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資料:「大聖人観と御本尊観」(PDF文書)

 投稿者:ClearSky  投稿日:2016年11月24日(木)00時45分13秒
  会則の教義条項の改定。教義の改変。

「このままいくと、創価学会はどうなってしまうのか?」
「これまで三代会長が命懸けで築いてこられた創価の城は、これからも万代にわたって磐石だと自信をもって言えるのだろうか?」

皆、あまり口には出さないようですが、正直な意見を聞くと、程度の差はあれ、大部分の方は学会の将来を心配しています。
しかし、ほとんどの人は何もしませんし、行動を起こすことはありません。
これらの方を非難はしません。ただ、一緒に学んでみようと思います。
池田先生の指導は本質を突いているので、あらゆる局面で応用できます。
地域は違えども、状況は違えども、境涯は違えども、自分の環境を変えようと決意させてくれる何かがあると感じています。

公開する資料は、学会で起きている事に「気付き」、先生の指導を「学び」、何をすべきか「考える」ための材料になればと考えて作った(作っている)ものです。

資料作成はまだ途中ですが、2017年1月から昭和54年に関する(であろう)新・人間革命が30巻が連載開始となるので、今の時期に敢えて資料として公開しました。
学会で起きている事(起きていると思われる事)を客観的に形にするのは、難しいものだなと感じています。なるべく、客観的に、且つ公平に記述しようと思うのですが、難しいです。
現実に起きていることを直視するのは、時に困難を伴います。
資料には、真面目な学会員には知らせたくないことも書いてあります。これは、なるべく注意して作成しています。
また、どこまで書こうか悩みましたが、少し踏み込んだ内容まで書かないと、資料の意味がないと思い、このような形にまとめました(第一章です)。

本資料は、学会教義の変化の面にフォーカスして纏めたものです。
但し、現在、学会で起きていることは、資料に書いた教義に関することだけではないように思います。
一言で言えば、「池田先生の功績を蔑ろにする」ようなことが起きていると考えています。
教義はその一面にしか過ぎないと。

その意味で、現在の学会の状況は、昭和54年の状況が再現されているように感じます。
また、それは、昭和54年をきちんと清算しなかったことが原因ではないかと考えています。

私には200年先のことは分かりませんが、せめて次の世代には素晴らしい学会を譲り渡してあげたいと願っています。
私にできることは僅かですが、先生の指導から学んで実践しようと思います。
同じ思いで、同じ憂いで、先の不安を解消しようと立ち上がった方々も居ます。
しかし、組織の中で孤立したり、中には除名になった方もおられます。
私は権威を笠に着て、人を苛める人間は好きではありません。先生の指導にも反しています。
何より、法を真剣に求める人を処分することは間違っています。

本資料は、少しでもそのように苦しめられている方々の応援になればとの思いを込めて作成したものです。
そして、まだよく分からないという方と対話するためのツールとして、私も活用しています。

まだ全ての内容は完成していないのですが、できている文書だけ先に公開することにしました。
もしも、この掲示板の方々にとって有益なら、本資料を使ってもらえれば嬉しく思います。

ClearSky (クリアスカイ)

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本資料は幾つかの章に分けて、公開します。

 - 序章
 - 第一章 教義の変化
 - 第二章 法華経の智慧から

本年の11月時点で、上記の三章を閲覧またはダウンロードできるようにしました。
インデックスマップに章の構成とダウンロードリンクを記しておきます。クリックすれば表示できるはずです。

https://drive.google.com/open?id=0B8wEn1gSIiIjaDNldE03TDZuZFU

公開には、Googleドライブを活用しています。
ダウンロードすることなく、Webブラウザだけで、資料を閲覧(プレビュー)することもできます。
また、もし必要があれば、文書をダウンロードすることもできますので、ご活用下さい。

一部の資料は「要約版」と「詳細版」になっています。

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同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年11月23日(水)23時45分1秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
風邪などひきませぬように
おやすみなさい
 

幻滅を希望へ

 投稿者:misfit  投稿日:2016年11月23日(水)23時26分40秒
  実名告発創価学会、読みました。
これ程ひどいとは・・・・・。
この組織は想像以上に重体。
最高幹部と取り巻き幹部は信じられない。
現場で懸命にがんばっている一般会員に
希望を見出して行こう。

 

昨日の地震に思う事は。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年11月23日(水)23時24分14秒
  東北在住のある方に安否確認の連絡をしたところ。

東日本大震災から五年八カ月。
半壊した東北文化もやっと落成し、報恩感謝のため、世帯の数倍の新聞啓蒙と任用試験で頑張った。

前日の新聞で先生より「その不撓不屈の勝利の象徴たる新・東北文化会館」「変毒為薬」「三変土田」との随筆。さあいよいよこれからだと。

決意も新たにした翌朝、瞬間の出来事であったと…。
 

師弟の団結

 投稿者:青葉  投稿日:2016年11月23日(水)23時00分18秒
  乱れきった時は、いよいよ地涌の菩薩の戦いとして、千載一遇の時!

まさしく社会に置きましても、世界でも、権力や戦争を嫌い、目覚めた民衆が立ち上がりだしました。
権力の魔性に取り付かれ、利権を貪る有名人が崩れてゆく兆候が現れてきました。

ここ宿坊掲示板に正義の投稿される同志は、お互いに、先生を求め抜き、裏切り者に鉄槌をくだし打倒しゆく久遠の同志だと確信いたします。

考え方が違おうが戦い方が異なろうとも、貶しあう事などなく、誓願の題目で先生の一点に団結しましょう。

師弟で生き抜く我々は堂々と、どこまでも仲良く楽しんで、総力をあげて不正の天魔の輩共を追い詰め打倒しましょう!

