文春砲が炸裂したユニクロのブラック疑惑。1年の潜入調査の結果は?
本日、発売された週刊文春のユニクロに関する記事が話題を呼んでいます。今回の取材を行ったのはフリージャーナリストの横田増生氏、2011年に書籍「ユニクロ帝国の光と影」を発表し、長時間の過酷な労働環境やサービス残業の実態を明らかにした人です。その後、ユニクロから恫喝的(通称 SLAPP訴訟)とも言える名誉毀損訴訟を起こされ最高裁判所まで争い勝訴しています。
その後、ユニクロの柳井社長がインタビューで語った以下のメッセージに応えるように、(苗字を変えて)アルバイトに応募し、実際のユニクロの3店舗で1年間働きながら潜入取材をした結果を今週号で公表しています。
「悪口を言っているのは僕と合ったことがない人がほとんど。会社見学をしてもらって、あるいは社員やアルバイトとしてうちの会社で働いてもらって、どういう企業なのかをぜひ体験してもらいたいですね。」
そして、今週号の週刊文春では「依然として残る長時間労働と人手不足」、「ユニクロ感謝祭期間での過酷な勤務の実態」等が明らかされています。読む限りでは、2011年当時と比較して、ユニクロの『国内での』労働環境は改善しているようです。ネット上で発見できる「元ユニクロ社員」のブログなどでも、サービス残業も意識改革や自主的な取締によって大幅に減っているとの証言があります。
そして、横田氏のジャーナリスト魂に感動を覚えるとともに、ストーリー・取材記としても、とてもおもしろかったです。
私は恐らく多くの日本人と同じくユニクロを長年愛用している一人です。ところが、これもおそらく他の消費者も感じていると思われる、「背後に潜むストーリーが悪い企業の製品は使いたくない」というような感覚が年々増しています。要するに、労働力の搾取や各国な労働環境が存在したり、環境に配慮しない生産をする企業の商品を購入する事を敬遠するようになってきたのです。
ユニクロは「リサイクル」、「難民への衣料の提供」や「動物の苦しみが少ないダウンの生産」といったCSR活動や、地球環境や動物に配慮のある生産に取り組んでいる事を個人的に知っていたので、一定の信頼をしていましたが、今回の報道をキッカケに「ユニクロって本当はどうなの?」ということを調べてみることにしました。
すると、知らなかった(恐らく日本では積極的に報道されない)ユニクロの実態が浮かび上がってきました。
世界のトップアパレル企業になったユニクロの現状
ユニクロの現状をさらっとおさらいします。ユニクロの現在の地位を知ることでどれだけのパワーを持ち、責任を持つべきなのかを把握しておきたいと思います。
画像:ユニクロ
ユニクロ(親会社はファーストリテイリング社(以下、FR社))は、世界でも指折りのトップアパレルメーカーになりました。Forbesが2016年5月に発表した「世界のトップ20アパレル企業」でも日本企業で唯一名を連ねています。2016年8月期の売上高は1.7兆円を超え、店舗数は海外で958店舗、国内を足すと1,000店舗を超えています。売上高が2兆円強のZARAやH&Mといったライバル企業に迫りつつあります。筆者の実感としても、ユニクロのグローバルへの進出度の高さは、海外に行った時に感じます。東南アジアでもアメリカでも困った時にユニクロの店舗を探すのは難しくありません。
個人的にユニクロの製品のクオリティの高さで印象深いエピソードがあります。アメリカの西海岸で生活をしていた時にフランス人の友人と買い物に行きました。ユニクロの店舗を現地に発見したので、彼を連れて入店。当時、彼はユニクロを知らなかった(パリにはユニクロがあるのですが)そうですが、彼は手に取ったユニクロの商品のクオリティの高さとその価格に驚き、大量に購入していました。以後、半年程の滞在で1000ドル程ユニクロで買い物をしたそうです。パンツ(下着の方)に至ってはほとんどがユニクロになったそうです。
画像:Wired
グローバル展開の順調さから見ても、世界的に見てもユニクロのコストパフォーマンスは高く認められているのです。筆者はユニクロも競合のH&MもZARAも購入しますが、多少の差はあるにせよ、共通しているのは「ハイクオリティでロープライス」です。そして、ユニクロはクオリティにおいて群を抜いてる印象があります。しかし、ユニクロが提供するような990円で良質なセーターが生産できる背景には「徹底した企業努力と残酷な搾取」が紙一重で存在している可能性があるのです。
横田氏の2011年の書籍でも「ユニクロの中国工場での生産の背景に潜む劣悪な労働環境問題」が取り上げられています。ユニクロは批判を受けて対策に乗り出したそうなのですが、その後どうなっているのでしょうか。この件について英語の情報ソースに当たってみることにしました。
ユニクロは近年海外でもブラックな労働環境について非難され続けている
画像:SACOMのレポートより
