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トランプ次期米大統領の経済政策

中島 厚志 理事長

米国の経済政策を後押しする経済的不利益層

トランプ氏が米国の次期大統領に決まり、さっそくその経済政策に注目が集まっている。詳細は政権発足後でなければ明らかにはならないが、今までの言動を見る限り、経済的弱者を含む米国国民に対して、保護主義やドル安で移民と輸入に奪われた雇用を取り戻し、さらに大規模なインフラ投資、減税や規制緩和などでの成長かさ上げで雇用を創出するスタンスである(図表1)。

図表1:⽶国:トランプ次期⼤統領の経済政策主張
税制 (税率)
全ての所得層の税率を減税。所得税の累進区分についても、現在の7区分から3区分へと減らす。特に、最⾼所得階層の税率を39.6%から33%に減らす
(法⼈税)
35%から15%に引き下げ
貿易
(⾃由貿易協定)
現状の通商貿易協定に反対。当選後の再交渉を⽰唆
NAFTAについて再交渉の結果良い交渉に纏まらなければ、撤退
(関税)
メキシコに対して35%、中国に対して45%の関税を要求する
雇⽤ 国内での事業活動促進のための施策を推進。インフラ投資拡⼤、貿易⾚字削減、雇⽤を容易にするための規制緩和実施など
10年間で2500万⼈の雇⽤を創出し、年率3.5%のGDP成⻑を達成
公的債務 インフラ⽀出及び防衛関連予算の拡⼤を強調する中、公的債務に関する発⾔にブレ。⾦利上昇について、⾼⾦利による価格下落は市中でのバイバックによる債券買戻しの機会と主張
インフラ投資 1兆ドル規模のインフラ再⽣プログラムを掲げており、財源としてのファンドの⽴ち上げやエネルギー⽣産への課税
⾦融
(FRBへの姿勢)
共和党がFRBの低⾦利政策を⾮難する⼀⽅、トランプ⽒⾃⾝は現在のイエレン議⻑の下での政策を"悪くはない"と評価

大統領選挙を通じたトランプ次期米大統領の保護主義的あるいは差別的な発言は懸念される。しかし、その過激な主張が米国民の支持を得た背景には、貿易や移民あるいは米国の安全保障などでの対外政策で経済的不利益を受けていると感じる人々が思った以上に多くいることが挙げられる。

実際、米国では経済的不利益を受けている貧困層が増加している。米国の貧困者は、2014年時点で全体に占める人数で15.6%、世帯数では11.5%に上っている。しかも、貧困層に支給される食料補助金制度(フードスタンプ)の利用者に見られるように、貧困層は増加の一途をたどっている。実際、フードスタンプの受給世帯数は、2000年に650万世帯(全世帯の6.2%)であったものが13年には1570万世帯(同13.5%)に著増している。

さらに、2000年と2014年を比べると、国民の総所得に占める所得の割合は、所得下位20%層で0.5%減少した一方、上位20%層で0.4%増大している。これでは、経済成長の果実は高所得層がほぼ丸取りし、低所得層にはほとんど及んでいない上に中間所得層も大して恩恵を得ていないということになる。

レーガノミクスに近似する経済政策

ところで、トランプ次期米大統領の考え方が、大枠では80年代米国の大統領であったレーガン氏の経済政策(レーガノミクス)に似ていることはすでに指摘されているところである。レーガノミクスの考え方は、市場経済と民間活力を重視して減税と規制緩和を行うものであり、成長率を高めることで減税はあっても最終的には財政赤字は縮小するとの構想でもあった(図表2)。

図表2:レーガノミスクとトランプ⽒主張の異同
レーガノミクス ドナルド・トランプ
所得累進税率の最高税率引き下げ
(70%(就任前)→28%(最終))

(39.6%→33.0%)
累進段階の簡素化
(15段階(就任前)→14→5→2)

(7段階→3段階)
軍備の拡張
(軍事費拡大)

(防衛予算拡大を強調)
社会保障削減
(医療扶助、フードスタンプの厳格化)
×
(社会保障・メディケアは削減しないと公言)
その他政府支出 縮小 拡大
(インフラ投資拡大を公約)
金融政策 アンチインフレ政策
(マネーサプライの制限)
明確な言及無し
規制緩和
(石油・天然ガス価格、ケーブルテレビ、電信・電話、銀行分野)

(雇用関連規制の緩和を明言)
保護貿易
(自動車産業救済策、日本の対米自動車輸出の自主規制)

(NAFTA・TPPへの反対姿勢)

しかし、レーガノミクスは成功したとは言えなかった。確かに、減税と歳出増で好景気が実現した。しかし、80年代ソ連に対抗して国防費を膨張させたことや想定ほど税収が伸びなかったこともあって財政収支が記録的な赤字となってしまった。この結果に鑑みると、トランプ次期大統領が公約通りの経済政策すなわち大幅な法人税・個人所得税減税と巨額のインフラ投資や国防費増を実行すれば、レーガノミクスと同じような結果となる可能性が否定できない。

