「セクシーだ」とわたしは言った。
完成したばかりのダイニングテーブルをアスファルトの上に置いてみた。
初冬の朝日に照らされた無垢材の天板が真新しく輝き、汚れたアスファルトの上に佇んでいる姿が何とも言えず美しかった。
思わず出た言葉が「セクシー」だった。
セクシーとは何だろう?
単に性的興奮を呼び起こすなにかを表す言葉なのだろうか、いや、残念ながら無垢材のテーブルに発情した覚えはない、アスファルトにも然り。わたしはあの風景の中になぜセクシーを感じたのだろうか。
仕事中どうしても気になってしまい「セクシー」をGoogleで検索してみたが、露出した女性の画像が沢山表示されて慌ててブラウザを閉じた。ちがう、ちがう、わたしが感じたセクシーはこんなポルノ的要素ではない。これはまた家で見よう。
セクシーとは何だろう?
夜、相方さんに質問をしてみた。
「魅力的」ということではないかと彼女は言った。なるほど確かに「魅力的」という言葉は当てはまる気がする。国語辞典で調べてみたところ、「魅力:心をひきつけて夢中にさせる力」とある。うん、しっくりくる。セクシーとは魅力的ということか。
ではわたしはあの朝の風景のどこに「魅力」を感じたのだろう。
これについても相方さんが見事な回答を生み出してくれた。
「ギャップ」ではないか、と。
ギャップと言ってもアパレルショップのことではなく、ジェネレーションギャップという言葉などに使われるあのギャップだ。「差」や「違い」などという意味があるはずだ。
本来ダイニングの床の上にあるはずのテーブル、それがアスファルトの上に置かれているそのギャップ。冷たくザラザラとしたアスファルトの質感と、天然木の柔らかく温もりのある質感のギャップ。完成したばかりの新品のテーブルが、黒くて薄汚れたアスファルトの上に佇むそのギャップ。
なるほどギャップが魅力を生み、そこにセクシーさを感じさせるのか。
では同じようにギャップがセクシーさを感じさせるシチュエーションが他にあるだろうか。幾つかわたしがアイデアを出し、それが「セクシー」か「セクシーでない」かを相方さんに答えてもらうことにした。
1)ジャングルの中にスーツ姿の福山雅治が佇んでいたら、それはセクシーか?
「もちろんセクシーだ、結婚してほしい。」
2)ジャングルの中にスーツ姿のわたしが佇んでいたら、それはセクシーか?
「ジャングルにいる意味がわからん。」
3)風呂上りの福山雅治が、朝日を浴びながらアスファルトの上に裸で立っていたら、それはセクシーか。
「もちろんセクシーだ、抱きしめて欲しい。」
4)風呂上りのわたしが、朝日を浴びながらアスファルトの上に裸で立っていたら、それはセクシーか。
「もちろんただの変態や。」
中身の問題やん!
Σ( ̄ロ ̄lll)。
そう中身だ、中身の問題なのだ。セクシーさとはシチュエーションではなく中身なのだ。わかっている、気付いていた。途中から気づいていた。
もう一度朝のテーブルの写真を見た。美しい。
うむ、やはりセクシーだ。
裸でアスファルトの上に立っていても、「セクシー」と言われる男になってみたいものだ。
今日もお読み頂き、
ありがとう御座いました!
ごはん一合