ユニクロのラベルを見ると「Made in China」が目立ちます。ユニクロの中国での生産に関する問題を調査・指摘し続けているSACOMが2015年に出したレポートによるとユニクロは生産の70%を中国で行っているそうです。このSACOMはStudents & Scholars Against Corporate Misbehaviourという2005年に設立された香港を拠点にするNGOでグローバル企業が関与する社会問題を労働問題を中心に取り上げています。過去にはアップルやディズニーに対しても調査を行い、公表を行った実績があります。
SACOMは2014年の初めごろからユニクロの調査を開始したそうです。その手法は今回の文春と同じように潜入調査です。このレポートは2015年に公表され、当時日本でもSACOMとヒューマンライツ・ナウが共同で記者会見を開いた事から記事が残っています。そして、「東洋経済オンライン」と「iRonna」、「ハフィントンポスト」等が報じた記事を発見しましが、大手新聞社のニュースサイト等は検索に引っかかる事はありませんでした。(※取り上げていないか・SEO的な問題かは不明)
レポートの中では、ユニクロの工場(ユニクロが自社基準で”良質”と公に認めた2つの工場をピックアップしたそう)を調査した結果、4つの労働環境や労働者の権利に関する問題を指摘しています。
- 長時間労働と低い給与
- 危険な労働環境
- 厳しい管理体制と罰則システムの存在
- 代表を持たない労働者の弱い立場
これについては、iRonnaの記事にも要旨がまとまっていますが、『今年2016年9月にSACOMが公表したビデオ』が特にわかりやすいです。親切にも(ユニクロが日本企業だから)日本語字幕が付いているので、5分ほどで問題点を把握することができます。
※動画が見れない方の為に一部抜粋します。
有害な化学物質の使用による危険な労働環境の実態や、
ユニクロの対応姿勢について皮肉たっぷりに語られています。
この動画は今年2016年の9月に公開されています。わずか3ヶ月程前です。2011年の横田氏の書籍の発表から5年経った今でも、問題は継続しており、このような「気合の入った動画」が作成されてしまうことから、この問題の根深さやユニクロの問題解決への期待が大きいことが伺い知れます。
SACOMが作成したユニクロの中国での労働環境問題についてのレポートは、今年の8月に最新のものがリリースされています。このレポートでも、問題の全容や経緯を紹介するとともにSACOMが指摘し続けた4つの問題点のその後のモニタリングの結果を紹介しています。
こちらはモニタリングの結果として、「改善された点(左)」と「改善が行われていない点(右)」をまとめています。上の表から見ると安全な労働環境の整備や賃金についての問題が中心的に残っているようです。
この未解決な問題の一部については、ユニクロは2015年の時点から問題の存在を否認し続けているそうです。問題であると認めなければ、対策はしなくて良くなります、だから未解決とされる点が多い。
この点について、レポート内では以下のように言及されています。
“Fast Retailing admitted to SACOM’s findings of rights violation, after conducting its own independent inspection of both factories: ‘We confirm that, regrettably, the inspection found several problems including long working hours.’ 28 Fast Retailing, however, disputed SACOM’s other findings stating that these were 'differences of opinion’.”
参考:該当のレポート
ユニクロはこのレポートへのレスポンスとして「中国のユニクロ取引先工場における労働環境の改善に向けた弊社行動計画について」を速やかに公表しています。そして、問題の存在を認め、対応策を公表する一方で、SECOMの調査には相違点があると指摘しています。その一例として残業の割増賃金の問題があります。残業代の支払いルールや最低賃金の定め方などの点で双方で認識が一致していない模様です。
レポートを通して感じるのは、動画に加えて、レポートもかなり気合が入っている点です。デザイン的にもリッチで全28ページに及びます。冒頭で出た柳井社長の発言や、ユニクロの改善への姿勢が、ジャーナリストや調査団体のプライドに火を付けているのではないかと感じてしまいます。
また、この団体はユニクロに対して「サプライヤーの工場のリストを公表してほしい」と要求し続けているようですが、ユニクロは拒否しているようです。
“War on Want is standing with garment workers to demand supply chain transparency from UNIQLO, who refuse to publish their supplier factory lists.”