 

題目の質と量どちらが大切か

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月23日(水)22時46分10秒
編集済
  ●十万リラのお札は、一万リラのお札よりも質が高い。十万リラの方が良いのが当然です。真剣な、確信ある唱題が大事です。その上で、十万リラ札を、数多く持っていれば一番いいわけです。「質」も「量」も、両方大事なのです。


●また、仏法では感応が大切です。例えば電話は、感度が良ければ、小さな声でも「もしもし」とささやいても通じる。叫ぶような声で「もしもし~!もしもし~!」とやっても通じない場合もある。
 祈りが通じるには、ありのままの自分で、子供が「お母さーん」と親に抱きつくような気持ちでぶつかっていくことです。


●御書には「夫信心と申すは別にはこられなく候」(一二五五㌻)と仰せであります。ありのままの自分で良いのです。無作というか、苦しければ苦しいままに、悲しければ悲しいままに、時にはだだっ子が、お小遣いをねだるように、思ったとおりに祈っていくことです。


●御本尊は親で、私たちは子供ですから、かわいい子にしつこく言われて、お小遣いをまったくあげないような親はないでしょう。ただし、少しは“良い子”にならないといけない。
 親の言うことをよく聞いて、その指導通りに成長していけば、最後には祈りは絶対に叶います。大聖人の願いは、私どもの幸福なのだから、その大聖人の御生命に触れ、つながっていって幸福になれないはずがない。 大聖人のお使いとして広宣流布のために働いた人を、大聖人が守って下さらないはずがありません。


●どこまでも自分のための信心です。唱題も「自分が満足する」ということが大切です。決して、何遍やらなければいけないとか、形式ではない。
 目標を立てることは意味があるが、疲れてるときとか、眠いときとか、心もうつろに惰性で口を動かしているだけ…。それよりも早く休んで、はつらつとした心身で行うほうが、価値的な場合がある。
 自分が、「ああ、すっきりした」と満足することが一番です。その毎日毎日の積み重ねが、自然のうちに「所願満足」の人生を開いていくのです。


 

法匪とは②

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年11月23日(水)22時39分17秒
  信濃町のネット対策チームの対策です。

学会員さんであれば皆様知っている法匪は「山崎正友」です。

「山崎正友」は創価学会の顧問弁護士でありながら、創価学会を恐喝した弁護士です。

まさに、法律を詭弁的に解釈して、自分の都合のいい結果を得ようとした人間です。
当然、民衆である会員さんのことなどかえりみない人間です。

それにしても近年の一般会員さんへ創価学会職員の行う一方的な「査問・尋問」と会員さんとその家族へ行う「処分」を考えると何故、こんなに創価学会には弁護士がいるのに「人権を保護」せずに「法律に無知な会員」さんが一方的に「処分」されるのか?疑問になります。

本来、創価学会は公益法人として「人権を尊重」しなくてならない団体のはずです。

「妙法の弁護士」がいないのでしょうか?

「法匪」

皆様はこのことをどのように感じますか?
 

本日の同盟題目

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月23日(水)22時36分55秒
  明朝、雪の影響で早めに起床される方は無理をなさらずにお願いします。ご自分の都合に合わせてご参加ください。時間短縮でも構いません。

私も明朝は早く起きるので22時45分から30分間の唱題をします。23時からご参加の方は、再度呼びかけをしないので、23時にお願い致します。
 

法匪とは(再掲)

 投稿者:信濃町のネット対策チームの対策  投稿日:2016年11月23日(水)22時24分50秒
  信濃町のネット対策チームの対策です。

宿坊の掲示板で度々「法匪」という語句が出てきます。
八尋弁護士に関係する話題で出るようです。
日常で聞きなれない語句でしたので調べてみました。

実用日本語表現辞典より
読み方 「ほうひ」
法律を詭弁的に解釈して、自分に都合のいい結果を得ようとする者を指す呼称。「匪」は賊や暴徒を意味し、一種の蔑称として用いられる。

goo辞書より
《匪は悪者の意》法律の文理解釈に固執し、民衆をかえりみない者をののしっていう語。
 

今日の聖教の体験談は法匪の親族

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月23日(水)22時13分14秒
  体験談は素晴らしいがちょっとアレですね。……

法匪の井田弁護士のご親族です。

ちゃっかり、記事中にも井田吉則の氏名が掲載されてましたね。柳原氏にご都合主義をレクチャーしたご褒美(笑い)に、ご親族の体験談を掲載ですか?まさかその様な事はないですよね?

***********************

柳原滋雄さんが教学力なきゆえに、遠藤、宮地に取材できない。  投稿者:新麹町弁護士事務所 I田
投稿日:2016年 9月22日(木)22時44分20秒   通報
柳原さんは、波田地さんや宿坊の掲示板対策にあたり、井田吉則弁護士から解説と絵解きを指南されてましたよ。

芝居が下手すぎます。

所詮は、使い走りの人生で、一人立つ、とは程遠い人生です。

 

迷惑行為、お子ちゃまだからね。父っつあんボウヤやな。

 投稿者:父っつあん  投稿日:2016年11月23日(水)21時44分53秒
編集済
  下に注目、迷惑行為はお子ちゃまだから仕方ないな。
みなさんはスルーしなはれな。誰も相手にしなきゃいいのよ。管理人さん、注意しなはれ。ほなサイナラ。
 

何かあるといつも新しいHNで出てこられますよね?