なお、トランプ次期大統領が大幅減税と大規模インフラ投資を実施すると財政収支がどうなるかを試算すると、トランプ氏が主張する実質成長率3.5%(物価上昇率2.0%を加えて名目成長率5.5%)では財政赤字は対GDP比で横ばいに近い推移となる(図表3)。2000年から2015年までの米国の名目成長率は年率平均3.8%(実質成長率は同1.8%)であり、トランプ氏の公約が実行されれば財政健全化は容易ではないといえる。

図表3:米国:財政収支の見通し
図表3:米国:財政収支の見通し
(注)いずれのケースでも大幅所得税・法人税減税、10年間でインフラ投資1兆ドルを仮定
(出所)米BEA

一方、トランプ氏の主張とレーガノミクスが大きく異なるところもある。その1つが、レーガン大統領がドル高を志向した一方、トランプ氏がドル安を主張していることである。トランプ氏のドル安の主張は、米国に雇用を取り戻す政策提言と整合的であり、80年代のドル相場の顛末を見れば正しいように見える。

実際、レーガン大統領当時のドル高は米国経済を疲弊させ、結局85年のプラザ合意で国際協調によるドル安巻き戻しをせざるを得なかった。しかも、その後世界経済に著しいドル安や世界的不動産バブルとその崩壊といった混乱を巻き起こすことにもなってしまった。とりわけ影響が深刻だったのが、日本である。不動産バブル崩壊が記録的円高とともに経済を下押しし、長期低迷の引き金ともなってしまった(図表4)。

図表4:円・ドル実質実効為替レートの推移
図表4:円・ドル実質実効為替レートの推移
(注)2010=100。上が通貨高、下が通貨安
(出所)日銀、イングランド銀行

しかし、トランプ氏がドル安を主張しているからといって安心はできない。不合理なドル安は米国以外の国に通貨高をもたらし、近隣窮乏化策となりかねないからである。また、新興国が自国通貨高を嫌い、かえって世界的な通貨安競争に結びつく可能性も排除できない。

そもそも、新たな経済政策で米国の景気が良くなればドルはむしろ高くなるのが理屈である。事実、市場では先行きの米景気好転を先取りして金利が上昇しており、ドル高も進んでいる。しかも、米国経済に占める貿易ウエイトの低さなどからドル相場は政策的に重視されないとの見方も出ており、経済実態に沿ったドル相場が形成されている可能性も否定できない。

とはいえ、不合理なドル相場が形成されない保証もない。いずれにしろ、不合理なドル相場が形成されれば、世界経済を大きく混乱させたレーガン時代の二の舞になりかねない。しかも、プラザ合意以降の世界経済混乱の悪影響を最も大きく受けた国の1つが日本である。とりわけ円は、今でも主要通貨中最も投機の対象となりやすい通貨である。ドル安政策の影響を最も受けて一番通貨高になっては経済が疲弊するし、逆にドル高放置で極端な円安に陥っても長期的には経済に大きな禍根を残すことになりかねず、世界的な為替相場の安定維持が強く望まれるところである。

長期悲観と短期楽観

良し悪しを別にすれば、保護主義や移民流入制限などで経済的弱者に雇用を取り戻すのは1つの方策である。しかし、成長率をかさ上げしても、再分配を強めなければ高所得層だけが恩恵を被り、貧困層に恩恵が及ばない可能性が十分にある。また、国内産業保護と移民流入抑制では産業競争力が高まらず、国民はより割高の財を買わざるを得ないことにもなる。

このことは、減税、成長かさ上げ、保護主義、移民流入制限といった政策が、中長期的にはトランプ氏を支持した経済的弱者の期待に必ずしも結びつかないことを意味している。そして、トランプ氏が選挙公約通りの経済政策を実施したとすれば、やがて政策は大きく方向転換を余儀なくされることとなろう。

ただし、トランプ氏が主張するドル安や巨額のインフラ投資などの政策が実施されれば、短期的には米景気を良くする方向に作用する。当選直後の米株価大幅上昇などはそれを先取りした動きとも読める。そして、米景気が盛り上がれば、世界経済にとってもプラスである。

トランプ次期大統領の経済政策が大胆であればあるほど、その効果は顕著な形で現れることになる。一方、その副作用も大きくなる。どのような政策が実行されるか世界は注視しているが、経済的弱者救済につながると同時に米国と世界経済の安定した成長に寄与するものとなることが期待されるとともに、円高や対米輸出抑制などで、とりわけ日本経済だけが例外ということにならないように願いたい。

2016年11月17日掲載

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