セルフコントロールは老化を推し進める
専門を問わずに論文を読んでいると、社会問題を何とか科学にしようとしている人たちの努力に出会う。
専門を問わずに論文を読んでいると、社会問題を何とか科学にしようとしている人たちの努力に出会う。
主張を科学でとらえる
科学論文としては問題を感じるところもあるが、21世紀に取り組まなければならない問題を科学として確立し、解決を見出そうとする強い意志が感じられる。自分の意見をそのまま主張するのは科学ではない。若い世代はフェイスブックやツイッターで自分の主張を述べて満足するのではなく、できれば自分の主張を科学してみる気概が欲しい。
若者を貧困から救う「自己統制」
今回紹介する論文はその点では参考になる。最初は米国科学アカデミー紀要8月13日号に掲載されたノースウェスタン大学からの論文で、タイトルは「社会的貧困層の若者では、自己統制は心理的社会的状況の改善をもたらすがエピジェネティックな老化を早める」だ。米国の最大の問題は社会格差と貧困で、成長に対する最も大きなリスクになっている。この階層の若者が窮地から自力で離脱させるために自己統制を身につけさせる教育が進んでいるようだ。ところがこの教育で自己統制を身につけ、社会的にも貧困から抜け出た若者に心臓病の確率が高いと分かってきた。この研究では、ジョージア州の貧困家庭に属する17歳の若者292人を集めて、22歳まで追跡している。このとき、さまざまなテストで自己統制を確立できているかどうかを調べ、自己統制ができたグループとできなかったグループの社会的、心理的状態を調べるとともに、白血球の「メチル化DNA」をゲノムレベルで調べる(たばこの影響で「DNAのメチル化」7領域で変化、女性ではたばこ病との関連も確認を参照)。2013年モレキュラー・セル誌に報告された方法を用いて、細胞の老化度を測定している。
困難克服には身体的ストレス
結果は心臓病についての研究を支持しており、確かに成人した後の心理的、社会的状態は自己統制を身につけたグループの方が良い。しかし、血液細胞のDNAメチル化状態から計算される老化度は、社会経済的問題を自己統制で乗り越えたグループほど高いという結果だ。特に、克服した困難が大きいほど老化度が高い。うつという症状に現れなくても、大きな困難を自ら克服するには身体的なストレスがあるという結果だ。この研究で驚くのは、2013年に報告された全ゲノムレベルのメチル化検査を社会問題に取り込んでいるところ。感受性の高さと、分野間の風通しの良さに感心した。
人間が導く絶滅
もう一つのカナダ・ビクトリア大学が8月21日号、有力科学誌サイエンス誌に発表した論文は、野生動物の絶滅に対する人間と野生の天敵のインパクトを比べた研究だ。タイトルは「人間の狩りが持つ特別な生態(The unique ecology of human predators)」だ。この研究は人間と野生のハンターの狩りについて発表された論文を集め、世界各地で行われている狩りの成功率、獲物の死亡率、捕獲率について陸上野生動物と、魚について調べている。結果だが、もちろん人間の方が狩りの成功率と捕獲率が高いが、これより人間のハンターは大型肉食獣とクマなどの雑食獣を特に狙って殺している点、同様に魚も成長した大きな魚を標的にすることで、生態系を独特な仕方で壊しているという結論だ。方法論を見ると、決まった考えに結論を導いているだけでは懸念のある論文だ。とはいえ、トップジャーナルに論文が出ることで、この分野は活性化されることは間違いがない。ポパーの言うように反論可能なのが科学だ。しかし、小規模な漁や狩りでもこの有様だ。人間のインパクトをどう抑えるのか、おそらく誰もアイデアはない。
サイにも警告
折しも生物保護分野の国際誌であるオリックス誌オンライン版にスマトラサイは一部で繁殖に成功しているが、絶滅は時間の問題だと警告する論文が出ていた。この点については、私は悲観論者で、おそらくなす術の見つからないうちに、見渡せば家畜とペットしかいない世になるように感じる。だからといって社会問題を科学として取り組む若い人が増えることを期待している。
このまとめのキュレーター
カテゴリ一覧