金大使は事故当時、大統領に第一報を伝えた人物だったが、後日「青瓦台には事故時の司令塔とは言えない」と発言して更迭された経緯がある。
金大使の発言は金淇春(キム・ギチュン)元大統領府秘書室長の国会答弁や大統領府が最近ウェブサイトで公表した状況と大筋で一致する。金淇春室長は14年10月の国政監査当時、「大統領は最初の報告から15分後、(金章洙)安全保障室長に電話をかけ、『1人の人命被害もないように、客室などを徹底的に確認し、見落としがないようにしてもらいたい』と指示を出した。7分後に再度電話し、『くまなく探し、徹底的に救助するように』と伝えた」と証言した。
金大使はこれまで朴大統領に関する質問への回答を避けてきた。金大使は特派員らに韓中間の外交課題について説明した席上、セウォル号事故に関する質問が出たのに対し、当初は「セウォル号の『7時間』に関する質問は(回答を)控えたい」と述べた。しかし、特派員らが「国民的な関心事だ」として繰り返し質問したところ、困惑した表情で説明を始めた。金大使はオフレコ扱いを要求したが、一部メディアが受け入れず、結局報じられることになった。
金大使は朴大統領が事故当時、状況を知らなかったはずはないという趣旨で発言した。金大使が直接電話で報告を行っており、大統領も状況を把握し、具体的な指示を下していたという。朴大統領が事故当日の午後5時15分、中央災難安全対策本部を訪れた際、「生徒は救命胴衣も着用しているというが、発見は難しいのか」と発言したことをめぐっては、「あり得る。純粋に知りたかったのだと思う」との認識を示した。朴大統領の当時の発言は「状況を全く知らなかったのではないか」という疑惑を生む原因となっていた。