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イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ

ウェールズ語ではウェールズの事をカムリ(仲間)と言います。歴史深いウェールズに触れて下されば嬉しいです

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イングランドの征服王と呼ばれたウィリアム1世のカリスマ性の秘訣

イギリスの歴史

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カリスマと言えば何を連想しますか?

カリスマ美容師、カリスマ塾講師、カリスマ
みんなすごいなあ・・・憧れがありますよね。

辞書で調べてみるとこうありました。


超人間的・非日常的な、資質・能力。英雄・預言者・教祖などに見られる、民衆をひきつけ心酔させる力。

 

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やっぱ、カリスマってすごいなあ。でも、その人だからこそできるんだ真似できないなあ、一代で終わってしまうんだろうなあ、そう思っちゃいますね。

 

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世界の歴史上を見ても多くのカリスマ的な王がたくさんいます。その中でもカリスマ性を継続させ国家を継続させた人物もいます。

イギリス史上においてもカリスマ性を発揮して、大きく世の中を変えてしまった男がいました。彼の名はウィリアム1世、またの名は「ウィリアム征服王」と呼ばれています。

 

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へえ~すごい王もいるんですね。そのウィリアム1世のカリスマ性が気になりますね。

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イギリスの歴史となれば、ワシの番だ。
なぜ、ウィリアム1世イングランドを征服して「ウィリアム征服王」と言われるようになったのか?彼のカリスマ性のポイントを紹介するよ。

イングランドを征服したカリスマ王、ウィリアム1世

 

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簡単に、ウィリアム1世イングランドを征服した歴史上の出来事を説明しよう。

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1066年、ノルマン系フランス人のウィリアム1世はわずか1万2000人の軍を引連れフランスのからイングランドに攻め込みます。

一瞬のうちにイングランド軍を打ち負かし乗っ取りました。そして、イングランドに住みついた5000人のフランス人で、150万人もの人口を抱えるイギリスを完全に征服してしまったのです。

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なんと!そんな少数で大人数を征服してしまったのですか!

 

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その時の戦略は後でたっぷりとはなしをするよ。
以後、ウィリアム1世が築いたイングランド国家や王室は今日まで続いています。(日本ではイギリスと呼んでますが)。

エリザベス2世チャールズ皇太子、ウィリアム王子はウィリアム1世の子孫なのです。このウィリアム1世は、その人柄と考え方、行動に非常に強烈なカリスマ性を持っていました。

 

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なぜ少数の兵でイングランドをいとも簡単に征服し、はるか子孫まで長期にわたってイングランドを統治することができたのか、とても興味があるだろう?

 

ウィリアム1世のカリスマ性その①:自分を信じ貫く 

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まずは、ウィリアム1世の性格についてだ。この性格があったからこそ、彼のカリスマ性が生かされたと思うんだ。

【自分を信じ貫き通す】

ウィリアム1世は自分のカリスマ性を信じて活かします。出る杭は打たれますが、周囲からの風当たりも気にせずハネのける強い情熱と意志を持っていました。

 

自分を貫いて反対勢力を押し切った(自分を知り活かそう) 

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ウィリアム1世はもともとはギョームという名前で、父はノルマンディー公国を治めるロベール1世だったんだ。

そして、ウィリアムは子供のころから戦闘ごっこでは抜群の指揮力を示し、ノルマンディー公の父に素質を認められて高い教育を受けました。

 

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最初から立派な家系に生まれてとても秀才だったんだ。


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しかし、そうとも言えないんだよ。彼の生まれに問題があったんだ。

ウィリアムの母は身分の低い商人の娘で、父が街に出て遊んだ時に出会ったんだ。ウィリアム1世は父の浮気で産まれた子で、事ある毎に私生児(バスタード)と軽蔑されていたんだ。

更には、そんな身分で才能もありロベール1世に気に入られているので、親類周りからの嫉妬心も大きかったんだ。

 

