした上、八百の守とも通じて、ご城代の追い落としを画策しているとの噂がござったゆえ」

重蔵「そ、そこまでされますか、、、、」

頼綱「そこでご相談でござるが、貴殿も殿の事より藩の行く末を案じて、我らと心一つにして頂きたい。殿もご高齢じゃ、貴殿もかつて『五十四己未の年』の様に振舞っても得るものは無かろう」

重蔵「なるほど」

頼綱「得心致されたか?」

重蔵「万事承知仕った」

頼綱「それは良かった。では、今後は、呉々もその事を念頭に振舞わられよ」

重蔵「いえす、あいどぅー。あ~りがとさ~ん」

頼綱「・・・・・」

(つづく)


※これまでの投稿はこちらを。
壱の巻(平成二十五癸巳ノ年)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60751
弐の巻(平成二十六甲午ノ年)
其の十三  http://6027.teacup.com/situation/bbs/60907
其の十四 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60959
其の十五 http://6027.teacup.com/situation/bbs/61015
 

折々のウダウダ

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年12月 4日(日)10時35分1秒
  ・「四人家族で聖教購読1部だったら、父親が持って仕事に出たら帰るまで他の家族は読めない」
 ......きょうび一人一台スマホかタブレットを持ち歩いているのを知らないらしいヒンシュク板。
 何のために聖教オンラインの宣伝を紙の上で繰り返してきたか?
 自宅のパソコンでpdfもプリントアウトも必要なだけ簡単に出来ることも知らないようだ。
 父親の帰宅時間の設定がきょうび19時などと、これまた世間を知らなさすぎる。

 こういうのに限って1部すら金払って取っているのか怪しい(;¬_¬)

・ハタチ氏がエミョーの記事を好意的に引用したと賢しらに言う有象無象。
 小心会の旗揚げメンバーにしてヒンセキ処分をちらつかせられると即効で寝返り、阿部日顕の指南役を長年気取っていたナンチャッテ宗教研究者を、
 学術大会の名目で池田先生が作られた学び舎に招き入れた連中&ゴコウセツを呆けた面で拝聴していた会長・主任副会長はどうでもいいってのかい?

 昼から忙しいので今日はこれにて。。
 

新聞多部数。

 投稿者:フラフラ  投稿日:2016年12月 4日(日)10時25分30秒
  を、減部するなら、販売店に直接電話1本すれば済むことですが、、、。
何か問題があるとすれば、新聞の目標に足りないから減らさないで~!!
ぐらいか。そもそも、家に同じ新聞が何部もある事自体おかしいでしよ?
我が家の会話、、、子供に質問される、、、何でうちには新聞がいっぱいあるの?
えっ?、、、、、、、。(目標が、、、とはいえね~。)
 

折々のウダウダ(辛言苦言 改め)

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年12月 4日(日)09時31分26秒
  「共闘」とは、何から何まで同意する者どうしで成り立つ関係性というわけではない。

一念を合わせる、との物言いが己の主観に偏っていないか?
ぶれていると躊躇なく見なす根拠がはたして妥当なものか?

件の3人が「数え年九十になろうかという先生にご迷惑をかけている」とでも言いたげな一見しおらしい意思表明が、
そっくりそのまま先生を自分とは隔絶した別人格にして別次元の遠い存在、雲上人に祭り上げてしまっているのだ。

己心に“若き池田大作”が宿っていない、「山本伸一とは私である」との確信がないから、
皮相的な意味合いでの「先生の身を案じる」ただのポーズになっているのに気付かない。
それは先生の“ご健在”を詐り、謀る、執行部のエセ弟子どものやってることと紙一重だ。

そもそもが四十面提げたオッサン3人に、裁判当事者でもないのに年増の保護者の如く寄り添って、
一切合切、何でも同期して呼吸を合わせ、先方にもそれを求めるいわれが何処にあるというのだ?

いい大人が気持ち悪い(=_=Ⅲ 和して同ぜず。所詮は他人の関係なのだ。
チームプレーは心得違い。スタンドプレーから生じるチームワークを信じるのみ。。
 

まず事実確認を!

