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ウストン・ブラウンさん

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 3日(土)10時59分54秒
編集済
  寝たきりオジサン様

また、また、また・・・・・・・・(涙・涙・・・)

よく知っています、ブラウン女史・・

昨今、有名なSGI婦人部長の女史とは、段違いの崇高な精神の持ち主でした。

フランスの良き精神(エスプリ)を体全体で表現している方だった・・本当に!

彼女との最初の出会いは、出張で欧州に行った時・偶然にその彼女たちが乗る飛行機の中で・・

飛行機に乗り込んで・・ん・・どっか見た事がある顔が・周りを見るとフランスのメンバーばかり・

オーーっと、互いに握手の交換・・

彼女に会うたび、崇高な精神性に我が心もキリリと引きしまる思いの方でした。

彼女の発するオーラは先生でした。外国人にも先生は通じるんだと、その時初めて理解。

今、残っているフランスの開拓者たちも、この方を思い出して安逸・隷属から脱皮しないと・・

なんのための山崎さんや、ブラウンさんたちの戦いだったか・・

私も年老いた体に鞭打って・・さらに戦ってまいります・遠くからですが・・

もう一度、あの頃のフランスに・・


ペンギン

こちらもよろしく!「創価正義」作成チーム一同
http://www.sgi-seigi.com/

この週末には、また、幾つかアップの予定だそうです・・

http://

 

フリーダム

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年12月 3日(土)10時29分6秒
  第81回 アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『おくりびと』はその所作、「型」がバレエの様に美しい。これが西洋人からも高く評価された理由の一つです。
日本文化の特徴として「型=様式美」があるのは間違いないでしょう。

この「型」というものは「ハード」であり、即ち「如是相」=「仮諦」であり、いわば「身の宝」です。対して「心の宝」は「如是性」=「空諦」であり、「ソフト」です。
そして、この「ハード=如是相=仮諦」と「ソフト=如是性=空諦」は不可分であり、互いに影響を及ぼし合う「色心不ニ」の“法則”が働きます。
だから、いわゆる「型から入る」(日本人のスポーツはこれがいまだに多い印象が強い)ことは悪いことではありません。「型」から「心」を創り上げていくことも可能だからです。

問題は「心」が「型」にはめられた時に、ハードに依って固定された時に発生します。
私の地域には小さい頃から“型にはめられた”信心・学会活動をしていて、心底では自身も苦しんでいながら、それと同じことを他人にもさせる者がたくさんいます。

これが、同じく小さい時から見せられて(魅せられて)育って来た二世同士であれば、通用することもあるのですが、外から入って来たアウトサイダー(新入会者)には通用しない。
アウトサイダーは「信仰の自由」があることを知っています。「6・4横浜座談会」で小林節教授もその意味のことを言われていたと思いますが、「信仰の自由」には「信仰“しない自由”」もあります。それを知るアウトサイダーは最終的にそれを選ぶケースが多い。
癌患者の治癒率を測る目安として「5年生存率」という基準がよく使われますが、私の地域ではアウトサイダーの「入会後(も勤行している)5年生存率」はゼロに近いでしょう。
しかし、私は、それでも生き残って来たアウトサイダーは平均的な二世よりも確信が強いのではないか、と思います。それは「信仰の自由」をフル活用して「自らの意思で選び取ったから」なのだと思います。

私の地域では「“役職”と“打ち出し”があるから信心・活動が出来る。無かったら何もしない」と言う幹部がたくさん(具体的数値なし。独自取材の感触)います。
自分がそうだから、皆(殆どは二世)もそうだろうと、“役職と打ち出し”を投げかけることに全力を注ぎます。自分もそうであったように、それが「人材育成」だと信じているかのようです。
(その“役職と打ち出し”をこなして来た者が評価され、「上」を喜ばせるのだから当然でしょう。しかし、そんな人が「下」を喜ばせることは少ない。池田先生は「幹部なんか喜ばせても仕方ない」と言われているにも関わらず。)
元来、草食動物で、従順な日本人には、“役職と打ち出し”という「型」にはめやすかったでしょうが、西洋文化の影響を強く受けている世代には通用しなくなって来ています。

私の地域で二世がよく言う台詞に「二世じゃなかったら学会なんかやっていない」というものがあります。これは危険信号であることを知らなければなりません。
これは「好きで学会なんかやっているんじゃない」「ウチは学会なんだから(シカタガナイ)」と言っているのです。結局は創価学会も「家の宗教」に成り下がってしまっているのです。

「学会は“家の宗教”を捨てさせてきた」ということを意識するべきであると思います。私も「家の宗教」を捨てた一人です。これは簡単な事ではありませんでした。(簡単であればもっと早く入信していました。)それでも「自らの自由意思」で「自ら選び取った」のです。これは多くのアウトサイダーの共通するところでしょう。
(だから「自ら選び取った」信仰を、それ(池田先生の創価学会)とは「別の宗教」に勝手に変えていく執行部には強い怒りがあります。)
「型」にはまり、「型」のおかげで信心していて、また他人をも同様に「型」にはめようとしている二世の「信心」を尊敬することは無理でしょう。人に「家の宗教」を捨てさせておいて、自分は自分の「家の宗教」を捨てていないのですから。

私は二世にも「家の宗教」を捨てさせようとします。それは退転させようというのではありません。「自らの意思で信心する。選び取る」ということです。
「家の宗教」を捨てて「自らの意思で信心する。選び取る」(結果)には「理由」(原因)が必要です。それを持つことです。これが「人材育成」であると思います。

その「人材育成」には教学が有効であると思います。一人のSGIさんがパートナーを導くために努力されたことは、その好例であると思います。
宿坊で「気づき」を得た私が時々、仏法について科学的に説明を試みるのも、「仏法が本物だ」と、(お礼の意味で)気づかせようとしているからです。早くから仏法に巡り会えたことは幸運な事なのですよ、と。だから、自らの自由意思で選び取って、信心してみませんか? と、投稿しなくても迷いながらも宿坊に辿り着いた人に訴えたいと思うのです。

自由!!! 楽しいですよ!!! (本来の)(池田先生の)創価学会!!!

“自由について語り合おう 自由について僕は語る”
“僕は戦う 自由に生きる権利のために”
『フリーダム』ポール・マッカートニー(9・11の悲劇と立ち向かうために創られた曲)
https://www.youtube.com/watch?v=043DK0OFvlY

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-61.html
http://amzn.to/2fxRlFX
 

Twitterより。仏とは覚者のこと、自分で自分を仏って呼ぶの変だよ。他者によって呼ばれる敬称なんだから。

 投稿者:ツイート人  投稿日:2016年12月 3日(土)10時12分25秒
  戸田先生の言う「創価学会仏」には、庶民に対する慈しみの思いが感じられるが、信濃町の言う「創価学会仏」には、庶民蔑視(利用)と特権保持の意図しか感じられない。

そもそも「仏」とは「覚者」のことで、自分で自分を仏と宣言するのではなく、他者によって呼ばれる敬称のことではなかったか。
 

「まことの時」

 投稿者:Bノートメール  投稿日:2016年12月 3日(土)09時28分23秒
  創価学会の歴史においても、戦前に牧口先生が投獄されたとき、戦後の再建期に戸田先生の事業が大変だった時、そして、宗門が三類の強敵としての牙をむき出しにきた時など、これまで大難に直面した時は幾たびとなくあった。この時に、何をしたのか、どうしたのか。そこに弟子として、仏法者としての本質があらわになっていくのです。「まことの時」に戦う信心にこそ「仏界」が輝くことを断じて忘れてはならない。(開目抄講義下)  

素朴な疑問

 投稿者:あおきメール  投稿日:2016年12月 3日(土)08時55分19秒
  初めて投稿いたします。
このサイトに出会い賛同しています。
素朴な疑問ですが、私たちから先生へのお手紙は、どのようになっているのでしょうか?
 

ただ一言様

 投稿者:一無冠  投稿日:2016年12月 3日(土)08時43分0秒
  ほんに、ほんにです。

学会本部、聖教新聞社にお勤めの方は誰よりも折伏の結果を出して欲しいです。
それから、新人の方は無冠の友を最低でも3ヵ月はやって下さい。
そうすれば池田先生の直弟子に近づけます。

☆「随筆 桜の城」を持っています。当時の新聞の切り抜きも…。
 

二十一世紀への対話16

 投稿者:まなこ  投稿日:2016年12月 3日(土)08時11分14秒
  ◆ 3 精神と肉体の関係

【池田】 古来、多くの哲学者や思想家が“精神”と“肉体”の関係について、さまざまな考察を重ねてきました。そして多くの学説が出されてきましたが、大別すれば唯物論の考え方と唯心論のそれになると思います。
私は、唯物論や唯心論を説く人々の生命に対する考察が文化の発展に貢献してきた点は、正当に評価されるべきだと考えます。たとえば唯心論は、人間としての道徳心や愛を説き、人間社会を人間らしく保つために多大な貢献をしてきました。また唯物論は、近代科学の成立と発展の基盤としての役割を果たしてきています。
しかしながら、唯物論者が、精神の機能を認めながらも物質としての肉体を本源的実在と考え、ともすれば生命そのものを物質視する傾向があることを考えると、唯物論に全面的に賛成するわけにはいきません。また、唯心論者が人間の理性や悟性、欲望等を重視している点は理解できますが、だからといって肉体的側面を軽視し、肉体につながる欲望等を蔑視してきたことは正しくないと思います。同じように、生気論者による、生命独自の秩序を生物体に認めながらも、その秩序を保つ根源として生命を超越した実在を求める思考法にも、抵抗を感じざるをえません。
私は唯物論、唯心論はいずれも一面のみを追求しているにすぎず、精神と肉体の関係を総体的に把握するものではないと考えています。

【トインビー】 唯物論も唯心論も、そのいずれか一方だけでは実在に対する満足すべき説明とはならないとの御意見に、私も賛成です。物質は精神論では理解しきれませんし、精神を物質論で理解することもできません。両者をともに包含する単一体としてみるとき 初めてそれぞれを理解することができるわけです。ところが、この精神身体相関の統一体における二つの側面は、知的に理解可能な単一個体へと還元できるものではありませんから、われわれはこの両者が不可分であることをなかなか理解できないのです。
 

大山の章

 投稿者:だだ一言  投稿日:2016年12月 3日(土)08時10分36秒
  おはようございます。
今話題の新人間革命30巻。大山の章が新年号から始まる。ここで声を上げないと昭和54年と同じ轍を踏む。第3代会長を辞任に追い込み、会長を乗っ取る。執行部は副会長等に昇格。

これではクーデターではないか!

