WWEにおける「ゲイ」はどういった扱いなのか
アメリカは世界の中でも同性愛に比較的寛容であり、プライド・パレードなど同性愛者の権利獲得運動が始まった国でもあります。
中でもサンフランシスコは「同性愛者の聖地」とすら言われ、世界中から同性愛者が集まると同時に、政治・経済的にも大きな力を持っています。
一方でアメリカ内陸部を中心とした保守的な地域では、同性愛者と分かれば町から叩き出されるほど偏見が根強かったりします。
このように超進歩と超保守が混在するアメリカに於いて、大衆に人気があるプロレス・エンターテイメントWWEでは「同性愛者」はどのように描写されてきたのか。
以前の記事で書いてきたように、アメプロには「ストーリー」があり、それは時代時代で大衆が「見たい」ものや「受け入れやすい」ものを具現化してきました。
今回は「アメプロにおける同性愛」の考察をしていきたいと思います。
前記事
1. アメリカにおける同性愛の歴史
アメリカでは昔から同性愛者が存在しており、小さなコミュニティを作り人目を忍んで暮らし、決して自分が同性愛者だということを告白しようとしませんでした。
実際に1970年代まで連邦法で同性愛者を逮捕できる法律があり、同性愛者だとバレると社会的な迫害は凄まじいものがありました。
同性愛者が自らの存在を外にアピールし、権利のための闘争を開始するようになったきっかけは、1969年に起こった「ストンウォール事件」です。
当時ニューヨークの同性愛者の行きつけだった人気バー「ストンウォール・イン」に、6月28日未明警察のガサが入りました。この時、店にいた客は警察に拘束されましたが激しく抵抗し、レンガを投げつけたり警察車両を攻撃したり、激しく抵抗をしました。
この事件をきっかけとして権利向上のために同性愛者が立ち上がり、事件1周年を記念として大規模なパレードが行われました。これが現在世界各地で行われている「プライド・パレード」の始まりです。
さらに1977年、サンフランシスコ議会に史上初の「オープン・ゲイ」であるハーヴェイ・ミルクが当選し、同性愛者とマイノリティの権利のための政治を約束しました。
しかし翌年、ミルクは「公職から同性愛者を追放するべき」と主張するダン・ホワイトという男に射殺されてしまう。ダンは7年の禁固刑という異例の軽い判決で、これに怒った同性愛者たちは市役所の前で暴動を起こし、再報復という形でサンフランシスコ警察はゲイバーの一斉検挙を行い店の内外の同性愛者に暴行を加えました。
ハーヴェイ・ミルク事件をきっかけに同性愛者は政治的主張を強め、無視できない同性愛者票が存在することを政治家にアピールすることで、徐々に政治や公職においても認められるようになっていきました。
映画「ミルク」は、ハーヴェイ・ミルクと同性愛者の闘いの物語です。
そのような地道な主張や活動が実を結び、とうとう2015年6月26日、アメリカの連邦最高裁判所が同性婚を認める判断を示したのは記憶に新しいところです。
このように世界的に急速に認知が進んでいる同性愛ですが、後に述べるようにWWEは同性愛をストーリーに絡めることに対し、非常に消極的な姿勢を採っています。
それは特にアメリカの保守層の多くが同性愛に対し「自然法に反する」と消極的であり、下手に取り入れてしまうと顧客の多くの反発を招き、収益悪化に直結しかねない問題であるためです。
2. プロレスと同性愛
そもそもですが、プロレスと同性愛は「相性が良すぎる」のではないかと思います。
半裸の男性が取っ組み合いをする、という競技の性質もありますし、タッグチームを組む場合では、共に戦う戦友のような「熱き友情」といったストーリーが展開されますが、行き過ぎると視聴者は友情の向こうにある愛情を感じ取りかねません。
同性愛は歴史上、騎士や武士に多くあった傾向があります。日本でも織田信長と森蘭丸、武田信玄と高坂弾正など、戦乱期の有名なカップルは数多い。
