ここ数日、DeNAの医療キュレーションメディアが大きな批判を浴びています。DeNAを卒業して、医学の道を進んでいる身としては複雑な心情です。
【WELQからのお知らせ】「専門家による記事確認および記事内容に関する通報フォームの設置」についてhttps://t.co/73waKiYTpg https://t.co/0TvY7psRlu
— WELQ - ウェルク (@welq_pr) 2016年11月25日
身内も多いだけに意見を述べるのは憚られますが、急増している医療キュレーションメディアについて思うことが多々あります。記事やサイトの内容レベルでしか議論されないことが多いですが、少し構造的なものに踏み込んで所感を綴りたいと思います。
本件の論点整理
SNSで拡散している記事はこのあたりです。
書いてしまいました・・・・DeNAがやってるウェルク(Welq)っていうのが企業としてやってはいけない一線を完全に越えてる件(第1回) https://t.co/X3PKdGAdWS @Isseki3さんから
— Isseki Nagae (@Isseki3) 2016年11月24日
無責任な医療情報、大量生産の闇
— BuzzFeed Japan News (@BFJNews) 2016年11月25日
その記事、信頼できますか?#welq https://t.co/VGUPDDbnOa
これらの批判記事の内容には正しいであろうことも多い反面で、語弊を招く悪質な内容(DeNAの業績など)も含まれていて、フェアな目で見ることが必要だと思います。
これらの記事の主な論点は「記事の内容を転用しているのではないか」「記事の内容が誤っているのではないか」「倫理的におかしいSEO対策などを行っているのではないか」という批判がメインであり、読む限りではある程度納得出来るものだと感じました。
その反面で、これらの記事は事実を(若干曲解しながら)ピックアップして批判しているに留まり、構造的な背景や問題には述べられていません。批判で留まる限りは物事は何も前に進みませんので、少しこの問題を前に進めたいと思いますす。
医学生としての所感
医学部で学んでいて思うのは、健康や病気について語るのにはかなりの勉強を要するということです。素人がちょっと調べたくらいで到底語れるものではなく、素人が自ら執筆することは勿論、情報を収集して切り貼りするのさえもかなり困難なことです。
医学部に入る前はよく風邪を引くなと思った時は原因を探るべく「風邪 繰り返す」などと検索していましたし、多くの方もこうしたワードを検索しているかと思います。
「風邪か」と思うかもしれませんが、風邪様の症状を挙げろと言われても軽症から重症なものまでたくさんあり、かなりの勉強が必要です。しかしながら、世の中には「風邪かもしれないときに〜〜」といった記事で溢れています。
医療を語ること
健康や病気は「生命に関わる」「誰しもが不安を抱く」トピックであり、ファッションなどの他のキュレーションメディアとは大きく異なる点です。
医療や健康について誰が何を語るのも自由ですが、サービスとして行う以上は「わかりやすさ」「面白さ」などを求める以前に、まず「正しさ」が追求されるべきです。間違った情報を記事にしているのは嘘を広めているのと同じですし、間違った医療情報は生命を奪いかねません。
逆に言えば、「生命に関わる」「誰しもが不安を抱く」ことだからキャッチーな文言や不安を煽る文言に人々は踊らされ、サイトへの集客がしやすいように思えます。
医療とビジネス
医療はコストが大きいけど、リターンも大きいから成り立っているものですが、本件についてはそうでない点が綻びを生む最大の理由だと思います。
医療とビジネスというと嫌悪感を表す方が多いですが、病院経営も創薬もこうしたキュレーションサイトも、価値の対価を貰っている以上はビジネスと考えられます。
ビジネスはコストを抑え、リターンを大きくするのが前提です。しかしながらコストを抑えすぎて、質に綻びが出れば消費者は離れていき、リターンは少なくなっていくものです。(ネットの場合はSEO対策などすれば、低質なコンテンツも検索にヒットしてしまう特徴はあります)
つまり、リターンとコストの差額が最大となるように、リターンの値を設定するとともに、コストを調整するこのバランスがビジネスの肝となっているはずです。
医療は情報の非対称性が騒がれますが、医療者の情報は専門的で、それが故にコストが高い。さらに専門的な資源は一般的にリターンは大きい(ユーザーが支払うコストは高い)はずで、医療行為でも創薬でも医療機器でもコストは多くかかるけれど、リターンが大きいから成り立っています。
医療キュレーションサイトの特性
しかしながら、医療キュレーションサイトではユーザーは無料で見れるわけで、リターンは主に広告。他サイトより広告単価は高いとは思えないため、リターンは一般的なキュレーションサイトと同じくらいかと推測できます。
その反面で、書かれているはずの知識には専門性が必要で、本来であればコストは高いはずで、リターンとコストの差額が少なくなることが予測できます。
こうした課題を解決するためには、専門家を介さないことなどで質が落ちるであろうコストの抑え方をするか、よりキャッチーな見せ方で集客を増やすなどでリターンを大きくするのが辿り着く答えなのではないかと思います。
他のトピックであれば質が落ちようがケバケバしい見せ方でも良いと思うのですが、医療に限っては超えてはいけないラインがあるはずで、今回に限ってはそこを下回ったと感じた人が多かったのではないかと思います。
最後に
個人的には医療キュレーションサイトなんてなくて良く、しっかりとした医療サイト(病院、学会、家庭の医学など)で分かりやすいページへの疾患や病態別のリンク集があれば十分だし、よっぽど有用だと思っています。
とはいえ、ビジネスになり得る分野である以上、医療キュレーションサイトの出現は拒めるものではありませんし、出現した以上はまともなサイトが発展して、ダメなサイトは淘汰されれば良いと思います。
自分は仕事が全然出来ずに迷惑をかけっ放してでしたがらDeNAで働いていた身として感じるのは、ここまで社員は優秀で、ビジネスに対して実直で、社内政治や階層がなく合理的な組織は日本でも稀有だということです。
医療キュレーションサイト問題はどこかで炎上すると予測できた中で、今回はDeNAのサービスが火を噴いたわけですが、DeNAだからこそ、この難しい領域において良質で健全なサービスを提供できると思いますし、そうなることを医療界にいるOBとして強く望みます。
というわけでテスト勉強に励みます。