 投稿者:海外在住  投稿日:2016年12月 4日(日)09時22分43秒
編集済
  元本部職員の3名が池田先生を第一審で参考人(証人)招致した?.?..
=未確認情報に踊らされないで、
まず事実かご本人に確認をすることをお薦めします。

元本部職員による告発本が出版されてから、狼狽し
彼等を貶める偽情報を拡め、告発本の購買妨害しているのでしょう。

12月8日15:00~の日本外国員特派員協会での彼等の発言を見守りましょう。
より多くのジャーナリストが参加するよう呼びかけましょう。
大成功する様に題目応援しましょう。
私たちが出来ることをしていきましょう。

http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/

 

二十一世紀への対話17

 投稿者:まなこ  投稿日:2016年12月 4日(日)08時04分16秒
  【池田】 私もそう思います。そのような精神と肉体のあり方を説明するのに、仏法では“色心不二”という生命観を展開しています。ここにいう“色”とは、物理、化学を主体とした科学的方法によって把握される、生命の物質的側面である肉体を指します。次に“心”とは、そのような物理・化学的方法によってはとらえることのできない、生命の種々の働きを指します。このなかには唯心論者が思索し、考察してきた理性や悟性といった精神活動、欲望等も当然含まれます。
仏法では、この“色法”と“心法”とは二であってしかも二でなく、一体であると捉えています。その“色”と“心”とが一つになっている本源的生命の本質の世界を指して“一念”ともいっております。しかも、そのいずれか一方が他方より根源的であるというのでもありません。“色法”と“心法”とは、それぞれの側面で生命の能動性を発揮しながら、しかも一個の生命体として揮然一体となっているのです。
このように、生命全体の立場から生命自体のあり方を考察したのが、仏法の“色心不二”の原理です。こうした生命観から考えれば、唯物論的思考は科学的方法論によって“色法”の世界を究明するものであり、唯心論は“心法”の世界を追求していったものであるといえます。

【トインビー】 われわれ現代人にできることは、知性では理解できないけれども仮説のうえで実在する統一体を、精神と肉体という一見本質的に異なる二つの構成要素に分析することくらいです。したがって、私も“色心不二”の概念は、われわれが“実在それ自体”を理解するうえで到達できる最も近似のものであると思います。
 

虹と創価家族様

 投稿者:ジャッカル  投稿日:2016年12月 4日(日)08時00分0秒
  いつもロムさせてもらっています。ありがとうございます。

大阪事件の時、池田先生は戸田先生がどうされているかは、自分の眼で見てお分かりでした。

今回は、学会本部の取り巻きや第一庶務などから先生の現在のご様子は「お元気ですよ」と聞くばかりで、実際にはどうなのかまったく分からない状態です。

海外のご友人様からの大事なメッセージでさえ、池田先生に届いているのか分からない。

先生がまったく見えない事が、大阪事件との違いで、先生がいったいどうなっているのかとの思いが昂じて、お3人方が先生を参考人招致するという行動に出たと思うのです。

この事を考えると、このお3人方の先生をお護りする一念は、ブレていないと私は思います。

突然の投稿の失礼をお詫びいたします。

では、ロム専に戻ります。
 

わが友に贈る 2016年12月4日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年12月 4日(日)07時18分43秒
  心を動かすのは
真心の言葉と
反応のスピードだ!
近隣や親戚を大切に
信頼の絆を強めよう!
 

山下安之さんの体験談

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 4日(日)07時11分3秒
  こんにちは 北伊丹本部  金岡支部 大鹿地区の山下安之です。最後まで頑張りますので宜しくお願い致します。

入信40年という節目の時に、大きな体験をさせて戴きました。今回ほど、私にとってこれほど、大きな病気は有りませんでした。

定年を終え再就職先も決まり、準備万端の時、昨年11月末に、風邪気味で文化会館や地区等の会合へ行くのもつらくなり、かかり付けの医院で診てもらいました。診察結果は、貧血がひどく、他の病院を紹介され、再検査の結果、即入院との指示にビックリ、翌12月9日に入院しました。

これから如何なる苦痛と、恐怖が待ち構えているかなど、誰知る由もなく、自分自身そんなに重い病気とは露知らず、簡単に治ると思っていました。それからは、輸血をしながらの検査検査の日が続きました。