先生を辞任に追い込んだその場にいた執行部。当時の最高幹部の皆さん。たとえ新人間革命30巻に載らなくても

随筆 新人間革命 「嵐の4.24 」は永遠に残ります。先生の随筆集  「桜の城 」絶賛発売中!

 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、会員は「駒」ではありませ~ん。

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年12月 3日(土)07時35分1秒
編集済
  おはようございます。原田怪鳥様、創価学会は「恐ろしい組織」になったものデスね~(笑)

「明年全国で創価青年大会」デスか~、それ自体はいい事かもしれませんが、ど~も違和感デスね~。

どうしてかといいますと、本日の政教珍聞1面、ナニが書いてあるかといえば、

「学会の永遠性を確立するべき今、最重要の鍵は青年の陣列にあり!」デスか~。

「学会の永遠性を確立するべき今」って何デスか~? おまけに「!」マーク、こればスローガンデスか~?

我々が信心しているのは、何のためでしょうか? 学会の永遠性を確立するために信心してるんデスか~?

なんか「組織」さえあれば、万々歳みたいな印象を受けるヘンな言葉デスね~。

もちろん、組織の維持は重要なファクターであることも、過去の師匠の指導にも「学会の組織を守れ」等の指導もあったことも重々承知デスが、

それは、正常、清浄に機能している場合であり、今の学会組織は、執行部の皆様方を守るために存在している気がしま~す。

会員の個人の成長、人間革命に言及せずに、組織の永遠性を確立するべき今なんて、「仏作って魂入れず」というのがピッタリでしょう。

なんか戦時中の御用新聞を思わせる、本日の政教珍聞1面でした~(笑)

そ~いえば、アンポンタンのボケカス反板の皆さ~ん(笑)いろいろと小生のことを賛嘆してくれて、ありがとうございま~す。(笑)

ぜひ、随筆、新・人間革命の嵐の4・24のこともしっかりと論じて下さいね~(笑)期待してま~す(笑)
 

―フランス広布の母――

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 3日(土)05時25分57秒
  ―フランス広布の母――.
☆ ウストン=ブラウンさん ☆

パリに燃ゆる仏法平和への情熱.

花の都・パリは、世界の都市のなかでも私の好きな町の一つである。
多くの人びともそうであるに違いない。

萌えいずる緑と美しき花で古都を装う春も佳し、セーヌの川面にきらめく
光が躍る夏も佳し、モンマルトルの丘に芸術が色づく秋も佳し、歴史の
堆積した石畳に枯れ葉が舞う冬もまた佳し。

パリの四季に思いを巡らせながら、私は人生の秋を迎え紅葉の輝きを放つ
フランスの一婦人に誕生祝いの手紙をつづった。

「純粋なフランス人で正法を受持し、正法を弘めゆく不思議な使命ある貴女へ――。
妙法は円教であり、全地球も全宇宙も包んでいる大法であります。

ヨーロッパの先駆者として山崎君が中心となっていますが、お母さま、また姉の
立場として、この人を支え守ってあげてください。

これ以外に、現在のヨーロッパ広布の基礎づくりはできないて信ずるからです」
このフランス婦人との出会いは十数年前のことであり、パリ郊外のソー市にある
NSF(フランス日蓮正宗)のパリ本部であった。

名をフローランス・ウエストン=ブラウンさんという。すでに七十歳近い年齢で
あるが、声は若々しく、気品の漂う銀髪と眼鏡の奥に光る知的な瞳が印象深い。

私は彼女と何回となく語り合った。信心のこと、人生のこと、ヨーロッパの
こと等々・・・。常に鋭く、常に温かく、そしていつも将来のことをさり気なく
手を打っていく示唆をあたえてくれた人であった。

彼女は一九〇一年、パリ近郊のル・ベジネで生まれた。若き日、パリ大学
ソルボンヌ校で哲学と文学を学んだ才媛で、世界の名作を読みながら、夜空の
星と語り合う情熱とロマンの人であった。

父親はパリ上訴裁判所長官をつとめた司法官、祖父は外交官。一族にはフランス
陸軍大将や、フランス・アカデミー会員に名を連ねる歴史学者がおり、彼女は
正統なフランス上流階級の血を受け継いでいる。

もう一つ、彼女の五体には平和闘士の血が流れている。ご主人のレイモン・
バンク氏は世界に冠たるフランス・レジスタンスの英雄であった。「レコー・ド・
モロッコ(モロッコの声)という新聞の編集長をつとめ、言論界でも健筆を存分に
ふるっていったことも私は聞いている。

第二次世界大戦のさい、ナチス・ドイツ軍の占領下で「フランス国内秘密軍団」
など三つのレジスタンス組織に身を置き、祖国の平和のために勇敢に戦った。
彼女も闘士たちを安全な場所にかくまうなど献身的にご主人を助けた。

しかし不幸にもご主人はゲシュタポに捕らえられ、拷問をうけ虐殺された。
その殉難の抵抗者としてのご主人の名は、冬季オリンピックが開催されたグル
ノーブルの街路に「レイモン・バンク通り」として残っている。

戦後、彼女はサンジェルマン・デプレ付近で画廊を経営していた。斬新な企画は
ないものかと考え、芭蕉の俳句を題材にしてパリ在住日本人画家に制作を依頼する
など、日本への関心も深かったようである。

やがて経営危機に瀕したとき、画廊を訪ねてきた日本人画家・長谷川彰一さん
(現NSF副理事長)から仏法の話を聞き、山崎鋭一議長宅での座談会に案内され
一九六四年四月に入信した。

哲学に造詣の深い女史の直観は、仏法で説く「慈悲」こそ、真実の平和と愛の
本源と鋭く感じとった。そして古代キリスト教には東洋の仏教の影響が深く
刻印されているとして西伝仏教に興味をいだき、独創的な研究もつづけた。

六十三歳にして日蓮大聖人の仏法に巡りあった女史は、限りあるこの世の一日
一日を惜しむかのように求道されたのである。とくに一九七三年七月、総本山
・常来坊で拝見した女史の姿が忘れられない。

海外各国メンバーによる"交歓の夕べ "で、フランスの友は国歌「ラ・マル
セイエーズ」を合唱した。女史は最前列で友と肩を組み、こぶしを振って熱唱
していた。対独レジスタンス運動の渦中、亡きご主人とともに幾度となく歌っ
た感情が込められていったのであろう。

ある時、彼女はこう語った。「夫は戦争が二度と起こらないよう、自分は犠牲に
なる、といっていました。夫は悲劇の殉難者です。私は夫が最後まで叫び
つづけた真の平和を確立するため少しでも役立つ生涯を送っていきたい」と
頬を紅潮させていた。

命を賭した夫の壮絶な決意を、このレジスタンス闘士の妻は、妙法によって
実現せんと深く深く誓っていたに違いない。 戦争ほど残酷なもはない。
戦争ほど、悲惨なものはない。

拙著・小説『人間革命』の冒頭の一節に、女史は共鳴を示された。
フランス語保存委員会のメンバーでもある女史は、のちに同書のフランス語版の
翻訳にあたっても日夜を分かたず、無償で全魂を打ち込んで下さり、その労苦の
結晶ともいうべき手書きの原稿を私のところに送って来て下さった。

そのほか多くの学会出版物のフランス語訳に尽力された女史は、一九七九年十月、
国際功労賞に輝いている。私が女史と最後にお目にかかったのは一九八一年九月
である。私は東京・小平の創価小学校の応接間で懇談した。

女史はフランス広布の未来展望、NSFの前途についての抱負を烈々と述べた。
私が「よく頑張ってこられました」と讃えると、彼女は微笑みを満面に浮かべ、
「ウィ、ウィ」と、うなずいていた姿が忘れられない。すでに八十歳であり、
これが最後の来日と思って招待したが、現実となってしまった。

翌八十二年八月二十六日の朝、女史は八十一歳の誕生日を目前にして逝った。
近しい人に「私は自分のやり遂げるべきことは、すべてやりきっていくでしょう」
と語りながら、バカンスを利用してメンバーの激励のため南フランスに旅立った。

旅先のホテルで朝食を注文した後、ソファに腰掛けたまま永眠した。

老衰による自然死で、その表情は誠に安らかかであったとの報告を山崎議長から
うけた。葬儀はNSF葬として彼女が大好きであった南仏トレッツの欧州研修
道場で厳粛に営まれた。

彼女と生前、親交のあった著名な美術史家、ルネ・ユイグ氏は、彼女を「ファム・
ド・カリテ(品格の高い女性)」と最大の賛辞を贈り、その死を悼んでいた、
とも伺った。 私は偉大なる"フランス広布の母"と名付けて、心より哀悼の意を
込めて弔電を打った。

今女史は、一人娘のジュヌビエーブさんとともに研修道場の近辺にあるトレッツ
市営墓地に眠っている。私はいつの日か、あの陽光燦たるサント・ビクトワール
山に抱かれた女史の墓参をするとき、" 妙法のレジスタンス "の闘士として誉れ
高く散っていった彼女に、" フランス広布の母に捧げる "詩を詠み、その功を讃え
たいと念願している。

      ◇

ブラウン女史については以前、雑誌に掲載したことがあるが、逝去されたいま、
彼女のことを加筆、添削して後世に残したいと思い、再び筆を執った。

(昭和61年2月24日)
 

