ネット世論の構造と社会的背景
10月28日、立教大学社会学部メディア社会学科教授の木村忠正氏が「ネット世論の構造と社会的背景」と題して講演を行った。以下は講演内容の抄録。
1.はじめに
今日ご紹介するのはネット世論についてである。Yahoo! Japanと共同研究を進めており、その成果の一部をお話しする。ネット世論の形成には、基本的にはマスメディアからのニュースに対するコメントに端を発する。アナログ時代では、受信者からのフィードバックといえばマスメディアへの投書くらいだったが、ソーシャルメディアの普及により受信者が発信者になった。近年では、まとめサイト、SNS、知識共有サイト、動画共有サイトなどが普及した結果、ネット利用者たちの関心・注意を強く惹く出来事があると、ソーシャルメディア上のさまざまな関連投稿をアグリゲートし増幅するミドルメディアが誕生し、マスメディアを補完するようになっている。
ニュースに付いたコメントはプラットフォームを運営しているIT企業が管理しているので、従来のネット世論研究ではこの部分を扱うことが難しい。そのため、ネット世論の研究としては2ちゃんねるやツィッターにおけるツィート分析が中心だった。しかし2ちゃんねるやツィッターだけでネット世論を議論すると、ごく一部の意見が強調されたかたちになってしまう。今年出版されて話題となった「ネット炎上の研究」は、実際にはネットユーザーの0.5%の人しか炎上に参加していないのにそれが増幅されて大きく見えることを具体的に論証している。ニュースコメントを分析することで、この現象をより明らかにすることができると思っていたので、去年からYahoo! Japanと共同研究の機会をいただき、ネット世論研究に取り組んでいる。
Yahoo!ニュースは皆さんもご覧になっていると思う。Yahoo!ニュースにはニュース媒体社、つまり新聞や通信社などが記事を提供している。記事に対するコメント欄があり、上位3つのコメントが表示されている。コメントには「いいね」と「わるいね」を投票できるようになっているほか、このコメントに返信する機能もある。コメントに対するコメントは親コメントに対して子コメントという。もちろん、3つ以外のすべてのコメントを読むこともできる。私なぞは、はじめの3つを見て、こういう意見もあるのかで終わってしまうタイプで、自ら積極的に発言しようとは思わないし、ましてやコメントに返信する気も起らない。しかし、実際には1日十万単位の親コメントや子コメントが存在する。
2. 調査の内容
Yahoo!ニュースの2015年4月20日から26日までの記事コメントを調査分析した。Yahoo!ニュースは1日あたり300社程度の媒体から4000以上、6日間で約2.8万件の記事が配信され、1日当たりの閲覧回数は億単位になる。日本ではYahoo!ニュース、コメントで突出した地位を占めており、これを研究することに意味がある。
調査データが2.8万件の記事というのも、従来のアナログメディアに比べると非常に多い。新聞だとせいぜい1日数百、6日間でも2000程度にしかならない。Yahoo!ニュースでは記事は33項目に分類され、タグ付けされている。今回の研究は、東アジアのネット右翼的な言説の調査が背景にあるので、分析したのは政治や社会、経済、国際などの記事集合である。文化やスポーツは今回の対象にしていない。
また去年の12月に、1,000人ほどを対象にした利用者の属性や傾向を知るためのウェブ調査を実施した。この調査でYahoo!ニュースのオンラインニュースメディアとしての特権的地位と、オンラインニュース接触に関する世代差がはっきりとあらわれた。
Yahoo!ニュースは25歳から69歳の年代の8割以上が利用している一方、16-24歳の利用は2/3程度だった。逆にまとめサイトの利用は、25歳前後と50歳前後で大きく異なった。25歳以下の年代では2/3近くが利用するのに、50歳以上では2割程度であった。
この調査でさらに興味深いと感じたのは、2ちゃんねるの若返りである。2ちゃんねるは中年メディアだといわれた時期があったが、最近は16-24歳の半数近くが2ちゃんねるのまとめサイトを閲覧している。特に50歳前後での違いが目立つ。
調査期間中の記事についたコメント数は、記事総数2.8万件のうちの1.5万件であった。つまり半分以上の記事にはコメントが付く計算になる。コメント数は全部で80万にのぼり、1記事当たりの中央値が9件であった。Yahoo!ニュースを見てコメントすることが習慣になっている人がかなりいると推定される。最も多くのコメントがついた記事は実に1万コメント以上だった。
3. 調査の結果
分析結果をご紹介する。まず、どんな内容の記事にコメントが多く集まるか。海外、国際、政治関連にコメントがつきやすいことがわかった。スポーツはコメントが付きやすいが数は多くはない。科学技術、産業経済などは客観的、中立的なので関心を持つ人が限られ、コメントはあまりつかないし、ついても多くはない。沖縄関連は必ずコメントがつく。一部の人が非常に活発に活動しているということがわかる。