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ぶるぶる・・・やっぱり、才能ある人は境遇が悪かったり嫉妬を買ったりするんですね。それを跳ねのけたから凄いんですね。

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その通り!ウィリアム1世は境遇にめげずに自分の性格を利用して自分を貫こうとしたんだ。

がっしりした体格と激しい性格で、相手を縮み上がらせる程威嚇したんだ。また、若いウィリアムが継いだノルマンディー公国を奪おうと各国が狙ったけれど、折れない強靭な性格と意志の強さで他国ともやりあい、 外部圧力に屈することなく国を守ったんだよ。

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すごすぎる~僕には絶対にできません・・・

 

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最初からできない、と諦めてはだめだ。ウィリアム1世は確かに凄い性格を持っていて、それを生かせたと思うんだ。君はウィリアム1世とは大きく違うから、君は君の性格を信じて、自身を持って生かしていけばいいんじゃないかな。

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僕の性格ですか?僕はいつも不安で自信がなくて・・・という性格ですよ、どうやって生かすんですか?

 

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話はそれるけど、この本で自分の性格を見つめるのも手だな。

 

自分を貫いて女性を射止めた

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話を元に戻そう。ちょっとウィリアム1世の信念の強さのエピソードを離そう。

 

成人になったウィリアム1世はフランドル伯の娘マティルダに求婚しますが、私生児と罵りられ7年も断り続けられます。ウィリアム1世は黙ってはいませんでした。信念を屈することなく、なぜ結婚しないんだ!とマティルダに暴力的に迫ります。

しかし、行動力があり男らしい!と勇気を逆に気に入られ、ウィリアム1世マティルダはついに結婚します。

 

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恐ろしいほどの執念ですね、ちょっと怖いなぁ。

 

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こんな性格のウィリアム1世ですが、なかなかの美男子だったらしい。
才能もあるし縁談の話はたくさんあったかも知れないね

 

ウィリアム1世のカリスマ性その②:戦略をしっかり考える

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いくら意志の強さが強くても、やたらめったらやっていたらダメですよね。ウィリアム1世は、深い教養を通した戦略があったからこそ効果的に自分の能力を発揮できたんだ。

【戦略に富む】

ウィリアム1世は卓越したセンスや先を見通す力を持っていました。またそれには優れた戦略も必要となります。

 

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そうそう、これが聞きたかったです。ウィリアム1世はどんな戦略を立てて、征服王になったのですか?

 

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ウィリアム1世は2つの戦略・策略を立てたんだ。

ウィリアム1世の戦略①:国を強化する(他人の強力を得る)

 

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一つ目は、自分を貫く力があるウィリアム1世とはいえ、自分一人では何もできません。他人の協力が必要です。
まずウィリアム1世が考えたことはノルマンディーの国力を強化するためのバックアップを得る事でした。それがマティルダとの結婚はウィリアム1世の策略が多分に含まれていたんだ。

私生児であるがために社会的にも弱い立場でしたが、マティルダと結婚することによってフランドル伯のサポートを得ます。またマティルダの教養と風格は権力者としての気品を十分に持っており、ウィリアム1世は逆玉の輿的に利用しました。

 

ウィリアム1世の戦略その②:イングランドの征服(他人をうまく利用する)

 

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二つ目は、国を広げより強化するためにイングランドを乗っ取ることでした。ここまで大それたことはそう簡単になせるものではありません。
過去にはデンマークのヴァイキングがイングランド王の座を乗っ取ったことがありましたが、何百年もの争いが続いた結果でした。

※ヴァイキング時代に関しては漫画ヴィンランド・サガの前半でも触れていますよ

www.rekishiwales.com

 

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しかし、ウィリアム1世は一瞬のうちにイングランドを征服してしまいます。

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魔法をかけたみたい・・一体何をやったのですか?

