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「勃樹!」

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年12月 3日(土)20時44分59秒
  「勃樹!」
電車の中や、人込み、又、謹行中に「勃樹」が出てきて、思わず笑い転げそうになるのを必死にこらえて、辛いです。
わっはーはー。
「勃樹」イヤー腹痛い。
東大出て、巨大宗教団体の最高幹部になり、齢六十になって、勃樹!。
たまんないねー。サイテー。

法華経の智慧・如来寿量品第十六十界互具寄りの在日の婦人に比べ,どうーよ。


境涯革命──母のドラマ

遠藤 先日、広島の婦人部の体験をうかがい、大変に感動しました。その方は、在日韓国人で、被爆された女性です。差別の苦しみ、被爆の苦しみを乗り越えて、今、平和の語り部として活躍されています。
彼女は、日本へ移住してきた両親の間に、大阪で生まれました。一家は韓国で手広く農業を営んでおられたのですが、軍国・日本に侵略され、植民地政策によって土地を奪われてしまったのです。やむなく日本へ来ざるを得ませんでした。「日本に行けばすばらしい生活が待っている」との宣伝文句が頼りでした。しかし、危険な工事現場を転々とさせられ、行きついた所は、山奥の小さな村。養蚕所の一角をムシロで区切っただけの小屋に入れられ、小作人の下働きとして働かされました。
しかも、割り当てられたのは、沼地のような田んぼでした。満足な収穫などあるはずがありません。僅かな配給と、草や木の実で飢えをしのいだそうです。

須田 ひどいですね。当時、たくさんの韓国・朝鮮の人々が、そうやって日本にだまされた。

遠藤 広島に移住して一年後の昭和二十年(1945年)八月六日、「新型爆弾によって広島が全滅した」との噂が流れます。
彼女は、お母さんと一緒に親類・同胞の安否を気遣って、被爆直後の広島市内へ行きました。その時、二次被爆をしてしまったのです。十二歳の時でした。やっと会えた叔母とその息子は、ひどい火傷で、手の施しょうがありません。
叔母が「医者や薬が足らんけえ、朝鮮人までは手が回らんげな。このまま死を待つだけじゃー」と言うと、お母さんは「アイゴー(哀号)!」と悲鳴をあげました。
「アイゴー(哀号)! 国を取られ、日本まで連れてこられ、牛馬のようにこき使い、ひと思いに殺さず、何の罪あってこうやって、半焼きにして苦しめるのか! 生きるも死ぬも差別するのか!」。こぶしで地面をたたきながら慟哭する母の姿を、今も忘れることはできないと言われます。
その後、彼女は十六歳で結婚。″ロベらし″のためでした。そして出産したころから、被爆の影響でしょう、重度の貧血と内臓疾患に侵され、何度も手術を受けました。
医師から、治る見込みはないと宣告され、広島の病院に移された時は、昏睡状態だったそうです。夫も寄りつかなくなり、病院食を幼い子どもと三人で分けあう日々。お金がないので、それも続けることができず、病院を出て、水道もない小屋に住み、トイレは近くの公園に行くという、みじめな生活でした。そんな一家に手を差しのべてくれたのが、近所の学会婦人部の方々でした。
「一緒に、幸せになりましょう!」。親身になって語りかけながら、熱いうどんをもってきてくれたこともありました。それが、人間不信に陥っていた彼女の心に、どんなに深く染み入ったことか──。
昭和三十九年(1964年)に三十二歳で入会。真剣に信仰に励むなか、めきめきと健康を取り戻していきました。その姿に、ご主人も入会しました。
しかし、その後も長い間、頭に離れない疑問があったそうです。それは「なぜ私が、韓国人として差別を受け、そのうえ、被爆しなければならなかったのか」ということでした。それが、仏法の「願兼於業」(「願、業を兼ぬ」と読む。菩薩がみずから願って、悪世に生まれて、人々を救うこと)という法門を聞き、心から納得できたのです。
「そうか、私には、私にしか果たせない使命があるんだ。願って、このような境遇に生まれてきたんだ」と。そして、戸田先生の「原水爆禁止宣言」を読み、池田先生の指導を学ぶうちに、彼女の心には強い決意がみなぎっていったのです。「在日韓国人被爆者である私にしかできない、平和への貢献があるはずだ。使命を果たすために、もっをカをつけよう! 勉強しよう!」
五十二歳で中学の夜間学級に編入。定時制高校では学年で一、二番の成績を修め、五十七歳の時、広島大学の二部に入学されました。

斉藤 その年齢からの勉学は、並大抵のご苦労ではなかったでしょうね。

遠藤 「在学中にふとんを敷いて寝た記憶はほとんどない」「いつ寝て、いつ起きたかもわからなかった」そうです。こんな努力に努力を重ね、一九九五年の春、六十二歳で晴れて卒業を勝ち取られたのです。
現在は、母校の定時制高校で非常勤で教壇に立つかたわら、平和の語り部として、各地の講演会やシンポジウムに出席。識字学枚への援助など、ボランティア活動をネパールやフィリピンをはじめアジア各国で展開するなど、縦横無尽に活躍されています。
入会の折、彼女は、紹介者の方から言われました。「想像もできんような幸せの境涯になれますよ」。その時、こう思ったそうです。
「私は、想像もできんような幸せより、すぐ想像できる幸せでええんよ。主人がお酒飲まんようになって、仕事をしてくれる。それだけで十分よ」
それが本当に「想像もしなかった幸せの境涯」を築かれたのです。彼女は、力を込めて語っておられます。「池田先生が広島に建立してくださった『世界平和祈願の碑』の心を我が心として、世界中の人たちの、平和と幸せの実現のため、生命のかぎり、我が使命を果たしていく決意です」

十界の姿を″自在に演じる″

池田 すばらしい体験です。すばらしい人生だ。すばらしい「信心の勝利」です。「御義口伝」に、(法華経・妙音菩薩品第二十四の)妙音菩薩について「卅四身を現じて十界互具を顕し給い利益説法するなり」と仰せです。人々を救うために、その機根や悩みに随って、自在に三十四身を現じ、法華経を広宣流布していく。これを「十界互具を顕し給い」と仰せなのです。
彼女の人生も、あるときは地獄界の苦しみを見せながら、あるときは餓鬼界の悲しみを見せながら、信心によって、それらは全部、願兼於業だったのだと自覚した。地涌の菩薩が広宣流布のために、あえて、どん底の苦しみを自分が引き受けたのだと、確信した。
十界のさまざまな婆を示しながら、最後は勝利の姿を示して、人々に「妙法の偉大さ」を教えていく。その人は、十界のドラマを演じる″名優″です。その人生はまさに「三十四身を現じて十界互具を顕し給い」の姿に通ずる。

須田 ″十界互具を顕す″というのは、本来は仏・菩薩であるのに、十界のさまざまな姿を示していくということですね。

斉藤 「観心本尊抄」で、法華経寿量品の「或説己身或説他身(或は己身を説き、或は他身を説き)」等の経文について、これが「仏界所具の十界」を表すと、仰せです(御書二四〇ページ)。(経文は「或は己身を示し、或は他身を示し、或は己事を示し、或は他事を示す」〈法華経四八一ページ〉と続く)
「己身」は仏の身(仏界)、「他身」は十界のさまざまな姿をとるということですね。

池田 久遠以来、仏は、九界のさまざまな姿をも示しながら、仏としての活動をしてきたということです。成仏した後も、九界の生命がなくならないから、それができるのです。十界本有(十界をもともと具えていること)です。
また、少しむずかしいが、方便品の「理具の十界互具」に対して、寿量品は「事行の十界互具」を説いている。仏の一身における事実の行動で、十界互具を示しているのです。それが「或は己身を示し、或は他身を示し」等の意味です。
妙音菩薩が三十四身を自在に顕して人々を救ったように、私どもも、あるいは教師として、ビジネスマンとして、あるいは家庭の主婦として等、さまざまな姿を示して、広宣流布を進めている。また、あるときは苦悩の地獄界の姿を示し、あるときは喜びの天界の姿を示し、あるときは修羅の姿を示して、前進することもあるでしょう。
創価学会においても、平和団体として活動し、また教育を進め、妙音の名のごとく文化を広げ、言論活動をし、仏法を基調に、ありとあらゆる姿を示しながら前進しています。まさに三十四身であり、十界互具の実践なのです。

 

MさんがYさんと対話②

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月 3日(土)20時31分1秒
  Mさんの肩に膏薬を貼ってあげていると、Yさんが来ました。



Yさん「あらら、どうしたのMさん?」

Mさん「どーしたも、こーしたも、アンタ」

Yさん「五十肩?」

Mさん「五十に見えますか?」

Yさん「嫌だ、ははは」

Mさん「この年齢から上はね、めんどくさいから、年腕(としうで)って言うの!」

Yさん「あらそ(笑) 痛い?」

Mさん「痛いよ! 公明党のせいだ」

Yさん「公明党か。 まだ応援してんの?」

Mさん「もう応援しませんよ! 裏切り者なんか応援したら、バカだって笑われる」

Yさん「そうね、バカにするわね、あたしならね」

Mさん「(ひかりの方を向いて)ほらね。 ねえYさん、あたしって可哀相だと思わない?」

Yさん「学会の人は気の毒だと思うよ」

Mさん「(ひかりの方を向いて)ほーらね 」









 

Mさんと対話

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年12月 3日(土)20時11分41秒
  年腕(としうで:五十肩)で、痛い痛いとお悩みのMさん宅にお見舞い、対話しました。



Mさん「なんなのよ、人ばかにしてさ、自主判断だってさ。 公明党なんか、もう駄目だわね」

ひかり「カジノ法案ですか?」

Mさん「もう頼めませんよ。 あんなじゃ」

ひかり「来年の東京都、どこに何人頼めるかって、聞きに来たでしょ」

Mさん「おお嫌だ。 早すぎるよ、もう来たよ。 バカミテー」

ひかり「ははは」

Mさん「ほんとは嫌でもさ、幹部が来れば一応答えたよ。 品川なら頼めるのがいるなって」

ひかり「ふうん」

Mさん「公明党なんか、頼めるだけありがたく思えっての」

ひかり「ですよね」

Mさん「そしたらKさんたらさ、そこは重点区じゃないんだよね、なんて言っちゃってさ!」

ひかり「えっ」

Mさん「そんじゃ聞くなってんだ! ったく!」

ひかり「ほんとだ」

Mさん「幹部のくせに口のきき方もできないんだよね」

ひかり「聞いておきながら、そんな風じゃねえ」

Mさん「重点区じゃないんだよねって言われたら、ますます嫌になった。 頼まねえよ絶対!」

ひかり「うーん。ひどいもんですね」

Mさん「(腕を振り上げようとして) うー、イテテテ」

ひかり「大丈夫ですか」





 

思い付きのイベント学会に成り下がった創価公達世界(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月 3日(土)18時20分3秒
編集済
  現場会員のように、地道な信心活動(勤行・唱題・家庭訪問・仏法対話・聖教配達)の経験が全く無い創価公達(キンダチ)は、何か大きな事(要するに会員かき集めて大会合開いて患部指導)やらないと不安で仕方が無いと言った思考ですね。

『各部が一体で後継の人材群を糾合!』って昔の民青みたいな言葉使わないでくなさいね(-_-)

現場会員が迷惑します!即刻中止、取り止めを要請します。大会合予定を勝手に組むのではなく、現場からの声、要請でやって下さい。そうしないと、事故、災害、先生や奥様の逝去と矢継ぎ早に不測の事態が次々と惹起します。

どうしてか?諸天からも人心からも創価公達は見放されているから!

