ジャパネットに転職した局アナ、プライド捨て挑む話術
■ジャパネットたかたに転職したテレビ局の元アナウンサー
今年引退したあの「カリスマMC」、ジャパネットたかたの高田明前社長の薫陶を受けたアナウンサーたちが、しっかり「売れるトーク」を引き継いでいる。中でも人気は、安定感抜群の塚本慎太郎さんと中島一成さん。そして、ここ最近「この人はうまい!」と、メキメキ頭角を現し評判になっているのが馬場雄二さんだ。
「ジャパネット歴の長いベテランアナ」塚本さんや中島さんは40代前半だが、馬場さんは「テレビ局員からの転職」で、ジャパネット入社3年の今年50歳。馬場さんと最初に会ったのは、局アナ時代の彼が担当していたワイドショーにゲストとして呼んでもらった10年ほど前のことだった。
たまたまこの3年ほど会う機会がなく、「達者なテレビ通販の司会者」と「あの馬場さん」が「同一人物であること」に気がつかなかったのは実に間抜けなことだと、先日久々に話した馬場さん本人と大笑いした。その理由は、うっかり気がつかないほど馬場さんの話しぶりが「違っていた」からだ。こういったら大変失礼になるが、「ものすごく上手になっていた!」。
馬場:「今だから正直に言いますが、転職直後はテレビショッピングの司会をなめていたかもしれません。だってこっちはテレビ局のアナウンサー。しゃべりのプロとしての訓練を受け、ニュースやバラエティー、通販だってやってきたわけですから……と甘く考えていたんでしょうね(しみじみ……)」
梶原:「実際はきつかった?」
馬場:「高田社長はじめ、皆さんの期待を完璧に裏切りました。ジャパネットは台本がないことは知っていました。だから自分なりに商品のスペックを徹底的に分析、分かりやすいプレゼンに仕立てて練習し、本番に臨んだ初日に『これはいける! やりきった!』と、自信満々だったのに……お客様の反応がまるで鈍い。同じ商品を他の社員は10倍、高田社長は楽に100倍売っちゃうんです。そこからですよ、苦悩と修業の日々が始まったのは」
■視聴者に呼びかける高田社長の“完コピ”に取り組む
「しゃべりのプロ」と「売りのプロ」がまるで違うことを痛いほど思い知らされた馬場さんは、「局アナのプライド」をかなぐり捨てて「年下の先輩たち」に教えを請うたのだそうだ。
馬場:「仲間たちは口々に言ったんです。高田社長の完コピをしたらいい! って」
梶原:「完コピ?」
馬場:「高田社長がテレビで実際に商品紹介するVTRの、しゃべりの部分を一言一句そのまま文字に書き起こすんです。停止、戻し、再生。何百回もボタンを押しながら、何時間もかけてそのままノートに写す。その後、VTRの音声を消して高田社長の口の動きに合わせ書き取った言葉を乗せていく。これをひたすら暗記するまで延々と……」
梶原:「完璧にコピーだ……」
馬場:「丸暗記することに意味があるんじゃないですよ。完コピする中で、物を売るプレゼンテーションに必須のトーク技がいくつも見えてきたんです」
梶原:「例えば?」
馬場:「『皆さん、どうです?』『わかりますか皆さん?』『便利だと思いません?』『これ気がつきました?』『安いでしょう?』『便利ですね?』『喜んでもらえそうですね?』。こういうちょっとした視聴者への呼びかけを、繰り返し挟み込む。テレビの向こう側と会話を交わすテクニックが身についてくる」
梶原:「そんなに、いっぱい話しかけたら、うるさくない?」
馬場:「それが、ごく自然なんですよ。間がいいんだと思います。うるさいと思われない、間、それを完コピから学べるんです」
梶原:「言葉というより間の感覚。脇で見ただけじゃ身につけられない……」
馬場:「完コピしないと会得できません。間と言えば、値段をいう前の間、テレビの高田社長は驚くぐらい長めに空けていたんです。私は怖いと思うぐらい。でもそれが見ているお客さんにはちょうどよい、むしろその間の長さに引き込まれるんだと、お客さんの立場で聞き直して理解できました」
梶原:「お値段発表前の、間、確かに長いかもねえ」
馬場:「単なる自分の『ノリ』で話しているわけじゃないんです。社長がよく口にする世阿弥の言葉『離見の見<観客の見ている目で俯瞰(ふかん)して自分を見る>』の意味も、完コピで納得しました」
■高田前社長のなんでもないしぐさは「計算されている」
梶原:「完コピは丸暗記だなんて、バカにできないね」
馬場:「自分らしく、自由に、個性的にといいますが、個性を出す以前に基本をたたき込む。アナウンサーに限らず仕事を覚えるには必要じゃないですか。学ぶはまねる、なんて言いますでしょう? 僕だって先輩アナウンサーについて回ったり、うまい話し手のしゃべりを聞きに行ったりしましたけど、完コピまではしなかった。完コピしないと学べない技って、確かにあるんだと思いました」
