歴史のページが1枚めくられたと考えるのは、心をそそられることだった。悲しいかな、後世は2008年のバラク・オバマ氏の米大統領選出を、「9.11」の同時テロ後に怒れる米国が取った進路から少しそれただけの回り道と見なすかもしれない。
オバマ氏はイスラム世界との開かれた対話を呼びかけ、ドナルド・トランプ氏と同氏のチームは、事実上、イスラム教に宣戦布告した。オバマ氏は理性で癒やせない問題は存在しないと考えた。トランプ氏は、その反対の本能を抱いている。
トランプ氏の政権が正確にどんな形を取るにせよ、一つ、分かっていることがある。オバマ氏のレガシー(遺産)は消されることになる。多くの場合、トランプ氏が署名すれば、それで事足りてしまう。
「オバマ抹消」は、国内の法律や外国との協定を取り消すだけでは済まない。トランプ氏はオバマケア(医療保険制度改革法)を撤廃するか、見る影もないほど変えてしまうだろう。気候変動に関するパリ協定から米国を離脱させるかどうかについては「予断を持たずに考え」、米国とイランの核合意をかなりの確率で破棄するだろう。
こうした行動で、オバマ氏の最も目立つ成果は帳消しになる。北極圏での石油掘削の禁止やいわゆる強化尋問技術の禁止、グアンタナモ湾の収容所を閉鎖する意思(閉鎖は完了していない)など、それほど目立たない成果もゴミ箱行きだ。まるでオバマ氏が存在しなかったかのような状況になるだろう。
■米国民、オバマ氏を惜しむ
奇妙なのは、トランプ氏を大統領に選んだのと同じ米国が、すでにオバマ氏のことを惜しんでいることだ。退任が近い大統領にはよくあることだが、オバマ氏の場合、それが並外れて急激だ。大統領の職務能力を評価する支持率は55%と、任期中の同じ時点でのロナルド・レーガン元大統領と並び、ビル・クリントン元大統領の上を行く。ジョージ・W・ブッシュ前大統領のそれには20ポイント以上の差をつけている。
トランプ氏が直感であれこれツイートすればするほど、米国民は、問題の是非を冷静に検討するオバマ氏の態度を高く評価する。「ドラマなきオバマ」(注:no drama Obama=冷静な大統領をからかう表現)は、トランプ氏に成功する機会を与えるべきだとさえ訴えている。オバマ氏は米ニューヨーカー誌に「この世の終わりが来るまで、何事もこの世の終わりではないと思う」と語っている。
だが、オバマ氏が知っている世界は終わりを迎えた。この世界の終焉(しゅうえん)については、同氏は一定の責任を負わなければならない。オバマ氏は、米国主導の世界秩序がどう転んでもおかしくない局面で大統領に就任した。ブッシュ氏が不用意に始めたイラクとアフガニスタンでの戦争は、中東をはじめ世界各地で米国の地位を大きく傷つけた。2008年の金融危機は、自由市場を是とする、米国が生み出した「ワシントン・コンセンサス」(米国主導の経済政策理念)を恐らくは致命的な信用失墜に追い込んだ。米国の力は衰退していたが、何らかの対策を講じるのは、まだ手遅れではなかった。
オバマ氏は地政学的な転換点で大統領に就任した。退任の準備を進めている今、米国の相対的な衰退という事実に異議を唱える人はもうほとんどいない。大志を抱いていたにもかかわらず、オバマ氏は衰退のプロセスを止めることができなかった。トランプ氏はこれを逆転させられるだろうか。