2016.12.3  pm6時付で警告します。止めて下さい。良い結果はもたらされません。創価公達の世界が一気に瓦解します。よろしく!!

あなた方は、作用反作用の法則で必要悪です。変わり果てた姿を現場会員に今世で見せしめる重要な証人なのですからね。子も孫も女房まであなた方の眷属がどのように人間的に腐敗し堕落していくか、その人間革命の姿をしっかり演じて下さい。その時に、小作人さまや私が「シン・人間革命」書いて、ちゃんと実名で歴史に残しておきますから、安心して下さい。
 

レ・ミゼラブル 岩波文庫 第三巻 目次

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月 3日(土)17時56分51秒
  第三巻  目次

第八編       邪悪なる貧民
    一      マリウスひとりの娘をさがしつつある男に会う
    二      拾い物
    三      一体四面
    四      困窮の中に咲ける薔薇
    五      運命ののぞき穴
    六      巣窟中の蛮人
    七      戦略と戦術
    八      陋屋の中の光
    九      泣かぬばかりのジョンドレット
    十      官営馬車賃  ー   一時間二フラン
十一       惨めなる者悲しめる者に力を貸す
十二       ルブラン氏の与えし五フランの用途
十三       ひそかに語り合う者は悪人の類ならん
十四       警官二個の拳骨を弁護士に与う
十五       ジョンドレット買い物をなす
十六       一八三二年流行のイギリス調の小唄
十七       マリウスが与えし五フランの用途
十八       向かい合える二個の椅子
十九       気にかかる暗きすみ
二十       待ち伏せ
二十一    常にまず被害者を捕うべし
二十二    第二部第三編に泣きいし子供

第四部         叙情詩と叙事詩

第一編          歴史の数ページ
    一       善き裁断
    二       悪き縫合
    三       ルイ・フィリップ
    四       根底の罅隙
    五       歴史の知らざる根源の事実
    六       アンジョーラとその幕僚

第二編         エポニーヌ
   一        雲雀の野
   二        牢獄のうちに芽を出す罪悪
   三        マブーフ老人に現れし幽霊
   四        マリウスに現れし幽霊

第三編          プリューメ街の家
   一        秘密の家
   二        国民兵たるジャン・バルジャン
   三        自然の個体と合体
   四        鉄門の変化
   五        薔薇は自ら武器たることを知る
   六        戦のはじまり
   七        悲しみは一つのみにとどまらず
   八        一連の囚徒

第四編            地より來る天の救い
   一        外の傷、内の回復
   二        プリュタルク婆さんの解釈

第五編            首尾の相違
   一        寂寞の地と兵営
   二        コゼットの畏れ
   三        トゥーサンの注釈
   四        石の下の心
   五        手紙を見たる後のコゼット
   六        老人は適宜に外出するものなり

第六編             少年ガヴローシュ
    一       風の悪戯
    二       少年ガヴローシュ大ナポレオンを利用す
    三       脱走の危急

第七編               隠語
    一       起源
    二       語源
    三       泣く隠語と笑う隠語
    四       二つの義務 ー 警戒と希望

第八編               歓喜と憂苦
    一       充満せる光
    二       恍惚たる至福
    三       影のはじまり
    四       隠語を解する番犬
    五       夜のもの
    六       マリウスおのれが住所をコゼットに知らす
    七       老いたる心と若き心の対峙

第九編                彼らはどこへ行く
    一        ジャン・バルジャン
    二        マリウス
    三        マブーフ氏

第十編                一八三二年六月五日
    一        問題の表面
    二        問題の底
    三        埋葬 ー 再生の機会
    四        沸騰
    五        パリーの特性

第十一編             原子と暴風
    一        ガヴローシュの詩の起源
    二        行進中のガヴローシュ
    三        理髪師の至当なる憤慨
    四        少年老人に驚く
    五        老人
    六        新加入者

第三巻      終了

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今、私が現在、引用展開しているところは第三編の七です。先告の通り、ジャン・バルジャンとコゼットとマリウスを中心に展開していますので、ほか人物の話しは、最小限にしています。よって各編各項を飛ばしながら進みます。前後が繰り返し変わりますので、目次を貼り付けた次第です。

信濃町さんの覚知、当たり!と言うよりも本を読み込んでいないと分かりません。先生の若き日の読書、スピーチ、桂冠詩人の言葉、ザーッと読みこんでいかないと、さっぱりチンプンカンプンです。若き時から先生同様に困窮と飢えを体感してしなければ分かり得ない世界かも知れません。

私は、若い時代はこの文庫本を枕に寝袋で寝てました(-_-)
タ・ニ・ガ・ワみたいにマンション住んで、鍵も掛けずに勝負パンツ一枚穿いて裸で、女体捕食の青春時代をお気楽・極楽に過ごすような世界では無かったですよ。所帯持つまでずっと寝袋生活でした(-_-)

 

-Q-さんへ

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年12月 3日(土)17時20分23秒
編集済
  (無題) 投稿者:-Q-  投稿日:2016年12月 2日(金)19時15分50秒
「荒野を切り開くような三氏の奮闘は、冷静に見極めて評価すべきものです。
三流週刊誌も書かないような某ブログ内容に一喜一憂するのもバカげた話ですね。」

そうなんですよね。私もくだらないので見ていませんでした。この掲示板のカンピースさんやその他の方の書き込み、またブーメランの刺さった絵を見るだけで充分だったのです。ただ最近になって見てしまったんですね。なんだこいつと思いました。


-Q-さんが書かれた法廷闘争(高等戦術)は違うと思いますね。

-Q-さん投稿の「法廷闘争」(弁護士の主導した)法廷戦術やロマンさん投稿「みそくそ」の体調問題を隠したい執行部の思惑を満天下に示すための【高等】戦術だとしたらとは違うような気がします。
に訂正します。
-Q-さんロマンさんすみませんでした。
 

師弟不二アーカイブより 【学会員の真心の御供養 投稿者:河内平野】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年12月 3日(土)17時19分34秒
  投稿日:2014年 9月20日(土)10時08分6秒

大聖人は、「御供養は当然」と傲る過ちを、明確に指摘しておられる。
そして、在家の多忙な身で、社会状況も生活もたいへんななか、供養されたことは、三世の諸仏を供養することであり、一切衆生の生命の眼を開く功徳となると、時光の志をたたえておられる。

・・・(略)・・・


御本尊への供養を自分や家族のぜいたくのために利用したり、供養して当然と傲ったり、いわんや脅して供養を強制したりする者がいれば、大聖人に師敵対する謗法の者であろう。


【各部代表協議会 平成三年九月十九日(大作全集七十八巻)】

・・・・・(詳細は)

http://sgi-shiteifuni.com/?p=1165
 

池田先生指導・スピーチ(151以降)全集未掲載分です

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年12月 3日(土)17時11分51秒
  無冠様の投稿

『全集未収録スピーチ(聖教新聞 2006.5~2010.4)』はこちらからどうぞ。

先生のスピーチ抜粋版になります。

http://sgi-shiteifuni.com/?cat=766
 

匿名係長さま~要りません!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月 3日(土)17時10分19秒
  詳しく語る必要なし!!
庶務1だろうが、何処だろうが我々現場会員には関係の無いお話です。創価公達の世界、死ぬまでやっていて下さい。見放されるのは、あなた方ですからね!!

↓↓


庶務1(いち)  投稿者:匿名係長
投稿日:2016年12月 3日(土)15時04分45秒
詳しくは語れません。一回だけの投稿です。
庶務1(いち)とコンサルとの癒着あり。
 

サンダーバードさんへ

 投稿者:-Q-  投稿日:2016年12月 3日(土)15時18分33秒
  私の投稿へのご意見、感謝します。
誤解があるようなので一言だけ申し上げます。
私は、(弁護士の主導した)法廷戦術とは書きましたが、「高等戦術」なる文言は使用していません。
3人さんとて、それほど謀略的に事を運ぼうとしていたわけではないでしょう。

あくまでも、会長らによる恣意的な組織運営を糾弾し、一般会員の覚醒をうながすことを主眼とした証人申請のはず。もとより彼らとて、それが実現可能とは想定さえしていなかったと思います。
名誉会長の現在の身体状況は、それほど重篤であるということでしょう。

あとは、小作人殿のご指摘のように、それぞれが〈わが心の中に「若く美しくなった池田大作」がもうすでに息づいているかどうか〉に尽きるような気もします。

 

庶務1(いち)

 投稿者:匿名係長  投稿日:2016年12月 3日(土)15時04分45秒
  詳しくは語れません。一回だけの投稿です。
庶務1(いち)とコンサルとの癒着あり。
 

追記

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年12月 3日(土)14時51分24秒
  ・思わせぶりな勿体振った口調で中途半端に事情通を気取る人なんぞ滑稽千万。

・大上段に構えて不躾な師弟論を振りかざしても、心に響かない人には響かない。

こういったことも常に心に留めておきたいなあ、と最近よく思います。

ーーーーーーー ーーーーーーー

例の3人の「証人招致」云々の件で議論がありましたが、

   君の瞳の中に 僕がいるかい?
   僕の瞳の中には いつも君が生きている
   ・・・それが未来さ
             (長渕剛『未来』)

もうじき数えで九十を迎える池田先生が厳然とおわす一方で、
わが心の中に「若く美しくなった池田大作」がもうすでに息づいているかどうか?
彼と一緒に新時代を走り出しているかどうか?

そんなふうに覚知出来ていれば、先生に甘えている、依存している、師匠利用だ、、、などという発想は出て来ないはずだと思うのですが。。
3人とその周囲の思惑はどうであれ、少なくとも当事者でない見守る側の立場からすれば、です。

ーーーーーーー ーーーーーーー

今夕に投稿予定だった『21世紀の御みやづかい 第7回』用事が立て込んできたので明日以降になります。
三谷コウキばりの遅筆ですみません。なかなか自分の言葉で一文をものするのってムズカシイ。。
 

学会の永遠性を確立する今

 投稿者:光輝  投稿日:2016年12月 3日(土)13時50分46秒
編集済
  学会の永遠性とは何か?
それは、学会が永遠に人類にとって、世界にとって必要な団体になること
なぜならば、必要でないものは淘汰され消えていく
永遠性がない

学会が永遠に人類の幸福、世界の平和に尽くす団体になること
これが「永遠性の確立」
その為には
人間為の宗教、会員の為の組織になること
そして
そこを目指し続けた池田先生の精神の後継者が会長になること

学会の永遠性を確立する今!
それには
原田会長!
あなたが「辞任」することです
このままでは永遠どころか来年さえ危い!