入院二週間後に、熊本の兄弟達が揃って見舞いに来たのです、おかしいな何で皆来たんだろう、そんなに悪いのかなぁ、ぐらいの甘い考えでした。妻は主治医から、「今後、長くて2年、最悪の場合は年を越せるかどうか分からない」という厳しい状況との説明を受け、気もくるわんばかりだったようです。

病名は白血病の中でも最も治療方法がない、最悪の《骨髄異形性症候群、再生不良性貧血》という血液の癌だったのです。

すぐに家族は揃って幹部に指導を受け、信心根本と心に決め、一致団結して立ち向かったようです。
抗癌剤の点滴が開始されたのに対して、心の中で“俺は癌か、なぜなんだ?”と悩み苦しみ、自問自答しながら、この信心で自然治癒力を発揮させ結果を出そうと決意するものの、心の動揺は隠せませんでした。

それならばと100万遍の題目に初めて挑戦しました。胸部から採血、点滴、輸血用の管を通して抗癌剤の点滴は4日間続き、いよいよ癌との闘いの始まりでした。今までの事が走馬灯のように駆け巡るなか、12月27日夜8時頃意識が薄れていき、主治医、看護婦さんの慌てるさまが、夢の世界のようへと変わっていったのでした。

主治医から、「家族を呼ぶように」と聞いた子供達は、母親に知らせ、ビックリした妻は、取る物も取り敢えず駆けつけて来たようです。脳波やCT検査等、必死で行われたようでしたが、私は知る由も有りません。

その時主治医から、「意識不明の状態が3回有れば、植物人間になる可能性が有るので、治療は非常に難しい」と家族に知らされ、以後は無菌室に移されての治療となりました。感染症予防の為、体内に「菌」が付かない様に口・胃・腸・肺への治療です。抵抗力が付くまで23日間、治療は厳しいものでした。

そのような時も、多くの同志の励ましに、幾度も感謝の涙を流しました。夜はほとんど眠れないので、ベットの上で題目をひたすらあげていると、毛細血管が破れて足が黒く成るのです。それでも昼間は俳句などを作って壁に貼っていましたが、その後、御書の一節をワ-プロに書き写す事を始めたんです。

そうした正月の始め熊本から妹が駆けつけ、「40年目の信心の峠は死に物狂いで題目をあげないと乗り越える事は出来ないよ。過去からの謗法を懺悔して題目をあげないと宿命転換はないのよ。池田先生に、お手紙で近況を書くのよ、先生とパイプを繋ぐのよ、それが信心よ」と言われて、藁をも掴む思いで、必死の題目をあげ、1月11日に池田先生にお手紙を書きました。池田先生から17日にご伝言を戴いた時は本当にビックリしました。

「お手紙拝見しました、お題目をお送りします」との、ご伝言に驚きと感謝で勇気が湧き、嬉しさ一杯の時に先生から21日に、【健康長寿】の押印色紙を戴き、感動の題目をあげさせて戴きました。

翌日には、秋谷会長より、「法華経の行者の祈りのかなはぬ事あるべからず」の御書の一節の入った激励のお手紙を戴きました。

翌23日にも、N総関西長より激励のお手紙を戴き、御書の一節「いかでか病も失せ、寿(いのち)ものびざるべきと、強盛にをぼしめし、身を持し、心に物をなげかざれ」のご金言と、ご指導を戴きました。

先生がどこまでも一人の人を慈愛されているかが、この身を以て実感いたしました。“必ず元気になり、池田先生にご報告する!”と決意し、題目をあげ、退院の日を3月11日の私の誕生日と決めました。早速、池田先生、秋谷会長、N総関西長にお礼とともに決意のお手紙を書かせて戴きました。

同じ病棟には血液の病気の方ばかりです。長期入院の方が多く、退院される方は本当に希でした。“俺は違う”と自身に言い聞かせながら題目表に数を付け目標達成へ励みました。

しかし、薬の副作用と癌細胞は、とんでもない事を引き起こします。そのたびに担当医と看護婦さんはあわてふためき、「山下さんの状態は判らない。点滴も薬もどれが適合するのか、判断に苦しむ、悪いと思ってもパッと良くなるし、調子がいいと思っても急に変わるし...」と言われ、試行錯誤の治療も、輸血をしながら続きます。骨髄液等の検査は大変な中、行ないました。