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年11月23日(水)21時27分43秒
  どうでもええけど。
今回は、HN父っつあん(関西弁丸出し)ですか。
ご苦労様です。
管理人さんが判断されるんやからチャチャ入れんほうがええと思いますが。
それと大阪の地区ブチョさん、謝りながらの低姿勢で、ここは出会い系ですかって、
子供じゃないんやから投稿される以上勉強して下さい。
 

二種類の「永遠の生命」の考察 追記 

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年11月23日(水)21時23分50秒
  御書の一節

仏法の中に入りて悪しく習い候ぬれば謗法と申す大なる穴に堕ち入つて、十悪五逆と申して日日・夜夜に殺生・偸盗(ちゅうとう)・邪婬・妄語等をおかす人よりも・五逆罪と申して父母等を殺す悪人よりも、比丘・比丘尼となりて身には二百五十戒をかたく持ち心には八万法蔵をうかべて候やうなる、智者聖人の一生が間に一悪をもつくらず人には仏のやうにをもはれ、我が身も又さながらに悪道にはよも堕ちじと思う程に、十悪・五逆の罪人よりも・つよく地獄に堕ちて阿鼻大城を栖(すみか)として永く地獄をいでぬ事の候けるぞ」
  妙法比丘尼御返事 p1407

謗法と申す罪をば我れもしらず人も失(とが)とも思はず・但仏法をならへば貴しとのみ思いて候程に・此の人も又此の人にしたがふ弟子檀那等も無間地獄に堕つる事あり、
   妙法比丘尼御返事  p1408

法華経を讃(ほ)むると雖(いえど)も還て法華の心を死す」等云云、此等をもつておもうに法華経をよみ讃歎する人人の中に無間地獄は多く有るなり、嘉祥・慈恩すでに一乗誹謗の人ぞかし
  報恩抄P314

夫れ大事の法門と申すは別に候はず、時に当て我が為め国の為め大事なる事を少しも勘(かんが)へたがへざるが智者にては候なり、 仏のいみじきと申すは過去を勘へ未来をしり、三世を知(しろ)しめすに過ぎて候御智慧はなし、 設い仏にあらねども竜樹.天親・天台・伝教なんど申せし聖人・賢人等は仏程こそ.なかりしかども・三世の事を粗知(ほぼ、しろ)しめされて候しかば名をも未来まで流されて候き、 所詮・万法は己心に収まりて一塵もかけず九山・八海も我が身に備わりて日月・衆星も己心にあり、 然りといへども盲目の者の鏡に影を浮べるに見えず・嬰児(みどりご)の水火を怖れざるが如し、外典の外道・内典の小乗・ 権大乗等は皆己心の法を片端片端説きて候なり、然りといへども法華経の如く説かず、然れば経経に勝劣あり人人にも聖賢分れて候ぞ、法門多多なれば止め候い畢(おわ)んぬ。
-----―
さて大事の法門というのは別のことではない。時に当たって、我が身のため、国のために、大事な事を勘えて少しも間違わないのが智者なのである。仏が尊いというのは、過去を勘へ、未来を知り、三世を知っておられるからであり、これに勝る智慧はない。たとえ仏ではないけれども、竜樹・天親・天台大師・伝教大師などという聖人・賢人等は仏ほどではなかったけれども、三世のことを粗知っておられたので、名を未来まで伝えられたのである。
所詮、万法は己心に収まって、一塵もかけてはいない。九山・八海も我が身に備わり、日月・衆星も己心に収まっている。
しかしながら、盲目の者には鏡に映る影が見えず、嬰児の水火を怖れないように、凡夫には己心に収まる万法が見えないのである。
外典の外道や内典の小乗・権大乗等は、皆己心の法を片端片端説いているのである。しかしながら、法華経のようには説かない。それゆえ、経々に勝劣があり、持つ人々にも聖賢が分かれるのである。法門のことは限りないことであるから、これで止めておく。
    蒙古使御書 p1473
 

ジョーカー様、m(._.)mありがとうございます。

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2016年11月23日(水)21時21分0秒
  ジョーカー様、m(._.)mありがとうございます。

ご指導を心に刻みまずは自分の第六天の魔王を追払い

池田門下として決して権威主義には屈しない自分を鍛

えて行く決意です。

元々威張る奴は大っ嫌いで威張ったり人をいじめるような奴は正義の鉄槌を喰らわしてきました。(高校を卒業するまでです。)

しかしその鉄槌を喰らわした中にも権威主義が、宿っていたと反省し、行動を改めて参りました。

なので私の中の第六天の魔王はちっちゃいと勝手に思ってます。m(._.)m

そして権威主義の化け物と化した執行部と長年かけて
王道からずれてしまった学会を先生が思い描いていた学会に取り戻すために一生をかけることを誓います。

秋谷、八尋、谷川、原田、浩、池田先生が指揮をとられていた時はビクビクしていたくせにお出にならなくなってすぐにしかも露骨に反逆しやがって

許・さ・ん・ぞ (# ゜Д゜)

 

二種類の「永遠の生命」の考察 10/10

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年11月23日(水)21時14分14秒
  二種類の永遠の生命について書いてきましたが、私はこの様な教義上の疑問点について、長年声を上げ続けて来ました。
しかし、実はこの問題点は、リーダー達との確執だけではなく、私とメンバーさん達との間の問題意識の差でもありました。

私はこの「生死」の問題に関する教義の解釈の正邪を、「謗法」かどうかにかかわる一番の基礎になる部分だと訴えてきました。
そして、もしその解釈が間違っていて、それが本当に「謗法」に値するとしたら、その見返りは怖いものがあります。
だから、簡単に無視はできないと思っています。

ここで「謗法」についての定義を少し書いておきます。

答えて云く誹謗正法とは其の相貌如何・外道が仏教をそしり・小乗が大乗をそしり・権大乗が実大乗を下し・実大乗が権大乗に力をあわせ・詮ずるところは勝を劣という・法にそむくがゆへに謗法とは申すか、
  妙一女御返事 p1259

とある様に、「謗法」とは低く浅い教えでもって、深く高度な教えを破折しようとすることです。
この「教」の浅深は「五重の相対」などで説かれています。

更に、深い教えを知悉している上で意図的にする「謗法」の罪は、何も知識がなくてやる罪よりも重くなります。。
そして更に、立場の高い人が犯す謗法は、その影響力という観点から、そうでない人達と比べて、重くなります。

