役に立たないから素晴らしい:『ホワット・イズ・ディス? むずかしいことをシンプルに言ってみた』

『ホワット・イズ・ディス? むずかしいことをシンプルに言ってみた』という本がすばらしいので、ぜひ書店で手に取ってください。

もちろんAmazonでも購入できるし、Kindle版も出ているのだけど、あえて「書店で」と書いたのは、大判の絵本をさらに一回り大きくしたようなサイズを、まず体験して欲しいから。私は、この本の翻訳が出ると知っていたけど、偶然新宿の紀伊国屋で見つけたときは「こんなサイズだったのか」と本当にびっくりした。


『ホワット・イズ・ディス?』は副題のとおり、冷蔵庫、原子力発電所、太陽系などの様々なものを「分かりやすい」言葉で説明したものである。

「分かりやすさ」の追求のため、原文ではたった1000種類の簡単な英単語で、日本語版では同レベルの表現を小学生までの漢字で、説明されている。著者はウェブコミックxkcdの著者として知られるランドール・マンロー。この本でも得意のイラストとサイエンスネタがふんだんに散りばめられており、眺めているだけで楽しい。

こう書くと、巷によくある子供の学習用サイエンス読本の一種なのかと思われるかもしれない。しかしこの本の魅力は、極端なまでにシンプルに=語彙を制限して説明した結果、むしろ理解が難しくなっている部分が多々あり、おまけに著者もそのねじれを存分に楽しんでいるところなのだ。

なにしろ最初に取り上げる題材からして「宇宙シェアハウス」=国際宇宙ステーションで、NASAでの勤務経験があるマンローならではだが、サイエンス読本としてはいきなりやりすぎである。

あるいは、周期表(=「すべてのものを作っているピース」)を見れば「シンプルに言ってみた」どころか、シンプルすぎてほとんど謎解きの域に達していることが分かるだろう。

Ag=銀のところにあるのは食器の絵。その下Au=金は「金色をしている」。その右隣Hg=水銀には温度計がある、という具合だ。サイエンスを学ぶための本として役立たないことは明白で、この本ができることといえば「これってどういう意味だ?」とますます考えてしまうくらいだろう。(もう少し大きな絵は https://note.mu/hayakawashobo01/n/nd15e61e219fd で公開されている)


でも、それって素晴らしいじゃないか、と私は思う。いま本屋に溢れているのは「読めば出世する」とか「これでお金持ちになる」とか「好きなだけ食べてモテて痩せる」とか「立派な四十代のリーダーになる」とか、お役立ちのありがたい本ばかりだ。「インターネットが分かる」とか「都内の美味しいレストラン」とかもそうだし、文芸でさえ「一ページ目から泣ける」とか「驚きの真犯人」とか、そういうものばかりである。

マンローの本は、昨年にも『ホワット・イフ? 野球のボールを光速で投げたらどうなるか』が日本で出版されている。こちらは副題にあるような「野球のボールを光速で投げたらどうなるか」などの様々なバカな仮定に「ある程度」マジメに答えるもので、読みやすさ、面白さ、ボリュームを備えたとても良い本だった。

しかし、荒唐無稽な仮説にそこそこ科学的に答えよう試みはある意味で真面目なもので、それに比べると日常のものを真面目な顔をして遊んでみた『ホワット・イズ・ディス?』は、ずっと不真面目で素晴らしいと思ってしまう。

どちらの本も同じ早川書房、訳者も同じ吉田三知世であり、おそらく『ホワット・イフ?』がある程度売れたので、『ホワット・イズ・ディス?』も日本で発売されたことになったのだろう。いずれにせよ、こういう無茶苦茶な本が、無茶苦茶な判型で、もちろん安くはないのだが、それでもちゃんと出版されるのは本当に素晴らしいことです。

ぜひ手に取ってみてください。

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