5年8カ月という歳月は、地球にとってはほんの一瞬まばたきするほどの時間でしかない。

 きのう早朝に起きた東日本大震災の余震とみられる地震は、忘れっぽい人間の記憶を呼び覚ますものになった。

 まどろみから追い立てるような揺れが、東北から関東を襲った。福島県沖を震源とするマグニチュード(M)7・4の地震は、宮城県仙台港で1・4メートルの津波を記録した。国内では大震災以来最大の高さとなった。

 2011年3月11日の本震の後、余震活動の領域内とされる場所でのM7以上の地震は、その年に6回、12~14年に各1回起き、きのうが10回目だ。この地域の地震活動が落ち着いたわけではない。今後も同じ程度の揺れへの警戒が必要だ。

 津波は、気象庁の予想とは違うあらわれ方をした。

 宮城県には当初「注意報」が発令されていたが、仙台港で想定を超える高さを観測し、津波到達後に「警報」に引き上げられた。震源に近い福島県小名浜(おなはま)港よりも仙台港の方が高くなった理由について、気象庁は詳しくはわからないとしている。

 地震の規模はそれほどでなくても、震源が浅ければ、断層のずれ方によって津波が大きくなることがある。予想には限界があると心にとめて、命を守る行動を取りたい。

 多くの人たちをひやりとさせたのは、東京電力福島第二原発の使用済み核燃料を保管するプールで、冷却水を循環させるポンプが一時止まったことだ。

 地震による水位変動を検知し自動停止装置が働いたためで、そのこと自体に問題はない。

 しかし3・11直後、福島第一原発では、プールの冷却停止による燃料損傷と放射性物質の大量放出が真剣に危ぶまれた。それを考えると、教訓が忘れられていないか心配になる。

 原子力規制委員会は、使用済み燃料を水ではなく、空気の自然対流で冷やす「乾式貯蔵」の導入を各電力会社に求めている。だが、敷地内での長期貯蔵に道を開くことになり、地元の反発や核燃料サイクル路線の見直しを招きかねないとする電力側の反応は鈍い。ここは、安全の確保を第一に考え、実現を急ぐべきだ。

 今回の地震は、福島第一原発の敷地内のタンクにたまり続ける汚染水のリスクにも、改めて人々の目を向けさせた。

 一つ一つの災害に謙虚に学び、個人も企業も社会も着実に対策を講じる。今日にも起きるかも知れない次の災害に備えるには、それしかない。