メンバーの方達にとっては、「輪廻」や「宿業」の件は特に大切な教義ではなく
いろいろな考え方があったとしても謗法だと思わないか、「謗法」という思考自体が古い考えだと思っている様です。
又は、それ以前に学会が基礎教学を変えるはずがないと、頑なに信じているか、、です。

最終的には、総ての人は宗教の自由の権利が保障されている訳ですから、その思考形態を、誰にも強制的にコントロールする権利はありません。
しかし、それは、個人のレベルにおいてです。
宗教組織のレベルでは、そうはいかないと思います。

ある宗教の信者達が、ある信仰を基に宗教団体を創るとしたら、必ずみんなで共有できるその基礎となる教義があるのは当然でしょう。
最初から、そんなものはなく、みんな勝手に解釈してもいい団体なら、その旨をみんなに告げながら、違う考えの人達にも、寛容の姿勢をとるような取り決めがなければいけないのではないでしょうか。

宗教は、帰納法的な科学などと違って、演繹法で真理を説く分野ですから、「信」を修行の基礎におきます。
ですから、その肝心の「信」の内容が何なのかは、組織の存在の意義にかかわることだと思います。

しかし、私にとっては今の組織はもう全く異次元の世界です。
ほとんどのメンバーは、基礎教学が変わっても無関心です。

ですから、執行部は好き勝手に教義を変えていきますが、メンバーは、それさえもあまり興味はなく、宿業転換のレベルまではいかない浅い自己啓発の修行を、仲間と楽しくやっていればいいという組織になってしまったようです。


ひとつだけ、御祈念文の回向について、こちらのリーダー達の考え方を記しておきます。
公言はしないでしょうが、回向に関しては、これが今の創価学会の公式な教義解釈でしょう。

「生命は死ぬと個の生命は消失するので、回向の意味は死者に題目の功徳を回し向けるということではなく、自分の心の中にある、その人への感謝や思いを通して、深い精神を養っていく修行の意味である。」
 

レ・ミゼラブルを読み直す(17)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月23日(水)20時51分19秒
編集済
  六    戦のはじまり

世間から離れていたコゼットは、やはり世間から離れていたマリウスと同じく、今はただ点火されるのを待つばかりになっていた。運命はそのひそかな一徹な忍耐をもって、両者を徐々に近づけていた。しかもこのふたりは、情熱のわき立つ電気をになって思い焦がれていた。この二つの魂は、雷を乗せた雲のように恋を乗せ、電光の一閃に雲がとけ合うように、ただ一暼のうちに互いに接し互いに混和すべきものであった。

ただの一暼ということは、恋の物語においてあまりに濫用されたため、ついに人に信ぜられなくなった。互いに視線を交えたために恋に陥ったということを、今日ではほとんど口にする者もない。しかし人が恋に陥るのは、皆それによってであり、またそれによってのみである。その他はやはりその他に過ぎなくて、あとより来るものである。一暼の花火をかわしながら二つの魂が互いに与え合うその大衝動こそ、最も現実のものである。
コゼットが自ら知らずしてマリウスの心を乱す一暼を投げた時に、自分の方でもコゼットの心を乱す一暼を投げたとはマリウスも自ら知らなかった。彼はコゼットに、自分が受けたと同じ災いと幸福とを与えた。

既に長い以前から彼女は、若い娘がよくするように、よそをながめながらそれとなく彼の方を見、彼の方をうかがっていた。マリウスはまだコゼットを醜いと思っていたが、コゼットの方では既にマリウスを美しいと思っていた。しかし彼が彼女に少しも注意を払わなかったと同様、彼女の方でもその青年に対してどうという考えは持たなかった。

それでも彼女はひそかに思わざるを得なかった、彼が美しい髪と美しい目と美しい歯とを持っていること、その友人らと話すのを聞けば彼の声にはいかにも美しい響きがあること、その歩き方はまあ言わば不器用ではあるがまた独自の優美さを持ってること、どこから見ても愚物では無さそうであること、その品位は気高くやさしく素朴で昂然としていること、貧乏な様子ではあるがりっぱな性格らしいことなど。

ついにふたりの視線が出会って、人知れぬ名状しがたい最初のことを突然目つきで伝え合った日、コゼットはそれがどういう意味か初めはわからなかった。彼女はジャン・バルジャンがいつものとおり六週間を過ごしにきてるウエスト街の家へ、思いに沈みながら帰っていった。翌朝目をさますと、彼女はまずその知らぬ青年のことを頭に浮かべた。彼は長い間冷淡で氷のようであったが、今は彼女に注意を払ってるらしかった、そしてその注意が快いものだとはどうしても彼女には思えなかった。彼女はその美しい傲慢な青年に対してむしろ憤激をさえいだいた。

戦いの下心が彼女のうちに動いた。これから意趣返しをしてやることができそうな気がして、まだごく子供らしい喜びを感じた。

(続く)
 

管理人さん

 投稿者:父っつあん  投稿日:2016年11月23日(水)20時23分46秒
  注意しなきゃあかんよ。嫌がらせの迷惑行為って思う人もおるで。  

うららさんのご意見に賛同します。

 投稿者:大阪の地区ブチョ?、メール  投稿日:2016年11月23日(水)20時07分17秒
編集済
  僕も先ほど、自分の問いかけに名無しの方からここは出逢い系ではありませんとメールを頂戴しました。ですので、無理に色々な方々と会う必要はないと安心いたしました。そして、知性ある大人の掲示板だと納得いたしました。ありがとうございます。  

