消費増税は日本経済の長期停滞の引き金となるのか

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長期停滞の可能性

前回、企業の収益はよいのですが、その企業で働くわれわれサラリーマン・消費者の景気が悪いことをお伝えしました。消費増税で、サラリーマンや消費者が使うお金(個人消費)が構造的にして減ってしまったのではないかと考えています。

私は6年前の私自身の参議院選挙でも、菅直人総理が、なんら党内手続なしにいきなり選挙戦直前に「消費税の増税が必要」と発言し、増税に前のめりになる中、「デフレから脱却できていない中で、つまり景気が悪い状況での消費税増税は経済に大ダメージを与える」と反対を明言しました。あの選挙戦で有権者に訴えかけたときから、私の考えはまったく変わりません。給料が伸びない中で、そしてサラリーマンや消費者が将来への明るい展望を持てない中での増税は悪であることはいうまでもありません。これは消費増税についてだけではなく、東日本大震災の復興財源も増税に頼るべきではないと国会で議論し、行動してきました。

私は今回の消費増税がサラリーマンや消費者にトラウマを植え付けてしまって、今後なにがあっても財布の紐を固く締めてしまう可能性があるのではないか。このトラウマがわが国経済のとりわけその中核となっている個人消費の減少を発端に長期停滞をもたらしてしまうのではないか、その引き金になってしまったではないかと心配しています。

米国の1937年大不況

実は、2014年のわが国と同様に、米国も過去に早すぎる財政緊縮を行い、大々的な失敗を経験しています。よく知られてはいませんが1929年から始まる大恐慌での脱出で二番底をつけたのです。

株価が下落し、企業が倒産、失業者があふれた1929年の大恐慌がおき、当時大統領だったフーヴァーはマーケットに任せるだけの政策しか取りませんでした。これはケインズ経済学の知識が一般的なものになる前の世間的な常識からすれば、見当はずれな政策ではありませんでしたが当然不人気でした。そこで、選挙戦で大胆な経済政策を掲げてフランクリン・ローズベルトが当選。大統領として、有名なニューディール政策で大幅な金融緩和と財政の拡大を行いました。

これにより米国経済は景気回復に向かったのですが、もうそろそろ経済も回復しただろうと考え、1937年に財政赤字とインフレへの危機感から完全に回復する前に金融引き締めと緊縮財政に走ってしまいました。その途端に、米国経済は1929年に劣らない大幅な景気悪化を迎えました。これが「1937年大不況」です。

実は後日談があります。早すぎる経済の引き締めが失敗だったことに当局は気がつきました。その後ただちにこれまでと同じ景気刺激策に戻ったのですが、1937年引き締め以前のような景気回復の強さは戻りませんでした。結局、第二次世界大戦への突入による軍需経済の到来と対戦の終了まで景気は回復しなかったのです。生産自体や雇用は軍需で盛り上がったのですが、株価が以前の水準に戻ったのは戦後でした。そのためこの1937年大不況をきっかけにさまざまな学者が資本主義の「長期停滞」について議論を始めました。

わが国も「異次元の金融緩和」によってデフレ脱却への道を歩んでいたところに消費増税によって冷や水をぶっかけられたことは皆さんもよくご存知でしょう。私には、わが国も、1937年大不況時の米国と同じく、特に個人消費に端を発した長期停滞に陥ってしまった可能性があると感じています。

日本に1937年大不況型の長期停滞を起こしてはならない

緊縮財政とは、他には財政引き締めなどと呼ばれます。これは政府の予算の削減や増税といった手段で歳出を厳しく抑制して、政府のこれまでの借金を返そうとすること。つまり国債の累積発行残高を減らそうとすることです。

私は、参議院議員在任中にこうした財政引き締めにことがあれば走ろうとする霞が関の動きには常に警告を発してきました。増税実施前にも消費増税が米国の大恐慌からの脱出失敗と同様になるのではないかとツイートしました。