2月16日の朝方、頭が割れるような痛さに、耐えかねていると、右目が飛び出すように腫れあがり、妻はビックリ“早く手当てをして!”と、看護婦にくってかかっていました。又又主治医、看護婦さん達の悪戦苦闘が始まり、私は只苦しむばかりです。そんな時に妻が心労と、風邪のため寝込んでしまいました。痛み止めの注射に座薬と点滴で乗り切るには、10日間、子供達4人が交代で団結し、次男の嫁も泊り込みで看病をしてくれました。この時も、“後1ヶ月の命”と主治医は家族に宣告したようです。

病状に応じて病室も無菌室、個室、大部屋へと移動を13回も繰り返しながらの治療でした。又薬の副作用と癌細胞の躍動です。耳鳴りと左側の頭痛です、CT検査、MRI検査、骨髄液、脊髄液の検査が繰り返し行われました。

しかし、左半身の麻痺は、完全に私を落胆させるものでした。それでも3時間5時間と題目を唱え、“実証を示さねば”と必死でした。唱題すればする程又、指がコブラガエリの状態となり、両手を合わせて押し開き、只ひたすら題目を.......2時間も、あげると元に戻るのです。
耳鼻科、皮膚科、整形外科で検査しても、何ら異常はないものの相変わらず輸血を必要とし、自分自身の血液は無く、人様の血液で命を維持している状態です。

脳を縮小させる為の点滴も24時間連続で集中的な治療でした。そんな時でもワ-プロとパソコンで調子が良い時は御書の一節を打っていました。しかし、魔の動きは急変します。今度は右足のひざから下が麻痺し、歩くのも不自由となり、補助具足を作り、それをあてがっての歩行でした、原因は癌細胞と軽い脳梗塞から来たものと、後で判りぞーっとしましたが、ここでも御本尊様の功徳で軽くして戴き、題目の力は本当に素晴らしいと実感し、尚一層の治療に専念しました。

しかし、悪い時ばかりでは有りません、調子が良い時は、気分転換のため一泊2日の外泊もでき、我が家で御本尊様の前で思う存分に題目をあげることが出来きました。同志の方は家に帰った時も、何度も激励に来て下さり、本当に幸せ者と実感し、感謝しました。

その後も薬等、色々と変えながらの治療の時、T(副会長)総県総主事が、突然病室へ、外泊の時も家まで来て下さり、「感謝の題目をあげるんだよ、」、「先生に、お応えするんだよ、広宣流布の為に頑張るんだよ」と、励げまして下さいました。“よし、やるぞ!”と題目をあげながら、調子がいい時は法戦のF取りに妻と行くなどして頑張り、目標の100万遍の題目達成も、地区、支部の同志の題目に励まされて。3月11日誕生日に達成が出来ました。

目標の退院は出来ませんでしたが、看護婦さん達が誕生祝いを花束とハッピーバースディで祝ってくださいました。“今、負けてなるものか!、ここが正念場だ!”と魔に負けない様、真剣に唱題を続けますが病魔は競います。

担当医の指摘どうり、3回目は父親の命日の3月27日に、3日3晩の胸骨と骨髄の激痛です、頭も顔も腫れあがり、見るも無残な姿に成っていました。今度は妻が泊り込みで看病にあたりましたが、起きあがることもできず、子供に抱きかかえてもらわねば、何にもできず、只ウワゴトを繰り返していたようです。主治医は妻に、「癌細胞の善玉は無く、悪玉ばかりなので覚悟する様に」と宣言されてた様ですが、私自身何も知らず、ただベットに横たわるだけでした。

体は水を異常に要求し、一日4㍑も飲むので娘が水を6ケ-スも買い込んで来ました。点滴を脳がはれない様に続けるも、次第に目がかすみ、血糖値を計れば異常に高く、平常値は60-110なのが560にも跳ねあがっていたのです、血糖値を下げるインシュリンの注射を打ち続けるも、なかなかさがりません。

癌細胞はどんどん変化して襲って来ます。心臓は肥大し肝臓に癌は転移し、肝機能は働かず腹水と肺にも水が溜まる結果となり、体内は癌細胞だらけで、もう悪く成る所がないほどでした。顔には死相が現れて、見舞いに来てくださる同志の方も、もうダメだと思われたそうです。

