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三笠宮がのこした 「生前退位論」 - 森 暢平(成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科准教授)

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女性天皇、皇族の結婚にも提言

では、女性天皇についてはどうか。ここは、若干歯切れが悪い。将来的には認めてもいいが、現状は難しいと言っている。それは、「今の女子皇族は自主独立的でなく男子皇族の後に唯追随する様にしつけられてゐる」ためである。だから、「今急に全国民の矢表に立たれるのは不可能でもあり全くお気の毒でもある」と言うのだ。これは、東久邇宮成子内親王、孝宮和子内親王ら、現在の天皇陛下の姉たちを念頭に置いた記述だと思われる。仮に、昭和天皇が退位して、どちらかの内親王が天皇となっても、務まらないであろうという実際論である。

しかしながら、「今や婦人代議士も出るし将来女の大臣が出るのは必定であつて内閣総理大臣にも女子がたまにはなる様な時代にな」れば、男女共学のもとで学んだ女子皇族の個性も男子皇族と「だんだん接近して来る」であろうから、そのとき今一度、女性天皇の問題を再検討すべきだと言っている。あれから70年。女性首相は出現していないが、女性の大臣や知事は珍しいことではなくなっている。そうした意味では、現代においては三笠宮は女性天皇容認論者と言えるのかもしれない。

さらに、三笠宮が皇室典範の政府案で批判したのは、男子皇族の結婚が自由でなく、皇室会議の議を経なければならないという規定である。これについて、三笠宮は「抗議を申込む」と強い調子で反発した。新しい民法では「婚姻に親の同意さへ必要としなくなつた」ので、「当然皇族も同様に取扱はるべきである。皇族だけこの自由を認めないのは皇族の人格に対する侮辱である」とまで書いている。その理由は、「愛といふものは絶対に第三者には理解出来ないし、又理論でも片付けられないもの」だからであるという。

こうした規定が設けられたのは、皇位継承の可能性のある者が、それにふさわしくない配偶者を選ぶことを防ぐためであった。これに対して、三笠宮は「之からの皇族は小さい時から男女共学となり、指導に依つては立派に自分自身で皇族の配偶者としてふさはしい立派な人を選び得る」と主張する。

三笠宮はさらに皇族の性教育にまで言及する。「従来の皇族に対する性教育はなつて居なかつた。さうしていざとなつてから宛も種馬か種牛を交配する様に本人同志の情愛には全く無関心で家柄とか成績とかが無難で関係者に批難の矢の向かない様な人を無理に押しつけたものである」。5人の子供に恵まれた三笠宮自身が妻、すなわち百合子妃との結婚生活がうまくいっていなかったとは思えないが、1941年のこの結婚は自分の意思とは関係のない決定であったことは確かである。皇族の務めが、皇位継承者確保のための子孫を残すことであるとするならば、皇族の側から見れば、種馬か種牛にすぎないとなるのだろう。これもまた、皇族だからこそ、書ける表現であった。

現在の議論をどう思われるか

さて、こうして提出された三笠宮の意見書はどう扱われたのだろうか。結論を先に言えば、まともに取りあげられなかった。枢密院では、11月13、14日の両日、皇室典範案について小委員会で審査が行われたが、三笠宮の意見書が枢密院議員に送られたのはその後の11月18日である。そして22日に3回目の審査が行われ、政府案を帝国議会に提出することが認められた。この間、意見書の内容が議論された形跡はない。

そもそも三笠宮は昭和天皇と微妙な関係にあった。天皇はこの年春の段階で、自らが退位しない理由として、弟宮たちについてつぎのように指摘していた。「秩父宮は病気であり、高松宮は開戦論者でかつ当時軍の中枢部に居た関係上摂政には不向き。三笠宮は若くて経験に乏しい」(木下道雄『側近日誌』3月6日条)。退位すれば、皇太子(明仁親王)が即位するが、まだ12歳のため摂政を置く必要がある。しかしながら、3人の弟宮は誰もふさわしくないと昭和天皇は言っているのだ。30歳の三笠宮を「若くて経験に乏しい」とした評価が正当なのかどうかは疑問だが、信頼をおいてはいなかったことがうかがえる記述である。