カジノ

 投稿者:うーこメール  投稿日:2016年12月 3日(土)03時36分49秒
  公明党がカジノに賛成しましたね。カジノが出来たら、バカ原田はカジノに行くのでしょうね、きっと。その時は週刊紙の記者の方写真お願いしま~す(*^▽^*)  

赤胴さま、それは!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月 3日(土)02時28分55秒
  読書階級です。
司馬遼太郎が展開する時代小説ではっきり書いています。本を読むこと。冷徹な友です。
これを怠り、怠惰な生活を送る者に革命は有りません。耳で聞き、御書を開いて納得するまで研鑽する。
 

ひらがなプロジェクトに投稿します。 報恩抄ひらがな

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2016年12月 3日(土)01時48分57秒
  ひらがなプロジェクトに投稿します。
報恩抄ひらがな 第26章から第37章まで おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

出来る事我慢することわきまえよ

自分の行動を制御できる人間でなければなりません。
思い付きや本能の赴くままに行動する人は、畜生界の命で、自分も他人も不幸にします。
代表者は、皆行の守ですね・・・(憫笑)

人界、菩薩界の他者を思いやる、命を持つことが日本人のおもてなしの精神です。
そうすることによって、ストレスもたまるかと思いますが、感謝されたらストレスも解消されると思います。
西洋人と違って、日本人は団体行動が得意ですね。
その原因を探ってみれば、災害が多い国土だったことがあると言われています。

創価フローラを見れば分かります。
上の方ばかり見ている、ヒラメ信心をしているのでしょう。
会社でも宗教団体でも、多くの社員・職員は、そうですよね。

フローラの中にも、悪さをする菌が居るそうです、善玉菌も居ます、そのバランスの上に立って、
異体同心の組織があると言うことになります。

我々、悪玉に気が付いています、善玉菌の力でもって、悪玉菌を押さえねばなりません。

脱線しました、元に戻します。
江戸時代の武士たちは、経済的には恵まれていませんでした。
米を藩から支給されるのですが、コメ相場が大阪に在って、豊作の時は値段が下がり、不作の時
は、藩からの、支給が減るので、大多数の武士たちは、貧困でした。

彼らは、「武士は食わねど高楊枝」という、格言通り、貧しくても、学問をしたり、剣道の師範や
笠張り内職、寺小屋の先生になって、副職で暮らしを助けて暮らしていました。

武士階級の人たちは、幼いころから剣道や武術、学問を教えられて、自分だけが得をするなどを、
退ける教育をしていました。
そして、公のために生きることが、家の存続のためであり、藩の繁栄のためであるという、
「滅私奉公の精神」を徹底して教え込まれました。

そうする教育の成果が、幕末から明治のかけて、日本という国が外国の植民地にならなかった、
一つの因となったことは、事実でしょう。
武士は、無私の生き方を誇りとして、藩のためなら、あるいは、国のためなら命も惜しくない
という生き方を、世界に示し、恐れさせたのです。

しかしこのような生き方は、多大なストレスを抱えたと思われますが、個人的な感情、恐怖、
不安などを超克していた、指導者の脳の研究が、発表されつつあります。

ではどうやって、武士たちはストレスを回避していたのでしょうか。
日本人は古くから「型」を重視してきたと、篠浦医学博士は、教えられています。
型とは、茶道、武道、華道など、行動の基本となる「型」は運動機能のベースとなる小脳に記録
されると・・・ここを鍛えると、あれこれ悩んだり、思考するよりも早く答えを出し、行動できる
と、申されています。

ゆえに、複雑な問題に直面しても、調整しながら応用していくことが容易にできるらしいです。
そのような、考え方から、無用なストレスを軽減できるということです。

私はこの説を読んで、思うことは、信心すると勤行という「型」にはめられます。
折伏をして、広布に生きるという「型」にはめられます。
広宣流布を人生の目的にしたら、あれこれ悩んだり、思考するよりも、唱題したらいいという
答えがすぐに出てきます。

小脳の行動制御と大脳の菩薩界(人間)脳とうまく連動して、幸せな人生の軌道に乗れるという
結論です。
 

民生より政局の徒党はカジノ法案賛成へ②

 投稿者:感性  投稿日:2016年12月 3日(土)00時48分55秒
編集済
  >アベ政権ってどう?  投稿者:宝剣  投稿日:2016年12月 2日(金)15時45分1秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60969

自主投票もまた言い訳そのもののパフォーマンスにしかすぎません。
また「反対」の党内事情に注目!
>審議わずか6時間 カジノ法案を可決
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201612/CK2016120202000254.html

>IR推進法案反対の公明議員「メリット確信できない」「なぜカジノか理解できない」 “スピード採決”も疑問視
http://www.sankei.com/politics/news/161202/plt1612020045-n1.html

>カジノ法案、6日衆院通過=公明は自主投票
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016120200270&g=pol

記事にもあるよう公明ではカジノ推進議員連盟に参加する佐藤茂樹が中心人物。
また党内で少なからずの反対派がいたのならそれが本会議で採決に反映されるという
パフォーマンスが行われるのでしょうが、結局は佐藤の思惑通り民衆搾取の悪法は通過ということになる以上は「党内に反対もいるにはいた」という姑息な形作りに他なりません。

この法案の是非をめぐり党内で意見が拮抗していたというのも相対的に健全な時代の公明を知る限りは考えられないことです。荒唐無稽なギャンブル合法化に賛成の余地は微塵もなかったことでしょう。
法案賛成への言い訳に待っていたかのように利用されるギャンブル依存症対策等の「付帯」は法案を通すための方便にすぎないことはきょうび世間はお見通しです。いったん法案が通過してしまえば付帯の実効性はなきに等しいことも同様です。

また暴力団など反社会的勢力の利権利用対策への不十分性の指摘も十分うなづけるところです。そもそもカジノ解禁の言いだしっぺは、指定暴力団系の活動を称賛した発言等からも関連が取りざたされても仕方のないと思われる例のお騒がせな某元都知事ではなかったですか?
>石原都知事・尖閣諸島問題を厳しく語る!
ttp://www.seinensya.org/undo/ryodo/senkakushoto/030204isihara.htm
>先日、山口組と抗争した住吉会系小林会と「日本青年社」は同じ組織です
http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20070212/1171216785


ちなみに佐藤茂樹は軍需産業と国会議員とが密接に結びつく舞台ともなっているとの
指摘ももっともと思われる安全保障議員協議会の事務総長との記録もあります。
http://ratio.sakura.ne.jp/archives/2007/11/19231325/
さては武器輸出緩和等々もこのあたりの暗躍か・・・・?


民生より政局の徒党はカジノ法案賛成へ  投稿者:感性  投稿日:2016年12月 2日(金)08時23分48秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60950
「カジノ解禁」に公明軟化?  投稿者:感性  投稿日:2016年10月15日(土)01時26分0秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/58117
 

(無題)

 投稿者:こんにちは  投稿日:2016年12月 3日(土)00時28分31秒
  権力の魔性描いた「動物農場」
No.2

しかし、それでも、おひとよしの、また無知な動物たちは、豚たちを信じていた。やがて、食糧不足と重労働で豚たちは希望をうしなっていった。一番の働き者で、《革命》を支え続けてきたロバのボクサーも、とうとう体をこわした。彼の口癖は「ナポレオンにまちがいはない!」と「私がもっと働けばよいのだ!」であった。彼なくして、動物農場の建設はありえなかった。しかし、誰よりも頑健な彼も、無理に無理を重ねて、ついに倒れた。

すると「ナポレオン」は、彼の大功労をねぎらうどころか、皆をだまして、彼をさっさと《食肉処理》の業者に引き渡してしまった。もはや「自由と平等の世界」の理想は完全に消えうせた。権力による恐怖の支配だけがあった。

ついに「ナポレオン」は《敵》のはずの「人間」と手を組んだ。仏法の世界でいえば、仏法破壊の謗法者と密謀し、結託するようなものである。酒を酌み交わしながら、《動物たちを利用して、もうける》相談をする豚と人間。窓の外から、この様子を見ていた動物たちには、もはや、人間と豚の区別がつかなかった。

かくして、動物たちの革命は失敗した。暴君を追い出しても、追い出した者の中から、新たな、より巧妙な暴君が出現する。この歴史の《宿命》をわかりやすく描き出した現代の寓話である。

作家オールウェルが、このおとぎ話を書いた時(1943~44年)当然、ソ連のスターリン主義への批判が込められていた。労働者の解放の美名の裏に、特権階級(官僚)と独裁者(スターリン)が生まれていることを、彼は見抜いていた。しかし、どうじに、このおとぎ話は、人間が《権力の魔性》を克服しない限り、どんな革命、改革運動も、堕落することを描いている。
そこで、ドイツの救国を掲げたヒトラーの偽善も鋭く批判する結果になった。

左であれ、右であれ、問題は人間だということを、鮮やかに示したのである。では人間をどうするのか。特権階級を振り回す権威的人間を超えて、どう民主的人間を生み出すのか。ここに人間自身を革命しゆく仏法、信心の重大な意義がある。そのうえで、もっと民主的であられる日蓮大聖人の仏法の世界にあっても、権威的人間に支配される可能性は常にある。そうなれば、「広宣流布」の理想は実現できない。

民衆が賢明になる以外にない。そして悪と戦わねばならない。民衆の率直な疑問や希望を権威で抑えつけ、納得も信頼も与えようとしない人々。そうした存在と戦いぬかれたのが、大聖人の御生涯であられた。門下の私どもが同様に、正義を訴えるのは当然である。悪しき権威と一生涯、戦ってこそ、真の「民主的人間」となる。?