そんな時でも、痛みが無ければ調子を見て、法戦にも、会合にも参加させてもらいました。携帯用御本尊様を手元に、ひたすら祈り続けたのです。

明日をも知れぬ命に、妻は観念していたようです。
岐阜県にいる長男に電話で知らせると、「親父は病気で死にはせん、大丈夫生きる使命が有る。其の為に今まで信心して、題目をあげたじゃない」と言い切っていたとの事です。

3回目の発作から27日目の4月23日の検査結果では、不思議にも「癌」の細胞が無くなっているというではありませんか。担当医もビックリ何故か判らない、どうして癌細胞が消えたのか、分からないとの返事でした。

そんな苦闘の末に病魔に勝ったのです。お題目の凄さは本当です。私は不死鳥の様に甦ったのです。

2月に携帯電話の買い換えを考えていた時、長男が新型を買って来てくれたのです。ワ-プロを打ってる時、パソコンがいいなと思い、題目をあげていたら、又ノ-トパソコンを一式買ってきてくれたのにはビックリしました。ならばと、退院の日を真剣に祈りました。第二目標は“創価学会の日”の5・3を目指しましたところが、またまた願いは叶い、4月30日に退院が出来たのです。

不思議でも何でもないのです。只御本尊様に、祈り続けたのです。此れが信心です。題目です。現代医学でも判らない、自然治癒力の倍増は、御本尊様に祈る題目でした。

退院の時、婦長さんは、「絶対退院は出来無いと、先生に聞いていたのに」とビックリされ、心からオメデトウを言ってくれました。これも皆さん方の真心の題目の祈りがあったからこそ、蘇生出来たのです。同志の素晴らしさに感動し、学会員で良かったとつくづく実感しております。今ではリハビリの結果、歩行にはさしつかえないところまで、右足は回復しております。

御書に、「なにの兵法よりも、法華経の兵法を、もちひ給うべし」とあります。このご金言そのものです。
この体験を多くの人に語り、広宣流布の為に弘教と聖教新聞啓蒙に頑張り、池田先生にお応えしていく決意をしています。

今は週一回の外来検診をしていますが、完治するとの確信で、これからも祈り闘い続けてまいります。

5月21日に又も池田先生より、「お体をお大事に、お過ごし下さい」との、ご伝言を戴きました。

以上で約5ヶ月間の闘病体験を終わらせて戴きます。
私の気持ちのままの詩です。

     妙法へ
      使命はたさん
       この命
      広布の為にと
       地域に花咲け


    本当に有り難う御座いました。



      1999.5.23 伊丹文化会館にて発表
 

宝冠様へ 【元本部職員の3名について】

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年12月 4日(日)03時50分4秒
編集済
  ご賛同頂きまして、誠にありがとうございました。
(返信遅くなり申し訳ございません。)

元本部職員の3名が池田先生を第一審で参考人(証人)招致した件です。
事実かは未確認ですが、事実なら「師弟」という点で疑念が湧きました。

大阪事件で、池田先生がなぜ無実の罪を一身に被ったのか?
それは、ご体調が悪い戸田先生を、お護りするためです。
そこには権力の魔性に対し「断じて戸田先生に指一本触れさせない」という一念があります。
大阪事件は、池田先生が戸田先生を自分の戦いに巻き込まず、弟子の力のみで権力の魔性と対峙し勝利された、歴史に残る戦いです。
自分は犠牲になろうとも、師匠は断じて護り切る!
これが大阪事件から学んだ弟子の姿勢です。

師匠を護る一念があれば、自分の裁判に池田先生を関わらせる発想など起こるはずがないと思いますがいかがでしょうか。
ゆえに、国法(裁判)で勝つための戦略、または実際に参考人(証人)招致する事がなく、裁判上の流れで書面上必要だとしても、自分は大きな違和感を感じてしまうのです。

「師匠を断じて護る」
もし、この一点がブレているなら、残念としか言いようがない。
大阪事件を忘れない学会員なら、一念の微妙なブレを見抜き、違和感を感じたのではないでしょうか。