寝たきりおじさん様
感動的な話、ありがとうございます

我らの運動もまた「レジスタンス」と思っています
池田先生の思想という人類の至宝を守る戦い
言葉だけの掛け声や羊頭狗肉や「絵に書いた餅」の単なる理想主義で終わらせるのでなく、1人1人の心、組織の隅々に、まるで血脈のように行き渡らせる戦い

故に
我らは「分派」に非ず
人類の至宝を守る「レジスタンス」なり
彼等は「クーデター」と評されし人々なり

「クーデター」と「レジスタンス」
どちらが勝利するか?

勝つことが「報恩」であると師匠の叫びを胸に


 

辛言苦言

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年12月 3日(土)13時43分36秒
編集済
  板の現状がどうこうという意味ではなく、自戒の念も込めて今後のご参考に。

1.
  長文の連投などで、ともすると御自分の投稿に躍起になってしまって、他の方の文章を充分吟味なさる余裕がなかったりしていないか懸念することがあります。
そうでなくてもスレの流れが速い時など、タイトルか始めの数行だけ目に入って早とちりな反応をしてしまいがちになるのは他の掲示板、スレッドにも言えることです。

 また、読み手側のキャパシティも考慮したほうがいいのではと思います。
 大学を出て十数年、赤ペン片手に毎日数万字単位のゲラを目で追うだけでなく声も出しながら読み上げるのを業務の一環として従事していたので、個人的には長文に目を通すのはさほど苦にはなりません。
 だが世の大方の人はそういうものではない。本一冊はおろか新聞1ページ読み通すのも難儀な人が小生の周りにも少なからずいます。
 多忙な中でここを覗くのも一日一回あるかないかの方も多々いらっしゃるでしょうし、初見の方にもなるべく一目でスレの概要が把握出来るように心配りが大事かと考えます。
 一つ一つの投稿は一部を除いてどれも素晴らしいものばかりなので、それだけに目を通す側の消化力や咀嚼力にも充分配慮すべきだと心掛けたい。
 スレの流れが速くて拙文も見落とされるやも知れませんが、気付いたものどうしで随時注意換気出来ればと願っています。

2.
  ブログやツイッターの類いを何年もやっていると、饒舌さばかりが身について無意識に他人を見下す言動が目立つ傾向が強くなる、、、人が多いような印象です。
 だから私はやらないことにしている。誰でも参加出来る公開掲示板で一機一縁、一期一会を念頭に液晶画面の向こうの眼差しへ発信するスタイルを固持する。今のところは。
 変にネット擦れするといろいろ目が曇ってくるのではないか?

 普段の自分を知る「目前の人」との関係性を疎かにしてネットを介した出会い系もどきの繋がりにご執心なのは可笑しいだろうし、
 ましてや一家だの一派だのと称して身内どうしで馴れ合い庇い合う様子を見せられたらどうだろうか?
 信心がどうこう以前に人としての振る舞い、社会人としての最低限のエチケットが問われる者共に「共感点」を見出だしたり、「違いを乗り越えよう」等とは八百屋で魚を求めるに等しい筋違いの事柄ではなかろうかと思うのです。

 変な形でネットに慣れてしまっていないか?
 自分は「味方」じゃなく「身内」を欲しがってはいまいか?
 絶えず自問自答しながら言葉を紡いでいくのが肝要かと、このところ特に強く感じます。

3.
 自分のキャパの問題もあってアルベア論をずっと敬遠していましたが、スレ終了したのでおもむろに遡行しながら読み出している。
 「自我機能・自己機能」「思い込み・信じ込み」・・・うーん。。括弧付きの語句を多用するうちに「それ言ったら何でもあり」な一種のマジックワードと化して筆者本人が振り回されてる感がなきにしもあらず。。
 『夢芝居』『酒と泪と男と女』か、、、やっぱジジイ目線のチョイスになるんよね。。
 もう少し時間をかけて読み取っていくべきかな、、、

 ロム専だった時に専用スレが立つまでの経緯を見守っていたが、あの時の“うらら”さんの言など今一度思い起こしてみるべきじゃなかろうか? けっしてアルベア氏を批難する意味合いではなく。

 百人百様さまざまな経緯があって今日も明日もここに辿り着いて、今はじめてスレを開いたような人でも多くの気づきと前に進む勇気を得られるように。。

 ここでの議論に加わるつもりは毛頭なく閲覧オンリーに徹する方が、現場で不言実行の戦いを起こす後押しになれるかが大事でしょう。執行部が最も恐れているのはそうした深く静かに行動に移るサイレントマジョリティー。

 まだ見ぬ俊英の論客がここに降臨して天衣無縫に弁を振るうのを祈願し、
 ここに論陣を張るいとまもなければ必要もない、現場でタコ焼き戦法を駆使して同志を救う闘士たちにもっと資することが出来るように、、、
 たまには立ち止まって全体を俯瞰する視点を持って、ともどもにより良い板にしていきたいと思っています。

 

ヨッシー様、ヽ(^○^)ノ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年12月 3日(土)12時29分34秒
  ヨッシーさん、いつも刺激的な時代劇、ありがとうございます!
「あっちもこっちもです。もう病気です」って、殿のお言葉だったんですね。
ググって、分かりました。貼り付けておきます。

……………………………
[特集] 池田名誉会長が「ケダモノ!」と激怒した超エリート幹部の「ハレンチ解任劇」
「週刊新潮 2005年8月4日号」
http://www.asyura2.com/0502/cult1/msg/939.html
 東京都議選の勝利で沸く創価学会に持ち上がったのば大幹部の女性スキャンダルだった。突如、エリート中のエリートと目されていた男子部長が解任され、池田大作・名誉会長(77)から「犬畜生」、「ケダモノ」と容赦ない言葉で罵られたのだという。一夜にして、信仰上のリーダーから畜生道に降格されてしまった男子部長はどんなタブーを犯したのか――。

奪われた「貞操」の仇

 ここから池田名誉会長は、容赦ない言葉で、弓谷前男子部長のことを罵倒し始めた。その中身はおおよそ次のような内容だったそうだ。
「こんなことは前代未聞。創価学会始まって以来の不祥事です。弓谷前男子部長のことを調べました。そうしたら、大学時代からです。あっちもこっちもです。もう病気です。清浄な創価学会の世界にケダモノが入り込んで、引っ掻き回しているようなものです。犬畜生……。昨日、3人の女性の父親から、学会はどうなっているんですか、と苦情の電話があって、朝の4時まで眠れなかった……」
 激しい言葉に呆然とする職員を前に、池田名誉会長の怒りの矛先は、弓谷前男子部長と交際していた女性職員にも向けられた。
「騙した奴が一番悪い。だけど、騙された方だって悪い。映画を観て、食事をし、貞操を奪われて、可哀想といえば可哀想だけど、貞操を守れないなんて、とんでもない。本来は、両方とも処分だ。(2代会長の)戸田先生は厳しくて、女も除名にしたが、私は優しいからな……」
 さらに、
「うちの奥さんは、何もそこまでやらなくてもいいじゃないか、と言うけれど、言うしかない……」
 

「信濃藩家中見聞」 其の十五

 投稿者:ヨッシー  投稿日:2016年12月 3日(土)12時08分59秒
  其の十五

ワンワン、ワンワン、、、、

頼綱(おっ、この犬畜生の声まねは、隠密の弓谷助兵衛か?)

ワンワン、ワオーン、、、、

頼綱「合言葉を言え! 『あっちも』と言えば?」

助兵衛「『こっちも』!」

頼綱「助兵衛か、よし、入れ」

助兵衛「御免」

頼綱「こんな夜中にいかがいたした?」

助兵衛「はいっ、数日前より巷に“宿坊の瓦版”なる告発文書が出回り始めました」

頼綱「なに? して何者の仕業か?」

助兵衛「それが、あまたの者が入れ替わり立ち代り、おかしな偽名を使って書いているようで、何奴の仕業か判ずるのが困難で、、、」

頼綱「ええい、いまいましいのう。して対策は?」

助兵衛「拙者の手下に申しつけて妨害工作をしてはおりますが、中々の知恵者が多く、ことごとくかわされております」

頼綱「まずいのう、、、」

助兵衛「ただ朗報もございます。隠居一派で交わされていた密書につきまして、それらしき者を何人か脅かしましたところ、寝返る者があり、それらより密書を手に入れてございます」

頼綱「それはでかした! 」

助兵衛「はい、その寝返り者より、一派にくみする者の名前を下呂させまして、今、一人一人締め上げておるところでございます」

頼綱「よし、徹底的にやるのじゃ! 問答無用じゃ! 隠居については、既に評定所より藩外追放を申しつけた。よって、隠居に同調す者も、ことごとく同罪であると申し付けよ!」

助兵衛「ははっ。ところで大目付様、あの合言葉ですが、、、、変えては頂けませぬか」

頼綱「うるさい! お前は黙ってワシの言う通りしていればよいのじゃ! なんなら『もう病気です』まで言わそうか。用が済んだらさっさと去ねよ!」

助兵衛「キャイ~ン、、、、、」

(つづく)


※これまでの投稿はこちらを。
壱の巻(平成二十五癸巳ノ年)
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60751
弐の巻(平成二十六甲午ノ年)
其の十三  http://6027.teacup.com/situation/bbs/60907
其の十四 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60959
 

創価バカ一代

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年12月 3日(土)12時05分18秒
  そもそも創価バカ一代だったので声がかかり本部職員になった

2002年6月26日(かれらにしては入職して間もない、野口は2か月目の)職員全体会議で師匠より「次の百年のため、悪い職員がいたら報告しなさい」「今は学会は事務屋。官庁だ。女子部は手厳しく言いなさい。手紙をよこしなさい。真実の手紙を。間違っていたら絶対に信用しないよ。」(これがあったので金銭横領の内部告発があったんでしょうね)

2009年 かれらが気づいた問題点を師匠に報告することを決意

2009年12月14日 長谷川が師匠への報告を拒否

2010年6月 師匠 6月度の本部幹部会に対し、弟子が本気になって立ち上がることを期待し、あえて本部幹部会を欠席するとのメッセージ

2012年5月14日 木本貴子さんら3名が除名させられる(聖教減部除名事件、報告内容が増える)

2012年8月11日 最後通告 8月中に無実の会員の「不当な除名処分の撤回」をしなければ、原田会長が会員への不当な除名処分を容認したと判断し、原田会長の除名をかけて戦う覚悟である

2012年10月12日 懲戒解雇処分

2012年12月17日 懲戒解雇処分の無効を求める裁判を、東京地方裁判所に提訴する

2014年6月18日 除名(元職員3名)

2014年7月1日 集団的自衛権の行使容認についての閣議決定

2014年11月27日 判決 「原告らの請求をいずれも棄却する」その後、控訴、上告するも敗訴

2015年8月31日 ブログ立ち上げ

2015年9月19日 安全保障関連法 可決 成立

-Q-さんが書かれた法廷闘争(高等戦術)は違うと思いますね。
かれらはそんなことしないと思いますよ。
裁判を利用して師匠に伝えたかったと私はみます。
裁判を利用したのはよくない。(先生も怒るでしょう、嬉しいけど)
集団的自衛権の行使容認あたりから師匠の健康状態が相当悪いのではないかと思いはじめてますね。
なにもメッセージが出てこないから。
上に書き出した時系列はほんの少しだけです。
利用したとされる年月日はわかりません。

本・ブログに書かれている出来事を全て時系列で示せばわかりやすいと思うのにしていない。ブログの最初のほうに時系列がありますが、全然たりない。とても高等戦術ではありません。わざとわけわからなくしているのかと勘ぐりたくもなります。時間が足りないのだと思います。
 

わが友に贈る 2016年12月3日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年12月 3日(土)11時17分57秒
  「日蓮さきがけしたり」
一人立つ誓願の行動から
広布拡大は始まる。
道なき道を切り開く
「先駆」こそ学会魂だ。
 

ウストン・ブラウンさん

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 3日(土)10時59分54秒
編集済
  寝たきりオジサン様

また、また、また・・・・・・・・(涙・涙・・・)

よく知っています、ブラウン女史・・

昨今、有名なSGI婦人部長の女史とは、段違いの崇高な精神の持ち主でした。

フランスの良き精神(エスプリ)を体全体で表現している方だった・・本当に!

