やりたいことなんかないけど、しあわせでいたい人の話

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こんにちは、森一貴です。

今日は、誰かが幸せになればいいなあ、と思って記事を書きました。
やりたいことってなんだ!!!と思っているひとと、
教育や就活についてなにか感じているひとと、
目標を持て!とか「なんでやらないの?」とかいう、うるさい人たちに
読んで欲しいなあ
と思っています。

さて、世の中、「やりたいこと」がないと生きづらい世の中だなあ
と思ってます。

学校では「将来なにがしたいのかな?人生設計してみよう!」
就活では「ウチでなにがやりたいの?」
働いていれば「ゴール視点で考えろ」
なんやねん。ほっといてくれよ。やりたいこととかないし。

個人的には就活が思い出深くって。
「ウチでやりたいこと、ってのがイマイチ見えてこないんだよね~」と言って落とされる。
いや、だってやりたいことないし、てかそもそも働きたくないし、
いいやん。俺めっちゃ仕事できるし、採用してくれたら絶対損させないのに。

でも世の中、どうやら「やりたいことがある」人のほうが
うまくいくようにできてるようで。

やりたいひとと、ありたいひと

で、就職してみて、働いていて、唐突に思ったんです。
「やっぱ絶対、やりたいこととかいらなくない?」
って。

考えてみると、世の中にあまねく(とされている)
「やりたいこと」タイプのひとと俺の生き方って
なんとなくズレてる気がする。

具体的にそのズレってなんなんだろう、って考えてみると、
「やりたいこと」タイプのひとって、
「おれはこうなりたい!これをやる!」っていう夢があって、
それに対して近づけば幸せ、っていう考え方なんじゃないかなあ。

俺にはべつに「やりたいこと」ってないなあ。
将来どうなりたいか?っていわれると、
将来どうとかしらんけど、
とりあえず、いまも、みらいもずっとただ「しあわせ」でいたいなあ、
と、思います。

その「しあわせ」って、目標に対して近づく・遠ざかるってよりも、
自分が「いま、こうでいたい」が満足しているかどうか、
なんじゃないでしょうか?

つまり、世の中には
「やりたいこと」タイプのにんげんと
「ありたいすがた」タイプのにんげんがいるんじゃないでしょうか。

同じこと考えてる人いるんじゃないかなーと思ってたら、
いました。いるもんですね。

平本 相武 「成功するのに目標はいらない!―人生を劇的に変える「自分軸」の見つけ方」

さすがに表紙がポップすぎるし、題名もニート助長すぎて
買うときはちょっと躊躇したんだけど、
最終的には、自分の生き方を考える上で大事な軸になった本だな~と思ってます。

平本さんが言うには、
「人間には『ビジョン型』と『価値観型』の二種類がある」
そうです。
ビジョン型は、目標に対して近づいてる感をしあわせと呼ぶ。
価値観型は、自分の価値観が満たされている状態をしあわせと呼ぶ。
わお!俺の「やりたい/ありたいタイプ」と同じやん。

最近の世の中は、みんなビジョンがあるって前提で話が進んじゃって、
「あなたの価値観はなんですか?」って、あんまり聞かれないですよね。
「ビジョン」に対置される「価値観」というものがあるんだ、ということを
明確に言語化した文章に、私は初めて出会いました。

加えて、この本のいいところは、
「君は価値観型だよね。だから自分らしく生きればいいよ」と放り投げるんじゃなくて、
じゃあ「やりたいこと」重視の現代社会でどう生きるか、まで教えてくれているところ。
ちなみに、それを簡単に要約すれば、
自分の価値観を満たすには、それをもたらすアクションがある。
だから、それを「やりたいこと」として仮置きすれば
今の社会でもあんまり困らず暮らせるよね、とのことです。