戦国時代のような生きるか死ぬかの過酷な社会においては、女を侍らせておくよりは信頼できる同性で固めてお互い守り合うほうがよほど安全になります。さらに絆が深い者同士で肉体関係まで結ぶと、「死ぬ時は一緒だぜ」のようなマッチョな価値観が生まれる。
男女のカップルより絆が深く、子とか扶養とか余計な打算がないぶん純粋な愛しかない。
プロレスのストーリーは下手をすると、レスラーにそういうキャラが付いてしまうため、シナリオライターなど裏方は相当気を使っているはずです。
例えば、タッグチームは何らかタッグと分かるアイコンが必要ですが、まったく同じ衣装や見た目にしてまうと急にゲイっぽく見えてしまう。なので、統一感を出しつつそれぞれのキャラクターを立たせるようにしています。
例えば、ブラッドショーとファルークで結成されたAPAは、乱暴者のウェスタンといった設定で男臭いキャラでしたが、白人と黒人のタッグにすることでゲイ感を消していました。
エッジ&クリスチャンは両方ともカナダの白人で、ロン毛でセクシーでチャラいキャラクターです。下手をすればゲイっぽく見えてしまいますが、シナリオ上「兄弟」であるとされていたので、ゲイっぽさをクリアしていました。
2005年に登場したMNMは、ジョーイ・マーキュリーとジョニー・ナイトロ、そしてマネージャーのメリーナのチーム。男2人は正直どっちがどっちか分からず、もしメリーナがいなかったらゲイキャラと言われてもしょうがない妖しい見た目です。メリーナが真ん中にいることで、急に田舎のチンピラ感が出てきます。
衣装やメンバー構成だけでもこの通りで、シナリオやセリフなどもいちいち気を配って「ゲイっぽさ」をなるべく消そうとしているのがWWEの現状です。
3. 代表的なゲイ・キャラクター
前章までは、アメリカの同性愛運動の加熱に比例し、WWEがいかに同性愛キャラに対して保守的かを見てきました。
ではこの章では歴史上数少ないゲイ・キャラクターを紹介します。
最も成功した「ゲイ・タッグ」ビリー&チャック
WWEの歴史で最も有名な「ゲイ・キャラクター」と言えば、ビリー&チャックのタッグチームです。
もともとピンで活動していたビリー・ガンとチャック・パルンボは、2001年12月にタッグを組んで活動を開始。
当初は普通のタッグチームでしたが、次第にキャラクターが妖しくなっていき、揃いの赤の鉢巻にパンツ、髪は金髪、入場時には白いバスローブを着て登場するようになりました。
ビリー&チャックの人気が爆発したのは、2001年1月放送の「3ポーズ・マッチ」。
もはやプロレスでも何でもないんですが、トリー・ウィルソン&ステイシー・キーブラという当時の人気女子レスラーと「お色気セクシーポーズ対決」をするというもの。会場がめちゃくちゃ盛り上がる企画です。
この試合で二人は、どう見てもゲイとしか思えないような大胆すぎるポーズを繰り広げ、思わず司会のジェリー・ローラーが「おい、お前らちょっと待て!!」と叫んだほど。
結果は観客の声援で決まり、結局ビリー&チャックは負けてしまうのですが、このパフォーマンスが受けて2人は一気にメイン・ストーリーに絡む人気キャラクターになっていきます。
後にチームには「オカマのスタイリスト」キャラのリコが加わり、世界タッグチームチャンピオンのベルトをダッドリー・ボーイズから獲得。当時の人気チームのハーディー・ボーイズと抗争を繰り広げました。
その間にも、ロッカールームでの怪しげなトレーニングや、プレゼント交換にはしゃぐ2人など仲睦まじい姿がカメラに映し出されており、視聴者はこれは演技だと理解しつつも、「この2人は本当にゲイなのかもしれない」と心のどこかで思い始めていました。
そして、2002年9月12日前代未聞のイベントが催されました。
ビリーとチャックのリング上の「公開結婚式」です。