彼女との最初の出会いは、出張で欧州に行った時・偶然にその彼女たちが乗る飛行機の中で・・

飛行機に乗り込んで・・ん・・どっか見た事がある顔が・周りを見るとフランスのメンバーばかり・

オーーっと、互いに握手の交換・・

彼女に会うたび、崇高な精神性に我が心もキリリと引きしまる思いの方でした。

彼女の発するオーラは先生でした。外国人にも先生は通じるんだと、その時初めて理解。

今、残っているフランスの開拓者たちも、この方を思い出して安逸・隷属から脱皮しないと・・

なんのための山崎さんや、ブラウンさんたちの戦いだったか・・

私も年老いた体に鞭打って・・さらに戦ってまいります・遠くからですが・・

もう一度、あの頃のフランスに・(涙)C'était un temps très merveilleux !!

ペンギン

こちらもよろしく!「創価正義」作成チーム一同
http://www.sgi-seigi.com/

この週末には、また、幾つかアップの予定だそうです・・

http://

 

フリーダム

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年12月 3日(土)10時29分6秒
  第81回 アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『おくりびと』はその所作、「型」がバレエの様に美しい。これが西洋人からも高く評価された理由の一つです。
日本文化の特徴として「型=様式美」があるのは間違いないでしょう。

この「型」というものは「ハード」であり、即ち「如是相」=「仮諦」であり、いわば「身の宝」です。対して「心の宝」は「如是性」=「空諦」であり、「ソフト」です。
そして、この「ハード=如是相=仮諦」と「ソフト=如是性=空諦」は不可分であり、互いに影響を及ぼし合う「色心不ニ」の“法則”が働きます。
だから、いわゆる「型から入る」(日本人のスポーツはこれがいまだに多い印象が強い)ことは悪いことではありません。「型」から「心」を創り上げていくことも可能だからです。

問題は「心」が「型」にはめられた時に、ハードに依って固定された時に発生します。
私の地域には小さい頃から“型にはめられた”信心・学会活動をしていて、心底では自身も苦しんでいながら、それと同じことを他人にもさせる者がたくさんいます。

これが、同じく小さい時から見せられて(魅せられて)育って来た二世同士であれば、通用することもあるのですが、外から入って来たアウトサイダー(新入会者)には通用しない。
アウトサイダーは「信仰の自由」があることを知っています。「6・4横浜座談会」で小林節教授もその意味のことを言われていたと思いますが、「信仰の自由」には「信仰“しない自由”」もあります。それを知るアウトサイダーは最終的にそれを選ぶケースが多い。
癌患者の治癒率を測る目安として「5年生存率」という基準がよく使われますが、私の地域ではアウトサイダーの「入会後(も勤行している)5年生存率」はゼロに近いでしょう。
しかし、私は、それでも生き残って来たアウトサイダーは平均的な二世よりも確信が強いのではないか、と思います。それは「信仰の自由」をフル活用して「自らの意思で選び取ったから」なのだと思います。

私の地域では「“役職”と“打ち出し”があるから信心・活動が出来る。無かったら何もしない」と言う幹部がたくさん(具体的数値なし。独自取材の感触)います。
自分がそうだから、皆(殆どは二世)もそうだろうと、“役職と打ち出し”を投げかけることに全力を注ぎます。自分もそうであったように、それが「人材育成」だと信じているかのようです。
(その“役職と打ち出し”をこなして来た者が評価され、「上」を喜ばせるのだから当然でしょう。しかし、そんな人が「下」を喜ばせることは少ない。池田先生は「幹部なんか喜ばせても仕方ない」と言われているにも関わらず。)
元来、草食動物で、従順な日本人には、“役職と打ち出し”という「型」にはめやすかったでしょうが、西洋文化の影響を強く受けている世代には通用しなくなって来ています。

私の地域で二世がよく言う台詞に「二世じゃなかったら学会なんかやっていない」というものがあります。これは危険信号であることを知らなければなりません。
これは「好きで学会なんかやっているんじゃない」「ウチは学会なんだから(シカタガナイ)」と言っているのです。結局は創価学会も「家の宗教」に成り下がってしまっているのです。

「学会は“家の宗教”を捨てさせてきた」ということを意識するべきであると思います。私も「家の宗教」を捨てた一人です。これは簡単な事ではありませんでした。(簡単であればもっと早く入信していました。)それでも「自らの自由意思」で「自ら選び取った」のです。これは多くのアウトサイダーの共通するところでしょう。
(だから「自ら選び取った」信仰を、それ(池田先生の創価学会)とは「別の宗教」に勝手に変えていく執行部には強い怒りがあります。)
「型」にはまり、「型」のおかげで信心していて、また他人をも同様に「型」にはめようとしている二世の「信心」を尊敬することは無理でしょう。人に「家の宗教」を捨てさせておいて、自分は自分の「家の宗教」を捨てていないのですから。

私は二世にも「家の宗教」を捨てさせようとします。それは退転させようというのではありません。「自らの意思で信心する。選び取る」ということです。
「家の宗教」を捨てて「自らの意思で信心する。選び取る」(結果)には「理由」(原因)が必要です。それを持つことです。これが「人材育成」であると思います。

その「人材育成」には教学が有効であると思います。一人のSGIさんがパートナーを導くために努力されたことは、その好例であると思います。
宿坊で「気づき」を得た私が時々、仏法について科学的に説明を試みるのも、「仏法が本物だ」と、(お礼の意味で)気づかせようとしているからです。早くから仏法に巡り会えたことは幸運な事なのですよ、と。だから、自らの自由意思で選び取って、信心してみませんか? と、投稿しなくても迷いながらも宿坊に辿り着いた人に訴えたいと思うのです。

自由!!! 楽しいですよ!!! (本来の)(池田先生の)創価学会!!!

“自由について語り合おう 自由について僕は語る”
“僕は戦う 自由に生きる権利のために”
『フリーダム』ポール・マッカートニー(9・11の悲劇と立ち向かうために創られた曲)
https://www.youtube.com/watch?v=043DK0OFvlY

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-61.html
http://amzn.to/2fxRlFX
 

Twitterより。仏とは覚者のこと、自分で自分を仏って呼ぶの変だよ。他者によって呼ばれる敬称なんだから。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年12月 3日(土)10時12分25秒
  戸田先生の言う「創価学会仏」には、庶民に対する慈しみの思いが感じられるが、信濃町の言う「創価学会仏」には、庶民蔑視(利用)と特権保持の意図しか感じられない。

そもそも「仏」とは「覚者」のことで、自分で自分を仏と宣言するのではなく、他者によって呼ばれる敬称のことではなかったか。
 

「まことの時」

 投稿者:Bノートメール  投稿日:2016年12月 3日(土)09時28分23秒
  創価学会の歴史においても、戦前に牧口先生が投獄されたとき、戦後の再建期に戸田先生の事業が大変だった時、そして、宗門が三類の強敵としての牙をむき出しにきた時など、これまで大難に直面した時は幾たびとなくあった。この時に、何をしたのか、どうしたのか。そこに弟子として、仏法者としての本質があらわになっていくのです。「まことの時」に戦う信心にこそ「仏界」が輝くことを断じて忘れてはならない。(開目抄講義下)  

素朴な疑問

 投稿者:あおきメール  投稿日:2016年12月 3日(土)08時55分19秒
  初めて投稿いたします。
このサイトに出会い賛同しています。
素朴な疑問ですが、私たちから先生へのお手紙は、どのようになっているのでしょうか?
 

ただ一言様

 投稿者:一無冠  投稿日:2016年12月 3日(土)08時43分0秒
  ほんに、ほんにです。

学会本部、聖教新聞社にお勤めの方は誰よりも折伏の結果を出して欲しいです。
それから、新人の方は無冠の友を最低でも3ヵ月はやって下さい。
そうすれば池田先生の直弟子に近づけます。

☆「随筆 桜の城」を持っています。当時の新聞の切り抜きも…。
 

二十一世紀への対話16

 投稿者:まなこ  投稿日:2016年12月 3日(土)08時11分14秒
  ◆ 3 精神と肉体の関係

【池田】 古来、多くの哲学者や思想家が“精神”と“肉体”の関係について、さまざまな考察を重ねてきました。そして多くの学説が出されてきましたが、大別すれば唯物論の考え方と唯心論のそれになると思います。
私は、唯物論や唯心論を説く人々の生命に対する考察が文化の発展に貢献してきた点は、正当に評価されるべきだと考えます。たとえば唯心論は、人間としての道徳心や愛を説き、人間社会を人間らしく保つために多大な貢献をしてきました。また唯物論は、近代科学の成立と発展の基盤としての役割を果たしてきています。
しかしながら、唯物論者が、精神の機能を認めながらも物質としての肉体を本源的実在と考え、ともすれば生命そのものを物質視する傾向があることを考えると、唯物論に全面的に賛成するわけにはいきません。また、唯心論者が人間の理性や悟性、欲望等を重視している点は理解できますが、だからといって肉体的側面を軽視し、肉体につながる欲望等を蔑視してきたことは正しくないと思います。同じように、生気論者による、生命独自の秩序を生物体に認めながらも、その秩序を保つ根源として生命を超越した実在を求める思考法にも、抵抗を感じざるをえません。
私は唯物論、唯心論はいずれも一面のみを追求しているにすぎず、精神と肉体の関係を総体的に把握するものではないと考えています。

【トインビー】 唯物論も唯心論も、そのいずれか一方だけでは実在に対する満足すべき説明とはならないとの御意見に、私も賛成です。物質は精神論では理解しきれませんし、精神を物質論で理解することもできません。両者をともに包含する単一体としてみるとき 初めてそれぞれを理解することができるわけです。ところが、この精神身体相関の統一体における二つの側面は、知的に理解可能な単一個体へと還元できるものではありませんから、われわれはこの両者が不可分であることをなかなか理解できないのです。
 

大山の章

 投稿者:だだ一言  投稿日:2016年12月 3日(土)08時10分36秒
  おはようございます。
今話題の新人間革命30巻。大山の章が新年号から始まる。ここで声を上げないと昭和54年と同じ轍を踏む。第3代会長を辞任に追い込み、会長を乗っ取る。執行部は副会長等に昇格。

これではクーデターではないか!

先生を辞任に追い込んだその場にいた執行部。当時の最高幹部の皆さん。たとえ新人間革命30巻に載らなくても

随筆 新人間革命 「嵐の4.24 」は永遠に残ります。先生の随筆集  「桜の城 」絶賛発売中!