スルーしなはれ

 投稿者:父っつあん  投稿日:2016年11月23日(水)20時00分6秒
  相手にしてくれる方をみつけたいだけやないか?
スルーしなはれや
 

虎さん

 投稿者:うらら  投稿日:2016年11月23日(水)19時55分31秒
  何かご用がおありでしょうか。
思いありなら内に秘めておられるままで掲示板の投稿者へ批判を投げかけ、
一方で他の方に対面を呼びかけておられますが、その意図がわかりません。
ここの皆さんが虎さんと対面すれば問題が打開できるのですか?
以前は元職の三人の方を批判されていたことはどうお考えなのですか?
正直、ご都合よろしく思えます。
私にとっては対話する前提に欠くのか、お相手をしたいとも思えません。
そして何か指図を受けたり、あなたにに従わなければ闘いでないかのようなお考えにも従えません。
そういった虎さんの書き込みは一人でもたくさんの会員に現在の問題を知って欲しい私にとっては妨害に等しいです。
まだまだ、この状況が飲み込めずにいらっしゃる方もたくさん閲覧に訪れると思いますので
有意義に多面的に54年問題を掘り下げる場であって欲しいと思います。

 

法華経の智慧・如来寿量品第十六・十界互具 菩薩界と仏界 「自己中心」の闇をたたき破って仏界の太陽は昇る  

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年11月23日(水)18時36分22秒
  如来寿量品第十六・十界互具

菩薩界と仏界

「自己中心」の闇をたたき破って仏界の太陽は昇る

斉藤 十界論を論じていただきましたが、読者から大きな反響がありました。その声を少し紹介させていただきます。多かったのは、仏法対話への意欲を新たにしたという声でした。たとえば、「大変にわかりやすく、納得しました。ますます確信を深めて、大いに十界論を語っていきます」と。
また、境涯論としての十界論に改めて注目された方々も多かったようです。「境涯論という人生の鏡を知ることで、これからの人生をもう一歩深く歩めそうな気がします。また、そうしていきます」「読んでいくうちに、境涯が広がっていくようです」等々と。

池田 すばらしいことだね。人間は、成長しないといけない。いわんや指導者は、これでいいと思ってはいけない。「自分はこれでいいのか」「生活はこれでいいのか」「地域はこれでいいのか」。一つひとつ、きちっと見ていくことです。それでこそ、法華経という「人間革命の経典」を学んだことになる。
本来、人間ほど弱いものはないかもしれない。人間ほど醜く、残酷なものはないかもしれない。その反面、人間は「心」ひとつで、いくらでも強くなれる。いくらでも崇高になれる。心には色もない、形もない、長さもない。しかし心は無限大に広がっていく。
今の自分の境涯──これは、いわば仮諦の仮の姿です。じつは、変化、変化で、一瞬も止まっていない。

遠藤 止まっていないと見るのが「空諦」ですね。

「日に新たに」リ-ダ-は成長を!

池田 「空」だから、どんな自分にでもなれるのです。今の姿に、とらわれてはならない。変化、変化です。問題は、よい方向に変化しているのか、悪い方向に変化しているのかだ。中間はないのです。

須田 「自分は成長がなくて」と言う人がいますが、甘えた言葉ですね。「成長がない」ということは「退歩している」ということですから。

池田 「進まざるは退転」です。とくに、組織の上のほうが成長を止めたら、こんな不幸はない。皆が、かわいそうです。だからこそ、「人間革命」です。
「日に新たに、日に日に、また日に新たなり」(『大学』)だ。自分が止まったら、周囲も後輩も止まってしまう。自分が止まってしまったリーダーにかぎって、威張るし、感情的に人を叱る。威張ったり、怒ったりするのは畜生界、餓鬼界です。ほめたたえるのが菩薩界です。人をたたえることです。学会員は宝の人です。尊敬し、一緒に「いい人生を生きていこう」と励まし合っていくのです。そのために組織がある。今こそ幹部自身が境涯革命する時です。その総立ちの「うねり」が、一念三千の理法で、社会をも変えていくにちがいない。

斉藤 はい。世の中全体が暗く、無軌道になっていますが、そうであればあるほど「このままでは、日本は、どうしようもない」「どうしても人間の根底から変えていく以外にない」という声が高まっています。

遠藤 対症療法じゃダメだ、根底から治療しなければ、ということですね。教育改革を、といっても、その根底となる哲学、人間観、人生観を問わずしては、小手先の技術論になってしまいます。

須田 へたをしたら、悪い政治家に利用されるだけでしょうね。

「心の不思議を」を知る人が仏

池田 日蓮大聖人は「病の起りを知らざる人の病を治せば弥よ病は倍増すべし」と仰せだ。
境涯革命──そのポイントは「心の革命」にある。「一念の革命」です。「心こそ大切」なのです。その大切な心が、どっちの方向を向いているのか。
もっと健康になって、広宣流布に活躍していこうという心なのか、一歩引いて、病気になってしまう心の動きか。もっと成長し、皆さんに喜んでいただこうという心なのか、組織や立場を利用して、威張っていこうという心なのか。タッチの差だが、結果は百八十度、違ってくる。
この「心の微妙さ」が十界論の真髄であり、十界互具論の真髄でもある。大聖人は、こう仰せだ。「心の不思議を以て経論の詮要と為すなり、此の心を悟り知るを名けて如来と云う」

斉藤 仏とは「心の不思議」を知り究めた人のことである──ということですね。

池田 そうです。それを体得するには修行しかない。ある有名な柔道家がいた。師匠に投げられて、投げられ抜いて、くたくたになって、どうしようもなくなった時に、ふっと心に宿るものがあった。そのとき、心技一体になって、勝つことができた、と。そういう話がある。本も、よくわからなくても、一生懸命に読んでいくうちに、何となく、わかるようになってくる。パッと、分かるときがくる。何でも「心」なんです。
仏道修行も、学んで、戦って、それで仏になる。境涯革命と何回、口で言っても、何も変わらない。組織の上に乗かって、人に苦労させ、自分は楽をしている。それでは堕落です。仏になど、なれるわけがない。一番、大変な思いをした人が仏になるのです。