「ありたいすがた」をはじめに置く

この本を読んで、はっと気づいたことがあって。
私は、「どうなっていれば幸せか?」って聞かれたこと、
一度もなかったなあって思うんです。

やりたいタイプとありたいタイプで、
しあわせに対する捉え方って全然違うんじゃないかなと思って
描いた図がこれです。

やりたい

やりたいタイプはゆめとか目標とか理想に対して
近づいてる感が幸せになります。
だから、目標を定義して、それに対して向かっていく
「矢印モデル」になる。
そこには、目標があるから、
どうやって近づくかという、計画という考え方があるし、
どれだけ近づいたかっていう、進捗という考え方があるし、
それを阻まれるという、挫折という考え方があります。

一方、ありたいタイプは、
「いま」自分の価値観が満たされていればしあわせです。
そして、それがずっと続いていったらな~、と思っている。
それがこの「円柱モデル」です。
そこには、計画も進捗も挫折もない。

就活で「挫折経験」について聞かれて、
私が挫折ってなんだ!!と思ったのはこのせいです。

この図を描くと、うわー!!って思うんです。

ビジョン型の人たちは「やりたいこと」を定義して、
そのあと、いまのじぶんを考え、アプローチを考える。
それなら、価値観型のひとだって、「ありたいすがた」を定義しないと
それを満たせるわけないじゃないですか。
なのに、それを明確にすべきだって、誰も言い出さない。

自分のしあわせがわからないのに、
どうやってそれを満たせばいいんでしょうか?

そりゃ、田舎にいって「あー、ここ最高!」って移住して、
偶然ずっと満たされる可能性はあるけれど、
自分のありたいすがたを
分かって選ぶのと、分からないで選ぶのでは全然違う。

今の社会では、
「そもそも、①きみは何がやりたいの?そして、②それってどうやったらできるの?」
と、言われているような気がします。

でも、私の順番はそうじゃないんです。
「そもそも、①どういう状態だったらきみは幸せなの?
そして、②それって何をやってると満たせるの(⇒何がやりたいの)?
そして、③それってどうやったらできるの?」
この順番なんです。

これまでの、いろいろなプロセスでは
このアタマの質問が抜けていたんだなあと思います。
それに気づいてからは、
「自分の『やりたいこと』に気づく」のはかんたんでした。

伝わるでしょうか。
私は「あなたもありたい人でしょう、だから目標を持たなくてもいいんだよ」って
言ってるわけじゃない。
「ありたいすがた」タイプの人は、「どうなったら幸せか」を定義できれば、
そこから「やりたいこと」を定義することができます。
つまり、幸福であるためには、こうなっていればいい、これをやればいい、
それを「目標」という言葉に置き換えてあげればいい。

それによって、今、
「やりたいことなんかない、生きづらいなあ、」
と思っている人が、少しでも楽になってくれればいいなと思っています。

「目標というツール」

ここでおもしろいな、と思っていることがあって。
「目標」は、ありたいすがたタイプの人にとって「ツール」なんです。
目標なのにツールて。どっちやねん。

わかりやすく説明すれば、
やりたいことタイプの人:切り絵を作ることが目標の人にとって、はさみはツールです。
ありたいすがたタイプの人:人に喜んでもらうことが目標の人にとって、切り絵は、人に喜んでもらうための「ツール」です。

そのひと、切り絵を作っている人を外側からみたら、
見え方は同じです。
「あー、あのひとは、切り絵を作っているんだなあ。」
外側からはそう見えるかもしれない。
でも、その人が「ありたいすがた」タイプなのであれば、
彼は「切り絵を作っている」んじゃないんです。
「人に喜んでもらおうとしている」のかもしれないし、「自分を表現したい」のかもしれない、
そしてそれは「切り絵である必要はない」。
料理をつくるでも、歌をうたうとかでもいい。

ある人にとっては目標であることが、
ある人にとっては単なるツールにすぎない。
不思議な世の中です。

いま、あなたがやってることは、いま、あなたがやりたいことは
「目標」?それとも「ツール」?