 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、会員は「駒」ではありませ~ん。

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年12月 3日(土)07時35分1秒
編集済
  おはようございます。原田怪鳥様、創価学会は「恐ろしい組織」になったものデスね~(笑)

「明年全国で創価青年大会」デスか~、それ自体はいい事かもしれませんが、ど~も違和感デスね~。

どうしてかといいますと、本日の政教珍聞1面、ナニが書いてあるかといえば、

「学会の永遠性を確立するべき今、最重要の鍵は青年の陣列にあり!」デスか~。

「学会の永遠性を確立するべき今」って何デスか~? おまけに「!」マーク、こればスローガンデスか~?

我々が信心しているのは、何のためでしょうか? 学会の永遠性を確立するために信心してるんデスか~?

なんか「組織」さえあれば、万々歳みたいな印象を受けるヘンな言葉デスね~。

もちろん、組織の維持は重要なファクターであることも、過去の師匠の指導にも「学会の組織を守れ」等の指導もあったことも重々承知デスが、

それは、正常、清浄に機能している場合であり、今の学会組織は、執行部の皆様方を守るために存在している気がしま~す。

会員の個人の成長、人間革命に言及せずに、組織の永遠性を確立するべき今なんて、「仏作って魂入れず」というのがピッタリでしょう。

なんか戦時中の御用新聞を思わせる、本日の政教珍聞1面でした~(笑)

そ~いえば、アンポンタンのボケカス反板の皆さ~ん(笑)いろいろと小生のことを賛嘆してくれて、ありがとうございま~す。(笑)

ぜひ、随筆、新・人間革命の嵐の4・24のこともしっかりと論じて下さいね~(笑)期待してま~す(笑)
 

―フランス広布の母――

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 3日(土)05時25分57秒
  ―フランス広布の母――.
☆ ウストン=ブラウンさん ☆

パリに燃ゆる仏法平和への情熱.

花の都・パリは、世界の都市のなかでも私の好きな町の一つである。
多くの人びともそうであるに違いない。

萌えいずる緑と美しき花で古都を装う春も佳し、セーヌの川面にきらめく
光が躍る夏も佳し、モンマルトルの丘に芸術が色づく秋も佳し、歴史の
堆積した石畳に枯れ葉が舞う冬もまた佳し。

パリの四季に思いを巡らせながら、私は人生の秋を迎え紅葉の輝きを放つ
フランスの一婦人に誕生祝いの手紙をつづった。

「純粋なフランス人で正法を受持し、正法を弘めゆく不思議な使命ある貴女へ――。
妙法は円教であり、全地球も全宇宙も包んでいる大法であります。

ヨーロッパの先駆者として山崎君が中心となっていますが、お母さま、また姉の
立場として、この人を支え守ってあげてください。

これ以外に、現在のヨーロッパ広布の基礎づくりはできないて信ずるからです」
このフランス婦人との出会いは十数年前のことであり、パリ郊外のソー市にある
NSF(フランス日蓮正宗)のパリ本部であった。

名をフローランス・ウエストン=ブラウンさんという。すでに七十歳近い年齢で
あるが、声は若々しく、気品の漂う銀髪と眼鏡の奥に光る知的な瞳が印象深い。

私は彼女と何回となく語り合った。信心のこと、人生のこと、ヨーロッパの
こと等々・・・。常に鋭く、常に温かく、そしていつも将来のことをさり気なく
手を打っていく示唆をあたえてくれた人であった。

彼女は一九〇一年、パリ近郊のル・ベジネで生まれた。若き日、パリ大学
ソルボンヌ校で哲学と文学を学んだ才媛で、世界の名作を読みながら、夜空の
星と語り合う情熱とロマンの人であった。

父親はパリ上訴裁判所長官をつとめた司法官、祖父は外交官。一族にはフランス
陸軍大将や、フランス・アカデミー会員に名を連ねる歴史学者がおり、彼女は
正統なフランス上流階級の血を受け継いでいる。

もう一つ、彼女の五体には平和闘士の血が流れている。ご主人のレイモン・
バンク氏は世界に冠たるフランス・レジスタンスの英雄であった。「レコー・ド・
モロッコ(モロッコの声)という新聞の編集長をつとめ、言論界でも健筆を存分に
ふるっていったことも私は聞いている。

第二次世界大戦のさい、ナチス・ドイツ軍の占領下で「フランス国内秘密軍団」
など三つのレジスタンス組織に身を置き、祖国の平和のために勇敢に戦った。
彼女も闘士たちを安全な場所にかくまうなど献身的にご主人を助けた。

しかし不幸にもご主人はゲシュタポに捕らえられ、拷問をうけ虐殺された。
その殉難の抵抗者としてのご主人の名は、冬季オリンピックが開催されたグル
ノーブルの街路に「レイモン・バンク通り」として残っている。

戦後、彼女はサンジェルマン・デプレ付近で画廊を経営していた。斬新な企画は
ないものかと考え、芭蕉の俳句を題材にしてパリ在住日本人画家に制作を依頼する
など、日本への関心も深かったようである。

やがて経営危機に瀕したとき、画廊を訪ねてきた日本人画家・長谷川彰一さん
(現NSF副理事長)から仏法の話を聞き、山崎鋭一議長宅での座談会に案内され
一九六四年四月に入信した。

哲学に造詣の深い女史の直観は、仏法で説く「慈悲」こそ、真実の平和と愛の
本源と鋭く感じとった。そして古代キリスト教には東洋の仏教の影響が深く
刻印されているとして西伝仏教に興味をいだき、独創的な研究もつづけた。

六十三歳にして日蓮大聖人の仏法に巡りあった女史は、限りあるこの世の一日
一日を惜しむかのように求道されたのである。とくに一九七三年七月、総本山
・常来坊で拝見した女史の姿が忘れられない。

海外各国メンバーによる"交歓の夕べ "で、フランスの友は国歌「ラ・マル
セイエーズ」を合唱した。女史は最前列で友と肩を組み、こぶしを振って熱唱
していた。対独レジスタンス運動の渦中、亡きご主人とともに幾度となく歌っ
た感情が込められていったのであろう。

ある時、彼女はこう語った。「夫は戦争が二度と起こらないよう、自分は犠牲に
なる、といっていました。夫は悲劇の殉難者です。私は夫が最後まで叫び
つづけた真の平和を確立するため少しでも役立つ生涯を送っていきたい」と
頬を紅潮させていた。

命を賭した夫の壮絶な決意を、このレジスタンス闘士の妻は、妙法によって
実現せんと深く深く誓っていたに違いない。 戦争ほど残酷なもはない。
戦争ほど、悲惨なものはない。

拙著・小説『人間革命』の冒頭の一節に、女史は共鳴を示された。
フランス語保存委員会のメンバーでもある女史は、のちに同書のフランス語版の
翻訳にあたっても日夜を分かたず、無償で全魂を打ち込んで下さり、その労苦の
結晶ともいうべき手書きの原稿を私のところに送って来て下さった。

そのほか多くの学会出版物のフランス語訳に尽力された女史は、一九七九年十月、
国際功労賞に輝いている。私が女史と最後にお目にかかったのは一九八一年九月
である。私は東京・小平の創価小学校の応接間で懇談した。

女史はフランス広布の未来展望、NSFの前途についての抱負を烈々と述べた。
私が「よく頑張ってこられました」と讃えると、彼女は微笑みを満面に浮かべ、
「ウィ、ウィ」と、うなずいていた姿が忘れられない。すでに八十歳であり、
これが最後の来日と思って招待したが、現実となってしまった。

翌八十二年八月二十六日の朝、女史は八十一歳の誕生日を目前にして逝った。
近しい人に「私は自分のやり遂げるべきことは、すべてやりきっていくでしょう」
と語りながら、バカンスを利用してメンバーの激励のため南フランスに旅立った。

旅先のホテルで朝食を注文した後、ソファに腰掛けたまま永眠した。

老衰による自然死で、その表情は誠に安らかかであったとの報告を山崎議長から
うけた。葬儀はNSF葬として彼女が大好きであった南仏トレッツの欧州研修
道場で厳粛に営まれた。

彼女と生前、親交のあった著名な美術史家、ルネ・ユイグ氏は、彼女を「ファム・
ド・カリテ(品格の高い女性)」と最大の賛辞を贈り、その死を悼んでいた、
とも伺った。 私は偉大なる"フランス広布の母"と名付けて、心より哀悼の意を
込めて弔電を打った。

今女史は、一人娘のジュヌビエーブさんとともに研修道場の近辺にあるトレッツ
市営墓地に眠っている。私はいつの日か、あの陽光燦たるサント・ビクトワール
山に抱かれた女史の墓参をするとき、" 妙法のレジスタンス "の闘士として誉れ
高く散っていった彼女に、" フランス広布の母に捧げる "詩を詠み、その功を讃え
たいと念願している。

      ◇

ブラウン女史については以前、雑誌に掲載したことがあるが、逝去されたいま、
彼女のことを加筆、添削して後世に残したいと思い、再び筆を執った。

(昭和61年2月24日)
 

カジノ

 投稿者:うーこメール  投稿日:2016年12月 3日(土)03時36分49秒
  公明党がカジノに賛成しましたね。カジノが出来たら、バカ原田はカジノに行くのでしょうね、きっと。その時は週刊紙の記者の方写真お願いしま~す(*^▽^*)  

赤胴さま、それは!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月 3日(土)02時28分55秒
  読書階級です。
司馬遼太郎が展開する時代小説ではっきり書いています。本を読むこと。冷徹な友です。
これを怠り、怠惰な生活を送る者に革命は有りません。耳で聞き、御書を開いて納得するまで研鑽する。
 

ひらがなプロジェクトに投稿します。 報恩抄ひらがな

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年12月 3日(土)01時48分57秒
  ひらがなプロジェクトに投稿します。
報恩抄ひらがな 第26章から第37章まで おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出来る事我慢することわきまえよ

自分の行動を制御できる人間でなければなりません。
思い付きや本能の赴くままに行動する人は、畜生界の命で、自分も他人も不幸にします。
代表者は、皆行の守ですね・・・(憫笑)

人界、菩薩界の他者を思いやる、命を持つことが日本人のおもてなしの精神です。
そうすることによって、ストレスもたまるかと思いますが、感謝されたらストレスも解消されると思います。
西洋人と違って、日本人は団体行動が得意ですね。
その原因を探ってみれば、災害が多い国土だったことがあると言われています。

創価フローラを見れば分かります。
上の方ばかり見ている、ヒラメ信心をしているのでしょう。
会社でも宗教団体でも、多くの社員・職員は、そうですよね。

フローラの中にも、悪さをする菌が居るそうです、善玉菌も居ます、そのバランスの上に立って、
異体同心の組織があると言うことになります。

我々、悪玉に気が付いています、善玉菌の力でもって、悪玉菌を押さえねばなりません。

脱線しました、元に戻します。
江戸時代の武士たちは、経済的には恵まれていませんでした。
米を藩から支給されるのですが、コメ相場が大阪に在って、豊作の時は値段が下がり、不作の時
は、藩からの、支給が減るので、大多数の武士たちは、貧困でした。

