検閲や「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」とともに連合国軍総司令部(GHQ)が行った情報統制に「宣伝用刊行物没収」がある。GHQが占領政策遂行に「有害」と判断した書物を書店や出版社から取り上げ「パルプに再生」するというもので、古代中国などの例を引くまでもなく「焚書」と言える行為だ。
▽膨大量の知性
「日本の戦意形成期の歴史の連続性を遮断し、日本人にすっぽりと目隠しをする行為」。2008年ごろから没収図書を読み込み、このほど全12巻の「GHQ焚書図書開封」をまとめ上げた電気通信大名誉教授の評論家、西尾幹二氏(81)は「第1弾の検閲に続き、第2弾として焚書があって日本社会が変えられた」と語る。
西尾氏の研究によると、没収リストを作成したのはGHQ民間検閲局(CCD)内の調査課(RS)。1946年3月に10点を挙げた「覚書」が日本政府に届けられてから48年4月まで約50回にわたり7769点が指定された。対象は28年1月1日から45年9月2日までの出版物。同時期の日本の出版総数は約22万点だ。
リストには「皇国」や「日本精神」といった単語がタイトルにあるものや「戦記」が軒並み含まれているほか、資源論や経済論、イスラム研究や東南アジア、南太平洋史に関するものなど多岐にわたる。西尾氏は「大戦に至る決定的な時期における膨大量の知性の表現。これを欠いては歴史の正体は見えなくなる」と解説した。
▽遠慮
GHQが実施主体となった検閲と異なり、没収は日本政府が実行した。文部省は、各県知事に対し関係市町村の有識者から選んだ「没収官」を任命し、書店主などが没収を拒む場合は警察と協力するよう指示する通達を出している。
注目すべきは、GHQが書店、古書店、出版社、取次店やそれらの在庫、諸官庁などから徹底的に指定図書を探し出すことを命じる一方、一般家庭や図書館にあるものは没収から除外するとした点だ。西尾氏は「言論・出版の自由を憲法にまで明記させた手前そこまでできないという遠慮と、公共ルートから抹殺すれば影響は限定的という考えがあったのだろう」と推測している。
実際、国会図書館には没収指定図書の70~80%は各1冊が現存する。しかし国会図書館は西尾氏の問い合わせに対し、他の図書と区別したり追跡調査することはしていないと回答した。
▽七不思議
リストの点数や全国展開した没収の規模からすると、相当数の日本人が関わったことは明白だ。西尾氏は東大の尾高邦雄、金子武蔵両助教授(当時)と牧野英一元教授がリスト選定に関与したことを突き止めている。しかし他には当事者による“告白”もなく、検閲官の一覧などの発掘も今後の調査に委ねられている。没収の存在は秘すよう指示されていたことが理由だが、西尾氏は「罰則もないのにこれだけの期間、誰も声を上げないというのは戦後史の七不思議。それこそが日本の戦後最大の問題」と話した。
▽心の問題
日本の「戦後的価値観」形成の素地となったGHQの情報統制。西尾氏や検閲を研究した山本武利早大名誉教授(76)は「呪縛はまだ効いている」と口をそろえる。米国の究極の目的は核の傘提供を含め軍事的に日本を従属的な立場に置くこと。ただトランプ次期米大統領が日本の核武装に言及するなど状況は流動化している。
呪縛は解けるのか。西尾氏は「これからの日本は『頑張って本当の意味で独立していこう』という考えと、『それは難しい。これからも(米国に)助けてもらおう』という二つの思潮が激突する」とみる。日本の針路を決めていくには、現実の国際関係や安全保障環境への考慮と同時に、「戦後」の足元を見つめ直すことが欠かせない。西尾氏は「それこそ日本人自身の心の問題。米国のせいでどうなった、こうなったではない」と強調した。(共同通信=松村圭)