また、それに先立つ2013年5月の参議院での質疑でも麻生太郎財務大臣に問いました。

○金子洋一君 長い間のデフレからの脱却というのはなかなか世界の歴史の上でもありません。(中略)アメリカの例で見ますと、一九二九年から世界大恐慌が始まって三三年に当時のルーズベルト大統領がきちんと取り組み始めたと。ああ、これはいいあんばいだな、いい調子になったなというところで、一九三七年に気を緩めて経済を引き締めてしまったわけですね。そうしましたら一気に一九三八年に悪くなってしまったというのがあります。(中略)
その代表例が、大恐慌の研究をしているクリスティーナ・ローマーという学者で、この人が今年(2013年)の三月十一日にオクラホマ大学で講義をしていまして、こんなことを言っております。
『財政赤字の削減は痛みを伴う』という一九三八年からの教訓からは、諸国は自国の財政赤字をコントロールしようと試みるときに注意深くあるべきだと示唆されます。合衆国のような国々は長期の財政問題に取り組む必要があります。私たちは持続不可能な経路を取っており、これを解決せねばなりません。ですが、そのやり方は賢くなくてはいけません。増税と支出削減は成長をそぎ失業率を高める傾向があることを理解すれば、赤字削減を徐々に進めるよう調整した方がよいことになります。他の要因が回復を強化し始めるようになってから進めていく方がよいでしょう」と言っておられるわけです。
また、内閣官房参与の浜田宏一先生も、消費増税の延期を四月九日のロイターの記事で、「消費増税先送りも選択肢だ」と言っておられます。(中略)
せめて名目GDPが実質GDPよりも上になる状態ですね、そこまで持っていってから消費増税と、例えば来年の四月ではなくて次回本来でしたら一〇%に引き上げるときに一遍にやるとか、そういうようなことを御検討をなさってはいかがかと思うんですが、特にそうした方が今の政権も長く続くんじゃないかと思いますけれども、麻生財務大臣の所見をお願いいたします。
(参議院経済産業委、財政金融委、消費者特委連合審査 平成25年05月31日)

残念ながら、政権が2014年4月に消費税の8%への増税を行い、その結果現在の状況となっていることは皆さんもよくご存知だと思います。

消費税増税判断のミスと「景気条項」

政権にかかわりなく進んだ増税の歩み

今回の消費税増税の第一歩は自公政権下で踏み出されました。2009年、政権を失うことが確実な状態の麻生太郎総理の下で「2012年までに消費増税法を成立させる」ことがまず法律の中で規定されてしまいました。駆け込みでの法定でした。そして、次も民主党が政権を失う寸前の2012年には増税を含む法律制定作業が進みましたが、党内論議の結果、「景気が悪い場合には増税をとめることができる」という「景気条項」を官僚の猛反対を押し切り入れた形で法案が成立しました。ここに数値を明示した形で景気条項を入れることができたことは、われわれが中心となった行動が、増税自体を食い止めることはできませんでしたが、戦いの勝負を次の段階へと持ち込んだものでした。しかし、その直後の三党合意では、「景気条項」自体は残ったものの当時の自民党、公明党の意見により消費増税については「時の政権が引き上げの判断をすること」とされてしまいました。

私が今年6月の消費増税再延期を主張したことに対して与党から猛反発を喰らい、党内でもそれに同調する動きがあったことは前回書きましたが、2012年の自公民三党協議でも、増税を確実に進めたい立場の与党出席者からの反発は厳しいものでした。「法律で時の政権の判断を縛るべきではない」というのが与党側からの反論であったことを会議の席上報告を受けました。

ところが2013年には、デフレからの脱却が不十分な状態であったにもかかわらず自公政権が景気条項を無視して増税を決定し、2015年には景気条項自体をも法律から削除してしまいました。この流れが霞が関の主導であったことはさまざまな報道のとおりいうまでもありません。