スマックダウンGMのステファニーと、マネージャーのリコ、神父を交えて、前半は「結婚式」が順調に進んでいきます。
ビリー「おれはチャック、お前を(生涯の)タッグパートナーにできることを本当に嬉しく思うんだ」
そしてチャックの指に指輪をはめるビリー。観客大ブーイング。
その後メモリアル・ムービーが流れた後、神父の言葉が始まります。お互いが「誓いの言葉」を述べる。
そして式を終えようとした時、突如2人が待ったをかける。
ビリー「おい、これは一体何なんだ!オレたちはこんなことまでやれと言われた覚えはないぜ!それに、オレたちはゲイじゃないんだ。」
観客、大歓声。
ビリー「チャックみたいな野郎と結婚するなんてまっぴらゴメンだぜ!」
リコ「なんてこと!あなたたち、これまでのアタシの努力を無駄にしようというわけ?」
その後、神父の正体が実は別番組のRAWのGMエリック・ビショフだということが判明。
ビショフの親衛隊であるロージー&ジャマールが乱入し、結婚式はめちゃめちゃに。
これは内容もさることながら、どこまでが台本でどこまでがビリーとチャックの素なのか分からないところが面白く、「いったいこれは何なんだよ!?」とチャックが言ったように、多分マジでドッキリだったのだろうと思います。WWEの歴史でも指折りの伝説的な放映回となりました。
この茶番劇の後、ビリー&チャックとステファニーは逆にRAWに乗り込んでビショフを襲撃したりしますが、翌月にビリーが怪我をしチームは解散してしまいました。
なぜか嫌われたハートスロブス
ビリー&チャックの次に登場したゲイ・キャラクターは、2005年4月にデビューしたアントニオ・トーマスとロメオ・ロゼリーのタッグチーム「ハートスロブス」。
元々彼らは下部団体のOVW出身で、当時から登場時に腰振りダンスをするゲイパフォーマーのキャラで活躍しましたが、WWEに昇格しいきなりタッグチャンピオンのウィリアム・リーガル&タジリ組と対戦が組まれました。大抜擢と言ってもいい扱いです。
当初は陽気なゲイキャラクターのはずだったんですが、どういうわけか観客にめっちゃ嫌われ、前座ややられ役が多くなり、1年もたたずに解雇されてしまいました。
きっと、多くの人が生理的に受け入れられないところがあったんだと思います。
それを象徴する試合がこの、ハートスロブスとヴィセラのハンディキャップマッチ。
試合前に2人が、リングアナウンサーのリリアンに向かいヴィセラへの挑発をするんですが、どういうわけかリリアンが本気で泣いてしまいます。
アントニオ「今日はオレたち、ハートスロブスがキミのためにビッグ・ヴィス(ヴィセラのアダ名)に対する復讐を果たすんだぜ」
リリアン、固まる。
アントニオ「リリアン、今日オレたちはビッグ・ヴィスに『No, No, No』と叫ばせてやる。そして試合が終わった後、キミは『Oh, Oh, Oh』と叫ぶんだぜ」
リリアン、ガチ泣き。
なんでこんなに不快なのか説明が難しいんですが、ロメオとアントニオのパフォーマンスが中途半端で振り切れきれず、粗野なところが目立ち、そもそもゲイ・パフォーマーのキャラが視聴者に受け入れられなかった故だろうと思います。レスリングの基礎はしっかりしているとは思うんですが。
WWEのゲイ・キャラクターの特徴
これまでWWEに登場したゲイ・キャラクターと言えばこれくらいしかおらず、他にはキス魔のミッキー・ジェイムスとかジリアン・ホールとかいましたが、あれは同性愛の内には入らないと思いますので除外します。
これら数少ない事例からどのようにゲイが描写されてきたかまとめると、
- 人目をはばからず腰振りなど過激なアクションをする
- 女性的な色使いの統一した衣装
- 伝統に対する無礼な態度
こういったところになるでしょうか。
これはゲイ・パフォーマーのオカマちゃんや、プライド・パレードなどの同性愛運動の派手な活動を表現したもののように思います。