 

先生の御指導

 投稿者:こんにちは  投稿日:2016年12月 3日(土)00時20分7秒
  H3.2.14????海外派遣メンバー協議会

権力の魔性描いた「動物農場」

イギリス(スコットランド)のある哲学者の言葉に「無知は恐怖の母」とある。知らないから、おそれるし、まどう。英知の光で闇を払ってしまえば、何も恐れることはない。その「英知」のために、きょうも少々、語っておきたい。

イギリスの作家、ジョージ・オーウェル(1903~50管理社会の暗黒の未来を描いた小説「1984年」で署名)。
彼の代表作の一つに、寓話「動物農場」がある。長年、「人間」という暴君に支配され、しいたげられていた動物たちが、ある時、ついに革命を起こす。

「動物に自由と平等を!」一イギリスのある農場におこった、この《民主革命》は成功した。人間の農場主は追い出され、新たに「動物農場」の旗揚げをした。

原作を読んでいない人にわかりやすくするため(笑い)
かりに私どもの立場でいえば、人類の真の自由と平等のため、誤れる教えを捨てて、「広宣流布」の本格的な出発をしたような姿にたとえられよう。

彼らは、皆で決めた「動物主義」の原則にしたがって、自治を始めた。皆、幸せだった。誇りに燃えていた。「すべての動物は平等である。」この永遠の指針のもと民主的な理想郷をつくるのだ!人間たちからの逆襲も、全員の奮闘で見事、撃退した。

ところが、時とともに、平等の原則はくずれてくる。
それまで、動物みんなの合議で運営されていた農場が、いつしか、リーダーを自認する豚たちの手で、何もかも決定されるようになっていった。

初めはささいな変化だった。全員のためのミルクが、ある朝、こっそり消えたのである。やがて真相がわかった。豚たちが、自分のエサにまぜていたのだ。彼らは皆のリンゴも横領していた。豚たちは弁明した。詭弁では、誰もかなわない。

われわれ豚は、リーダーとして頭脳労働をしている。農場の未来は、すべてわれわれの双肩にかかっている。そこで、いやいやながらも、ミルクをたくさん飲み、リンゴを食べて、栄養を取り、諸君の福祉に努めねばならないのだ、と。

自分たち《豚族》を敬い、大事にしてもらいたい。ミルクとリンゴをかすめとったように見えるかもしれないが……事実その通りなのだが…それもすべて農場のためだというのである。

ひとのいい動物たちは、皆、だまされた。
いったんこうなると、あとは歯止めがきかない。ぶたは 特権階級になった。堕落するのは早かった。人間たちが残した豪華な家で眠り、禁じられている酒を飲み、昼間から酔っぱらっていた。苦しい仕事は、すべて動物たちにやらせ、自分たちは何といっても豚なのだから、偉いのだと胸を張った。

本来、他の人よりも苦労するゆえに、リーダーは尊敬を受ける。大切なのは、立場ではなく行動である。ところが、豚たちは、俺たちは特別なのだから、何もしなくても、また何をしても許され、尊敬されるべきなのだというのである。とうとう彼らは、根本原則の「動物主義」を勝手に修正した。

「すべての動物は平等である」
このあとに、豚たちは、こっそりと、こう書き加えたのである。
「しかし、ある動物(豚のこと)はほかのよりも、もっと平等である」
自分たちの都合に合わせて、規約を少しだけ変更する。これが権力の常套手段である。,

その、ほんの少しの変更が悲劇的結末へとエスカレートしていく。そうなっては手遅れである。悪の芽は早いうちから徹底的に摘まねばならない。
他にも「どんな動物でも酒を飲むべからず」は「どんな動物と過度に酒を飲むべからず」に、「どんな動物もベッドに寝るべからず」は「どんな動物もシーツをかけたベッドに寝るべからず」に、「どんな動物もほかの動物を殺すべからず」は「どんな動物も理由なくしてほかの動物を殺すべからず」に、こっそり書き換えられた。そして豚だけが酒を飲み、安楽なベッドに寝、処罰と称して動物をころした。

特権階級になると権力闘争が起こるのは歴史の常である。学会のように、リーダーが本当に責任と苦労の立場であれば、だれも好んでなりたがるはずがない。(笑い)

豚たちも権力を争って仲間割れし、1頭のおす豚がライバルを追い出して、絶対的権力をにぎった。彼は「ナポレオン」と名乗っていた(笑い)。彼は、《批判》を許さない。命令に従わないものは、徹底的に迫害され、追放された。彼のやり方を疑うこと自体が、不遜な悪とされるにいたった。

「皆の幸せ」が目的であり、そのためのリーダーであったはずなのに、いつのまにか「リーダーの権威と権力」が目的になってしまっていた。

No.1
 

ジャスダック様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 3日(土)00時00分17秒
編集済
  レスありがとうございます。
そうですね、あらためて昔の書籍などを読むと先生の言われることは
一貫していますね。全然変わっていません。

弟子の私たちも一貫して師弟不二で戦い貫きたいものですね。
 

生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 2日(金)23時55分9秒
  レスありがとうございます。
安心してください、はいてますよ、じゃなかったこれは去年の流行語ですね、
誤解してません(笑)

人を泣かすのは好きではないですね、どちらかと言えば泣かされる
ほうです(笑)この話だけは宿坊に残しておきたい、っていうのを選んで投稿
させてもらっています。

これからもキツイのを・・と思ったのですがもうそういうのは無いかな~
 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年12月 2日(金)23時38分19秒
  今晩は
皆様
ありがとうございました
おやすみなさい
 

寝たきりおじさん様

 投稿者:ジャスダック  投稿日:2016年12月 2日(金)23時28分16秒
  感動的な話ありがとうございます

先生は一貫していますね
絶対にブレない

改めて感動しました
ありがとうございます

会員こそ主役
会員こそ株主のジャスダックでした
 

寝たきりオジサン様

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 2日(金)23時14分1秒
  キツイという意味は・・すばらしい、胸にじ~んとくるという意味です。

誤解ありましたら・・そういった意味です。

昔は、こういった綺麗な生命が啓発・触発される話がたくさんありました。

今は、不祥事ばかりで・・・命が壊れるような話ばかりです。

そういった意味でも、こうしたいい話は命の洗浄という意味で必要ですね。
 

柳原さん、今日も残念賞(笑)

 投稿者:ダメよ~ ダメダメ  投稿日:2016年12月 2日(金)23時00分46秒
  自称・妙法のジャーナリストであり、矢野絢也叩きの「矢野絢也の素顔」で有名な上、宿坊板を

叩くほど体調が良くなる柳原滋雄さん、お疲れちゃん(笑)

今日のお題は「自分たちの“正義”のために池田名誉会長を法廷に呼ぼうと画策した足軽3人

組」だそうであるが既ににカンピースさんや小作人@地上の発心。他皆様に徹底的に論破されて

いるのですが少々。

一、池田名誉会長と記してあるが、現在の信濃町界隈が奨励している呼称は池田大作先生では

ないのでしょうか?

一、「彼らにとって師匠は利用の対象にすぎない。目的のためには手段を選ぶことに躊躇しな

い。」(柳原滋雄コラム日記 2016/12/2より抜粋引用)これって現在の信濃町界隈の執行部の

幹部職員の事では?現在の信濃町界隈の先生の利用の仕方は常軌を逸しており元職員3名どころ

ではないのでは?

一、いつになったら仏敵・矢野絢也の「矢野絢也の素顔」は再開するのでしょうか?

楽しみに待っています(笑)
 

新人間革命 30巻 大山の章

 投稿者:だだ一言  投稿日:2016年12月 2日(金)22時58分55秒
編集済
  新人間革命30巻 「大山」の章が、明年の元旦号から始まる。昭和54年の4月24日、第3代会長辞任をどう書き残すのか?それとも触れないのか‥残された時間はあまりない。

通常の新聞は前日の夜に印刷される。しかし、お正月の新聞は違う。本紙以外に別刷号もありかなり早くから印刷にかかる。ましてや、聖教新聞は外部委託の印刷であり、年末の29日には配達員の手元に届く。そう考えると12月20日頃にはデータを各地の新聞社や印刷会社に送りクリスマス頃の印刷であろうか。そう考えるとあと半月。実際の原稿はできていて現在は校閲(チェック)の最中であろうか。
まだ間に合う。昭和54年の4月の真実の歴史を残す事を願う。もし触れずに‥

その日は晴れ渡る大晴天であった。すなわち昭和54年5月3日。八王子の創価大学の中央体育館には全国から集った会員が溢れていた。19年勤めた会長を後進に託し、いよいよ本格的に世界広布の指揮を執ることを宣言した。

まさかこんな始まりではないと思いますが。

最近つくづく思う事。

創価学会の全ての基準は折伏をしているかどうにするべきである。
昔は、幹部登用には折伏の成果が問われていた。男子部の部長は折伏1世帯以上とか。

しかし、今の基準は組織や上位幹部に従順な人。事務仕事が長けている人であろう。折伏をどれだけしているかは二の次、三の次。

先生は過日言われた。

「役職が代わるたびに折伏をしなさい」と。

リーダーの要件として大事な事である。
自身が折伏をしていないのに部員さんに折伏しょうとは言えない。
それと同じく職員や全国幹部も折伏をしているかどうかを基準にしたらいいと思う。例えば、本部職員登用条件は最低10世帯以上。(お守り不可)
もちろん、自己申告はあやしいので証明書には統監のある支部長、本部長のサインと承認印もらう。

副会長は信心強盛なので最低50世帯以上。
主任副会長は万一の時の会長候補でもあるので70世帯。会長は日本一の方なので100世帯以上でしょうか?少ないかなぁ‥そうすれば少しは良くなるでしょう。

全国幹部で数世帯はあり得ません。
どうせ会則を変えるなら‥こんな感じはどうでしょうか?

