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カストロ氏死去 激烈を極めた理想主義

 カリスマ性を持った20世紀の革命家としては最後の人物だろう。

     社会主義国キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長が、90年の生涯を閉じた。強烈な信念で半世紀にわたって反米を貫いた。

     米国に事実上支配された親米独裁政権の下で自国民が貧困にあえぐ姿に憤り、学生運動を始めた。32歳当時の1959年、アルゼンチン人の盟友チェ・ゲバラらとともに政権を倒し、革命を成功させた。

     最初から米国と敵対していたわけではない。しかし、カストロ政権を「容共」とみなす米国が国交を断絶し、さまざまな政権転覆の工作を仕掛けたため、ソ連に接近する。

     その結果起きたのが62年の「キューバ危機」だ。ソ連がキューバで核ミサイル基地の建設を進めたため、ケネディ米政権は海上封鎖に踏み切り、世界は核戦争の寸前にまで追い込まれた。米ソ冷戦時代の象徴として歴史に刻まれている。

     自らの像の建立を禁じるなど偶像化を嫌い、質素な生活を続けた。数時間に及ぶ演説でも、機知に富んだ話術で人々を引きつけた。

     90年代に極端な経済難に陥り、米国に脱出する難民が急増しても政権を維持できたのは、カストロ氏のカリスマ性があってこそだった。

     しかし、胸に抱く理想と現実との落差は大きかった。

     経済面では、ソ連からの援助に頼って国内産業を育てられなかった。そのために冷戦終結後に国民を苦しませたことは否定できない。

     石油不足でトラクターは動かず、牛馬を使う農耕が復活した。バスや列車の本数は削減され、中国から大量に買った自転車が町にあふれた。国民のドル所持容認や自営業の拡大といった改革を迫られ、結果として貧富の格差を拡大させた。

     政権運営でも反対派を容赦なく弾圧した。共産党以外は認めず、表現の自由も厳しく規制した。革命の理想を追うが故に、独裁色を強めたのだろう。米国への亡命キューバ人がカストロ氏の訃報に歓喜したというエピソードは、その姿勢がもたらした断絶の深さをうかがわせる。

     2008年に政権を引き継いだ弟のラウル氏は現実主義者と言われる。経済改革を進め、オバマ米政権との間で国交を回復させた。

     ただ、トランプ次期米大統領の姿勢は明確ではない。死去後の声明ではカストロ氏を「残酷な独裁者」と評している。両国の和解を後戻りさせないよう求めたい。

     功罪相半ばするカストロ氏の軌跡だが、活動の原点は人間の置かれた不平等に対する猛烈な反発だった。その課題の克服はグローバル化が進む現代にも引き継がれている。

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