キューバのフィデル・カストロ前国家評議会議長が死去したという知らせは、今回は希望的観測の産物ではなく、本当だった。キューバの革命家である同氏が亡くなったのは25日のことだ。同氏がのこしたもの(レガシー)については今後、議論がなされることだろう。だが、皮肉なことに、同氏の死はおおむね象徴的だ。同国はこの瞬間を迎える準備を何年も前から整えていた。フィデル氏が10年前に命に関わる病を患ってからは、同氏の弟であるラウル・カストロ氏(85)が実権を握っている。
とはいえ、象徴は重要だ。最も親密な同盟国であるベネズエラの経済崩壊に促され、ラウル氏は過去8年間、同国の旧ソ連型の経済を改革する穏健な政策を主導してきた。また、今年の初めにはオバマ米大統領の首都ハバナ訪問を受け入れた。半世紀にわたり敵対していた両国の関係修復を試みるオバマ氏の努力が実を結んだ結果だった。フィデル氏はそのどちらにも反対していた。引退してもなお、同氏は強硬派から、国内改革に反対するときの控訴裁判所のような役割を果たす存在とみなされていた。楽なジャージーに身を包んだ足元のおぼつかない病人となってからでさえも、フィデル氏は、キューバとの関係改善に反対する米国のすべての人々にとって象徴的な存在だった。そのため、同氏の死で、ぎりぎりでどちらに転ぶか分からないキューバの変革が進展する可能性は高まった。また、キューバで切に望まれる国内改革をラウル氏がもっと自由に進められるようになるかもしれない。さらに、米国との関係を進展させる際の感情的な抵抗感が減るだろう。
多くは、トランプ次期米大統領が共産主義のキューバに対し、協調あるいは敵対のどちらの政策をとるかにかかっている。同氏の大統領選中のキューバを巡る発言は一貫していなかった。オバマ氏が行った国交回復と渡航制限の緩和について、「より良い条件を引き出して」引き継ぐと述べたこともあれば、オバマ氏の政策を無効にすると述べたこともあった。オバマ氏の政策は大統領令で下されたため、再び大統領の一筆で容易に元に戻せる。ちなみに、キューバに対する禁輸の一部緩和ではなく全面解除の決定は議会に委ねられている。
トランプ氏は共和党予備選で対立候補だったマルコ・ルビオ上院議員などのキューバ系米国人の議員にほとんど借りがなく、いずれの道を選択するかをあまり明確にしていない。同氏は自身が強い指導者であることを示すために、キューバ政府に対して政治犯の解放や、米国製品のキューバ市場への優先的アクセスなどの譲歩を迫る可能性もある。
キューバが米国との一段の関係改善を急ぐ理由はない。先行き不透明な時期に自己防衛に走るのは同国の通常の反応だ。反体制派に対する弾圧もあり得る。国を挙げて1週間の追悼を行うさなか、同国政府は何百万人もの国民に、フィデル氏の考え方や同国の社会主義に対し忠誠を誓う署名を求める運動を開始した。また、社会主義国の官僚組織は本質的に変化を嫌うものだ。さらに、ラウル氏が公約通り2018年に引退しても、同氏の実子や義理の息子らが権力を維持していくだろう。
■トランプ氏、「米国第一」なら関係進展
だが、ベネズエラからの財政支援を失った同国は脆弱だ。トランプ氏が「米国第一主義」を本当に信じるなら、同氏はキューバとの関係において後退ではなく進展を選ぶだろう。ロシアや中国とカリブ海で競い合い、米国企業をキューバに進出させることは米国の利益になる。麻薬密売に強硬姿勢で臨み、マルクス主義のコロンビア革命軍に停戦を受け入れさせる上で重要な役割を果たしたキューバは当然、テロとの戦いで同盟国となる。友好関係の維持が必ずしもフィデル式統治の終わりという良い結末をもたらす保証はないが、軟着陸の可能性は増す。
入り口をピシャリと閉ざす選択肢もある。そうすれば、キューバが進める限定的だが重要な改革は、加速するどころか阻まれるだろう。この改革で多くのキューバ人の生活が向上し、国による国民生活への統制が緩和された。フィデル氏はあの世で、この進行を妨げて元に戻すことが最後の勝利だと考えていることだろう。
(2016年11月28日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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