これまで朴大統領の周りには、いつも「大統領はうまくやらねばならない」というブレーンがいた。大統領の「こだわり」に苦労しつつも、黙々と自分の持ち場を守った。しかも、突然更迭されてもそれを甘受した。朴大統領が最初の夏休みを過ごした直後に交代させられた許泰烈(ホ・テヨル)初代秘書室長も、そうしたケースだった。野党とうまく付き合うべきだという許室長の立場は、朴大統領の強硬路線と合わなかったという。許室長の「代打」として登場したのが、金淇春室長だった。朴大統領は許室長に電話して「記者と電話して人事情報を漏らしてはならない」とも言ったという。そこまでセキュリティーを重視したのに、当の崔氏の側には、各種の人事案が次々と漏れていたことが分かっている。イ・ビョンギ元秘書室長も、外交・安全保障分野のほかは深く関与しなかった。朴大統領が4月の総選挙での公認に関してイ元室長に助言を求めていさえすれば、その後の少数与党状態や、現在の危機的状況にまで至ることはなかっただろう-という声もある。
朴大統領は先月末、初めて崔氏の疑惑全般について報告を受けたという。朴大統領は「崔氏が私に見せる姿とはあまりに違う」とショックを受け、これが国民向けの謝罪などにつながったという。朴大統領には、誤りを正すチャンスが何度もあったが、そうしなかった。最後には崔順実氏問題の「共犯」と目され、「弾劾」という瀬戸際にまで追いつめられた。崔順実氏を除いて誰も信用しなかった代償は、あまりにも致命的だった。