三笠宮は6月8日の枢密院本会議でも、新しい皇室典範の制定に皇族がかかわれないことに対して、「皇室の事は矢張り皇族が一番よく知つて居ります。……皇族の典範改正参与について慎重の考慮をお願ひする次第であります」と発言。さらに日本国憲法の制定手続きに異議を唱え、その意見が採用されないと会議を退席した。昭和天皇の侍従、入江相政は「非常にお上(昭和天皇)も遺憾に思召された由。……どうして皇族はかくもお上をお苦しめするやうなことばかりされるのであらうか」(『入江相政日記』同日条)と嘆息交じりにつぶやいている。

昭和天皇や宮内省官僚とは異なる独自の意見、いわば不規則発言を繰り返す三笠宮に対して、宮内省も枢密院も手を焼いていたのである。意見書が取り合ってもらえなかった理由はまさにそこにある。「異端者」を自称する三笠宮は、聞いてもらえないことは分かっていながら、皇族の責任として文書を提出したのであった。

ひるがえって、現在の生前退位議論はどうか。有識者会議が発足したとはいうものの、一部の憲法学者、歴史学者、ジャーナリストなどの意見を聴取しただけで、本格議論をつくしたという形にはなっていない。今回の事態を特別法で乗り切り、議論の広がりを避けようという安倍政権の意向が見え隠れする。現在の天皇陛下の「生前退位」の方向は、70年前の三笠宮の主張の通りに進みそうではあるが、宮様が、結論ありきの議論の進め方をみたら、やはり異議を唱えたのではないか。

天皇・皇族の基本的人権について三笠宮は考え続けた。しかし、紀元節問題以降、政治的発言は控えるようになる。自由に発言し続けた三笠宮の潔さは、象徴天皇制の形が固まった高度経済成長期以降、あまり見られなくなる。皇族はロボットなのか、人間なのか―。法律ではその答えがでないことを悟った三笠宮なりの処世術だったのであろう。ただ、現在の生前退位問題をどうお考えになるのか、亡くなる前にその見解を聞きたかったのは、私だけであろうか。

もり ようへい 1964年生まれ。京都大学文学部史学科卒業後、毎日新聞社に入社。1998年毎日新聞社を退職後、CNN日本語サイト編集長、琉球新報ワシントン駐在記者などを経て、現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)がある。

<激論! 退位は是か非か皇室と日本人の運命いまこそ考える>

●今上天皇「おことば」に込められた皇太子へのメッセージ 保阪正康

●専門家ヒアリングで語りきれなかったこと 今谷明

◎皇室典範どこまで変えるべきか 木村草太

◎それでも生前退位に反対する 八木秀次

●皇室を維持したいなら「自由」と「平等」を 井上達夫

●ドキュメント生前退位・退位報道の裏側「キーマン」はなぜ消えた? 山口敬之

●平成流「公務」の原点・伊勢湾台風と雲仙・普賢岳 大久保和夫

◎一級史料に新たな光 - 三笠宮がのこした「生前退位論」森暢平

◎平成のご聖断とトランプ現象 片山杜秀

●退位表明に宿る「死と再生」の叡智 山折哲雄

「おことば」私はこう聞いた 中野翠 譲位はゆっくり/鴨下信一 ホームドラマと象徴天皇/渡辺京二 人情と覚悟/山崎正和 浩宮の始球式

●近代天皇がたどりついた平成の「人間宣言」 三谷太一郎(元宮内庁参与・東大名誉教授)

●天皇・皇后両陛下「愛の歌」 永田和宏

●生前退位という活字に衝撃を受けました - 美智子皇后祈りの旅路 宮原安春

<皇室の危機歴史の証言>

●近代天皇の「身」と「位」 黒沢文貴

●「女帝」「退位」で激論新「皇室典範」は三ヵ月半で作られた 井上亮

●儀礼担当者が語る「平成の大礼」の舞台裏 三木善明

●取材陣が1000人!「代替わり」メディア戦争 山下晋司

◎皇室問題が「炎上」するとき 辻田真佐憲

●幻の「裕仁法皇」退位問題の近現代史 浅見雅男

●天皇を知れば日本史がわかる 本郷和人

<若手論客の「新天皇論」>

●空っぽの「象徴」 浜崎洋介

●天皇の生前退位問題を遠眼鏡で見る 伊東祐吏

●天皇の「政治 」力 村上政俊

●合理性なきGHQ遺制を脱却せよ 小川榮太郎

◎「家長」としての陛下 先崎彰容

◎「御一新」を歓迎する 古谷経衡

●エマニュエル・トッドが語る「天皇・女性・歴史」

●山内昌之×佐藤優 大日本史④ 日米対立を生んだシベリア出兵

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