クラスタリングという分析手法を使うと、記事を配信したメディアの傾向や相関がわかる。データは媒体について全く考慮していないのに、利用者側の行動を分析するとやはり傾向がでる。既存のマスメディアを見ると、例えば毎日、朝日はリベラル系メディアとして集団を形成する。産経やRecord Chinaは炎上系で、ネット右翼的傾向を刺激してアクセス数を稼いでいる。また日テレ、フジ、読売、テレ朝、TBSがひと塊りになる。ロイター、ブルームバーグ、レスポンスも経済系でまとまる。既存媒体が持つ特性がオンライン上の配信行動にも現れるのが面白い。
Yahoo!コメント(ヤフコメ)を利用するにはログインの必要があり、アカウント情報がある。Yahoo!IDとは別の匿名化された投稿者識別子IDを用いて分析した。コメントをしたID数は5.6万であった。数千万人の閲覧者がいる中で、コメント行動を行うのは0.1%、1,000人に1人くらいの割合である。そのうちの100人に1人くらいがものすごくコメントする。6日間で100回以上コメントしたのは500IDだった。大半は1週間で1-10回なので、週に1,2回、ちょっと気になったことをつぶやくというのがおよそ8割である。
コメントにつく「いいね」「わるいね」を加点と減点に換算した結果、中央値は5点で12.25%だった。分析対象となった40万件くらいのコメントのうち、まったく無視されたのは2.6%しかなかった。
1,000人に1人のコメントした人たちは、他の人のリアクションを気にしているという側面がある。コメント欄は、アメリカのメディアでも炎上が起きやすいのでどんどん閉鎖されているが、ヤフコメを見ている人はそれなりに多い。閲覧者のうち半分以上は見ている。ヤフコメを維持することは、おそらく集客上のツールになっている。ヤフコメを誘発するために「いいね」「わるいね」の仕掛けも重要な役割を果たしているようである。
一方、8割のコメントには子コメントがつかない。興味深いのは、親コメントだけ言う人が7割いる一方、子コメントだけする人が1割いることだ。人にツッコミを入れて初めて、自分の言いたいことが言えるという人もいる。また、親コメント、子コメント両方を行う人が2割いる。
4. テキスト分析
コメントにはどんな言葉が多く出現するか順位付けも行った。その結果、ヤフコメで1,000コメントあると、161件には日本という言葉が何らかのかたちで入っていることがわかった。1つのコメントに日本が何度含まれていても、1件とカウントされている。韓国、中国の出現も多い。ヤフコメの言論空間では、日本や日本人と韓国、中国との対立関係の中に自らを位置づける傾向がある。
出現頻度の高い76語のうち、半数近くが国家(日本、中国など)や世界地域(アジア、欧米など)にあたる言葉で占められている。日本を中国や韓国との対立として捉え、そこに沖縄問題を含めてアメリカが陰日向に介在しているというのがヤフコメの言論空間における基本的な構図になっている。
韓国や中国に関係するコメントがどの程度あるかを分析してみた。侮蔑表現も含めて韓国に関連する単語を「*韓国」としてタグ付けし、これがコメントの中にどれだけ登場するかを分析した。中国に関しても同様に「*中国」とした。
驚いたことに、「*韓国」に分類されるコメントは全体の2割に達した。40万コメントのうちの2割、すなわち8万件ものコメントに「*韓国」が含まれていた。それに比べて「*中国」は9%でかなり少ない。嫌中、嫌韓は同じくらいだろうと思っていたら、ヤフコメでは韓国に対する反感が表出する傾向にある。
産経、毎日、朝日、読売の4紙がYahoo!ニュースに対象期間中に配信した記事に、中国、韓国という言葉にあたるものがどれだけ含まれているか分析した結果、政治で25‐30%程度、社会でも20-30数%だった。注目いただきたいのは、大手マスコミの記事では、中国が言及されるほうが圧倒的に高い点である。中国は日本にとって大きな存在であることがマスメディアの分析からもわかる。一方、韓国はどの媒体でもせいぜい5-7%なので、マスメディアの言説空間において、中国の扱いは韓国に比べて大きい。それなのに、ヤフコメの世界では韓国が主たるターゲットになる。
5. 投稿者分析
次に投稿者を分析した。6万IDを対象に、投稿対象記事数、コメントの加点、減点の合計、親コメント・子コメント数、被コメント数を調べた。また、Yahoo!Japanと共同で侮蔑表現を識別する機械学習プログラムを作り、コメントが侮蔑表現にあたるかどうかを分析した。階層クラスタリング手法を用いてクラスタリングすると、投稿者は大きく2つに分類できた。グループAは1,000IDしかいない。この人たちは平均すると1人当たり1日10コメントしている。この人たちだけで被コメント率が45%もある。加点も33%、ヘイトスピーチも33%にのぼる。つまり、Yahoo!ニュースを見ている人の0.1%がコメントして、そのうちの50人に1人くらいの人が非常にとがった投稿をし、侮蔑色が強く、コメントや「いいね」「わるいね」を沢山集めている。残り49人は侮蔑表現の該当率は1割未満で、コメントもほとんど付かない。この人たちがヤフコメの平均値と考えることができる。