彼らは、「武士は食わねど高楊枝」という、格言通り、貧しくても、学問をしたり、剣道の師範や
笠張り内職、寺小屋の先生になって、副職で暮らしを助けて暮らしていました。

武士階級の人たちは、幼いころから剣道や武術、学問を教えられて、自分だけが得をするなどを、
退ける教育をしていました。
そして、公のために生きることが、家の存続のためであり、藩の繁栄のためであるという、
「滅私奉公の精神」を徹底して教え込まれました。

そうする教育の成果が、幕末から明治のかけて、日本という国が外国の植民地にならなかった、
一つの因となったことは、事実でしょう。
武士は、無私の生き方を誇りとして、藩のためなら、あるいは、国のためなら命も惜しくない
という生き方を、世界に示し、恐れさせたのです。

しかしこのような生き方は、多大なストレスを抱えたと思われますが、個人的な感情、恐怖、
不安などを超克していた、指導者の脳の研究が、発表されつつあります。

ではどうやって、武士たちはストレスを回避していたのでしょうか。
日本人は古くから「型」を重視してきたと、篠浦医学博士は、教えられています。
型とは、茶道、武道、華道など、行動の基本となる「型」は運動機能のベースとなる小脳に記録
されると・・・ここを鍛えると、あれこれ悩んだり、思考するよりも早く答えを出し、行動できる
と、申されています。

ゆえに、複雑な問題に直面しても、調整しながら応用していくことが容易にできるらしいです。
そのような、考え方から、無用なストレスを軽減できるということです。

私はこの説を読んで、思うことは、信心すると勤行という「型」にはめられます。
折伏をして、広布に生きるという「型」にはめられます。
広宣流布を人生の目的にしたら、あれこれ悩んだり、思考するよりも、唱題したらいいという
答えがすぐに出てきます。

小脳の行動制御と大脳の菩薩界(人間)脳とうまく連動して、幸せな人生の軌道に乗れるという
結論です。
 

民生より政局の徒党はカジノ法案賛成へ②

 投稿者:感性  投稿日:2016年12月 3日(土)00時48分55秒
編集済
  >アベ政権ってどう?  投稿者:宝剣  投稿日:2016年12月 2日(金)15時45分1秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60969

自主投票もまた言い訳そのもののパフォーマンスにしかすぎません。
また「反対」の党内事情に注目!
>審議わずか6時間 カジノ法案を可決
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201612/CK2016120202000254.html

>IR推進法案反対の公明議員「メリット確信できない」「なぜカジノか理解できない」 “スピード採決”も疑問視
http://www.sankei.com/politics/news/161202/plt1612020045-n1.html

>カジノ法案、6日衆院通過=公明は自主投票
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016120200270&g=pol

記事にもあるよう公明ではカジノ推進議員連盟に参加する佐藤茂樹が中心人物。
また党内で少なからずの反対派がいたのならそれが本会議で採決に反映されるという
パフォーマンスが行われるのでしょうが、結局は佐藤の思惑通り民衆搾取の悪法は通過ということになる以上は「党内に反対もいるにはいた」という姑息な形作りに他なりません。

この法案の是非をめぐり党内で意見が拮抗していたというのも相対的に健全な時代の公明を知る限りは考えられないことです。荒唐無稽なギャンブル合法化に賛成の余地は微塵もなかったことでしょう。
法案賛成への言い訳に待っていたかのように利用されるギャンブル依存症対策等の「付帯」は法案を通すための方便にすぎないことはきょうび世間はお見通しです。いったん法案が通過してしまえば付帯の実効性はなきに等しいことも同様です。

また暴力団など反社会的勢力の利権利用対策への不十分性の指摘も十分うなづけるところです。そもそもカジノ解禁の言いだしっぺは、指定暴力団系の活動を称賛した発言等からも関連が取りざたされても仕方のないと思われる例のお騒がせな某元都知事ではなかったですか?
>石原都知事・尖閣諸島問題を厳しく語る!
ttp://www.seinensya.org/undo/ryodo/senkakushoto/030204isihara.htm
>先日、山口組と抗争した住吉会系小林会と「日本青年社」は同じ組織です
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20070212/1171216785


ちなみに佐藤茂樹は軍需産業と国会議員とが密接に結びつく舞台ともなっているとの
指摘ももっともと思われる安全保障議員協議会の事務総長との記録もあります。
http://ratio.sakura.ne.jp/archives/2007/11/19231325/
さては武器輸出緩和等々もこのあたりの暗躍か・・・・?


民生より政局の徒党はカジノ法案賛成へ  投稿者:感性  投稿日:2016年12月 2日(金)08時23分48秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60950
「カジノ解禁」に公明軟化?  投稿者:感性  投稿日:2016年10月15日(土)01時26分0秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58117
 

(無題)

 投稿者:こんにちは  投稿日:2016年12月 3日(土)00時28分31秒
  権力の魔性描いた「動物農場」
No.2

しかし、それでも、おひとよしの、また無知な動物たちは、豚たちを信じていた。やがて、食糧不足と重労働で豚たちは希望をうしなっていった。一番の働き者で、《革命》を支え続けてきたロバのボクサーも、とうとう体をこわした。彼の口癖は「ナポレオンにまちがいはない!」と「私がもっと働けばよいのだ!」であった。彼なくして、動物農場の建設はありえなかった。しかし、誰よりも頑健な彼も、無理に無理を重ねて、ついに倒れた。

すると「ナポレオン」は、彼の大功労をねぎらうどころか、皆をだまして、彼をさっさと《食肉処理》の業者に引き渡してしまった。もはや「自由と平等の世界」の理想は完全に消えうせた。権力による恐怖の支配だけがあった。

ついに「ナポレオン」は《敵》のはずの「人間」と手を組んだ。仏法の世界でいえば、仏法破壊の謗法者と密謀し、結託するようなものである。酒を酌み交わしながら、《動物たちを利用して、もうける》相談をする豚と人間。窓の外から、この様子を見ていた動物たちには、もはや、人間と豚の区別がつかなかった。

かくして、動物たちの革命は失敗した。暴君を追い出しても、追い出した者の中から、新たな、より巧妙な暴君が出現する。この歴史の《宿命》をわかりやすく描き出した現代の寓話である。

作家オールウェルが、このおとぎ話を書いた時(1943~44年)当然、ソ連のスターリン主義への批判が込められていた。労働者の解放の美名の裏に、特権階級(官僚)と独裁者(スターリン)が生まれていることを、彼は見抜いていた。しかし、どうじに、このおとぎ話は、人間が《権力の魔性》を克服しない限り、どんな革命、改革運動も、堕落することを描いている。
そこで、ドイツの救国を掲げたヒトラーの偽善も鋭く批判する結果になった。

左であれ、右であれ、問題は人間だということを、鮮やかに示したのである。では人間をどうするのか。特権階級を振り回す権威的人間を超えて、どう民主的人間を生み出すのか。ここに人間自身を革命しゆく仏法、信心の重大な意義がある。そのうえで、もっと民主的であられる日蓮大聖人の仏法の世界にあっても、権威的人間に支配される可能性は常にある。そうなれば、「広宣流布」の理想は実現できない。

民衆が賢明になる以外にない。そして悪と戦わねばならない。民衆の率直な疑問や希望を権威で抑えつけ、納得も信頼も与えようとしない人々。そうした存在と戦いぬかれたのが、大聖人の御生涯であられた。門下の私どもが同様に、正義を訴えるのは当然である。悪しき権威と一生涯、戦ってこそ、真の「民主的人間」となる。?


 

先生の御指導

 投稿者:こんにちは  投稿日:2016年12月 3日(土)00時20分7秒
  H3.2.14????海外派遣メンバー協議会

権力の魔性描いた「動物農場」

イギリス(スコットランド)のある哲学者の言葉に「無知は恐怖の母」とある。知らないから、おそれるし、まどう。英知の光で闇を払ってしまえば、何も恐れることはない。その「英知」のために、きょうも少々、語っておきたい。

イギリスの作家、ジョージ・オーウェル(1903~50管理社会の暗黒の未来を描いた小説「1984年」で署名)。
彼の代表作の一つに、寓話「動物農場」がある。長年、「人間」という暴君に支配され、しいたげられていた動物たちが、ある時、ついに革命を起こす。

「動物に自由と平等を!」一イギリスのある農場におこった、この《民主革命》は成功した。人間の農場主は追い出され、新たに「動物農場」の旗揚げをした。

原作を読んでいない人にわかりやすくするため(笑い)
かりに私どもの立場でいえば、人類の真の自由と平等のため、誤れる教えを捨てて、「広宣流布」の本格的な出発をしたような姿にたとえられよう。

彼らは、皆で決めた「動物主義」の原則にしたがって、自治を始めた。皆、幸せだった。誇りに燃えていた。「すべての動物は平等である。」この永遠の指針のもと民主的な理想郷をつくるのだ!人間たちからの逆襲も、全員の奮闘で見事、撃退した。

ところが、時とともに、平等の原則はくずれてくる。
それまで、動物みんなの合議で運営されていた農場が、いつしか、リーダーを自認する豚たちの手で、何もかも決定されるようになっていった。

初めはささいな変化だった。全員のためのミルクが、ある朝、こっそり消えたのである。やがて真相がわかった。豚たちが、自分のエサにまぜていたのだ。彼らは皆のリンゴも横領していた。豚たちは弁明した。詭弁では、誰もかなわない。

われわれ豚は、リーダーとして頭脳労働をしている。農場の未来は、すべてわれわれの双肩にかかっている。そこで、いやいやながらも、ミルクをたくさん飲み、リンゴを食べて、栄養を取り、諸君の福祉に努めねばならないのだ、と。

自分たち《豚族》を敬い、大事にしてもらいたい。ミルクとリンゴをかすめとったように見えるかもしれないが……事実その通りなのだが…それもすべて農場のためだというのである。

ひとのいい動物たちは、皆、だまされた。
いったんこうなると、あとは歯止めがきかない。ぶたは 特権階級になった。堕落するのは早かった。人間たちが残した豪華な家で眠り、禁じられている酒を飲み、昼間から酔っぱらっていた。苦しい仕事は、すべて動物たちにやらせ、自分たちは何といっても豚なのだから、偉いのだと胸を張った。

本来、他の人よりも苦労するゆえに、リーダーは尊敬を受ける。大切なのは、立場ではなく行動である。ところが、豚たちは、俺たちは特別なのだから、何もしなくても、また何をしても許され、尊敬されるべきなのだというのである。とうとう彼らは、根本原則の「動物主義」を勝手に修正した。

「すべての動物は平等である」
このあとに、豚たちは、こっそりと、こう書き加えたのである。
「しかし、ある動物(豚のこと)はほかのよりも、もっと平等である」
自分たちの都合に合わせて、規約を少しだけ変更する。これが権力の常套手段である。,

その、ほんの少しの変更が悲劇的結末へとエスカレートしていく。そうなっては手遅れである。悪の芽は早いうちから徹底的に摘まねばならない。
他にも「どんな動物でも酒を飲むべからず」は「どんな動物と過度に酒を飲むべからず」に、「どんな動物もベッドに寝るべからず」は「どんな動物もシーツをかけたベッドに寝るべからず」に、「どんな動物もほかの動物を殺すべからず」は「どんな動物も理由なくしてほかの動物を殺すべからず」に、こっそり書き換えられた。そして豚だけが酒を飲み、安楽なベッドに寝、処罰と称して動物をころした。