これは、更に詳細な調査をされると目も当てられない労働環境の工場が出てくる事を恐れているのでは、と勘ぐってしまいます。ユニクロは自社でサプライヤーへの調査を行い、重要な違反があった企業との契約を打ち切る等の対応をしています。これは「労働環境モニタリング結果」として公表されています。
実は、その数字だけを見ると年々増加の傾向にあります。E評価は「取引見直し対象に値する極めて悪質かつ深刻な事項」に該当しますが、2013年に4件だったのが2015年には19件に増加しています。全体の件数でも294件から472件に増えています。これは調査体制が適切に機能し始めたとも言えるでしょうが、外部のSACOMのような団体に徹底的に調査された時に、大きなレピュレーションリスクに発展する危険が僕でもわかります。参考:FR社のCSRレポート
2011年に横田氏が柳井社長に対して中国の工場への取材許可を要請した際も、以下のように拒否したそうです。
「光と影」著者の横田増生氏によると、柳井社長へのインタビュー後に「中国の工場を取材させてほしい」と頼んだ際、それまでにこやかだった柳井氏は表情を険しく変えて、こう返してきたという。
「ダメ、ダメ。それだけは企業秘密に関わることだから絶対にダメです。(スペインの)ZARAだってどこだって、それだけは見せない。われわれが行ったって、見せてくれないんですから」
やはり、中国の工場の実態は(理由は違うが)見せたくないようです。万が一、ユニクロの全生産の70%を担う、大量の中国の工場で、立て続けに「38度の灼熱な労働環境」のような証拠が出てきたらユニクロのブランドを酷く毀損することは間違いないです。
画像:SACOMのレポートより
もしそうなったら、柳井社長の「働いてみてから悪口を言え」が、ジョークで済まなくなってしまうのです。「これじゃ、働けないよ・・・」と。
ユニクロの立場からこの問題を考えてみる。リッチなCSRリポート。
ここまで、一方的な批判になってしまっているので、反対の立場からも考えてみます。
※ここからは、完全に筆者の憶測です。FR社への取材も行っていないですし、公開されている資料の内容にも基づいていません。
この問題は間違いなく、アパレル業界全体やグローバル化が進んだ資本主義社会における共通の問題です。つまり、ユニクロだけが抱える問題ではないということ。値上げ路線で失敗し、低価格化路線に戻った、ユニクロにとって、賃金を上げたり、サプライヤーへの支払いを増やすなどといったコスト増による利益率の低下は苦しい。更に、円高の進行によって、親会社であるFR社は為替的にも苦しい状況に。生産現場における労働者の労働環境を改善する為に、積極的な経済的・リソース的な投資をすることは躊躇する気持ちはわかるのです。
そして、上の動画にあったように、工場の多くはあくまで「委託先で別法人である」ということです。完全な監視や強権的な権利行使は難しいし、サプライヤーへの支払いを増やしても、労働者に還流しない可能性もある。中国の労働市場にとっても、賃金やマネジメントコストが急上昇して外資が撤退してしまうことはマイナスな側面もあります。アメリカの最低賃金の引き上げ問題と同じく闇雲に労働者の待遇を上げる事がベターとは限りません。そもそもサプライチェーンのフルコントールはユニクロのような大企業であっても、現地の国内政治や法律、経済状況が複雑に絡みあう問題で難易度が高いのです。
参考:FR社のCSRレポートより
と、書いてみました。いかがでしょうかね。当然、「ユニクロは言い訳できない程のパワーがある」と言う意見もありますが。ここまで掲載した、画像やリンク先からもわかるように、ユニクロは毎年かなり熱心にCSRのレポートを発表しています。これを読むと「ユニクロは積極的にCSRに取り組んでいる印象」を受けます。しかし、紙面だけからは、実態がわからないからこそ、横田氏やSACOMのように一次情報に触れに行こうとする方々には頭が上がりませんね。ジャーナリストやメディアの必要性をここに強く感じます。
ユニクロはブラック?に関しての総括
個人的に結論付けるとすれば、「ユニクロの海外での生産について未解決の問題はまだある」、一方で、「ユニクロの中国の問題への解決姿勢は一部不誠実だが、CSRの取り組みは全体的には結構熱心(もしくは脚色が超絶うまい)」といった印象を受けました。
日本を代表する企業になり良質な洋服を手軽な値段で提供するユニクロには今後も頑張って欲しい一方、個人的には「もう少し値段が高くても買いますよ!!」と言いたいです。しかし、市場の競争は素人が外部から想像し得ない程、厳しいのでしょうね。更に、ユニクロは超成長志向なので、「多少の犠牲は付き物」と考えているのかもしれませんね。
※過去に読んだ、柳井さんの経営方針に関する本ではこれが印象的でした。実用的。
実は、ユニクロは今年の決算発表にて、単なるアパレル企業を脱却して、「情報製造小売業」を目指すことを発表しています。「IoTを製造やマーケティングに積極的に活用し効率化を進め成長をしていく」ということだと思いますが、この過程で生産における問題の把握や可視化ができるようになると良いですね。工場の(高温な)温度や有害ガスの発生の検知、労働者の出退勤・労働時間の把握なんかは、センサーの設置やIoT環境を整備して、データ収集すればできるはずです。それこそ、仲が良いソフトバンクとか日本電産(柳井氏と日本電産の永守氏はソフトバンクの役員です)と協力すればできそうです。
2016年は、企業(特に大企業)が社会的な責任の放棄やモラルハザードを起こすと燃える例が増えていますね。電通の長時間労働による過労自殺やDeNAのウェルクによる法令違反や信頼性のない医療情報の拡散、パクリ等々。
なんだか、バッシングしているのか、褒めているのか、応援しているのかわからない記事になってしまいましたが、こういうニュースをキッカケに企業について調べてみるのはいい勉強になりますね。笑
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