会長は誰よりも率先垂範を旨とし、最低個人折伏の実績が100世帯以上のものの中から選ぶ。








 

同盟題目23時より

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月 2日(金)22時51分27秒
  開始します。任意参加です。池田先生のご健康を祈ります。
よろしくお願い致します。
 

Re:レ・ミゼラブルを読み直す(15)

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年12月 2日(金)22時16分27秒
  イケディアンの住人様

レミゼラブルの展開ありがとうございます。
イケディアン様も同様のことを言われていたかもしれませんが、池田先生の小説・人間革命は、ユゴーのレミゼラブルがベースにあったのではないか。私はそのように感じます。

捉え方は、各自の自由が前提ですが、分かり易い例をあげてみると、先生の小説・人間革命には、当時の時代性、社会状況、その背景にある思想などを詳細に描いています。

また、無名の庶民の生き様とストーリーが巧妙に織りなす展開も、やはりユゴーのレミゼラブルと非常に共通点が見られると思うのです。

戸田先生の人間革命が、ユゴーと同時代の小説家のアレクサンドルデュマが書いた、巌窟王の物語(モンテクリスト伯)からヒントを得ているのも興味深いところです。

あまり、書くとイケディアン様のネタバレになってしまうでしょうか?

ちなみに、ユゴーとデュマは同じ1802年生まれです。二人の人生も様々な綾を織りなしています。

以前にも少し書きましたが、19世紀、激動の時代のフランスでは、他にも偉大な文学者を産み出しています。先生がスピーチ等で取り上げている、この時代の作家にエミールゾラがいます。

ゾラは、その生き様をスピーチで取り上げています。イケディ様の目録を参考にゾラについての先生のスピーチを読まれるのをお勧めします。

**********************
レ・ミゼラブルを読み直す(15)補足 ?
イケディアンの住人(正義の獅子同盟)

読書の効用は、ジャン・バルジャンの例を挙げるまでもなく、言葉使いが丁寧になる、表現方法が著者に似てくる、日本語の難しい漢字を覚えることが出来る。必死に理解しようとする姿勢は読解力と人との対話にも役立つ。
特に、池田先生の世界桂冠詩人の表現方法は、この豊島与志雄氏の訳文に近似点が多い。

小説家の多くが沢山の良書を読み込んで、それぞれの感性で組み立てられた小説を描く通り、池田先生もこれらのベースがあって人間革命を描かれたと私は観ています。

第一層では表層の小説を精読して、第二層で訳文の比較(豊島与志雄訳と佐藤朔訳)を行ってユゴーの言わんとする意図を理解する。そして第三層で先生がスピーチでユゴーの言葉を引用する箇所を読み解いて視点を洞察する。第四層で自らの思考と重ね合わせ、第五層で統覚するという難解な読み方を訓練しましょう。

そうすると、先生のスピーチとかメッセージなどと言われている文言を見抜くことが出来ると思います。賢い弟子になる!創価公達(キンダチ)からは嫌われると思いますが・・・
 

生涯広布 & 広布一筋様

 投稿者:こんにちは  投稿日:2016年12月 2日(金)20時18分4秒
  ありがとうございます\(^-^)/  

野菊の如き青春

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 2日(金)20時17分56秒
編集済
  また、また、寝たきりおじさん様

人を泣かせて・・キツイですね・・

もしかして、人を泣かせるのが、お好き・・?

そ~~~れにしても、近頃、多くの清純な華を汚してしまった弓谷・谷川・・御本尊様の裁きからは逃れられない。

ヨッシー様の傑作で面白おかしく、真実が記され永遠に残ることに・・

つまり、永遠に笑われるため・・チミたちバカ・ケダモノが出てきた・

仏と魔は常に同時に存在・お役ご苦労様です。


ペンギン

http://

 

先生の御指導

 投稿者:こんにちは  投稿日:2016年12月 2日(金)20時14分31秒
  権力の魔性描いた「動物農場」
No.2

しかし、それでも、おひとよしの、また無知な動物たちは、豚たちを信じていた。やがて、食糧不足と重労働で豚たちは希望をうしなっていった。一番の働き者で、《革命》を支え続けてきたロバのボクサーも、とうとう体をこわした。彼の口癖は「ナポレオンにまちがいはない!」と「わかしがもっと働けばよいのだ!」であった。彼なくして、動物農場の建設はありえなかった。しかし、誰よりも頑健な彼も、無理に無理を重ねて、ついに倒れた。

すると一「ナポレオン」は、彼の大功労をねぎらうどころか、皆をだまして、彼をさっさと《食肉処理》の業者に引き渡してしまった。もはや「自由と平等の世界」の理想は完全に消えうせた。権力による恐怖の支配だけがあった。

ついに「ナポレオン」は《敵》のはずの「人間」と手を組んだ。仏法の世界でいえば、仏法破壊の謗法者と密謀し、結託するようなものである。酒を酌み交わしながら、《動物たちを利用して、もうける》相談をする豚と人間。窓の外から、この様子を見ていた動物たちには、もはや、人間と豚の区別がつかなかった。一。

かくして、動物たちの革命は失敗した。暴君を追い出しても、追い出した者の中から、新たな、より巧妙な暴君が出現する。この歴史の《宿命》をわかりやすく描き出した現代の寓話である。

作家オールウェルが、このおとぎ話を書いた時(1943~44年)当然、ソ連のスターリン主義への批判が込められていた。労働者の解放の美名の裏に、特権階級(官僚)と独裁者と(スターリン)が生まれていることを、彼は見抜いていた。しかし、どうじに、このおとぎ話は、人間が《権力の魔性》を克服しない限り、どんな革命、改革運動も、堕落することを描いている。
そこで、ドイツの救国を掲げたヒトラーの偽善も鋭く批判する結果になった。

左であれ、右であれ、問題は人間だということを、鮮やかに示したのである。では人間をどうするのか。特権階級を振り回す権威的人間を超えて、どう民主的人間を生み出すのか。ここに人間自身を革命しゆく仏法、信心の重大な意義がある。そのうえで、もっと民主的であられる日蓮大聖人の仏法の世界にあっても、権威的人間に支配される可能性は常にある。そうなれば、「広宣流布」の理想は実現できない。

民衆が賢明になる以外にない。そして悪と戦わねばならない。民衆の率直な疑問や希望を権威で抑えつけ、納得も信頼も与えようとしない人々。そうした存在と戦いぬかれたのが、大聖人の御生涯であられた。門下の私どもが同様に、正義を訴えるのは当然である。悪しき権威と一生涯、戦ってこそ、真の「民主的人間」
となる。
 

全文掲示させていただきます・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 2日(金)20時04分0秒
  こんにちは様

改めて、全文を「創価正義」のサイトにて掲示させていただきます。

先生は今ある状態を見事に、予見されていたんですね。

すごいの一言です・・

ありがとうございます。

「創価正義」
http://www.sgi-seigi.com/


ペンギン
 

日刊ゲンダイ 高野孟氏

 投稿者:大樹  投稿日:2016年12月 2日(金)19時55分14秒
  日刊ゲンダイの高野孟氏の記事を読み、胸のつかえが降りた創大生はたくさんいるのではないかと思う

問答無用の原田会長の舵取り
謎の南米訪問団、南アジア訪問団
そして、安保問題、公明党自民安倍会派と呼ばれるほどの擦り寄り

納得出来ないことばかりだった
支援活動に距離を置く創大生もかなりいる

そんな創大生に高野氏の記事は嬉しかったのではないか?

なぜならば
創大閥は、原田会長達と違うスタンスであることを知ることが出来たから

本来、創大閥の総大将は正木さん
正木さんは先生の御指導を忠実に守り派閥を作らなかったと聞いている

だとすると「創大閥」は存在しないことになる

原田会長の舵取りに不信を持っている創大生はたくさんいる
しかし、創大生でも職員、県幹部、議員は原田執行部サイドに立つ

そう考えると「創大閥」は本部内に存在しないことになる
ならば「創大閥」とは?
今、ここにいる弟子の心にある「閥」ではないか?

高野氏の記事により「隠れ創大閥」が市民権を得たように思う

それは、創大生であるか、どうかではなく
池田先生の精神に忠実であるか、どうかではないか?
原田執行部VS創大生を中心とするイケディアンの戦いであると思う

そういう戦いが水面下にあることを知り「我が意を得たり」と喜んでいる会員も多いだろう

原田執行部の舵取りに違和感を感じている人にとっては市民権を得た思いだと思うし、これまで平和の党公明党を支援してくれた友人達も喜んでいた

まさに「朗報」だった

 

青木黎子さん

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 2日(金)19時41分28秒
  先ほどお送りした青木黎子さんに関しての、先生の懇談の折の指導です。


◎五十二年七月十五日

れい子は女子部の鑑だ。
今は立派な理論よりもそういうことを残しておこう。

青木、吉田、中西━━この三人で今の十倍二十倍の闘いをした。
男に勝る戦いをした。

毎晩二時三時。愚痴一つ言わずに黙々とやった。
右翼に襲われて帰れないこともあった。

途中で亡くなる人が損なのか。残る人が偉いのか。

交通費もあげられなかった。食事もできなかった。

本部は八時に始まる。
れい子は毎朝七時に来て、全部、本部の掃除をやった。

一級闘士はすごい根性の持ち主だった。

本当の娘だ。一生忘れない。

日記が全部取ってあるので出版したい。

大功労者だ。完全に陰の人、裏の人だった。
ああいうときにあれだけやったのは男にだっていない。

五年が五十年に匹敵する闘いだった。

ロウソクのように忽然と消えた人を会長がこのように話しをしている。
幸せなことじゃないか。

そこに創価学会の精神がある。
伝統、歴史━━目に見えないことを知らせていく。


れい子の日記を全部読んだ。
一生懸命やった人が早死にして、やらなかった人が偉くなっていく。

それでいいのか?

創価学会は官僚的になって、本当にやった人が認められなくて。

それでいいのか?

