| コンバータやインバータといった電力変換器で,その電力制御に利用する「パワー半導体」。そのパワー半導体材料に次世代の波が押し寄せている。GaN(ガリウム・ナイトライド,窒化ガリウム)やSiC(シリコン・カーバイド,炭化珪素)である。いずれも現行材料であるS(i シリコン,珪素)の特性を凌駕する「省エネの切り札」として,電力会社や自動車メーカー,電機メーカーなどが大きな期待を寄せている。SiをGaNやSiCといった化合物半導体に置き換えることで,Si製パワー半導体素子(以下,パワー素子)で実現できない大幅な効率向上や小型化が見込めるためである。 現在,Si製のダイオード,MOSFETやIGBT(絶縁ゲート型バイポーラ・トランジスタ)といったトランジスタがパワー素子として利用されている。例えば,送電システムや電車,ハイブリッド車,工場内の生産設備,太陽光発電システムで利用するパワー・コンディショナー,エアコンを始めとする白物家電,サーバー機やパソコンなどの分野である。こうした分野のパワー素子の材料としてGaNやSiCを利用できる(図1)。 図1 次世代パワー半導体の用途は広い |
電力損失を50%以上低減可能
| GaNやSiCで作製したパワー素子を利用することで,電力損失が小さくなるのは,オン(導通)時の損失とスイッチング損失を低減できるためである(図2)。例えば,インバータは,パワー素子にダイオードとトランジスタを利用する。このダイオードをSi製からSiC製に置き換えるだけで,インバータにおける電力損失を15~30%ほど低減できるとされる。さらにトランジスタもSi製からSiC製に置き換えれば,電力損失は半分以下に低減できるという(図3)。電力損失が低減した分,発熱量が減るので,電力変換器の小型化が可能になる(図3(c))。 図2 電力変換器の効率向上と小型化が可能に |
小型化にも向く
| 加えて,GaNやSiCで作製したパワー素子は,電力変換器の小型化に向く特性を二つ備える。高速のスイッチング動作が可能なことと,耐熱性が高いことである。 GaNやSiCのパワー素子は,Si製パワー素子の数倍の速度でスイッチングできる。スイッチン グ周波数が高いほどインダクタなどの電力変換器を構成する部品を小型化しやすい。 また,GaNやSiC製パワー素子はいずれも,Siパワー素子で限界とされる200℃以上という高温で動作する。この高温動作により電力変換器の冷却機構の小型化や省略が可能になる。 こうした利点は,GaNやSiCが持つ高い物性値に由来する。いずれもSiと比較して,絶縁破壊電界やバンドギャップが大きい,熱伝導率が高い,電子飽和速度が速いといった特性を備える(図4)。 図4 GaNとSiCはSiを上回る物性値 |
SiCダイオードが先行
| GaNとSiC製パワー素子のうち,製品化で先行するのがSiCである。中でもSiC製ダイオードの普及が今後加速しそうだ。 SiC製ダイオードを2001年に最初に製品化したドイツInfineon Technologies社のほか,米Cree社や伊仏合弁STMicroelectronics社といった海外メーカーが既に製品化済み(表1)。日本ではロームや新日本無線がサンプル出荷を始めている。 SiC製ダイオードを手掛けるメーカーが増えているのは,SiC製パワー素子を作製する上で欠かせない,SiC基板を取り巻く環境が好転したことにある。主に四つある。1)SiC基板が安価になった,2)品質が向上した,3)大口径化が進んだ,4)エピ基板メーカーが増えたことである。 1)に関しては,現在年率30%ほどでSiC基板の価格が低下している。結晶欠陥の密度など品質によるものの,「口径3インチ(75mm)品の価格は,購入数が多い場合で7万円ほど」(ある基板メーカー)だという。 2)は,品質の良い基板を提供するメーカーは以前,Cree社だけで,ほぼ独占的に供給していた。ところがこの状況も変わり,「Cree社以外のSiC基板も結晶欠陥が少なくなり,品質が向上している」と,SiC製パワー素子技術者は口をそろえる。例えば,米Dow Corning社,ドイツSiCrystal社,新日本製鉄などである。 3)については,従来主流だった口径3インチ品から4インチ品へと変わりつつある。パワー素子を安価に量産するには,少なくとも4インチ基板が必要だとされている。2010年以降にはさらに大きな6インチ基板がCree社などから製品化される見込みだ。 SiC製パワー素子の事業化に踏み切る半導体メーカーが増加した要因は,基板の大口径化だけでない。4)のエピ基板を提供するメーカーが出てきたことも背景にある。エピ基板とは,基板上にエピタキシャル層をあらかじめ積層したもので,エピタキシャル工程を削減できるので,パワー素子を作製するしきいが下がる。 |
MOSFET は2011年以降
| 一方,パワー素子向けSiC製トランジスタは,ダイオードより製品化が遅れている。JFETやMOSFETのサンプル供給が一部始まっているものの,量産には至っていない。トランジスタは,ダイオードより製造プロセスが複雑なため,歩留まりも低く,製造コストも高くなってしまう。トランジスタの中でも「ノーマリー・オフ動作」を実現しやすいMOSFETの開発が注目されている。大電力を扱う電源回路では,動作を止めたときに回路を電気的に開放状態にさせないノーマリー・オフ動作がほぼ必須とされる。 このMOSFETの量産を,2011年ごろ,三菱電機やロームなどが開始するとみられる。 |
Si 基板を使い安価に
| 一方GaNは,LEDや半導体レーザ,基地局向け高周波素子で製品化されているものの,パワー素子向けの実用化は限定的だ。だが,その状況も変わりつつある。2012年には,パワー素子向けGaN製トランジスタがいっせいに量産化されそうだ。最大の課題とされた製造コストの低減にメドが付きつつあるためである。安価で,かつ口径も6インチと大きいSi基板を利用するからだ。Si基板を利用したGaN製パワー素子の研究開発に取り組むメーカーは,2012年ごろの量産を目標に掲げている(表2)。 |
当初は使い分ける
| これらの素子は当初,その用途,具体的にはパワー素子に求められる耐圧によって使い分けられそうだ。耐圧600V未満の低~中耐圧品ではGaNを,耐圧600V以上を求める中~高耐圧品ではSiCを利用するといった具合だ。加えて,GaN製パワー素子のほうが高速なスイッチング動作に向くため,より速いスイッチング周波数を求める用途ではGaNを利用することになるだろう。例えば,耐圧数十V,スイッチング周波数数百kHzのパワー素子を求めるノート・パソコンのACアダプタでは,GaNを利用する。一方,耐圧1kV以上を求める電車向けインバータ装置では,SiC製パワー素子を用いるという使い方だ。 (根津 禎=日経エレクトロニクス) |