山本一郎です。毎日幸せに暮らしています。
ところで、先日来のDeNAのキュレーションメディアについては、健康情報サイト「welq(ウェルク)」を中心にDeNAパレットと称された10個のうちMERYを除く9個のサイトをCEO守安功さんが謝罪とともに非公開化したと発表がありました。
個人的には、いまのDeNAにできる最大限のことで、守るべきところは守ったという点で、英断だったと思います。ぎりぎりの判断をされたDeNA経営陣は凄いなと思いました。
代表取締役社長兼CEO 守安功からの一連の事態に対するお詫びとご説明 | 株式会社ディー・エヌ・エー【DeNA】(DeNA公式サイト 16/12/1)
「がん」などのインターネットの検索結果で「信頼できる医療情報」を手に入れるために知っておきたいこと(ヤフーニュース個人 朽木誠一郎16/10/24)
無責任な医療情報、大量生産の闇 その記事、信頼できますか?(Buzzfeed Japan 16/12/1)
先日、簡単に経緯をまとめた記事はこちらです。
DeNAがヘルスケア絡みのキュレーションメディア商売で大炎上(ヤフーニュース個人 山本一郎 16/11/28)
ネットで流れるデマ医療情報やニセ科学とSEOの関係については、この方面の大御所である辻正浩さんが「自殺」をキーワードに上位表示に打って出たことを指摘したことに端を発するわけでありますが、およそ一か月余りでwelqは非公開とDeNAによる謝罪で序盤の攻防を終えることになりました。その後、話題は「こういうビジネスがアリか無しか」や「ネットで流通する情報の正確性はどう担保されるべきか」といった方面に移ってきたわけであります。
「[死 にたいでSEOされたwelq(運営:DeNA)の大きな問題」](作成者: @tsuj)
そのDeNA守安さんについては、TechCrunchのインタビューで興味深い発言を連発しています。
DeNA守安氏「認識が甘かった」ーーWELQに端を発したキュレーションメディアの大騒動(TechCrunch Japan 16/12/1)
ー過度とも言えるSEOによるグロース施策を実行していた人物として、キュレーション企画統括部の部長の名前が具体的に挙がっています。
それぞれのメディアには担当者がいて、グロースハック部とメディア部がどう絡み合っていたのかは分からないのですが、私を含め「SEOを重視しよう」という方針で運営していました。村田(やまもと註:村田マリ女史)が責任者でいて、配下の部長が数名いる中の二人だったという認識です。
ー事業のキーマンの採用は現場の采配によるところが大きかったということでしょうか。
メディア全体の方針やモラル的な問題に関しては私に責任があると思っていますが、現場の判断に関しては村田の判断が大きいです。
ーただ、社内外からSEOの手腕に関して「ちょっと強引じゃないか」という声も挙がっていたと伺っています。
報道を見るとそういう面もあったのかなと思いますが、社内の中では把握していませんでした。
そうですか。
社内の中では把握していませんでしたか。
実は、当時DeNAがPalette事業をやったり、バイラルメディアで問題起こした人物らがグロースハック部なる部門でDeNAの“活躍”が問題視される2年ほど前の、2014年11月に、MERYやiemoで他社画像投稿サイトで掲載されている画像や図版、文字などの剽窃、無断利用について、事業統括であった村田マリ女史に直接「これは問題ではないか」と問い質していました。
ちなみに、村田マリ女史のDeNA加入はこういう経緯です。ちょっと悪意ある書き方かなとも思いますが、事実関係はだいたいこんな感じです。
DeNA(2432)と村田マリ氏とその夫(本間 真彦氏)に利益相反は無いのだろうか?(カツシン!! VIPE(電子タバコ)初心者 16/12/2)
その村田マリ女史が運営していたiemoというサイトをDeNAが買収したわけですけれども、何と言っても、当初はPinterstなど画像投稿サイトなどから4万件以上の剽窃、無断利用が判明していたので、さすがに問題ではないかと思ったわけですね。
その際には、村田女史から「(DeNAの)法務に相談し、社内の対応も急ぎで進めています」との回答があり、実際に、その後画像投稿サイトからの直接リンクや剽窃、無断盗用が一部削除になり、きちんとご対応いただけた、という認識でおりました。その意味では、私どもの打診について村田マリ女史にお話しさせていただき、内容をしっかりと理解していただいたうえで、具体的に法務と検討され、社として問題の投稿を削除対応されたということです。その意味では、DeNAもきちんと考えてくれるのだな、村田マリ女史も良く対応してくれたな、という心証でおりました。
ところが、実際に今回非表示化されたDeNA Paletteの13万以上記事や、「別組織だから」と温存されたMERYの全ページを検証してみると、やっぱり商用ではない外のサイトから画像をそのままぶっこ抜いてきて、テキストつけて記事にしていることが分かります。GettyImagesなどフリー素材サイトもかなり含まれてはいますが、MERYという媒体の性質上、よりオリジナリティの高い画像を利用する必要があり、ネットで検索した画像を適当にもってきて記事にしている、ということなのでしょう。