三党合意文書で「その時の政権が判断すること」

経済政策に通じている論者でも「消費増税を決定したのは旧・民主党」とお考えになる方も多いのですが、2012年6月15日の自公民三党協議合意文書「税関係協議結果」をご覧いただければ、増税は「その時の政権が判断すること」と明記してあることがお分かりになると思います。

「消費税率の引上げの実施は、その時の政権が判断すること。」

「消費税率の引上げの実施は、その時の政権が判断すること。」

つまり前回の消費増税は三党合意に基づいて「時の政権」である自公政権が引き上げの判断を下したものです。しかし2014年4月に8%への引き上げをした後、警告のとおり個人消費が低迷し、その結果、2015年10月に予定されていた消費再増税の一年半延期を自公政権が決定、その是非を問うとして衆議院の解散総選挙が行われました。また今年の参議院選挙の直前の6月には再度二年半の延期が決定され、先日11月18日に法律が成立しました。

実際に安倍晋三総理も、2015年2月5日の参議院予算委員会での私の質問に対して、

「今回の消費税の引上げでございますが、もちろん、最終的には私の判断で引上げを行ったところでございますが、(以下略)」

とかなり微妙な答弁をしていますが、いうまでもなく今やるべきことは、どの党がデフレ下の増税を行ったのかという犯人探しではありません。むしろ安倍総理や私自身を含む国会議員全員が霞が関官僚の手のひらで踊らされてしまったということを反省すべきです。こうした誤った判断を繰り返さないような仕組みづくりが今後必要です。

懲りない学者・評論家たち

自民公明政権、財務省や政権に近い多くの学者や評論家は、前回2014年4月の消費税8%への引きあげ前に『消費増税は景気に悪影響がない。一時的な反動減はあってもすぐ元に戻る。なぜなら増税で社会保障が安定化するので消費を下ざさえする非ケインズ効果が働くから。』として増税を推進していました。残念ながら黒田日銀総裁も増税推進者の一人であることは前回も指摘したとおりです。

この非ケインズ効果とは、財政削減や増税が景気にプラスの影響を与えるとする現象です。ただし、過去のほんの一時期に輸入依存度が大きい北欧の小国でそういう現象が起きたことは確かですが、本当に大国である日本でそういう効果がおきる可能性があるのかどうかは極めて疑問ですし、実証もされていません。実際に当の財務省官僚に「今後の日本で非ケインズ効果がでると思いますか?」と党内の部門会議などでたずねても、「そうだ」とは答えません。しかし、表の場ではしっぽをつかまれないようにしていて、目の届かないところで政治家たちに盛んに振り付けていたことは財務省に近い立場の国会議員の会議の席上などの発言から明らかです。

こうした発言をした人々は今、口をつぐんで日本経済を暗転させた説明責任を果たそうとしません。安倍総理も彼らに対しては、2012年の増税延期の判断では彼らの意見は聞かなかった。と国会で私に対して答弁しています。賢明な判断だと思います。

われわれが提案した景気条項はデフレ脱却を「条件」としていた

消費増税法には成立当時、通称「景気条項(景気判断条項)」があったことは先ほど書きました。これは民主党政権時、党内の法案審議のなかで、「デフレ不況から脱却していない今はまだ消費増税をすべきではない」と考えたわれわれが、当時の執行部と折衝して採用させたものでした。

その内容は、「一年間の名目経済成長率で3%程度かつ実質経済成長率で2%程度の経済成長を目指し経済運営を行う」ことと、消費増税を決定する前に「経済状況などを総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる」ものです。つまり、経済情勢を考えた上で景気がよくないと判断される場合には、増税を見送るという仕組みでした。

同時に、この数値目標は、名目成長が実質成長を上回るという形にもなっています。これは、物価上昇率を表すGDPデフレーターがプラスである状態、つまり、物価下落の状態であるデフレからの脱却が増税の前提となっていたのです。私がこの景気条項の詳細を党内で提案したとき、この経済成長率を満たすことを「条件」にはじめて増税できるとするきわめて拘束力が強いものを党執行部に示しました。その後、当時の政府・執行部の強力な巻き返しと切り崩しで、「条件」ではなく、「努力目標」にランクダウンしてしまいましたが、その「努力目標」ではあっても、「景気条項」が「経済状況などを総合的に勘案」するという本来の趣旨に沿って官僚によって運用されれば、デフレ不況下での増税は避けることができたはずでした。