特権階級になると権力闘争が起こるのは歴史の常である。学会のように、リーダーが本当に責任と苦労の立場であれば、だれも好んでなりたがるはずがない。(笑い)

豚たちも権力を争って仲間割れし、1頭のおす豚がライバルを追い出して、絶対的権力をにぎった。彼は「ナポレオン」と名乗っていた(笑い)。彼は、《批判》を許さない。命令に従わないものは、徹底的に迫害され、追放された。彼のやり方を疑うこと自体が、不遜な悪とされるにいたった。

「皆の幸せ」が目的であり、そのためのリーダーであったはずなのに、いつのまにか「リーダーの権威と権力」が目的になってしまっていた。

No.1
 

ジャスダック様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 3日(土)00時00分17秒
編集済
  レスありがとうございます。
そうですね、あらためて昔の書籍などを読むと先生の言われることは
一貫していますね。全然変わっていません。

弟子の私たちも一貫して師弟不二で戦い貫きたいものですね。
 

生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 2日(金)23時55分9秒
  レスありがとうございます。
安心してください、はいてますよ、じゃなかったこれは去年の流行語ですね、
誤解してません(笑)

人を泣かすのは好きではないですね、どちらかと言えば泣かされる
ほうです(笑)この話だけは宿坊に残しておきたい、っていうのを選んで投稿
させてもらっています。

これからもキツイのを・・と思ったのですがもうそういうのは無いかな~
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年12月 2日(金)23時38分19秒
  今晩は
皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

寝たきりおじさん様

 投稿者:ジャスダック  投稿日:2016年12月 2日(金)23時28分16秒
  感動的な話ありがとうございます

先生は一貫していますね
絶対にブレない

改めて感動しました
ありがとうございます

会員こそ主役
会員こそ株主のジャスダックでした
 

寝たきりオジサン様

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 2日(金)23時14分1秒
  キツイという意味は・・すばらしい、胸にじ~んとくるという意味です。

誤解ありましたら・・そういった意味です。

昔は、こういった綺麗な生命が啓発・触発される話がたくさんありました。

今は、不祥事ばかりで・・・命が壊れるような話ばかりです。

そういった意味でも、こうしたいい話は命の洗浄という意味で必要ですね。
 

柳原さん、今日も残念賞(笑)

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年12月 2日(金)23時00分46秒
  自称・妙法のジャーナリストであり、矢野絢也叩きの「矢野絢也の素顔」で有名な上、宿坊板を

叩くほど体調が良くなる柳原滋雄さん、お疲れちゃん(笑)

今日のお題は「自分たちの“正義”のために池田名誉会長を法廷に呼ぼうと画策した足軽3人

組」だそうであるが既ににカンピースさんや小作人@地上の発心。他皆様に徹底的に論破されて

いるのですが少々。

一、池田名誉会長と記してあるが、現在の信濃町界隈が奨励している呼称は池田大作先生では

ないのでしょうか?

一、「彼らにとって師匠は利用の対象にすぎない。目的のためには手段を選ぶことに躊躇しな

い。」(柳原滋雄コラム日記 2016/12/2より抜粋引用)これって現在の信濃町界隈の執行部の

幹部職員の事では?現在の信濃町界隈の先生の利用の仕方は常軌を逸しており元職員3名どころ

ではないのでは?

一、いつになったら仏敵・矢野絢也の「矢野絢也の素顔」は再開するのでしょうか?

楽しみに待っています(笑)
 

新人間革命 30巻 大山の章

 投稿者:だだ一言  投稿日:2016年12月 2日(金)22時58分55秒
編集済
  新人間革命30巻 「大山」の章が、明年の元旦号から始まる。昭和54年の4月24日、第3代会長辞任をどう書き残すのか?それとも触れないのか‥残された時間はあまりない。

通常の新聞は前日の夜に印刷される。しかし、お正月の新聞は違う。本紙以外に別刷号もありかなり早くから印刷にかかる。ましてや、聖教新聞は外部委託の印刷であり、年末の29日には配達員の手元に届く。そう考えると12月20日頃にはデータを各地の新聞社や印刷会社に送りクリスマス頃の印刷であろうか。そう考えるとあと半月。実際の原稿はできていて現在は校閲(チェック)の最中であろうか。
まだ間に合う。昭和54年の4月の真実の歴史を残す事を願う。もし触れずに‥

その日は晴れ渡る大晴天であった。すなわち昭和54年5月3日。八王子の創価大学の中央体育館には全国から集った会員が溢れていた。19年勤めた会長を後進に託し、いよいよ本格的に世界広布の指揮を執ることを宣言した。

まさかこんな始まりではないと思いますが。

最近つくづく思う事。

創価学会の全ての基準は折伏をしているかどうにするべきである。
昔は、幹部登用には折伏の成果が問われていた。男子部の部長は折伏1世帯以上とか。

しかし、今の基準は組織や上位幹部に従順な人。事務仕事が長けている人であろう。折伏をどれだけしているかは二の次、三の次。

先生は過日言われた。

「役職が代わるたびに折伏をしなさい」と。

リーダーの要件として大事な事である。
自身が折伏をしていないのに部員さんに折伏しょうとは言えない。
それと同じく職員や全国幹部も折伏をしているかどうかを基準にしたらいいと思う。例えば、本部職員登用条件は最低10世帯以上。(お守り不可)
もちろん、自己申告はあやしいので証明書には統監のある支部長、本部長のサインと承認印もらう。

副会長は信心強盛なので最低50世帯以上。
主任副会長は万一の時の会長候補でもあるので70世帯。会長は日本一の方なので100世帯以上でしょうか?少ないかなぁ‥そうすれば少しは良くなるでしょう。

全国幹部で数世帯はあり得ません。
どうせ会則を変えるなら‥こんな感じはどうでしょうか?

会長は誰よりも率先垂範を旨とし、最低個人折伏の実績が100世帯以上のものの中から選ぶ。








 

同盟題目23時より

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月 2日(金)22時51分27秒
  開始します。任意参加です。池田先生のご健康を祈ります。
よろしくお願い致します。
 

Re:レ・ミゼラブルを読み直す(15)

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月 2日(金)22時16分27秒
  イケディアンの住人様

レミゼラブルの展開ありがとうございます。
イケディアン様も同様のことを言われていたかもしれませんが、池田先生の小説・人間革命は、ユゴーのレミゼラブルがベースにあったのではないか。私はそのように感じます。

捉え方は、各自の自由が前提ですが、分かり易い例をあげてみると、先生の小説・人間革命には、当時の時代性、社会状況、その背景にある思想などを詳細に描いています。

また、無名の庶民の生き様とストーリーが巧妙に織りなす展開も、やはりユゴーのレミゼラブルと非常に共通点が見られると思うのです。

戸田先生の人間革命が、ユゴーと同時代の小説家のアレクサンドルデュマが書いた、巌窟王の物語(モンテクリスト伯)からヒントを得ているのも興味深いところです。

あまり、書くとイケディアン様のネタバレになってしまうでしょうか?

ちなみに、ユゴーとデュマは同じ1802年生まれです。二人の人生も様々な綾を織りなしています。

以前にも少し書きましたが、19世紀、激動の時代のフランスでは、他にも偉大な文学者を産み出しています。先生がスピーチ等で取り上げている、この時代の作家にエミールゾラがいます。

ゾラは、その生き様をスピーチで取り上げています。イケディ様の目録を参考にゾラについての先生のスピーチを読まれるのをお勧めします。

**********************
レ・ミゼラブルを読み直す(15)補足 ?
イケディアンの住人(正義の獅子同盟)

読書の効用は、ジャン・バルジャンの例を挙げるまでもなく、言葉使いが丁寧になる、表現方法が著者に似てくる、日本語の難しい漢字を覚えることが出来る。必死に理解しようとする姿勢は読解力と人との対話にも役立つ。
特に、池田先生の世界桂冠詩人の表現方法は、この豊島与志雄氏の訳文に近似点が多い。

小説家の多くが沢山の良書を読み込んで、それぞれの感性で組み立てられた小説を描く通り、池田先生もこれらのベースがあって人間革命を描かれたと私は観ています。

第一層では表層の小説を精読して、第二層で訳文の比較(豊島与志雄訳と佐藤朔訳)を行ってユゴーの言わんとする意図を理解する。そして第三層で先生がスピーチでユゴーの言葉を引用する箇所を読み解いて視点を洞察する。第四層で自らの思考と重ね合わせ、第五層で統覚するという難解な読み方を訓練しましょう。

そうすると、先生のスピーチとかメッセージなどと言われている文言を見抜くことが出来ると思います。賢い弟子になる!創価公達(キンダチ)からは嫌われると思いますが・・・
 

生涯広布 & 広布一筋様

 投稿者:こんにちは  投稿日:2016年12月 2日(金)20時18分4秒
  ありがとうございます\(^-^)/  

野菊の如き青春

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 2日(金)20時17分56秒
編集済
  また、また、寝たきりおじさん様

人を泣かせて・・キツイですね・・

もしかして、人を泣かせるのが、お好き・・?

そ~~~れにしても、近頃、多くの清純な華を汚してしまった弓谷・谷川・・御本尊様の裁きからは逃れられない。

ヨッシー様の傑作で面白おかしく、真実が記され永遠に残ることに・・

つまり、永遠に笑われるため・・チミたちバカ・ケダモノが出てきた・

仏と魔は常に同時に存在・お役ご苦労様です。


ペンギン

http://

 

先生の御指導

 投稿者:こんにちは  投稿日:2016年12月 2日(金)20時14分31秒
  権力の魔性描いた「動物農場」
No.2

しかし、それでも、おひとよしの、また無知な動物たちは、豚たちを信じていた。やがて、食糧不足と重労働で豚たちは希望をうしなっていった。一番の働き者で、《革命》を支え続けてきたロバのボクサーも、とうとう体をこわした。彼の口癖は「ナポレオンにまちがいはない!」と「わかしがもっと働けばよいのだ!」であった。彼なくして、動物農場の建設はありえなかった。しかし、誰よりも頑健な彼も、無理に無理を重ねて、ついに倒れた。

すると一「ナポレオン」は、彼の大功労をねぎらうどころか、皆をだまして、彼をさっさと《食肉処理》の業者に引き渡してしまった。もはや「自由と平等の世界」の理想は完全に消えうせた。権力による恐怖の支配だけがあった。

ついに「ナポレオン」は《敵》のはずの「人間」と手を組んだ。仏法の世界でいえば、仏法破壊の謗法者と密謀し、結託するようなものである。酒を酌み交わしながら、《動物たちを利用して、もうける》相談をする豚と人間。窓の外から、この様子を見ていた動物たちには、もはや、人間と豚の区別がつかなかった。一。

かくして、動物たちの革命は失敗した。暴君を追い出しても、追い出した者の中から、新たな、より巧妙な暴君が出現する。この歴史の《宿命》をわかりやすく描き出した現代の寓話である。

