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■南十字星の下で

 初めて海外特派員として駐在した国は、フィリピンだった。マニラ支局に着任したのが1999年だから、もう17年も前になる。以来、ローマ、ジャカルタと回り、シドニーは4カ所目の海外支局になる。

 この17年間で、特派員の仕事も少し変わったように思う。たとえば、現地で助手を雇用する時は、特派員の主な仕事として3種類くらいを説明している。①突発で起きた事件・事故の速報②特集などのための時間をかけた企画③担当地域以外で起きた大事件・大事故などへの反応や影響の取材、といったところだ。

 内容に変化はないが、このうち③は、17年前と比べて間違いなく増えた。他国で大規模なテロ事件が起き、それに対する非難声明を担当する国の政府が出すパターンが多い。2001年に米国で同時多発テロ事件が起き、その後にイラク戦争へ突入してから始まった流れだ。悪い意味で、大事件もグローバル化している。

 こんなことを書くのは最近、オーストラリアと直接関係はないものの、その影響を考えさせられた「事件」が二つ、あったからだ。英ブレア政権が03年にイラク戦争に参戦した経緯などを検証した独立調査委員会(チルコット委員会)による報告書の公表と、南シナ海問題でのオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所の判決である。

 特に、チルコット報告書はオーストラリア的観点から見ても、かなり驚きの内容だった。「米国が世界の保安官なら、オーストラリアは副保安官だ」の発言で知られるジョン・ハワード元首相(76)は、イラク戦争でブッシュ米政権を全面的に支えた。それは知っていたが、「重要なのはブレア氏とブッシュ氏だけ。ハワード氏は国内向けに声が大きかっただけだろう」と高をくくっていた。

 ところが、公表された260万語もの膨大な報告書には、ハワード氏についての記述があちこちにちりばめられていた。ハワード氏の発言力や存在感は当時、かなり高かったのだ。

 たとえば02年8月、ハワード氏はブッシュ氏に、「世論の支持を得るためには国連安全保障理事会決議が必要だ」と助言している。また、ブレア氏とは03年1月、国連安保理決議なしでも開戦するべき「期限」を決めることで同意。その約2週間後、ブレア氏と朝食を共にしたことなども報告書に記されていた。

 公共放送の豪ABCテレビは7…

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