 

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アーサー王物語ができた頃に近いけど、ウィリアムに魔法はなかったよ。かわりにウィリアムはいろいろ策略を練りました。

先のイングランド王エドワードから次期王の権利を譲り受けたと訴え、イングランドを攻める正統性をローマ法王に認めさせます。

もちろん、当時のイングランド王のハロルド2世はこれに不服を訴え、敵意をあらわにします。ハロルド2世は武勇に非常に優れ、まともに戦ったのでは勝てそうにありませんでした。

 

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ん~、話を聞いていると難しそうですね。夜討ち、奇襲かなんかやったんですか?
それか誰かと手を組んだとか・・

 

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おっ、なかなかいい所をついているね。ウィリアム1世はハロルド2世の弟トスティグと手を組み、彼を利用してハロルド2世に対して謀反を起こさせたんだ。武力に勝るハロルド2世は弟に勝利します。

 

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さすが、ハロルド2世。でも、ウィリアム1世にとったらトスティグが負けちゃダメじゃないですか?

 

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そこはウィリアム1世にとってみれば想定内で、罠をかけていたんだ。ハロルド2世は勝利したものの、兵力を多く失い兵たちも大きく疲弊しました。

 

絶好のタイミング!と、ウィリアム1世は1万2000と少数の兵ながらイングランドに急襲をかけます。それも急襲した場所が、ハロルド2世が戦っていた場所から離れた場所だったので、ハロルド2世は疲労した兵に鞭を打ち駆けつけますがそんな状態では十分な戦いはできませんよね。

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なるほど、さすがですね。ウィリアム1世は頭がいいですね。

 

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この最後の戦いはヘイスティングスの戦いと呼ばれ、大接戦となりますが最後にはウィリアム1世が勝利しました。

 

こうしてカリスマ性を発揮したウィリアム1世は、ノルマンディー公国の強化とイングランドの乗っ取りに成功します。

※再現されたヘイスティングスの戦い 

www.rekishiwales.com

  

ウィリアム1世の戦略その③:仕組みを作る(継続させる)

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すごいカリスマ性を発揮しても一代限りで終わってしまってはとても残念。イギリス歴史を見てもカリスマ王が倒れた後は、必ずと言っていいほど後継者争いで国が乱れ、カリスマ王が成した事は引き継がれないことが殆どでした。
 

【カリスマを後継する】

ウィリアム1世は自分のカリスマ性が引き継がれるように、当時としては斬新で強い仕組みを作りました。

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仕組みまでつくったのはすごいです。だからこそ、征服王と呼ばれるようになったのですね?どんな仕組みを作ったのですか?

 

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いくつか挙げてみよう。

・完璧な徴税をして国家の財源を確保するため、国税調査を実施してそれぞれの土地はどのくらい税が取れるのか綿密に調査しました。
・争いが起きないようにイングランド国王の継承は国王の長男とし、領土は子達で分割することもやめました。これまでのイングランドでは後継者は議会で決めており、骨肉の争いになることもありました。これにより中央集権が強まりました。
・臣下に与える領土はバラバラに飛び地で与え、力が集中しないようにしました。
イングランド国王が不在の時は王妃が代行して国を治めれるように、初めて国王妃の戴冠を行いました
・石造りの砦を初めて建築し、当時木造が主だったイングランド諸侯達を武力でも圧倒し反発を防ぎました


ウィリアム1世は他のヨーロッパ諸国とも一線を画す、強く中央主権化された君主国家を形成したのです。そのおかげで、ウィリアム1世が作り上げたイングランド王国は(現在のUK)その後も崩壊することなく今日まで続き、イギリス王室も初代ウィリアム1世から数えて今のエリザベス女王まで41代続いています。


最後に

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ウィリアム1世の成功の秘訣をおさらいしてみよう。
・自分を信じて諦めず貫く
・戦略をしっかりと考える
・仕組化して継続させる

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メチャクチャすごい人物ですが、こうやって3つのポイントを見てみると当然のような気がします。でも頭で理解していてもなかなか出来てないですね、、、

 

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ウィリアム1世を見習って小さいことからでもよいから、とにかく行動を起こしてくれよ。

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最後まで読んでくださり有難うございました。
また次回もお楽しみください。

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