イタリアのレンツィ首相は過信して勝ち目をつぶすかもしれない。同氏は、憲法改正の是非を問う4日の国民投票を自身に対する信任投票にする道を選んだ。その結果、有権者がこの案を否決する可能性が極めて高くなった。否決は、いくつもの理由から、残念なことだ。あらゆる面を考慮すると、国民投票で提案された改憲による改革はイタリアに恩恵をもたらす。改革が失敗すれば、一時期、同国に政情不安をもたらすだろう。それに耐える余裕はイタリアにも欧州にもない。さらに言えば、レンツィ氏は政策ミスにもかかわらず、イタリアや欧州に貢献する力を持っている。
国民投票で改憲案が「否決」され、同氏がその場合には辞任するとの愚かな公約の実施に移れば、事態はさらに悪化するだろう。自身の政治的な誤算で混乱を招いた場合、同氏は留任して事態の収束に最善の努力をすべきだ。
対抗勢力にとり、国民投票を利用して首相を追い落とす計画はなんとも魅力的だ。また、イタリア国民の多くは、金融危機後の深刻な景気後退で受けた経済的な打撃に対して怒りの声を上げる機会をさがしている。
こうしたことから、国民投票で問われる中身は二の次となっている。改憲案には異論もある。地方政府が持つ権限の大半を中央に集中させることを提案しているが、これは主要プロジェクトの認可が地方の段階で阻まれているとする企業には安堵をもたらすものだ。地方の議員や市長から選ばれたメンバーから成る、いわゆる小さな上院を新たにつくると、その説明責任が真に問われる。上院の権限を縮小しても、何らかの形で直接選挙制を残すのが良いだろう。
とは言え、こうした懸念は改憲で問われる、そのほかの提案に比べれば重要ではない。同国が強く必要としているのは、断固とした経済改革を進めるための、より効率的な政治制度だ。欧州の他の主要国にならい実質的な一院政に移行すれば、現在の行政の行き詰まりは緩和されるだろう。現行制度は戦後の長い時期、機能していたが、この20年余りは失望をもたらしている。
国民投票が否決された場合の影響は誰も分かっていない。だが、同国は難しい岐路に立っている。同国の銀行はユーロ圏の金融制度の弱い環だ。モンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナやウニクレディトといった大手銀行は増資の最中だ。不安定な市場や無能な政府のもとでは、こうした取り組みは損なわれ、銀行部門の改革が遅れることになりかねない。
「否決」は、レンツィ氏に対抗する勢力を率いるユーロ懐疑派の2大ポピュリスト政党「五つ星運動」や「北部同盟」を大胆にするだろう。そうなれば、2018年に予定されている議会選挙でポピュリスト政党が政権を取るリスクが高まる。
だが、最大のリスクは、長期的な打撃だろう。レンツィ氏は不完全な改革者だったが、新たな道筋を示す努力をしてきており、イタリアには変わる覚悟があることを世界に示している。また、同氏は、自由貿易への支持を決然と示した欧州に二人とないであろうリーダーだ。国民投票の否決で同氏の首相生命が絶たれた場合、ほかの政治家らは、レンツィ氏の改革政策は選挙民に受け容れられない自殺行為だとみなし、その路線で再び選挙に臨む政治家はほとんど出ないだろう。同国政府の運営に残るのは野心のないテクノクラートぐらいとなろう。投資は先細りし、衰退がじわじわと押し寄せるだろう。
このような理由から、レンツィ氏は、自身の将来を賭けた改革案が有権者に否決されたとしても、留任すべきだ。同氏がまず最初に取り組むべきなのは、18年の選挙を律する選挙法について徹底的な議論を通じて合意を形成することだ。政治的な代償は払うことになるが、面目をつぶす屈服を味わう政治家は同氏が初めてではあるまい。そうした決意がなければイタリアは、国民投票で欧州連合(EU)離脱決定後の英国を襲っている政治空白の二の舞を経験することにもなりかねない。それがイタリアにとって最善の利益であるはずがない。
(2016年12月2日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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