物理学には2つの柱となる理論がある。1つは重力の理論で時空の理論でもある「一般相対性理論」。もう1つは素粒子の理論のベースとなる「量子力学」だ。一般相対論からは「ワームホール」、量子力学からは「量子もつれ」といういずれも奇妙な物理現象の存在が導き出される。これら2つの物理現象が実は等価であるとする仮説を米プリンストン高等研究所のフアン・マルダセナ博士らが提唱、注目を集めている。
■ブラックホール間に近道が存在
一般相対論から導き出される奇妙な物理現象としてよく知られているのは「ブラックホール」だ。ブラックホールは、太陽よりもはるかに質量が大きな星が大爆発し、星の中心部が爆縮されることで生じる。ブラックホールの中心には物質密度が無限大の時空特異点があり、ある一定距離より時空特異点に近づくと、物質はもちろん光さえ抜け出ることができなくなる。この球状の境界面を「事象の地平」といい、それに囲まれた球のサイズがブラックホールの大きさになる。
ブラックホールそのものもかなり奇妙な存在だが、一般相対論によると、理論的には、遠く離れた2つのブラックホールを結ぶ一種の近道も存在しうる。それぞれのブラックホールの事象の地平の内側の時空が結びついているイメージで、これをワームホールという。ただしブラックホールは存在が確証されているが、ワームホールは発見に至っていない。
一方、量子もつれは量子力学の理論から予言される物理現象だ。電子などは一種の自転をしていると見ることができ、自転方向の違いに応じて、一方の自転の向きを+1とすると、もう一方は-1と表すことができる。電子のペアを考えた場合、左側の電子が+1、右側の電子が-1だとすると、電子ペアは(+1、-1)という形で表せる。ここで電子ペアが量子力学的に結び付いている場合、非常に不思議なことなのだが、そうした電子ペアは(+1、-1)でもあり、(-1、+1)でもあるという状態になる。こうした状態を「量子もつれ」という。量子もつれの存在は実験的に確かめられており、量子もつれを用いた次世代計算機「量子コンピューター」の研究開発が世界的に活発になっている。
このように見てくると、ワームホールと量子もつれはまったく異なる物理現象のように思えるが、マルダセナ博士らによれば、これらは同じ現象を別の形で記述したものである可能性があるという。ワームホールと量子もつれの関連性は量子力学の理論と時空の理論を統合した「量子重力理論」を打ち立てるのに貢献するとみられている。
(詳細は25日発売の日経サイエンス2017年1月号に掲載)