ある婦人部に会った。
「お金はあるのか」と聞いたら、「ありません」と。

一生懸命尽くした人が何もなくて、そうでない人が社会的な力を得ている。
矛盾じゃないか。

「嘆くな。僕が祈る。僕がついている。それでいい。それで何もいらない」
と言ったんだ。

そういう精神を忘れてはいけない。

幹部同士の間で子供のことは言う必要はない。

自慢したりするのは本陣では陣中の戯れである。

近くに足の不自由な子がいるが、私はその子が一番かわいい。
それが大将だ。

恋愛して成功してゴールインした人よりも失恋して題目を上げて立ち上がる
人のほうが数倍かわいい。
同志の集いじゃないか。

自分のうちなんかめちゃくちゃでいいんだ。それが幹部だ。

「日蓮は泣かねども涙ひまなし」

一般はいいが最高幹部はそれではいけない。

一家主義になってはいけない。

うちはそう見えるけど全然違う。
いつも女房に言っている。息子達にもいつか嫁が来る。でも他人だよ。

孫もできるだろう。でも僕はかわいがらないよ。

その分創価学会の苦労した人をもっと大事にするよと奥さんに言った。

(奥様)私は会長に何も出来ない。だからせめて会員のことを祈ろう。
 だからせめて誰かいらしたらせめて何でもしてあげよう。


「教弥(いよいよ)高ければ位弥(いよいよ)低し」
平凡な庶民でいいんだ。

女房は私が死んだら四畳半で暮らすと言ってる。

学会の人が来たら、広宣流布のために戦う人だから私より偉い、大事にします、
と言っている。

家族のためではない。

妻子は報障だ。


嵐(慧子)さんとか青木さんとか、そういう人がいたから学会がある。

それを忘れてはいけない。
功徳を受けたとか家が建ったとかそれもいいけれども
その過程で死んでいった人がいる。

そういう人たちのことが忘れられない。
 

先生の御指導

 投稿者:こんにちは  投稿日:2016年12月 2日(金)19時35分51秒
  生涯広布 & 広布一筋様  ありがとうございます\(^-^)/

省略した部分を含め  再掲載させて頂きます

H3.2.14    海外派遣メンバー協議会

権力の魔性描いた「動物農場」

イギリス(スコットランド)のある哲学者の言葉に「無知は恐怖の母」とある。知らないから、おそれるし、まどう。英知の光で闇を払ってしまえば、何も恐れることはない。その「英知」のために、きょうも少々、語っておきたい。

イギリスの作家、ジョージ・オーウェル(1903~50管理社会の暗黒の未来を描いた小説「1984年」で署名
)。彼の代表作の一つに、寓話「動物農場」がある。長年、「人間」という暴君に支配され、しいたげられていた動物たちが、ある時、ついに革命を起こす。

「動物に自由と平等を!」一イギリスのある農場におこった、この《民主革命》は成功した。人間の農場主は追い出され、新たに「動物農場」の旗揚げをした。

原作を読んでいない人にわかりやすくするため(笑い)
)、かりに私どもの立場でいえば、人類の真の自由と平等のため、誤れる教えを捨てて、「広宣流布」の本格的な出発をしたような姿にたとえられよう。

彼らは、皆で決めた「動物主義」の原則にしたがって、自治を始めた。皆、幸せだった。誇りに燃えていた。「すべての動物は平等である。」この永遠の指針のもと民主的な理想郷をつく?のだ!人間たちからの逆襲も、全員の奮闘で見事、撃退した。

ところが一時とともに、平等の原則はくずれてくる。
それまで、動物みんなの合議で運営されていた農場が、いつしか、リーダーを自認する豚たちの手で、何もかも決定されるようになっていった。

初めはささいな変化だった。全員のためのミルクが、ある朝、こっそり消えたのである。やがて真相がわかった。豚たちが、自分のエサにまぜていたのだ。彼らは皆のリンゴも横領していた。豚たちは弁明した。詭弁では、誰もかなわない。

一われわれ豚は、リーダーとして頭脳労働をしている。農場の未来は、すべてわれわれの双肩にかかっている。そこで、いやいやながらも、ミルクをたくさん飲み、リンゴを食べて、栄養を取り、諸君の福祉に努めねばならないのだ、と。

自分たち《豚族》を敬い、大事にしてもらいたい。ミルクとリンゴをかすめとったように見えるかもしれないが一事実その通りなのだが一それもすべて農場のためだというのである。

ひとのいい動物たちは、皆、だまされた
いったんこうなると、あとは歯止めがきかない。ぶたは 特権階級になった。堕落するのは早かった。人間たちが残した豪華な家で眠り、きんじられている酒を飲み、昼間から酔っぱらっていた。苦しい仕事は、すべて動物たちにやらせ、自分たちは何といっても豚なのだから、偉いのだと胸を張った。

本来、他の人よりも苦労するゆえに、リーダーは尊敬を受ける。大切なのは、立場ではなく行動である。ところが、豚たちは、俺たちは特別なのだから、何もしなくても、また何をしても許され、尊敬されるべきなのだというのである。とうとう彼らは、根本原則の「動物主義」を勝手に修正した。

「すべての動物は平等である」一
このあとに、豚たちは、こっそりと、こう書き加えたのである。
ー「しかし、ある動物(豚のこと)はほかのよりも、もっと平等である」ー
自分たちの都合に合わせて、規約を少しだけ変更する。これが権力の常套手段である。,

その、ほんの少しの変更が悲劇的結末へとエスカレートしていく。そうなっては手遅れである。悪の芽は早いうちから徹底的に摘まねばならない。
他にも「どんな動物でも酒を飲むべからず」は「どんな動物と過度に酒を飲むべからず」に、「どんな動物もベッドに寝るべからず」は「どんな動物もシーツをかけたベッドに寝るべからず」に、「どんな動物もほかの動物を殺すべからず」は「どんな動物も理由なくしてほかの動物を殺すべからず」に、こっそり書き換えられた。そして豚だけが酒を飲み、安楽なベッドに寝、処罰と称して動物をころした。

特権階級になると権力闘争が起こるのは歴史の常である。学会のように、リーダーが本当に責任と苦労の立場であれば、だれも好んでなりたがるはずがない。(笑い)

豚たちも権力を争って仲間割れし、1頭のおす豚がライバルを追い出して、絶対的権力をにぎった。彼は「ナポレオン」と名乗っていた(笑い)。彼は、《批判》を許さない。命令に従わないものは、徹底的に迫害され、追放された。彼のやり方を疑うこと自体が、不遜な悪とされるにいたった。

「皆の幸せ」が目的であり、そのためのリーダーであったはずなのに、いつのまにか「リーダーの権威と権力」が目的になってしまっていた。


No.1
 

野菊のごとき青春

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年12月 2日(金)19時30分54秒
  『野菊のごとき青春』

青木 黎子(れいこ)さん

【広布の激流に黎明の光】

一冊の日記帳がある。
題して『黎子抄』。
青木黎子さんが死の間際まで綴ってきたものである。

それを親しき友人たちが一冊の本にまとめあげた。

昭和五十一年一月二十九日、ご両親に見守られながら黎子さんは
三十五歳で逝いた。

美しき瞳。美しき心。美しき青春の人であった。

一周忌に私は、ご家族とともに学会本部で勤行をした。

そのとき、黎子さんが綴られていた日記帳の事を聞いた。美しい字で
書かれた数冊のノートを、やがて見せていただいた。

そこには、病魔との戦い、『生と死』の葛藤、信仰の素晴らしさ、友情、
自己の使命・・・等々、日々の心境が曇りなく記されてあった。

ご遺族と友人たちの意向が実り、三回忌を記念して限定出版されたのである。
その香りしたたる一冊が私の所へも届いた。
昭和四十二年から四十五年までの闘病記がある。
こんな一節が目に止まった。

『昭和四十二年.二月二十四日(金).雨
注射。今日の雨で春を感じる。
まどの外に水仙の芽が出ているのを見つける。
なんという生命の不思議さ。強さ。
あの大雪の下に、あのとき、すでに発芽していたのだ。

なんとしても治るのだ。
一年前の私は毎日" 死 "との対決だった。』

東京・清瀬の病院。
武蔵野の早春に心の嵐と戦う、けなげな同志である彼女の青春を思うとき、
私の胸は熱くなった。

学会本部に勤務していたのは、昭和三十七年後半から約四年間と記憶している。
彼女は、あまり丈夫ではない小柄な体を駆使しての、日夜、私のそばで広宣流布
への戦いの連続であった。

彼女と最初に会ったのは三十七年初夏のころである。
女子部の代表との研修会があったときに、彼女のことを女子部の先輩から聞いた。
ある銀行の人事部に勤めていただけあって、まことに聡明で、誰からも
称賛される人柄であった。

懇談の折、『今までお世話になった人は?』と聞いた。
彼女は間髪を入れず六人の姓名をすらすらと言った。ふつう姓は言えても、
なかなか名前までは出てこない。

記憶力抜群の人とみた。
入信は昭和三十一年六月、十五歳のときであった。
都立白鴎高校の出身である。また女子部の部隊長としても活躍してきた。

『黎子抄』に、当時、共に職場で戦っていた多田時子さんが、次のような
追憶の記を寄せている。『ひとたび仕事の事になると非常に責任感が強く、電話の
応対や接客にもそつはないし、字も綺麗に書けば、あれこれと、どれ一つを取り
上げても見事にこなす人でした。

また何より素晴らしいと思うことは、どんな事があっても笑顔をたやさない人柄の
よい人でした。それは又、自己に厳しい強さを持っていたからかもしれません』
当時の学会は激流のような建設期にあった。

私も朝から夜半まで、多忙の連続であった。その為もあって、彼女は庶務部で同じ
ように遅くまで、その任にあたってくれたのである。私は幾度となく彼女の健康を
心配して早く休むようにすすめたことがある。

しかし、今にして思えば、彼女は自分の短命を自覚してのことか、最後まで繁多な
職場で自己の使命を全うせざるを得ない宿命的とも言える回転であった。

夜遅くなっても朝は誰よりも早く出勤した。
表面には疲れもみせぬ素振りであったが、東京の葛飾区からの往復は、さぞや
疲れが増していったに違いない。

最後までグチひとつこぼさず、全ての作業を一つ一つこなしきって行った。
模範的な若き妙法の乙女であった。

『一月二十六日(月) 晴のち曇.