元本部職員の3名の方とは、組織内の悪と戦うという点で共闘したいと思っております。
それは、具体的な組織内の情報を持ち、証言できる方々だからです。
組織内の悪を暴く、勇気を持つ方々だからです。

だからこそ、真摯に自分を見つめて頂きたい。
一念に微妙なブレがあるなら、最終的に組織内の悪(権力の魔性)には勝てないからです。
組織内の悪と戦う目的が、「自分のためなのか」「師匠のためなのか」という微妙なブレがあれば、民意(学会世論)を得ることもありません。

共闘する上で外せない基準があります。それは、池田先生を断じて護るのか否かという1点です。
この一念は、宿坊の掲示板の主題である「54年問題の総括」に通じると思います。

元本部職員の3名の方とは「仇討ち」という一念を持ち共闘したい。
だからこそ今回の件は、曖昧にしたくない部分ですね。
まずは事実確認が大切だと思います。


 

寝たきりおじさん様

 投稿者:光輝  投稿日:2016年12月 4日(日)03時02分23秒
  本当にそうです

創価学会は元々組織はなかった
1人、2人と折伏し、組織が出来た

自分が縁する全ての人の幸福を祈る
そして応援させて頂く
これが創価学会だと思う

最近病気になると「組織の人には言わないで欲しい」と言う人が増えてきた
いかに信頼関係がなくなってきたか?
ということ

病気になった
失業した
何かあった時、相談し、祈る人間関係
その為の組織ではなかったか?
そんな組織を自身の周囲に作って行きたい
 

民生より政局の徒党はカジノ法案賛成へ③

 投稿者:感性  投稿日:2016年12月 4日(日)01時36分40秒
編集済
  案の定

>安倍首相「公明よくやった」=カジノ法案
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016120200837&g=pol
>カジノ法案提出者5人、業者の献金語らず 民進質問に
http://www.asahi.com/articles/ASJD23TMHJD2UTFK00F.html
>カジノ法案が審議2日で強行採決! 背後に安倍首相とカジノ利権狙う"パチンコのドン"セガサミー会長の癒着
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20161202/Litera_2740.html

不自然な採決急ぎや賭場解禁後の様々な憂慮事項や付帯の実効力の実質上の欠落などいろいろあるようですが、私からは一点、国が認めた賭場に関連しての暴力団の排除はたとえ付帯やそれに準じるものがあったとしてもまったくのザルとなることについて述べましょう。
現在でも指定暴力団は親族のみならず別働隊組織や反グレと呼ばれる連中を使うことで規制を逃れています。また公が民間に排除を要請してもそれがタテマエだけに終わっているのは例えば各ディーラーが暴力団関係者の排除(非販売)を「警察の御指導の下」と掲げながらも実際に組関係者に販売等をしていないのかどうかは大いに疑問の余地ありです。ちなみに組関係者が来店するときだけ、「組員の方には売りません」の表示を外している例を私は知っています。

カジノ法案の審議はわずか6時間だったそうですが、上記のことも含めた具体的審議は実質なされていないのが実情でしょう。そして法案が通ればちょうど今、各暴力団組織が別働隊や関係者を使い規制されている行動や事業を行うことに対しての歯止めは、ダミー組織や個人が組本体との因果関係が法廷で証明されるまでは実質なきに等しいものになります。

石原元都知事が言いだしっぺであることもさらに疑念に輪がかかります。例の住吉会主流派別働隊組織による国の意に反した尖閣での上陸行動を宣揚しただけではなく、その後の同知事(当時)主導による不可解な尖閣買取募金なども思い起こしてください。もっともこれは後に都庁官僚、警視庁等の努力で実質凍結状態になっているようではありますが、いずれにせよ言いだしっぺの行動を知る限り額面どおりの観光振興にして黒い利権の発生する余地なしというのは信じ難いこととは思ってしまいます。

また暴力団じゃなくても別の利権の入り込む余地は巷間報じられたり問題提起されている通りでしょう。だから公明の佐藤茂樹をはじめ推進側はいろんなことがさらに明るみになる前での可決を急いでいると見られるのはごくごく自然なものの見方だと思います。