作家オールウェルが、このおとぎ話を書いた時(1943~44年)当然、ソ連のスターリン主義への批判が込められていた。労働者の解放の美名の裏に、特権階級(官僚)と独裁者と(スターリン)が生まれていることを、彼は見抜いていた。しかし、どうじに、このおとぎ話は、人間が《権力の魔性》を克服しない限り、どんな革命、改革運動も、堕落することを描いている。
そこで、ドイツの救国を掲げたヒトラーの偽善も鋭く批判する結果になった。

左であれ、右であれ、問題は人間だということを、鮮やかに示したのである。では人間をどうするのか。特権階級を振り回す権威的人間を超えて、どう民主的人間を生み出すのか。ここに人間自身を革命しゆく仏法、信心の重大な意義がある。そのうえで、もっと民主的であられる日蓮大聖人の仏法の世界にあっても、権威的人間に支配される可能性は常にある。そうなれば、「広宣流布」の理想は実現できない。

民衆が賢明になる以外にない。そして悪と戦わねばならない。民衆の率直な疑問や希望を権威で抑えつけ、納得も信頼も与えようとしない人々。そうした存在と戦いぬかれたのが、大聖人の御生涯であられた。門下の私どもが同様に、正義を訴えるのは当然である。悪しき権威と一生涯、戦ってこそ、真の「民主的人間」
となる。
 

全文掲示させていただきます・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 2日(金)20時04分0秒
  こんにちは様

改めて、全文を「創価正義」のサイトにて掲示させていただきます。

先生は今ある状態を見事に、予見されていたんですね。

すごいの一言です・・

ありがとうございます。

「創価正義」
http://www.sgi-seigi.com/


ペンギン
 

日刊ゲンダイ 高野孟氏

 投稿者:大樹  投稿日:2016年12月 2日(金)19時55分14秒
  日刊ゲンダイの高野孟氏の記事を読み、胸のつかえが降りた創大生はたくさんいるのではないかと思う

問答無用の原田会長の舵取り
謎の南米訪問団、南アジア訪問団
そして、安保問題、公明党自民安倍会派と呼ばれるほどの擦り寄り

納得出来ないことばかりだった
支援活動に距離を置く創大生もかなりいる

そんな創大生に高野氏の記事は嬉しかったのではないか?

なぜならば
創大閥は、原田会長達と違うスタンスであることを知ることが出来たから

本来、創大閥の総大将は正木さん
正木さんは先生の御指導を忠実に守り派閥を作らなかったと聞いている

だとすると「創大閥」は存在しないことになる

原田会長の舵取りに不信を持っている創大生はたくさんいる
しかし、創大生でも職員、県幹部、議員は原田執行部サイドに立つ

そう考えると「創大閥」は本部内に存在しないことになる
ならば「創大閥」とは?
今、ここにいる弟子の心にある「閥」ではないか?

高野氏の記事により「隠れ創大閥」が市民権を得たように思う

それは、創大生であるか、どうかではなく
池田先生の精神に忠実であるか、どうかではないか?
原田執行部VS創大生を中心とするイケディアンの戦いであると思う

そういう戦いが水面下にあることを知り「我が意を得たり」と喜んでいる会員も多いだろう

原田執行部の舵取りに違和感を感じている人にとっては市民権を得た思いだと思うし、これまで平和の党公明党を支援してくれた友人達も喜んでいた

まさに「朗報」だった

 

青木黎子さん

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 2日(金)19時41分28秒
  先ほどお送りした青木黎子さんに関しての、先生の懇談の折の指導です。


◎五十二年七月十五日

れい子は女子部の鑑だ。
今は立派な理論よりもそういうことを残しておこう。

青木、吉田、中西━━この三人で今の十倍二十倍の闘いをした。
男に勝る戦いをした。

毎晩二時三時。愚痴一つ言わずに黙々とやった。
右翼に襲われて帰れないこともあった。

途中で亡くなる人が損なのか。残る人が偉いのか。

交通費もあげられなかった。食事もできなかった。

本部は八時に始まる。
れい子は毎朝七時に来て、全部、本部の掃除をやった。

一級闘士はすごい根性の持ち主だった。

本当の娘だ。一生忘れない。

日記が全部取ってあるので出版したい。

大功労者だ。完全に陰の人、裏の人だった。
ああいうときにあれだけやったのは男にだっていない。

五年が五十年に匹敵する闘いだった。

ロウソクのように忽然と消えた人を会長がこのように話しをしている。
幸せなことじゃないか。

そこに創価学会の精神がある。
伝統、歴史━━目に見えないことを知らせていく。


れい子の日記を全部読んだ。
一生懸命やった人が早死にして、やらなかった人が偉くなっていく。

それでいいのか?

創価学会は官僚的になって、本当にやった人が認められなくて。

それでいいのか?

ある婦人部に会った。
「お金はあるのか」と聞いたら、「ありません」と。

一生懸命尽くした人が何もなくて、そうでない人が社会的な力を得ている。
矛盾じゃないか。

「嘆くな。僕が祈る。僕がついている。それでいい。それで何もいらない」
と言ったんだ。

そういう精神を忘れてはいけない。

幹部同士の間で子供のことは言う必要はない。

自慢したりするのは本陣では陣中の戯れである。

近くに足の不自由な子がいるが、私はその子が一番かわいい。
それが大将だ。

恋愛して成功してゴールインした人よりも失恋して題目を上げて立ち上がる
人のほうが数倍かわいい。
同志の集いじゃないか。

自分のうちなんかめちゃくちゃでいいんだ。それが幹部だ。

「日蓮は泣かねども涙ひまなし」

一般はいいが最高幹部はそれではいけない。

一家主義になってはいけない。

うちはそう見えるけど全然違う。
いつも女房に言っている。息子達にもいつか嫁が来る。でも他人だよ。

孫もできるだろう。でも僕はかわいがらないよ。

その分創価学会の苦労した人をもっと大事にするよと奥さんに言った。

(奥様)私は会長に何も出来ない。だからせめて会員のことを祈ろう。
 だからせめて誰かいらしたらせめて何でもしてあげよう。


「教弥(いよいよ)高ければ位弥(いよいよ)低し」
平凡な庶民でいいんだ。

女房は私が死んだら四畳半で暮らすと言ってる。

学会の人が来たら、広宣流布のために戦う人だから私より偉い、大事にします、
と言っている。

家族のためではない。

妻子は報障だ。


嵐(慧子)さんとか青木さんとか、そういう人がいたから学会がある。

それを忘れてはいけない。
功徳を受けたとか家が建ったとかそれもいいけれども
その過程で死んでいった人がいる。

そういう人たちのことが忘れられない。
 

先生の御指導

 投稿者:こんにちは  投稿日:2016年12月 2日(金)19時35分51秒
  生涯広布 & 広布一筋様  ありがとうございます\(^-^)/

省略した部分を含め  再掲載させて頂きます

H3.2.14    海外派遣メンバー協議会

権力の魔性描いた「動物農場」

イギリス(スコットランド)のある哲学者の言葉に「無知は恐怖の母」とある。知らないから、おそれるし、まどう。英知の光で闇を払ってしまえば、何も恐れることはない。その「英知」のために、きょうも少々、語っておきたい。

イギリスの作家、ジョージ・オーウェル(1903~50管理社会の暗黒の未来を描いた小説「1984年」で署名
)。彼の代表作の一つに、寓話「動物農場」がある。長年、「人間」という暴君に支配され、しいたげられていた動物たちが、ある時、ついに革命を起こす。

「動物に自由と平等を!」一イギリスのある農場におこった、この《民主革命》は成功した。人間の農場主は追い出され、新たに「動物農場」の旗揚げをした。

原作を読んでいない人にわかりやすくするため(笑い)
)、かりに私どもの立場でいえば、人類の真の自由と平等のため、誤れる教えを捨てて、「広宣流布」の本格的な出発をしたような姿にたとえられよう。

彼らは、皆で決めた「動物主義」の原則にしたがって、自治を始めた。皆、幸せだった。誇りに燃えていた。「すべての動物は平等である。」この永遠の指針のもと民主的な理想郷をつく?のだ!人間たちからの逆襲も、全員の奮闘で見事、撃退した。

ところが一時とともに、平等の原則はくずれてくる。
それまで、動物みんなの合議で運営されていた農場が、いつしか、リーダーを自認する豚たちの手で、何もかも決定されるようになっていった。

初めはささいな変化だった。全員のためのミルクが、ある朝、こっそり消えたのである。やがて真相がわかった。豚たちが、自分のエサにまぜていたのだ。彼らは皆のリンゴも横領していた。豚たちは弁明した。詭弁では、誰もかなわない。

一われわれ豚は、リーダーとして頭脳労働をしている。農場の未来は、すべてわれわれの双肩にかかっている。そこで、いやいやながらも、ミルクをたくさん飲み、リンゴを食べて、栄養を取り、諸君の福祉に努めねばならないのだ、と。

自分たち《豚族》を敬い、大事にしてもらいたい。ミルクとリンゴをかすめとったように見えるかもしれないが一事実その通りなのだが一それもすべて農場のためだというのである。

ひとのいい動物たちは、皆、だまされた
いったんこうなると、あとは歯止めがきかない。ぶたは 特権階級になった。堕落するのは早かった。人間たちが残した豪華な家で眠り、きんじられている酒を飲み、昼間から酔っぱらっていた。苦しい仕事は、すべて動物たちにやらせ、自分たちは何といっても豚なのだから、偉いのだと胸を張った。

本来、他の人よりも苦労するゆえに、リーダーは尊敬を受ける。大切なのは、立場ではなく行動である。ところが、豚たちは、俺たちは特別なのだから、何もしなくても、また何をしても許され、尊敬されるべきなのだというのである。とうとう彼らは、根本原則の「動物主義」を勝手に修正した。

「すべての動物は平等である」一
このあとに、豚たちは、こっそりと、こう書き加えたのである。
ー「しかし、ある動物(豚のこと)はほかのよりも、もっと平等である」ー
自分たちの都合に合わせて、規約を少しだけ変更する。これが権力の常套手段である。,

その、ほんの少しの変更が悲劇的結末へとエスカレートしていく。そうなっては手遅れである。悪の芽は早いうちから徹底的に摘まねばならない。
他にも「どんな動物でも酒を飲むべからず」は「どんな動物と過度に酒を飲むべからず」に、「どんな動物もベッドに寝るべからず」は「どんな動物もシーツをかけたベッドに寝るべからず」に、「どんな動物もほかの動物を殺すべからず」は「どんな動物も理由なくしてほかの動物を殺すべからず」に、こっそり書き換えられた。そして豚だけが酒を飲み、安楽なベッドに寝、処罰と称して動物をころした。

特権階級になると権力闘争が起こるのは歴史の常である。学会のように、リーダーが本当に責任と苦労の立場であれば、だれも好んでなりたがるはずがない。(笑い)

豚たちも権力を争って仲間割れし、1頭のおす豚がライバルを追い出して、絶対的権力をにぎった。彼は「ナポレオン」と名乗っていた(笑い)。彼は、《批判》を許さない。命令に従わないものは、徹底的に迫害され、追放された。彼のやり方を疑うこと自体が、不遜な悪とされるにいたった。

「皆の幸せ」が目的であり、そのためのリーダーであったはずなのに、いつのまにか「リーダーの権威と権力」が目的になってしまっていた。


No.1
 

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