手続きを法定することが重要

2013年秋、そして2014年秋、総理官邸にエコノミスト、学者、団体関連の代表などが集められて行われた、増税の賛否をヒアリングする「消費増税点検会合」が開かれたのも、この「景気条項」に基づいた手続きでした。こうした手続きが政治的にスムースにできることは政治的には極めて重要です。なぜなら、こうした条項が法定されていなければ、政局を目的としたマスコミや野党のあら捜しの対象となってしまうからです。支持率が低い政権ならこうした攻撃を予想した場合、消費増税の見直しに着手すること自体が、内閣への求心力減少につながりかねず、減税延期の検討という国益を大きく左右すること自体に手をつけることができなくなってしまうのです。政治に疎い皆さんには、こうした景気条項を法定することの重要性については分かりにくいようです。

このことは、その後2014年11月18日に行われた安倍総理の解散表明記者会見で「社会保障・税一体改革法では、経済状況を見て消費税引き上げの是非を判断するとされています。今回はこの『景気判断条項』に基づいて、延期の判断をいたしました。」とわざわざ言及していることでも判ります。

クルーグマンの指摘を先取り

ノーベル経済学賞学者であるクルーグマンも、2014年11月、マスコミによる消費増税に関するインタビューに答えて

「私としては『インフレ率が2%程度に達してから引き上げる』といった条件付きの延期の方が望ましいと考えるが、そうした可能性がないことも理解している」

としています。彼が述べたこの「条件」こそが、まさにわれわれが提案した「景気条項」の最初の案そのものでした。

しかし、2015年3月31日、税制改正法が可決成立し、われわれが心血を注いで守り抜いた「景気条項」は廃止されてしまいました。それにしても安倍総理はなぜ「景気条項」を霞が関の要求に屈して唯々諾々と削除してしまったのでしょうか。「景気条項」があったからこそ、霞ヶ関に対して交渉力を高めることができたのではないでしょうか。『いつでも増税を止められるんだぞ。』という脅しがなければ相手に言うことを聞かせることができなくなってしまいます。

将来に希望が持てなければ「長期停滞」につながる

また一方、野党側からも、景気条項の復活要求をすべきではないでしょうか。復活して、その精神どおりの運用がされれば、今のような個人消費不況が続けば消費再増税は行えなくなることも期待できるかもしれません。さらには他の税金の引き上げにもその政治的な含意の影響が広がる可能性すらあります。

日本国内の企業、サラリーマン、消費者はバブル崩壊この方の、少しでも景気が回復したとみれば財政や金融を引き締めようとするわが国政府・日銀に痛めつけられていることは、これまで何回となく指摘してきました。たとえば日銀により物価はマイナス1%からゼロ%の間に維持されてきたことを指摘しました。こうした過去の政策の動きをみれば、今、足元の経済が多少よくなっても、「いつ政府日銀はわれわれの生活を無視して引き締めに走るかもしれない。だから少しでも余裕があるならば貯金しよう。」と個人が考え、将来の可能性でしかない再増税対策として消費を減らし、節約し貯金に回してしまっている可能性は大いにあります。そして、個人消費が減れば、企業も国内生産を増やすこともありませんから、工場などの能力強化も行わず、結果として国内での投資が伸びません。こうした悪循環のメカニズムが日本型の2014年長期停滞につながる可能性があります。

これをなんとか断ち切ることが今の政府・日銀に求められている政策だと考えます。かえすがえすもこの時期に国会にいることができないのが残念でたまりません。



ローマーの講演録については、クリスティーナ・ローマー「大恐慌から得られる今日の政策への教訓」(2013年3月11日) – 道草から引用させていただきました。ありがとうございました。

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