 

世の中にはいろんなひとがいますが、
私は確実にコッチ側の人間だなあ、と思うし、
きっと同じ悩みを抱えた人もいっぱいいると思うんです。
「私のやりたいことってなんなんだ!!!」ってね。
そしたら、その人たちに、一度投げかけてみたいな~って思うんです。
「あなたってどうなったらしあわせ?」
ってね。

おしまい。

 

 

 

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投稿者:

森 一貴

山形県出身、東京大学教養学部卒。コンサルティング企業にて勤務後、鯖江市ゆるい移住に参加。現在、考える力を伝えるプロジェクト「CUE」代表。

「やりたいことなんかないけど、しあわせでいたい人の話」への9件のフィードバック

  1. 読んでいて、納得するところと違和感があるところがあって、それをもりりにつたえたいなーと思って、飲みたいなとおもったけど、鯖江には行けません。どうしよう?

    1. お久しぶり!今京都にいるのかな。
      車買っちゃったのでいつでも行けるよ。お話ししよう~!

  2. 私もありたい姿型なので、大変共感です!
    内向的で繊細なタイプほどありたい型なのではないかと思いました。

  3. 初めまして。
    自分も価値観型なのでずいぶん胸がすっとした気分です。
    やっぱりビジョンがないとダメって、おかしいと思って大丈夫ですよね。
    なんか自分の生き方を他人の金型にはめられているような気分がしますし。

    いい記事だなあと思ってFacebookで紹介(と言うほどではないですが)させてもらいましたので、その報告としてコメントしました。
    もし取り下げてほしいということがありましたらお返事ください。

    1. 私は、ビジョンがないとダメ、については疑問を持っていますが、
      でもその代わりに、きちんと自分の価値観を言葉にして持っておきたいな、と思っています。

      とんでもないです、ご丁寧にご連絡いただきありがとうございます^^

  4. はじめまして。通りすがりの者です。
    あなたが区別している「やりたいタイプ」と「ありたいタイプ」の違いって、いろんな捉え方があるんだと思いますが、「やりたいタイプ」=世の中や組織全体の「ありたい姿」を「目標」としている/「ありたいタイプ」=自分(だけ)が「ありたい姿」であることが目標。他はわりとどうでもいい。 という意味で解釈される(=誤解される)おそれがあるんじゃないかなぁと感じました。(ご本人にはそんな考えはないのかもしれませんが。)
    それってなんだか独りよがりの残念な考え方ですね。

    私は、あなたの区分けで分けられると、きっと「やりたいタイプ」なんですが、目標が「世界平和」で、そのためにはまず「自分の周りの一歩から」と考えている人間です。価値観を満たすためにビジョンを持っています。そういう人は、あなたが区別する「やりたいタイプ」にも、たくさんいらっしゃると思いますよ。

    1. コメントありがとうございます。
      今回は一旦、「やりたいこと」が蔓延している現状への問題提起の位置付けがつよくて、
      区別が大雑把すぎる、というのであれば、ごもっともかもと思います。

      確かに「目標がなくていい=世の中に対する理想や問題意識を持っていない」
      という捉え方をされることはリスクです。が、個人的にはそれが本質的だと思っています。
      私はありたいタイプですが、ありたいタイプは本質的にひとりよがりだ、と考えています。
      でも、私が「どんな社会だったら自分が幸せか?」を実現した結果、
      私のまわり、あるいは世の中が、結果として笑いあえている、
      それならそういうありかたでもいいんじゃないかなあ、と思っています。

      後半の部分に関しては、おっしゃる通りです。
      私はありたいタイプですが、自分の価値観を満足するために、
      自分の中で明確にビジョンを定義しています。端から見れば、やりたいタイプに見えるはずです。
      とおりすがりさんのおっしゃっていただいた通り、
      「やりたい」と「ありたい」は、相互に関連していると思いますし、
      決して二項対立的に捉えるものではないんじゃないかなあ、と思っています。

      読んでいただいて、きちんと考えを言葉にしてくださって、ありがとうございます。^^

  5. ビション型と価値観型を簡単に見分ける方法があって
    8〜9割の人が価値観型である
    多数派なので元々気にしなくても良いことでもある
    ビション型に振り回されることはない

  6. 大乗仏教と小乗仏教の話に発展していって、ややこしい事になればいいのにな。と思いました。 

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