1,000IDのコメントが全体の1/8くらいを占める。そういうところがネット世論のイメージを作り出している。グループBは残りの98%の人たちで、親コメントだけする人と、他人にツッコミを入れたがる人に1:2の割合で分かれる。グループBはヘイトスピーチをせず、レスポンスを求めている感じもない。
グループAをさらに分類してみた。1,000人のとがった人のうち、一部はPositive Response Seekersと名付けた。彼らはヘイトスピーチをしない。むしろ自分のコメントにコメントがついて「いいね」を押されることにものすごく注力する。ヤフコメを見ていると、ニュースが配信されたらすぐにコメントする人がいる。とにかく「いいね」を沢山もらうことに熱中しているように感じる。6日間でなんと1,000コメントしている人もいた。
次にAの中で穏当とは言えない言説で賛同を集める人がいる。嫌なことを言って攻撃するInsulting Attackersである。この人たちは侮蔑表現該当率が高く、半分のコメントが該当する。6. 投稿動機の分析
6万IDのうちの5万近くの人が週に1-2回つぶやくだけだが、2%ほどの人は上記のような行動を取る。何が彼らをそこまでに至らせるのか。私なりに思うのは、第二次大戦後、先進国はマイノリティの人たちに配慮する社会になってきている。社会的にマイノリティな人たちが自らの権利を獲得していくのを支援してきた。一方、20-50代の男性で、一定の収入のある人たちは、自分たちをマイノリティとは言えず、マイノリティの権利主張ができない。かといってマジョリティとしていい生活をしているわけでもない。その人たちが不満をためこんでおり、マイノリティが権利や賠償などを勝ち取ることにいらだちを表明する。マイノリティに対する寛容さを社会が失っている、それがヤフコメの言説空間のかなり主要なものとしてでているのだと思う。
この現象をどう捉えるか、私の研究をさわりだけご紹介する。Jonathan Haidtというニューヨーク大学の心理学者が道徳基盤理論という議論を展開している。道徳や倫理はロジカルでなければいけないというKohlbergやPiagetの主張に対し、人間には情動があってその情動がまず反応し、論理はその後付けをする、という立場である。彼は道徳的判断、特に政治的判断を行う場合の基盤となる情動を6つに区分している。
アメリカの場合、保守、リベラル、リバタリアンという3つの大きな政治志向性があるが、それが6つの情動ベクトルパターンで分かれることをHaidtらは発見した。保守はどの情動も高い。それに対してリベラルはケアと公正さは高いが、内集団の権威や聖/不浄には低い。また経済的な自由には低く、生活様式の自由には高い。リバタリアンは全般的に低く、自由にだけ高い。他の研究によるとリバタリアンは頭がよく、合理的に物事を考える傾向がある。
私は日本の場合ではどうなのかを研究している。今年7月-8月に実施した調査だが、予想以上に面白い結果がでている。16-70歳までの1,000人ほどの有効回答数で、地域、年齢、男女比の分布を均等にしている。この人たちも2/3くらいがYahoo!ニュースを週に数回見ている。コメント欄もよく見ている。彼らに、コメントを書き込むか、とか書き込み方などをダイレクトに質問している。
その結果、ヤフコメには1割の人がコメントをしていると答えている。またネット上なら強い口調で非難し合ってもよい、という質問にYesと答える人であればあるほど、書き込みを行う傾向が顕著に出ている。もうひとつ面白いのは、侮蔑的なことを言われて嫌な思いをしたことが多ければ多いほど、書き込む傾向がある。嫌な思いをしているのに書き込む。非難し合っていい、という結果がでている。
研究によって、日本にも保守パターンとリベラルパターンがあることがわかってきた。保守に4タイプ、リベラルに2タイプ、リバタリアンに2タイプがあるものの、保守系が全体の68%、リベラル系が24%、リバタリアン系が9%という構成になった。リベラルの退潮といわれる理由がわかる。年齢が高いほどリベラル色が強い。特に50-70代の女性はリベラル的パターンが顕著だが、その割合は減ってきている。
7. おわりに
リベラルの人たちはあまり積極的に発言しない。炎上への参加はリバタリアンや保守が多い。荒らし行為、2ちゃんねるへの書き込みも保守系で情動レベルの低い人たちが多い。コメントへの志向性は結婚や子供の有無にそれほど関係性はない。年代別では20代男性にはリバタリアンが多く、リベラルは少ない。10代は保守が85%でリベラルはわずか1割である。安倍政権の支持率が高いことがこれで説明できる。個人的には、保守も大切だが共存しないと対立して力でぶつかってしまうので、こうした世論の構成を踏まえたうえで、過激な衝突をしないような社会を作っていくのが大切だと考えている。
(文責:加藤)