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会津大学 准教授 寺薗 淳也

アメリカの冥王星探査機「ニューホライズンズ」が、昨年7月14日、冥王星に最接近しました。

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当時の世界的な熱狂ぶりもいまや忘れ去られているかも知れませんが、冥王星についてのデータは、ゆっくりと送られ続けていました。
そして、10月27日、ニューホライズンズのチームは、冥王星最接近時のデータをすべて地球に送信し終わったと発表しました。最接近から実に1年以上かけて、データが地球に送られてきたのです。

ニューホライズンズは、いま地球から光の速度でさえ5時間以上かかるところにいます。これだけ遠いところから送られる電波は地球に届くときには弱くなってしまい、そのためデータを送れる速度は非常に遅くなってしまうのです。
送られてきたデータの量は50ギガバイト。DVD約10枚ほどです。その中に、最果ての天体の謎を解く多くの秘密が隠されているはずです。
これまでにどのようなことがわかったのか、いくつかのデータをのぞいてみることにしましょう。

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こちらは、冥王星に存在する「ライト山」という山の写真です。世界で初めて、飛行機による飛行に成功したライト兄弟から名前が取られました。
写真ではあまり高そうにはみえませんが、高さは約4000メートル、直径は160キロもあります。そして特徴的なのは、山に存在する火口のような大きな穴です。
この穴から、ライト山は冥王星に存在する火山だと思われています。ただ、なにが噴出したのかはよくわかっていません。
火山といっても、吹き出しているのは何らかの氷であることは間違いありません。水の氷なのか、他の物質の氷なのか、あるいはもっと柔らかい、半分固体のような物質なのか、それはこれからより詳しく調べる必要があります。

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この写真は、冥王星に存在する、雲と思われる写真です。
冥王星には、薄いながらも大気があります。薄さは地球の大気の6万分の1というものです。大気は98パーセントがチッ素からなっており、青い色であることもわかってきました。
ニューホライズンズが撮影した冥王星の大気の写真の中に、雲らしいものが写っていることがこのほどわかりました。もしそれが雲だとすれば、冥王星の大気は、その中で対流や気象現象が生み出されている可能性もあります。これほど低い温度の天体での気象現象は、まだまったくといっていいほどわかっていません。研究はすべてこれからということになりそうです。
ニューホライズンズは、冥王星の衛星についてもその素顔を明らかにしました。

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この写真は、冥王星最大の衛星、カロンです。
カロンは冥王星の大きさの半分ほどもあります。その大きさと近さから、冥王星とカロンとは「双子の天体」であるとみなすことも多いようです。実際、互いに及ぼす引力の作用などは、お互いの地表などに大きな影響を与えているようです。
ニューホライズンズが撮影したカロンの全体写真は、冥王星と同様、驚くべきものでした。そして、冥王星と同様、「氷に閉ざされた特徴のない天体」という先入観を完全にひっくり返してしまいました。
真っ先に飛び込んでくるのは、カロンの赤道付近にある巨大な峡谷です。大きさはアメリカにあるグランドキャニオンをも超えるというスケールです。直径が1200キロ足らずの天体にこのような巨大な地形が存在するということは、過去に何か劇的なことが起きたことを伺わせます。
その他にも、深い谷や高い山など、冥王星よりもさらに小さな天体にも関わらず活発な地質活動が存在することを示す証拠が次々にあがっています。ひょっとするとそれらは、冥王星との相互作用によって発生しているのかもしれません。

そして最近、これまでに集まったデータから、かなり驚くべき発見が出てきました。
どうやら、冥王星の地表の下には海があるようなのです。

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この発見は、冥王星のハート型の地形がどのようにしてできたのかを説明するものです。
最近になって科学雑誌『ネイチャー』に発表された論文によれば、この地形は、冥王星にかつて大きな天体が衝突してできたものと考えられます。衝突によって表面が溶けますが、表面はチッ素などの氷でできているため、衝突でできたクレーターの中はチッ素の氷と液体の水で満たされてしまいます。そして、極めて低温の環境でこれらがすぐ凍り、表面が平らなクレーターができ上がる一方、地表の下には氷の海が残されるというシナリオです。

冥王星、そしてその衛星に関する私たちのイメージは、この1年で完全に覆されました。かつて私たちは、このような最果ての天体は氷に閉ざされ、動きもほとんどない天体だと考えていました。しかし、ニューホライズンズのデータが明らかにしたのは、それとは全く違う、驚くほど活動的な姿でした。
巨大な山、大気中の雲、衝突の跡、地下に海が存在する可能性。そして極低温という環境の中で多様な物質が織りなす様々な動き。冥王星は衝突や火山噴出などの活発な活動を経て今に至った、というのが、ニューホライズンズのデータを見た我々科学者の新しい冥王星への見方です。

しかし、大量のデータの本格的な解析はこれからです。科学者たちはおそらく何年もかけて解析を進めていくことになるでしょう。今後も新たな発見に、私たちは驚かされることになりそうです。

ニューホライズンズの冒険は、これで終わりではありません。
チームは、次の旅に向けて準備を進めています。その目的地は、太陽系の外側に広がる天体、カイパーベルト天体です。
カイパーベルト天体は、理論で予測されていたものの、その存在がなかなか発見されてこなかった天体です。しかし、観測技術が向上し、1990年代から相次いで発見されてきました。そして、冥王星もそのような仲間の天体であると考えられ、それが冥王星を惑星から準惑星へと分類を変更する理由にもなったのです。

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ニューホライズンズが向かおうとしているカイパーベルト天体は、2014MU69という、仮の名前で呼ばれている天体です。
この天体について現在わかっていることは、非常に赤いということです。また、大きさは直径45キロ程度と非常に小さな天体です。まったく未知の天体といっても過言ではないでしょう。
この天体にニューホライズンズが最接近するのは、あと2年少し先、2019年1月1日です。そのとき、私たちはどのような世界を目撃することになるのでしょうか。
ニューホライズンズは、まだ誰もが見たこともない世界へと、旅を続けています。

地球からはるか離れた天体の姿を撮影しても、私たちにはなんの利益にもならない、そういう人もいるでしょう。
しかし、私たちの子、孫、その子供といった、はるか未来の世代は、いつか冥王星へとたどり着くでしょう。人類が好奇心というものを持つ限り、人類の宇宙への進出は続きます。そしてそれはやがて冥王星にも達するでしょう。そのとき、彼らは私たちの探査機が得たデータを使うはずです。
今の利益ではなく、次の世代、さらにその次の世代の利益を考える。宇宙開発とは、私たちが次の世代にどういう世界を渡していくのかを考える、よい機会でもあるのです。

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