現存しているMERYの記事の、少なくとも約2割強にあたる460件ほどが、権利関係が不明確な剽窃や無断利用と思われる状態です。MERY自体は、Buzfeedも指摘するように8割以上の記事が削除されていますが、それでもなお、これだけの問題のある記事が残っている、ということになります。投稿者の責任であるとして、プロバイダ責任法で逃れるとしても、そのような問題のある記事を投稿させてそこに広告を貼ってビジネスをすることが果たして是か非かという論点はどうしても残ります。
DeNA疑惑の画像まとめcsvお持ち帰り用(dropbox csvファイルです)
DeNA の「MERY」は問題なし? 記事9割削除に広告代理店やライターも困惑(Buzzfeed Japan 16/12/2)
たぶん、DeNAも分かっていてこれらの記事を残しているのかなあと思うのは、どことは言いませんが、大手広告代理店などが広告や精読率などの効果測定するために使っているタグを残さなければならないページばかりだからでしょう。これらの話は組織的なステルスマーケティングの問題とも言えます。残っている記事の一部は、投稿サイトを装いながら実質的にはペイドコンテンツであるという疑いが濃厚だからです。ここから推測するに、MERYを本来ならば非表示化するのが筋なのに理由をつけてそうしないのは、一連の事業はDeNAが主体的にやっていたものとはいえ、上流にモラルの低い大手広告代理店がくっついて、クライアントビジネスをしていたからではないかと予想されるわけです。
そして、この画像の剽窃や無断利用とセットで語られるのが、“SEO対策をされた“記事群です。すでに具体的な社名が上がっていますが、クラウドワークス、ランサーズ、シュフティといった、マイクロビジネスの受け口がエンタープライズ向け記事集稿システムを担っていたと見られます。実際に、記事集めの責任者がいて、ウェブメディア向けの営業を繰り返し行っており、そういうマイクロビジネスを使ったライティングの元締めとなって、古き良き編集プロダクションの競合になるぐらいの勢いでありました。次に謝罪があるとするとこっちの方面ではないかと思うところもあります。
問題となるのは、1文字あたり1円にも満たないという単価です。正業のライターでこんな値段で請ける人物などいないでしょうし、またライター志望や副業であったとしても一定の品質を保ちながらこれだけの量を生活の足しにするほどに入稿するのは不可能です。
しかしながら、実際にこの手の記事の量産を担っているのは、だいたいにおいて人間ではありません。「サクラ」であり「肉袋」である、コピペロボットです。
もしも、いまお手すきでしたらこの記事を読み終わった後で「リライトツール」と検索していただければすぐわかります。ネットでは、1万5,000円から高価なもので4万円程度のソフトウェアが売られています。どれも万全なSEO対策、作業時間短縮といった機能が並び、これらのソフトを購入してきちんとチューニングすれば、クラウドワークスなどから提示される執筆のレギュレーションを満たし得るサイトから元の文章をソフトウェアに流し込むだけで、10万種類以上のリライト文章を生み出すことができます。
この手の定番ソフトを売っている大手ベンダーのサイトでは、「1秒で2,000文字を自動的にリライト」とか「当ツールは1000文字に対して40箇所くらいは普通にリライトします」などといった、とても魅力的なパワーワードが並んでおり、小遣いに悩む主婦や暇な学生のハートをがっちりキャッチするわけであります。
IAX研究所(webarchives)
さらに、これらのシステムを転がすだけではネットで記事を探し回ったり、複数のサイトの記事をつなぎ合わせるなどいちいちマウスをポチポチやらないといけません。なので、コピペとリライト作業をもっと効率化するために「お目当てのキーワードを入れるだけでネットから品質の高い記事をコピーしてきてリライトソフトにぶち込んでくれるBOT」が出回ることになります。その威力で申しますと、BOTとリライトソフトの組み合わせで一日2時間サーバーを転がすだけで300本ほど約2,000文字の記事が出来上がります。
最盛期は漁場が空いていたこともあり2,000字の記事が一本1,100円ほどで水揚げされていました。記事を微調整するバイト君の人件費を除けば一日の利益が300万円も夢ではないという世界だったため、みんな群がって、DeNAもこりゃいいってことでどんどんサブカルや自動車などジャンルを増やしてDeNA Paletteとして10サイトも作ったんだと思います。他のICT企業も目をつけて参入が相次いで、競争が激化してしまったために今年の夏ぐらいから一本当たりの文字数を増やすよう指示があり、またリライトツールが浸透して入稿数が増えたためか、単価も2,000文字600円ぐらいまで下落する豊作貧乏なレッドオーシャンの世界になってしまったわけであります。
