鉄道の線路を所有する会社と、その線路の上を走る列車の所属会社が違う。この形態には3つのパターンがある。「直通運転」「上下分離」「オープンアクセス」だ。このうち、上下分離とオープンアクセスは似たような考え方である。しかし、目的と運用が大きく異なる。そもそも日本にはオープンアクセスの事例はない。
【相互直通運転の仕組み】
オープンアクセスについて、日本の鉄道の実情に合っているか、採用の可能性はあるか。それも今後議論されるべきだ。しかし、その前に相互直通運転と上下分離の違い、上下分離が始まった背景を知っておきたい。
●営業の主体は変わらない「直通運転」
ある鉄道会社の車両が、他の鉄道会社の線路に乗り入れる。これが直通運転だ。例えば、小田急線の終点は小田原駅だけど、ロマンスカー「はこね号」は箱根登山鉄道に乗り入れて箱根湯本駅に着く。小田急ロマンスカーの「あさぎり号」は、JR東海の御殿場線に乗り入れる。新宿や町田などからの乗客が、乗り換えなしで箱根の入口の駅まで行ける。
もっと身近な例を挙げれば、大都市の地下鉄と私鉄の直通運転がある。大手私鉄の沿線を地下鉄の電車が走っている。あるいは、地下鉄の電車が大手私鉄の線路を走る。地下鉄を介して、トンネルの向こう側の大手私鉄の電車がやってくる。あまりにも当たり前すぎて、利用者からは「違った色や形の電車が走っているな」という認識かもしれない。でも、よく見ると車両の所属会社の名前やロゴマークが入っている。お互いに直通運転しているから、相互直通運転と呼ばれている。
便利で、今では当たり前のような光景だけど、特殊な運行形態だ。なぜなら、日本では長らく、鉄道会社と言えば、線路と車両の両方を保有し、列車を運行する会社とされてきたからだ。
●鉄道会社が車両を貸し借りする
この直通運転の仕組みはどうなっているか。車両は直通しているけれど、営業面では、境界となる駅できっちりと線を引いている。A鉄道、B鉄道の線路があれば、乗客が支払った運賃は、それぞれ境界の駅を基準とし、乗車した距離に応じて分配される。どの会社の車両に乗っても関係ない。A鉄道線内だけ乗車して、その車両がB鉄道の所有だとしても、運賃はA鉄道のものだ。B鉄道には支払われない。
しかし、これは乗客がきっぷを買う視点の話だ。実は鉄道会社間で精算が行われる。上の例の場合、乗客はB鉄道の車両に乗ったわけだから、B鉄道の車両の使用料が発生しないとおかしい。しかし、乗客一人一人について、乗った車両まで判別すると大変な手間になる。そこで、A鉄道とB鉄道が車両を貸し借りした契約にする。A鉄道でB鉄道の車両を運行した場合、A鉄道がB鉄道の車両を借りたとみなし、車両使用料を払う。
ただし、これも面倒な話だ。何時何分の列車がどの区間を走ったか、その距離に応じた車両使用料をその都度精算するなんて実に手間だ。そこで物々交換を行う。列車はダイヤで運行予定を決めているから、あらかじめ、「A鉄道の線路をB鉄道の車両が走る距離」と、「B鉄道の線路をA鉄道の車両が走る距離」が等しくなるように車両を手配する。これで貸し借りナシ。いちいち現金で精算して銀行に支払う手数料もナシだ。それでもピッタリ同じというわけにはいかないから、ときどき「精算運転」が行われる。いつもA鉄道の車両を使うけれど、今日だけB鉄道の車両にする。
先に挙げた「あさぎり」の場合は、小田急の車両だけがJR東海に乗り入れるから、JR東海側に小田急への車両使用料が発生している。お互いの切符の売り上げから相殺するとか、それなりの精算方法がとられているはずだ。
●線路の保有会社と列車の運行会社が異なる「上下分離」
上下分離方式は、線路を保有する会社と、列車を運行する会社が常に異なる運営方法だ。地方ローカル線問題で出てくる用語である。日本では「線路を自治体が主体とする会社が保有し、列車の運行を別会社が行う」という事例が多い。営業は列車を運行する会社が行うから、利用者は列車運行会社の路線だと思って乗っている。しかし実際は、運行会社が線路保有会社に線路使用料を支払っている。線路使用料は車両の走行距離や重量などによって契約される。
上下分離方式は鉄道に限った話ではない。施設と運行を別会社が行うという意味では、バス、トラック、飛行機、船舶も同じだ。
バスやトラックを運行する会社は道路を保有していない。道路保有者に使用料を払っている。高速道路ではその保有者に料金を支払う。実際には高速道路会社も管理運営だけで、施設保有者は日本高速道路保有・債務返済機構という上下分離方式だ。運行会社を含めると、高速道路に関しては上中下方式だけど、ここでは中下は一体として考える。
一般道では距離に応じて精算しているわけではない。しかし揮発油税、自動車重量税、自動車税、自動車取得税などの税金を支払う。道路使用料という名目ではないけれど、道路保有者の財源になる。揮発油税は一般財源化されるまでは道路特定財源となっていて、まさに道路使用料の性格だった。
船舶運航会社も自社の港を持たない。国や自治体などが保有する港や管理湾内に入る際は、港湾使用料、施設使用料を支払う。航空会社も空港を持たない。着陸料、ターミナルビル使用料などの空港施設使用料を支払う。港湾と空港の収入は船舶や航空機の利用料が主体となるけれど、保有する自治体や国の政策によって定められる部分がある。
例えば、航空便を誘致したい自治体は空港使用料を安くしたり、タダにしたりする。道路については私たちマイカーも利用するわけで、料金を取らない自治体管轄道路は税金で保守整備や建設が行われる。