梶原:「技を盗むって、そういうことかあ……」
馬場:「しゃべりだけじゃないんです。音のない社長の映像を見ていると、なんでもないしぐさが実に計算されていることもわかりました。紹介する商品を視聴者に最初に見せるとき、社長はそれを、いとおしそうに、宝物のようにして触る。完コピで何百回も見るからその非言語メッセージのすごさも発見できる」
梶原:「でも、完コピやっていると、みんなミニ高田になっちゃわない?」
馬場:「幸か不幸か、なろうと思ってもなれません。お客様への問いかけや、間や、商品をお見せするタイミングなど基本は一緒でも、お届けする商品にまつわる物語は、MCそれぞれが、自分の個性で編み出すことになっていますから」
梶原:「あれ、みんな自分で考えているんだ!」
馬場:「そりゃあ、そうです。そのために、紹介する品物はみんな家に持ち帰り実際に使い込み、これがお客さまの所に届いたらどんな物語が生まれるのだろうか、試行錯誤して言葉を紡ぎ出すんです」
梶原:「言われてみたら、高田社長の紹介した商品は物語と一緒に思い出すよね」
馬場:「わたしが完コピしたVTRにも、社長がスマホ(スマートフォン)を紹介するときのこんなコメントが印象に残っています。『スマホならテレビ電話ができるんです。遠く離れて住んでいるお孫さんとはお盆と正月ぐらいしか会えないなんて方も、これを使えば、お孫さんの日々の成長をそのまま見られるんですよ』って。社長はもともとカメラ屋さんでしたから映像的なエピソードが出てきますよね」
梶原:「そうそう、確かこういうのもあった(梶原、いきなり高田社長モノマネ披露)。『(トーンを思いっきり上げて)どうですか、みなさん! お孫さんの成長の様子も、今撮っておかないと、同じ写真はもう二度と撮れないんです。せっかくならキレイな写真を撮りたいですねえ』」
馬場:「梶原さん、似てますねえ(と、お世辞)……」
■ご一緒に三脚とプリンターもいかが? ……思わず欲しくなる
梶原:「その続きが感動的なのよ(調子に乗りモノマネを続ける私)。『そのとき、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒の写真も撮っておきましょうね。将来お孫さんが大きくなって、あの時の自分はおじいちゃんとこんなふうにしていたんだと、お孫さんが大人になったとき、懐かしくおじいちゃん、おばあちゃんのことを思い出してくれるかもしれません。写真は世代を超えた宝物ですから』」
馬場:「ほお……」
梶原:「すかさず『そんなお孫さんと一緒に写真が撮れるように三脚もセットでお付けします』って」
馬場:「なるほど……」
梶原:「(梶原の怪しいモノマネが続く)『デジタルだから昔のフィルムと違って、何枚撮ってもカメラの中にデータとして保存できますが、せっかく撮った大事な写真はやっぱり現像しておきたいですね。そこで今回は、簡単に現像できるプリンターも、セットでご用意しました』って、私はおもわず電話したくなっちゃった。プリンターもカメラもあるのに……」
馬場:「わかります、その気持ち。仕事で完コピしてる私でさえ、買いたいなって思っちゃうんですから。実は今、商品紹介のために、我が家で某社の新型スチームクリーナーを使っているんです。おかげで入居3年目でちょっと古びた感じのキッチンが、入居したての頃みたいにぴっかぴかになって、3年前、転職の不安と期待が入り交じった当時のことを思い出しました。こういう『新鮮な感動』をどうやってお客さまにお伝えできるか、考えているところです」
局アナから転職して3年。テレビショッピング司会者として、いよいよ脂ののってきた馬場雄二さんの今後がとても楽しみだ。
[2016年11月17日公開のBizCOLLEGEの記事を再構成]
「梶原しげるの「しゃべりテク」」は木曜更新です。次回は12月1日の予定です。
梶原 しげる(かじわら・しげる)
1950年生まれ。早稲田大学卒業後、文化放送のアナウンサーになる。92年からフリーになり、司会業を中心に活躍中。東京成徳大学客員教授(心理学修士)。「日本語検定」審議委員を担当。
著書に『すべらない敬語』『そんな言い方ないだろう』『会話のきっかけ』 『ひっかかる日本語』(新潮新書)『敬語力の基本』『最初の30秒で相手の心をつかむ雑談術』(日本実業出版社)『毒舌の会話術』 (幻冬舎新書) 『プロのしゃべりのテクニック(DVDつき)』 (日経BPムック) 『あぁ、残念な話し方』(青春新書インテリジェンス) 『新米上司の言葉かけ』(技術評論社)ほか多数。最新刊に『まずは「ドジな話」をしなさい』(サンマーク出版)がある。
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