公明は安倍や利権者やその予備軍を喜ばせるだけの審議軽視姿勢をあらためたうえ党にそのような混乱を持ち出した張本人である佐藤茂樹を党内処分にしたうえ本会議では佐藤を除く各議員が反対票を投じることで「庶民の党」の本領を発揮するのが筋というものではないでしょうか。
もっとも付和雷同は規定のようですからこのまま動執生疑を起こすこともなく民衆を愚民視しながら議員生活を要領よく全うし引退後は官民からの然るべきポストにありつけるのもひとつの手ではありましょう。むろん、いかに羽振りはよかろうとも権力の魔性からの染まり者の行く末です。



民生より政局の徒党はカジノ法案賛成へ②  投稿者:感性  投稿日:2016年12月 3日(土)00時48分55秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60997
「カジノ解禁」に公明軟化?  投稿者:感性  投稿日:2016年10月15日(土)01時26分0秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58117
 

匿名係長 様

 投稿者:誰か私を呼んだ?メール  投稿日:2016年12月 4日(日)01時27分15秒
  匿名係長様
庶務1のお話、
私は詳しく教えてほしいです。
要らないという人もいるみたいなので、
直接教えていただければ、嬉しいです。
アクセンチュアの採用には、学内選考がある
というような、誰でも知ってることではないと
思いますので。
よろしくお願いします。
 

大樹様、教えてください。

 投稿者:気になった  投稿日:2016年12月 4日(日)01時07分7秒
  突然の質問失礼いたしましす。

池田先生が多部数購読を随分前から禁止してくださったという話のソースを教えていただけたらと思います。

それがあれば、私も多部数購読を止めることができると思いますので。

お手数かと思いますが宜しくお願いいたします。
 

柳原氏のコラム

 投稿者:大樹  投稿日:2016年12月 4日(日)00時00分41秒
編集済
  読んだ
新聞を2部から1部に減部して除名になったと主張する人への反論が記載されていた

「機関紙購読のあり方に対する信心指導をしようと試みただけ」との事
新聞を2部から1部にすることで「信心指導」されてしまうのか?

同じ新聞を同じ家に住んでいるのに「マイ聖教」の名前の元、2部とっている(とらされている?)ことの方が一般的には不自然でおかしいことではないか?
本来、「2部取れ」と言う幹部に対してこそ「信心指導」して貰いたい

2部→1部に減らしたいという会員がいたら、「信心指導」しないで、当たり前のようにすんなり減部する
そんな常識豊かな学会になって欲しいものです
池田先生は随分前から多部購読を禁止してくださいました


 

光輝?さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 3日(土)23時52分48秒
  お声かけありがとうございます!
何もないところから組織をつくりあげる労作業は想像を絶する
ものだと思います。今再びの広宣流布の戦いが必要なのでしょうね。
 

生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 3日(土)23時46分53秒
  レスありがとうございます!
SGIの歴史に残る大功労者をご存じとは凄い境涯ですね!

やはり今、先生を感じるのはSGIの信心という事でしょうね。
SGIの信心に学べ!
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年12月 3日(土)23時38分50秒
  今晩は
皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

ツィート人様

 投稿者:光輝  投稿日:2016年12月 3日(土)23時21分20秒
  本当に先生お一人だったことが、次々と明らかになっています
本当にどうしようもない幹部ばかりだったのですね
「ダラ幹」です

貴重な話ありがとうございます
 

同盟題目!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月 3日(土)22時47分14秒
  23時、開始です。よろしくお願いします。  

Twitterより。【54.4.25組織は方便、官僚化してはならない。→10年後、ただ一人きりの法戦】創価は池田先生の中にしかないのだ。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年12月 3日(土)22時03分5秒
  昭和54年4月25日 4月度本部幹部会
池田名誉会長の話より(聖教掲載)

私は私の立場で一個の人間として広布を推進していく。皆さんも一個の自分がいるという決心が大事である。

組織は方便であり組織や役職に功徳があるのではない。組織の上に安住したり、官僚化してはならない。

これは4.24の次の日の本幹での「あいさつ」で。


そして、その10年後の1989年

「此の十年

ただ一人きりの法戦に

仏勅燦と

勝ちに勝ちたり」

と詠まれた。

「ただ一人きりの法戦」

創価学会は先生の中にしかなかった。
 

/1125