あえて苦労を──それが菩薩

斉藤 それが菩薩ですね。

池田 菩薩です。あえて苦労していこう、法のため、人のため、社会のために、あえて重荷を背負っていこうという「心」です。「自分中心」ではない。

須田 自分中心は、六道であり、二乗もそうです。

遠藤 菩薩界というのは、「人のため」「法のため」に自分を捧げている。二乗までと正反対であり、人間の生き方の根本的転換です。
「菩薩界とは六道の凡夫の中に於て自身を軽んじ他人を重んじ悪を以て己に向け善を以て他に与えんと念う者有り」とあります。
「自分を軽んじて、他人を重んじる」「苦しいことは自分が引き受け、楽しいことを他に与えようとする」。これは、理想の人間像であり、指導者論ですね。

須田 人間の本能のままの生き方とは正反対です。今の社会は「自分を重んじて、他人を軽んじ」「苦しいことは人に押しつけ、楽しいことは自分が貪る」のが当たり前のようになっています。

池田 その通りだ。だから創価学会が、どれほど社会にとって必要か。学会員の生き方こそが、闇の社会を照らす太陽になっている。

遠藤 ポーリング博士が言っておられた「(十界のうち)ナンバー・ナイン(第九)の菩薩界が人類を救う」ということですね。
(ポーリング博士〈一九〇一年~九四年〉。現代化学の父。ノーベル化学貰・平和賞受賞。名誉会長と対談集『「生命の世紀」へ探求』〈本全集第一四巻収録〉を発刊。名誉会長の米クレアモント・マッケナ大学での講演〈九三年一月〉にも、わざわざ駆けつけ、講演をたたえて「ナンバー・ナイン」の話をした)

「利己主義の社会」の底流を変える

池田 そうです。「自分中心」の心の行きつくところは地獄界です。人生においても、社会においても。「法のため」「人のため」の心の行きつくところが仏界です。いな因果倶時で、その心にすでに仏界が宿っている。
社会の底流を「自分中心」から「人間愛」へ、「利己主義」から「慈悲」へと変えていくのが広宣流布の戦いです。
今、一番、必要な、一番、根本の貢献をしているのです。その誇りをもってもらいたい。正義を語り抜いてもらいたい。「菩薩界」といっても、特別なことではない。
大聖人は「無顧の悪人も猶妻子を慈愛す菩薩界の一分なり」と仰せだ。
(「他人をまったく顧みることのない悪人でも、妻子を慈愛する。これは人界に具わる菩薩界の一分である」)
家族愛であり、子を思う親の愛です。それを自分たちだけのエゴではなくて、もっと大きく広げたところに菩薩界の社会がある。

遠藤 広島の「世界平和祈願の碑」(一九九七年六月、完成)を思い出します。六体のブロンズ像(フランスの世界的彫刻家・デルプレ氏作)の中に「後継の像」がありました。

池田 子どもを抱いている母の像だね。

遠藤 はい。後継の子を抱き、高く掲げる母の像です。「今より、もっとすばらしい社会を、あなたに」と語りかけているような表情が印象的です。

斉藤 その心が、菩薩界の一分ですね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自分の日常生活で先生の心を我が心として、実践していくことは至難の業ですが、日々一歩ずつでも行動に移していけば、自分が変わり、社会も変わっていく事を私は確信いたしております。
 

すみません。

 投稿者:大阪の地区ブチョ?、メール  投稿日:2016年11月23日(水)18時08分57秒
  皆さま、こちらの掲示板はもしかして、出会い系でしょうか?
すみません、まだ書き出して日が浅いもので、、
 

琴の弦様って。

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年11月23日(水)18時00分34秒
  誰?
イカレテルって病名教えてよ。
以上これ以上書き込み付き合えません。
 

(無題)

 投稿者:琴の弦  投稿日:2016年11月23日(水)17時56分4秒
  だから、あなたはイカレてると言っているの。  

そういえば、京都中村書記長

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年11月23日(水)17時52分14秒
編集済
  俺を関西から守ってるて聞いたけど、守らんでいいよ。
はよちゃんと調べて、俺の人物特定して処分したらどないやねん。
いかにも守ってるふりして、処分もできひんビビリやろ。

毎日ネット対策で大変いうてたで中村君が、なんとかしたりいや米島京都長。

 

反応する方は。

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年11月23日(水)17時44分5秒
  相当その方にとっては嫌なんでしょうね。
昔からおるよね、正面切っていえずに、裏でコソコソいうやつ。
堂々と名乗っていえば?
勇気ないか。
病気ってなんの病気なん。
病名教えてよ。
言葉間違ったら削除されるよ、閲覧者さん。
 

(無題)

 投稿者:閲覧者  投稿日:2016年11月23日(水)17時36分33秒
  病気?
↓↓↓↓↓↓↓↓
 

うららさんには妨害と見えるんですね。

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年11月23日(水)17時32分35秒
  妨害ではありませんよ。
妨害だったとしたら、即刻管理人さんから削除されますよね。
陰でコソコソ言わないで堂々と名指ししたらどないなんですか?
顔も見えない、どんな人物かもわからない人と話すよりも、
会って話しすればお互い理解できるんですよ。
また、相手の本当の心根が見えますよ。
前回の東京でお会いした人の中で、相当周りから会うのはやめろと言われたけど、
来ていただいた方がおられましたが、まずその勇気に感謝して会うことから全てが始まります。
うららさんもずーとこの板で一生語って終えるんですか。
(もちろん地元での活動は当たり前です。)