残念ながらBOTは一般には売られていませんが、これらのBOTが流通している背景は、いまはもうなかなか儲からなくなった出会い系サイトの運営技術があります。スマートフォンが出てくるまでは、出会い系サイトにやってくる下半身がいきり立った男性が大量にやってくる夕刻や深夜前の時間帯に、大量のスケベメッセージが送られてくるのをすべてバイトで雇った「サクラ」の女性が思わせぶりなチャットを返してあげることでサイトの収入の根幹を担っておりました。
収益性を考えるとサクラをやってもらうのは概ね50代60代のおばちゃんなのですが、ガラケーの画面の向こう側の事情などお客様には分かりませんから、男性たちは従量課金でせっせとスケベメッセージを送り続けます。ただし、概ね40秒以上返信を待たせると、男性たちが通信を切ってしまう可能性が高くなります。もっとも繁盛する時間帯にこれをやられるときついので、登板するのが自動返答機能付き「サクラ」であり、「肉袋」と呼ばれるシステムです。
ところが、出会い系サイトが一般のチャットや無料掲示板に置き換えられ始めると、徐々に廃業するところが出てきます。LINEなどで出会えてしまうようになると、儲からなくなってくるのです。大手のYYCが我らのmixiに身売りしたのですが、それでも、古き良き出会い系サイトのシステムは生き残り、「実際に会わなければほとんど人間が応答しているのと変わらない」レベルにまで精度が上がっているのが実情です。特定の固有名詞やジャンルのない一般的な会話であれば、リアルタイムに二時間でも三時間でも引っ張ることができます。
このシステムが人工知能ブームで技術革新をおおいに進めました。生物の進化において真核生物がミトコンドリアを取り込んで酸素を呼吸し始めたようなものです。ウェブから引っ張ってきた文章をリライトしただけの大量のコピペ記事を、クラウドワークスなどからDeNAに送り込むと、アクセス情報が広告代理店に流れ、これらがクライアントのステルスマーケティングの根幹を担うというネット業界的大スペクタクルへと発展していきます。テーマに沿った画像をネットで見つけてきて引っ張るツール、一人で大量の記事を納品するとバレるので架空のTwitterIDやChatWorkと紐づけるツールや、アカウントへの業者からの問い合わせに自動返信するツールまでついているので、対個人取引で必要なマイナンバーの提示を求められない限り安全です。
で、これらの仕組みをDeNAはご存知だろうと思います。今回の謝罪の前に説明しましたから。GoogleというスーパーパワーのロジックをハックするSEO技術の根幹には、長年下半身をしごき続けてきた男たちの財布に裏打ちされたソリューションが脈々と生き続けてきたと思うと感動の熱い涙が溢れるのを止められない気分になります。
問題の核心は、やはりウェブメディアの品質問題って私たちが思っている以上に深刻なんだということです。
どんなにコピペ記事の品質が低い、DeNAのビジネスはけしからんと既存のウェブメディアが拳を振り上げたところで、この問題が起きるまでは、日本にあるあらゆるウェブメディアよりもDeNA Paletteの仕組みは収益性が高く、多くのユーザーに読まれていました。その中でも、画像が無断利用されたうえに記事の品質が低いにもかかわらずMERYが飛び抜けて収益性が高かったのは理由があります。SEOだけでなく相応のリピート読者を獲得し、広告代理店がしっかりとついて多くのクライアントが広告を出稿していたからです。読者がたくさんいて、広告を出しても買われるから、広告が出続けるんですよ、品質の低い記事でも。
真面目に取材し、記事を執筆し、画像を選び抜いた記事よりも、ネット上のつぶやきや引用、取りまとめをして簡単な編集をしただけの記事の方が読まれているという現実は、DeNAを叩くよりも前に各ウェブメディアが胸に手を当てて真摯に反省するべきところではないかと思います。
それとは別に、これだけのことを医療情報でやらかしたDeNAが、ヘルスケア事業や医療情報を扱うサービスを手掛けてよいのか、という論点も出てくるでしょう。ただ、ウェブメディアビジネスのカラクリの一部を知る者として、正しい情報を担保する努力が圧倒的な収益性の前に負け続けることについては、意外と指摘され語られることも無かったように思うので、たまにでもいいので「情報の質を高めるために、私たちは何をするべきか」というテーマを思い出していただけると嬉しいです。
なお、タイトル画像で起用した質の高い書き手、鳴海淳義さんの魂の叫びはこちらです。
MERYの学芸大学駅お出かけ記事をめぐる冒険 エピソード4 - Blog @narumi(narumi BLOG 16/1/2)
あしたも幸せな一日が来るといいなと思っています。
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