S先生、回診あり。先日聞きもらした右上葉の一番難しい空洞のことを聞いたら、
消えているとのこと。
・・・なんということか、あんなガンコな病巣が消えているなんて。
御本尊の偉大さにただただ感謝』

昭和四十五年十一月、清瀬の病院を退院。結核もすっかり治した。
再び職場に復帰した彼女は、不死鳥のごとく活躍し始めた。
しかし、定業であったのであろうか、心臓が弱り、数年して、多くの後輩たちの
星となって逝いた。

彼女は、いまはの際に、か弱い体で起き上がり、厳として題目を唱えたあと、
横になった。そして母に向かって、『私には何の悔いもありません。広宣流布に
生き抜いたのですから世界一の幸福者です』と一言いった。

亡くなる寸前、私たち夫婦はせめてものお見舞いにと、サファイアの指輪を
贈った。彼女はそれを病床で指にはめ、ことのほか喜んでくれ『私が死んだら、
この指輪をはめてほしい』と母親に語っていたという。

一週間後、母親は彼女の希望どおり、合掌したその指に指輪を飾って霊山に
送ったのである。ご両親はいまなお葛飾の地で朝夕、黎子さんの写真を見ながら、
広布の庭に活躍している。

ただ、私が胸を痛めるのは、同じ年ごろの女性が結婚し、子供を育てる姿を見た
ときのご両親の気持ちはいかばかりであろうか、ということである。
彼女の生涯は自分なりに一つの主義主張に青春を賭けた、劇のような行動であった。

それはいわゆる表舞台だけではなく、辛労多き陰の舞台にも誇り高く走り、また
美しく咲き薫った名優であったといえよう。人によって短い人生というかも
しれない。しかし、彼女は幾十歳にも通ずる輝くばかりに充実しきった、黄金の
ごとき青春の生涯と自負していたことであろう。

多くの女子部の人たちが、野菊のごとき青春であったと口々に讃えたことは、
それを証明している。生命は永遠であるが故に、彼女は生きいきとした生命を得て、
この世に再び活躍していくことを、私は信じてやまない。

(昭和55年8月21日)
 

まなこさま、ありがとうございます\(^o^)/

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月 2日(金)19時21分7秒
  この遺伝子こそ、飢えと困窮から導き出される。原始共産主義思想も同梱です。

しかし、テクノクラート台頭でオカシナ階級闘争が始まり崩壊した。創価も同様に崩壊します。

レ・ミゼラブルのジャン・バルジャンが何故、困窮(飢える姉の子供たちのため)のためにパン屋の窓ガラスを破りバンの端に触れただけで19年間にわたる囚人生活を送る事になったのか?
困窮するファンテーヌが、何故身を売ってまでコゼットを守ろうとしたのか?
テナルディエ夫婦に虐げられ困窮するコゼットが、何故、ジャン・バルジャンに助け出されるのか?
祖父に家から追い出され困窮するマリウスは、どのように未来を開いていくのか?

この物語の展開は、全て人間革命にあります。
では、今連載されているの新・人間革命は?
違和感感じまくりの思い出話でトホホですね。
 

(無題)

 投稿者:-Q-  投稿日:2016年12月 2日(金)19時15分50秒
  ロマンさん、こちらこそかえって恐縮です。
小作人さん。いつもながら切れ味鋭い名調子に感服しました。
私の舌足らずな駄文を絶妙にフォローしていただき感謝にたえません。

荒野を切り開くような三氏の奮闘は、冷静に見極めて評価すべきものです。
三流週刊誌も書かないような某ブログ内容に一喜一憂するのもバカげた話ですね。

(なお、裁判上の手続きですから「参考人招致」なる用語は不適切で、私も以前の投稿者につられて使用しましたが「証人」とすべきでした。私の投稿はその部分を修正しました。為念)

 

二十一世紀への対話15

 投稿者:まなこ  投稿日:2016年12月 2日(金)18時05分38秒
  【池田】 おっしゃることの意味はよくわかります。そこで、さきに述べた“依正不二”の原理からいえば、宇宙生命それ自体に内在する力と法が宇宙の内奥から徐々にその働きを顕在化するにつれて、“正報”としての各生命主体が個別化し、同時に“依報”としての環境が形成されるということになります。
遺伝現象においても、このような観点から生物体と環境条件との相互関係に着目して研究を進めるならば、新しい方向が見いだせるのではないかと考えられます。
そうした新しい遺伝学を考えるための先例としては、精神身体医学などがあげられるでしょう。周知のように、従来の医学は物質(身体)と精神を分離する二元論を基本的な立場として発達してきました。しかし、精神身体医学は物質と精神との相互関係に目を開くことによって、まったく新しい人間生命の像を浮かび上がらせようとするものです。同様に、遺伝学にあっても、生命主体が――もちろん遺伝子の働きによる影響を受けながらも――その環境と密接な関係にあるという事実に立脚するとき、新たな貢献をすることになるのではないかと考えるのです。

【トインビー】 そうした新しい遺伝学が発達することは、今後十分に考えられることですね。
 

先生のお手紙、聖教珍聞の迷走ぶり(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年12月 2日(金)17時49分28秒
編集済
  毎度、キビシイ批評をされるカンピースさまほど、読んではいませんが(益々落ち込みマスから)もう、記事構成が支離滅裂で日刊辞めた方が良いですね。毎週、火曜日・金曜日のみ配達!当然、配達員制度、販売店は廃止。朝日でも毎日でも何処の新聞社に委託して、または郵送でやって下さい。

聖教本社廃止、支局も要らない。本部別館がコントロールして朝日とか毎日の記者使って取材させて電子版をメインに、どうしても紙新聞が欲しい会員のみに配達する。聖教本社は解体して、創価公達の特別養護老人ホームを建設する。次は、創価村内の土地・建物売却。超高級分譲マンションを建設して創価公達が皆住む。
先生の借家、旧会館建物は叩き潰してカジノを建設。信濃町駅直結で外国人もどんどん訪れるカジノゴールデン街、創価信濃村!先生が居なくなっても、カジノにGO!でイかれた公明議員やら海外SGI会員が大勢集う賑やかな創価村になる事間違い無し!この時、勃樹は頭に金髪カツラ被って、勃樹タワーマンション建てて、最上階でユカコとリッチな性活している事でしょう(-_-)

これが、未来の『いつも通りの信濃町創価村』です。人の賑わいが絶えない。昼と夜が逆転しますが、悪徳の者共は、太陽の光やら明るい処は嫌いです。今でも本部別館の暗がりでヒソヒソ話しながら、地下の査問室でタバコふかして居るのですから。

未来の『いつも通りの信濃町創価村』は、地下ゴールデン街が、地上に勃起してしまう訳ですね(-_-)
 

あれが正論?

 投稿者:フラフラ  投稿日:2016年12月 2日(金)17時14分30秒
  コラム日誌読んだけど、週刊誌記事以下だね。
あれ書いてるのG会員か、、情けない。
 

ゆみたにすけべえーw

 投稿者:真実  投稿日:2016年12月 2日(金)16時17分10秒
  ゆみたにすけべえw

頼綱

「急遽、取締り隠密同心に、“新鮮組”ならぬ“汚染組”を仕立てまして、その局長に、拙者のところで密かに養っております

弓谷助兵衛

を当てるつもりでございます」

「信濃藩家中見聞」 其の十三 ?投稿者:ヨッシー
?投稿日:2016年12月 1日(木)12時47分12秒   通報

http://6027.teacup.com/situation/bbs/60907
 

御礼

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年12月 2日(金)16時07分1秒
  虹と創価家族さん
ーQーさん
小作人@地上の発心 さん

私の疑問に対し、様々な角度から論じていただきありがとうございます。
取り急ぎ御礼まで。
 

正論

 投稿者:正論  投稿日:2016年12月 2日(金)16時00分17秒
  http://www.yanagiharashigeo.com/kd_diary/index.htm  

アベ政権ってどう?

 投稿者:宝剣  投稿日:2016年12月 2日(金)15時45分1秒
編集済
  休眠貯金を若者支援に活用する法案?
休眠と言っても10年とは短すぎないか?
1世代30年
せめて30年でいいのではないか?

なぜ、そんなに急ぐのか?
休眠と言っても国のお金ではない
あくまでも個人のお金である
口座名義人に葉書等でキチンと知らせて、それでもなんのアクションもない口座なのだろうか?
その上、カジノ法案とは!

公明の井上幹事長
容認し、自主投票と
流石、秋谷さんの覚えのめでたい方である

秋谷さんのイラク派兵容認し
「個々の判断に任せる」発言と瓜二つ

学会は2000年がピーク
秋谷さんのイラク派兵容認から下り坂になったと自分は思っている
公明を「平和」の党と胸を張って応援できなくなった
世の中を変える、良くしていくという「高邁な理想」の元から産まれた支援活動から
「功徳」を追いかける「乞食信心」に堕した

この辺りから会員、特に婦人部幹部の「如是相」が悪くなってきた様に思う
「学会仏」と呼べる相ではない
まるで「獄卒」のように目つきの鋭い幹部ばかりが大手を振って信濃町を歩くようになった
そんな婦人部幹部の姿を見るのが嫌で信濃町に行くことが激減した

カジノ法案
井上幹事長の言葉
あの時の秋谷会長の言葉と瓜二つ
公明もここから下り坂を落ちていくのか?

自民党の常識、当たり前は、国民の常識と違う
小池都知事は常に国民の常識に立ち、自民党の常識、虎の尾を踏み続けている

かつての公明党の姿が今の公明にはなく、小池さんにある
公明党が小池さんに協力して都民ファーストの視点に立つならば都議選は公明を応援する
しかし、自民党サイドに立ち続けるならば都議選は公明を応援しない

公明よりも小池氏に期待する

安倍政権
苛政は虎より怖し

国民よ目覚めよう!
そして、そんな政権にしがみついている原田会長
「大衆の味方」の公明を補完勢力にしているのではないか?

このままでは公明だけでなく、学会、日本が沈没してしまうのではないか?