グリグリさんもこれだけ5重ハンネと言われて何かいうことないんですか。
男だったら反論してください。
ハ○○さんもお元気ですか?
最近連絡くれませんね。
心配しています。
控訴されたそうですね、聞きました。
また相当お金かかりませんか?
働きましょうよ。
そのうちあっという間に人生の終焉を迎えますよ。

そういえば、気になるんですが太ちゃんさん元気ですか?
赤胴さんも最後に11月4日から書き込みがないんですがお元気ですか?
心配しています。
 

気をつけないと、うるさいハエになってしまうよ

 投稿者:妖刀  投稿日:2016年11月23日(水)17時27分48秒
  何の目的があって、いつも同じような文書で他を批判するのかな
皆が是非、一度会いたいと思わせるような魅力的な投稿をすればそれは可
他の投稿を批判するより、何故そのようなことが書かれたか、書いたかを深く洞察する能力も要
しつこく会いたい、会いましょうではせっかく純粋な気持ちで言っていても
何か別の意図があると取られてしまうから注意すべき
 

信濃町さま、GOOD!!です!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月23日(水)17時20分0秒
  たかだか、数十年の歴史しか無い創価です。
悪態ついて悪い事出来る創価公達も、十数年しか、この世に居られません。

でも、創価仏の当体である現場会員は?
もっと言うと悩み・苦しみ・悶え・葛藤して艱難辛苦を題目唱えて乗り切る創価仏の我々は無限の存在であり無限の連帯です。だから「創価学会仏」とは、この集団をさす。

つまり、ビンボー人と病人とニートが集う、この板が、「創価学会仏」であるという事!

逆に、創価仏の現場会員の供養で飯を喰らい女房・子供を養いながら保身のために、現場会員を虐めて査問・除名を繰り返し、壇上で踊っている創価公達は、「悪鬼・脱命魔」てあると言う事です。
だんだんと体感出来るようになりましたね。先生同様に深く書物を読み込んでいくと仏の生命が共感・共振して広がっていきます。

『彼方に富士が見える』とは、目で視える事では無く、心に映し出されたものであり、その者の理想達成の姿であり、曇りの無い生き様を指し示しているのです。このような展開は、創価公達には出来ません(-_-)

何故か?既に病んでいるから!今世の使命を終えて畜生か、虫となって数万劫年生き死に繰り返して、瞬時に現在に立ち戻れば、それも出来ますが、手遅れ(-_-)もう死んでマス、仏の生命がみえません。

あとは、営々と現場会員を査問・除名して、淫行・乱行ざんまいの日々を生命枯れるまで犯り続けて死後も、その世界に入りたいのですね。いやはや、下半身が丈夫な方は元気ですね(-_-)
 

誰かお呼び?

 投稿者:うらら  投稿日:2016年11月23日(水)16時38分55秒
  意味不明で何を仰りたいのかわかりません。掲示板に文句がおありの方が
わざわざ書き込む理由はただ一つ、妨害が目的でしょうか。
 

師弟不二アーカイブより 「永遠の都」指導

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年11月23日(水)15時55分32秒
  【投稿者:河内平野 投稿日:2014年 9月13日(土)16時19分9秒 返信・引用】

ともあれ、ごまかしの詭弁が渦巻く現実社会の中で、真実の「正義」を見極める《ポイント》は何か。

それは「民衆のために尽くすのか」、それとも「民衆を裏切り、利用するのか」――この一点を基準に判断していけばよいというのである。

これは宗教の次元においても変わらない。


『永遠の都』では、《民衆を圧迫する聖職者》が厳しく断罪されている。


一人の庶民は、こう言いきる。

「もし法王が民衆と共に歩きたくなければ、民衆は法主をぬきにして前進しなくちゃいけない」と。
いつの時代も、庶民の目は鋭い。ごまかせない。傲り高ぶった一部の人間によって、民衆と時代の前進を止めることはできない。否、絶対に止めさせてはならない。


・・・・・(詳細は)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=1126
 

今度はタイかい?

 投稿者:南米訪問団改めタイ訪問団  投稿日:2016年11月23日(水)15時54分47秒
  今度はタイかい?笑

どんなに海外行こうが原田会長はSGI会長にはなれない
なぜなら世界広布発展に尽くす因を積んでいない
会員の浄財を自由に使い、会合に行くだけの人はSGI会長になる資格はない!

サンダーバード様
わざわざありがとうございます

そんな訳で改名しました
よろしくお願いします
 

池田先生とロマン主義文学

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月23日(水)14時50分48秒
  何かで読んだことがあるのですが、外部の識者が池田先生の詩や文学は、ユゴー、トルストイの系譜に繋がるロマン主義文学の延長線上にあると評価していましたね。

創価大学の土井先生との対談集
ロマン派の詩人 ビクトルユゴーの世界
「人間と文学を語る」

も、人間主義(ユゴーの世界ではユマニテ、ヒューマニズム)を、ユゴー文学を通して語られていました。

ユゴーの生きた時代、また、ユゴーが影響を受けた時代はフランス革命から始まり、王政復古、ナポレオン革命などを経た激動の時代であり、何が正しいのか、価値観の揺れ動いた時代でした。

先生は、青年に名作を読みなさい。と常に指導されています。
それは、どのような時代の変化があろうとも変わらない人間そのもの、人間の生き方について書いてあるからです。

また、先生のスピーチには、トルストイについて語られているものも多数あります。その背景にはトルストイの生き様があるからです。

トルストイは、自らが信じた宗教観を貫いたがゆえ、当時の宗教的権威であるロシア正教の怒りを買い、破門となっています。しかし、トルストイは権威には屈しなかった。

ユゴーもトルストイも、文学の中にあるのは、人間に対しての眼差しだと思います。この眼差しを文学を通して教えていたのではないかと思います。
 

弊害

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年11月23日(水)14時33分19秒
  ・くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲様