一般のアメリカ人、特に保守的な人にとっては「オカマの格好をして抗議をする訳の分からぬ連中」くらいなイメージなのでしょう。
実際に、チャック&ビリーの結婚式は、映像では大部分の観客が白けており、指輪交換の際はブーイングが飛んでいます。「男同士でイチャイチャするのは構わないけど、結婚という神聖な行為にまで至るのは不快」というアメリカ一般大衆の本音が伝わる映像です。
それを脚本家も分かっていてビリー&チャックの扱いに困り始めたから、RAWの刺客を介入させて話を「番組同士の対決」という別問題にすり替えてしまいました。
ハートスロブスに至っては、二人がキャラに徹しきれなかった部分もありますが、観客が陽気なゲイ・キャラクターへの拒否感を隠さなかったことが大きかったように思います。
このようなゲイ・キャラクターの投入はWWEとしても大きな実験だったに違いありません。しかし、やはり同性愛に寛容的だったのは都市部のインテリだけであって、多くを占める一般大衆は受け入れなかった。受け入れられないということはカネにならない。それ故、ほとんどWWEにはゲイ・キャラクターが存在しないのだと思います。
4. 今後の見通し
実は2016年8月、チーフブランドオフィサーのステファニー・マクマホンが「今後ストーリにLGBTキャラクターを投入する予定である」と発言して話題になっています。
WWEは将来のビジネスにつなげる投資を積極的に行う企業です。例えば中国マーケットに乗り込むために中国人レスラーを入れたり、国内に多いヒスパニック系の観客のために有望なメキシコ人レスラーをリクルートしてきたり。
このLGBTキャラの投入は、LGBT層のファンの取り込みを狙ってのことに違いなく、また2015年6月の連邦最高裁判所の同性婚判断を聞いた世論の反応を経営陣が前向きに捉えたためと思います。
全米で多種多様な層が見るWWEでゲイキャラクターが普通に登場し、観客もそれを受け入れる時は、それはアメリカ社会でゲイが特殊扱い受けることなく、普通の人と認められた瞬間ではないかと思います。
ただ、どういうストーリー展開であればゲイキャラクターが生きて観客に受け入れられるのか。以前のような「セクシャリティ」「陽気」「主張が激しい」ゲイ像では、受け入れられづらいことは分かっているはずで、どのような展開をすべきか構想を練っているのではないでしょうか。
そしてそこで描かれるゲイ像が、ある種アメリカ社会のゲイを象徴するものになっていくはずです。
まとめ
アメリカにおけるゲイの歴史と、WWEでのこれまでの展開をまとめてみました。
基本的にWWEは一般のアメリカ人が「受け入れやすい」「理解しやすい」文脈でストーリーを作っていきます。
例えLGBT運動が大いに盛り上がり、政府を動かす大きなことを成し遂げたとしても、それはあくまで局所的な出来事であり、意味を理解しているのはインテリ層のみで、普通のアメリカ人はそれが意味することが何かを理解しないか、あるいは全く拒絶するかのどちらかだったでしょう。
一般のアメリカ人がイメージするゲイは、ビリー&チャックが表現したような「キワモノ」であり、傍から見てる分には動物みたいで面白いから笑っていられたけど、それが神聖な行いである「結婚」までしようとすると、「それは狂ってる」と思ったのでしょう。動画の観客を見ていると、明確にそのような反応をしています。
そんな中でLGBTキャラを今後投入していくのは、本文にも書いたとおり、今後のアメリカにおける「一般的なゲイ」を定義するようなものであり、非常に難しいと思われます。
トランプ政権になり、アメリカが保守化に向かい、マイノリティに対する風当たりが強くなっていっている昨今、WWEにおけるキャラクターの描写が「生のアメリカ」を表現していくため、ますますプロレスから目が離せないのであります。
バックナンバー:WWEとアメリカ文化