●鉄道だけが不公平だった
道路、港湾、空港。どれも、そこにかかる保守経費をすべて運行会社に負担させているわけではない。ところが、鉄道については線路施設もすべて鉄道会社が保有するという建前だった。この原則は1872年の鉄道開業から1986年の鉄道事業法施行まで114年も続いた。
鉄道関係者から見れば、「これはズルい」となるだろう。飛行機は空に金を払うわけではないし、船も海に金を払わない。バスやトラックも道路の保守費用をすべて負担するわけではない。ちなみに、バスやトラックが専用の道路で走ると、これは法規上「鉄道事業」となる。立山のトロリーバスや名古屋のガイドウェイバスが該当するけれど、かなり希少な事例だ。しかも自社で保守負担するから、気持ちは鉄道関係者と同じ。トロリーバスやガイドウェイバスから見れば「一般道のバスはズルい」と言っていい。
陸海空の違いはあるにせよ、どれも公共交通機関である。なぜ鉄道だけがかかわる設備のすべてを保有し、負担しなくてはいけないか。特にバスとトラックだ。同じ陸運の仲間ではないか。不公平にもほどがある。やってらんない。いや、実際にやってらんないとばかりに、鉄道を止めてバス鞍替えした地方鉄道会社はいくつもある。
1986年の鉄道事業法で、鉄道会社がすべてを管理運営するという方式が改められ、新たに「線路保有会社」「運行会社」という考え方が定められた。従来のように上下一体の鉄道会社は「第一種鉄道事業者」である。これに対し、他者のために鉄道施設を建設し譲渡、または鉄道施設を保有し貸し付ける会社は「第三種鉄道事業者」だ。「第二種鉄道事業者」は線路施設を持たない。第一種または第三種鉄道事業者から施設を借り、線路施設使用料を支払って運行する。
つまり、第二種鉄道事業者が「上」、第一種または第三種鉄道事業者が「下」を担当する。上下分離方式を実現するための法律だ。制定のきっかけは国鉄の分割民営化だ。JR旅客会社が線路を保有し、JR貨物が運行のみを行うために作られた法律である。
この法律を使って、地方ローカル線の救済が行われた。線路施設を道路と同じように自治体が保有する。保守費用も負担する。だから鉄道会社は列車の運行と営業のみ担当すればいい。鉄道運行会社の役割と負担を、できるだけバス方式に近づけた。現在、赤字に苦しむ地方鉄道のほとんどで、この上下分離方式が実施、または議論されている。JR北海道もその例外ではない。
●なぜ鉄道「不公平政策」が続いたか
鉄道開業から114年にわたり「鉄道の費用はすべて鉄道事業者が負担する」という仕組みだけだった。実際には鉄道国有化の流れがあり、国が鉄道を負担した時代がある。しかし民間鉄道については鉄道会社負担の原則だ。それはなぜか。
簡単に言うと「鉄道がもうかったから」である。明治5年に新橋~横浜間で鉄道が開業した翌年の数値を見ると、年間の旅客収入は42万円、貨物収入は2万円、経費は23万円。つまり利益は21万円だ。利益率約5割。こんなにおいしい商売はない。もちろん沿線は活気づく。鉄道はもうかる。そこで全国の資産家や有志が鉄道建設に乗り出した。
当時の国は「鉄道は国策であり国営であるべき」と考えていた。これは軍事輸送の観点も大きかった。しかし、利益の出る国営事業として独占したいという気持ちもあったと思われる。しかし、全国の幹線鉄道を整備する資金が明治政府にはなかった。そこで、どうしても鉄道を開業したいという者に対して、国が免許を与えた。
ここから、民間鉄道は自己資本で鉄道を建設し、政府は免許を与えるという図式が始まっている。しかし軍部の要請で1906年に鉄道国有法が施行され、北海道炭礦鉄道、日本鉄道(関東・東北方面)、山陽鉄道などが買収された。しかしこれは戦時買収のような屈辱的な条件ではなく、かなり良い値段で買い取られた。
そうなると、勢いで建設した小さな鉄道会社も、政府に買い取ってもらおうと売り込み始める。その中には、初めから国に買い取ってもらうという前提で鉄道建設に着手したり、免許を取得した会社もあった。運行しなくても、政府に売り払うとしても、結局、鉄道はもうかる。それは政府も承知だった。鉄道はもうかる事業ですよ、だから自己責任でやってください、という考え方が定着した。
そしてなぜか、100年以上も経過して、この考え方のみ国策で改められていない。国営鉄道は赤字で失敗した。本当はこのときに鉄道はもうからないという認識を持つべきだった。そして、上下分離を実施し、鉄道と他の交通手段との不公平を解消すべきだった。
それを「民営化したからこれからはもうかる」と勘違いし、鉄道会社の自助努力に任せるという風潮につながった。鉄道事業法によって免許制から許可制に緩和され、国の関与は小さくなった。建設許可も出しやすいけれど、廃止の許可も出しやすくなった。
鉄道が主役だった時代が終わり、物流政策は鉄道、道路、航空、船舶をすみ分けた設計が必要だ。上下分離制度という救済策が作られただけで、下の部分をどうするかという問題を放置すれば、鉄道の不公平感は払底できない。
民間の自由競争を重んじるといえば聞こえは良い。しかしそれと放任主義は違う。鉄道で言えば、国道に相当する区間は国、都道府県道に相当する区間は都道府県、市道に相当する区間は市が保有し整備する。自由競争は、公平な立場にある者同士で行われるべきだ。
(杉山淳一)
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