公明は一体どこが、自民党のブレーキになんだ!
どこもブレーキ踏んでいないのではないか!
これでは先が思いやられる
憲法改正が待っているばかり





 

通行します様

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年12月 2日(金)14時33分37秒
  そうでしたね。勘違いしていました。ありがとうございました。  

役職

 投稿者:大樹  投稿日:2016年12月 2日(金)14時13分53秒
  12日 「池田先生」が祝電と聖教報道
27日 「池田SGI会長」が弔電と聖教報道

12日から27日の間になんらかのことがあり、
「SGI会長」と肩書きを戻す必要があったのだと推測する

せっかく「会則」で「先生」と棚上げしたのに?笑

秋谷名誉会長
原田SGI会長
谷川会長
が誕生した暁には自分は「非活宣言」する!

戸田先生が亡き後池田先生が会長に就任した
その時、全学会員が池田先生についていったのか?
多くの人が青年会長の誕生、特に就任式に参加した人を中心に爆発的に戦った

しかし、多少ついてこれない人もいたと思う
あれほど個性的な戸田先生故
その破天荒さに魅力を感じていた人は多いだろう
池田先生は絶対に戸田先生の破天荒さを真似しなかった
ここは本当に偉大である

戸田先生は実に愛情を込めて会員を「お前たち」と呼びかけた

池田先生は会員を絶対に「お前」と呼ばなかった
「皆さん方」と呼ばれた

戸田先生から池田先生になり、離れた人の数と
池田先生になってから増えた人の数
どちらが多いか?
圧倒的に池田先生が会長になられてから
激増している

それでは池田先生が名誉会長になり秋谷会長が長期会長をしていた最後
どちらが増えたのだろうか?
本来、子孫ができるのだから、自然増があるはずである
しかし、答えは?である
また統監上増えたとしても活動家は減っている
先生がSGI会長として海外メンバーが増えただけではないか?

それでは原田会長になってからは、どうだろうか?
激減ではないか?
原田会長になってから創価学会は何一つ発展していないのではないか?
会員数、活動家数その他

本来、自然増して当たり前

我が家も母が1人入信して父、子供達、孫達と広がり20人になった
これが普通ではないか?
池田先生が絶頂期に辞任されられてから40年
本来そこから自然増で10倍に広がってもおかしくないのではないか?

家族という一番な身近にいる人間に共感し、賛同してもらえない活動の仕方はどこかに大きな間違いがあるのではないか?

現場組織もそうだが、折伏意欲溢れる人がリーダーになるとその組織は発展する
反対に、打ち出しをこなすだけの人がリーダーになると沈滞する

誰が会長になっても同じと言う人がいるが、絶対違う!と思う
折伏精神、折伏意欲溢れた人に会長になって貰いたい

原田会長、あなたはセミナー等に行き、会員が連れてくる友人に折伏の応援したことありますか?

学会は折伏の団体
友人が来たら腕まくりして応援に行く人こそリーダーにふさわしい
友人連れて行っても応援にくる幹部がいないこと、いないこと、皆なんだかんだと理由をつけて逃げる

入会決まったら連絡してくれ!
なんて言い出す幹部さえいる

「魚は頭から腐る」
こんな無慈悲な団体になったのは「頭」のせいではないか?






 

痴呆老人と売文屋もどき

 投稿者:小作人@地上の発心  投稿日:2016年12月 2日(金)13時42分53秒
  ・柳原クンは自分のことを、何か書く度に訴訟沙汰になって売文稼業の信頼性を損ねていく“炎上芸人”だと、ある程度わきまえている。

  そんな自分を対ハタチ、対シュクボー、対アシガルカイ等々、執行部にとって目の上のたんこぶにぶつける飼い主・八尋ヨリオは、
  隠すべくもないボケ老人なのは明らかだから、あぶく銭の為なら執行部サイドに忠実な優等生を装って貰えるものは貰えるうちに
  貰っておけ、と毎日用意されたテキストをコピペする簡単なお仕事に従事しているだけ。傀儡のフリをしているただの守銭奴さ~。

・信濃町界隈その他の食法餓鬼連中は当然の事ながら一枚岩ではない。指令系統等が一元的だと単純に図式化して考えないほうがいい。

  取って付けたような“先生”呼称、大白巻頭言での役職を外した呼び捨て表記、その他諸々、現場のまともな一般常識のある人ならば
  怒るか困惑するのが当たり前の事をわざとやってる確信犯。先生の健康状態や「執筆活動」の実態も、件の3人がとうにブログ他で
  ばらしてるんだし、事実上、信濃町サイドも黙認して末端まで浸透させていると見て取るのが自然。早晩、嘘がばれるのが分かって
  いるから、冗談抜きで上級国民ならぬ上級幹部のお歴々は海外逃亡の準備に怠りない。原田氏らが病身老躯にムチ打っていそいそと
  外遊を重ねるのは逃亡ルートの確保のため。ミノルとユミコで“マルコス夫妻”感がハンパないが、むしろ金魚の糞でくっついて行く
  随行員が自分と家族の将来を案じて老人どもをおだてながら生活保全に必死なだけ。保身と私利私欲のとんだ日蓮“世界宗”だわな。

ーー要は、執行部一同の深層心理として「もう信濃町という“聖地”は存在しないと思ってください。我々の実態と本性はお見通しでしょ?
  小林キョージュがおっしゃる通り、それぞれが今いる場所で池田先生直結の本来の創価学会を各人各様のやり方で立ち上げていって
  ください。押し広げていってください。皆で仲良くね。とうの昔に魂の牢獄に入っている我々は罵詈雑言を浴びながら、どことなく
  淋しい微笑みを浮かべながら皆さんの前から消えていきます。どのみち最高幹部は棺桶に片足突っ込んでる痴呆老人しかいないし」
  ・・・ということです。
  世の中には自分が入ることになる墓穴を延々と掘り続けて死を猶予される奇怪で珍妙な人種が存在する。それが学会幹部の面々。
  『悪魔を憐れむ歌』を口ずさみながら丁重に葬ってやりませう。

だから、参考人招致云々の件については-Q-さんのお見立てが正鵠を射ている。「一部原理主義者の迷妄を醒まし」て、今ここにいる
私たち一人ひとりが自立した信仰者、若く美しくなった池田大作を己心に現出させて“永遠の未完成”たる池田思想のアップグレードに
日々努めれば良いのです。『それからの山本伸一』を描きつつ自身が山本伸一の精神を明瞭に体現していけるかが問われているのです。
  
 

ボケカス反板の記録係さ~ん

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年12月 2日(金)13時04分9秒
  「私たちは、学会の永遠性を確立する今だからこそ小説『新・人間革命』から真実の師弟の道を学び、命に刻んでいきたい」

名文ありがと~(笑)

では、ボケカス反板の皆さんは、随筆、新・人間革命の嵐の4・24からナニを学ぶのかな~

ぜひ愚鈍なる小生に教えてね~(笑)
 

大傑作劇場・・

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年12月 2日(金)12時32分31秒
編集済
  大笑い・大笑い・信濃藩家中見聞

藩中で大傑作激情劇を起こすでしょうね・・わっはっは大賞2016年決定・

ありがとうございます・・ホントにもう・笑いが止まらず・・クス・クス・イッヒッヒです。

ハリウッドから、世界に配信決定です・・おめでとうございます。


ペンギンペンギンペンギンペンギンペンギン
 

「カジノ法案」ろめぐるハムの対応

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年12月 2日(金)12時25分48秒
  井上幹事長が異例の発表、「個々人の判断に任せる」とはいったいど~ゆうこと?

まあ本音部分でいえば、「そんなの、しらね~よ」といったところでしょうか、

安倍政権肝いりの「カジノ法案」。ギャンブルをされない諸兄は分からないかもしれませんが、

所詮ギャンブルは胴元が儲かるのデス。では胴元はいったい誰か?ってことです。

公営ギャンブルになりますので、胴元は国家です。すなわち国が一番儲かるのデス。

胴元(国家)は税収不足を補うことを第一とし、国民(庶民)の依存症とか、連なる問題には

目を瞑るという、国家主体の法律でしょう。

一例を言うと、公営ギャンブルには、競馬・競輪・競艇がありますが、その真向に存在するのがパチンコです。

現在、パチンコは「射幸心を煽る」といった理由で、メーカー、店舗に厳しい規制が入っています。

ところが、公営ギャンブルと称されるものは、なんの規制もありません。CMバンバン流して、射幸心煽りまくっています。

これが現実です。胴元が国家ならば大賛成、胴元が民間ならば大規制、ここに問題の根本があるような気がします。

公明党のスローガン、大衆の党、庶民の党の看板は降ろされたものといっていいでしょう。

所詮は、与党のうまみを吸い、権力の側に着くしかないといったところでしょうか。

 

ヨッシー様、ヽ(^○^)ノ

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年12月 2日(金)12時07分46秒
  信濃藩家中見聞面白いヽ(^○^)ノ

本にしたい。寸劇にしたい。いやいやアニメにしたい。いやいやテレビで取り上げてくれないですかね

勃樹とか来年の流行語大賞に成ったりしてヽ(^○^)ノ

 

虹と創価家族様

 投稿者:宝冠  投稿日:2016年12月 2日(金)11時59分30秒
  全面的に賛成します

先生は度々、公明党の自立を促しておられました
同様に自分達弟子にも自立を期待しています

原田会長が主張する「独自性」ではなく、先生のご指導を心肝に染め実践する人
その人は自立している人になります
なぜならば先生が自立した人材にしようとスピーチして下さっているからです

彼等は事実をブログに更新しているのだと思います
しかし、事実と真実は違う
彼等が伝えたい真実は事実の羅列では曲解し、歪められる恐れがあります

世間は原田会長になんの興味もない
池田先生にしかない
そして、池田先生を貶めることにしか興味がない人が世の中にどれほどたくさんいることか!

彼等には「革命的警戒心」を常に持ち、呉々も弟子として、先生を貶めることがないように慎重に行動して欲しいと願います

外国人記者クラブといえば、あの信平信子が会見した場所
仇打ちをお願いします
 

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