創価学会を一つの生命体と捉えるならば、仏の側面も、第六天の魔王の側面も有しています。仏の側面は人間主義として顕れ、第六天の魔王の側面は、権威主義となって顕れる。仏法はどこまでいっても仏と魔との闘争であり、学会の組織も当然例外ではない。54年は権威主義に屈した、つまり、第六天の魔王に食い破られたことを意味します。

一度、魔王に屈したら、骨抜きにされ、戦う心を奪われる。思想としては、会員よりも会長(幹部)のほうが上、個人よりも組織のほうが大事という考え方が主流を占める。これは第六天の魔王の土壌です。とんでもない間違いです。この土壌の上では、権威主義がはびこり、会員を苦しめ、不信を増長させ、やがては広宣流布そのものを破壊することとなる。

権威主義と戦うリーダー(幹部)をどれだけ増やすことが出来るか。これが組織存亡の鍵となる。大事なのは教育であり、即ち、どのような人材を育成するかです。権威主義に屈した54年組が、いくら指揮を執っても、体たらくなのは当然で、なぜならば、もうすでに終わっている人たちだからである。

誰にでも役割があります。54年組の人たちの役割は、二度と同じ過ちを繰り返さないように、後世の戒めとなること。分を弁えないから、打つ手打つ手がカオスの方向へ向かってしまうわけです。権威主義に屈した成れの果てが、一方的な振る舞いとなってあらわれてしまっている。そこに気づければ、本来の使命を果たせるのではないかと思います。


・螺髪様

難行苦行の先にあるのは、人々の称賛かもしれませんが、感動はありません。それどころか、これだけ頑張った自分はすごいという自己満足にも陥りやすい。人の心を動かすのは、厳しさよりも、釈尊に乳粥を差し出した少女のような「優しさ」なのでしょう。

仏道修行も、仏道苦行に陥ってしまえば、かえってマイナスです。頑張ることが目的となり、理不尽(人災)なことがあっても、「自分さえ我慢すれば丸く収まる」という思考になりがちです。私は昔、仏道苦行を強いられている先輩の姿を見た時に、「こうはなりたくないな」と感じてしまいました。

リーダーがメンバーに、「こうはなりたくないな」と思わせてしまったら、一体なんのためのリーダーなのかわからなくなります。組織内に権威主義が横行すれば、否応なしに仏道苦行を強いられてしまいます。その姿からは感動は伝わらず、ただただ、大変だなとしか感じられない。幹部の子どもの未活率が高いのも、この辺りに要因があるのではないでしょうか。権威主義が仏道苦行を生み、メンバーを白けさせる。そしてその結果、活動家が減少する。悪循環とはこのことでしょう。


 

組織指導部の絶対権力の物神化ですがな

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年11月23日(水)14時21分9秒
  昔懐かしい共産党の権力絶対化論と紙一重やがな。恐ろしい時代やなぁ。イラク戦争や反安保の時には国賊の非国民呼ばわりされましたでー。  

不適切な「創価学会仏」の引用!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月23日(水)14時08分52秒
  >11・4会則改定: 不適切な「創価学会仏」の引用(投稿者:粗還   投稿日:2016年11月23日(水)12時33分35秒)<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60411

 抜群ですね。ここまで明確に書き込めるとは……。素晴らしいし、有り難いです。納得です。感動です。


 

柳チャ~ン、思わず本音が出ちゃったね~、ホントに毎日ご苦労さん(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年11月23日(水)13時03分49秒
  柳チャ~ン、ホントに毎日ブログ更新ご苦労さん(笑)しかたがないね~、だってカネ貰ってるから~(笑)

とはいえ、元職員3名の「実名告発・創価学会」が発売されてから、血眼になってるね~。

11月15日「足軽会の専門弁護士「
11月16日「唯我独尊の3人によるプロパガンダ本」
11月17日「元職員3人による蒸し返し訴訟」
11月18日「福岡を中心とする組織内組織」
11月19日「信用を失った青年たち」
11月21日「ふるいにかけられた者たち」
11月22日「元足軽会所属メンバーの証言」

そして、本日は「敵は内部から生まれる」だって~(笑)

あのね、柳チャン、いくらコラムでさ~、さも正論のごとく論を進めても、元3名の集会に来なかった時点で柳チャンは終わってるのよ。

だって、自ら取材して、真実を追求できるチャンスを自分で放棄してるんだから~(笑)

そんなんで、「妙法のジャーナリスト」なんて、お笑いだよ~(笑)

そのあとに、悔し紛れか、カネ貰ってかは知らないけど~、いくらブログ更新しても「負け犬の遠吠え」感がありありなんだけど~(笑)

まあ、それは置いといて、柳チャン、今日のブログね~、
>仮に大手会社の社長に対し、平社員が連名で「あなた」呼ばわりして「嘘つき」と主張する文書を本人に送りつければどのような扱いを受けるかは明らかであろう。要するに彼らに欠けているのは宗教以前の問題であり「常識」なのだ<
(11月23日コラム日誌より引用)

柳チャン、創価学会は「会社」なの~(笑) 師匠の指導をもう一回よく読んでみようね~(笑)

「逆ピラミッド」「会員が主役」「幹部は会員に奉仕」いたるところに師匠の指導があるけど、これはどういうことかな~(笑)

柳チャン、思わず本音が出ちゃったね~。つまり柳チャンは創価学会は会社組織と同じで、

会長職は社長職を同じで、会長が一番偉いってことなんだね~(笑)

創価学会は宗教団体なんだから~、師匠も事あるごとに言われているけど、

役職は組織における単なる立て分けの手段で、主役は会員であるってコトじゃないのかな~(笑)

その指導を無視するがごとく、世法の社長と、宗教団体の会長を同一視するのはおかしいんじゃな~い(笑)

このことをもってしても、柳チャンの裏に誰がいるか、分かった気がするよ~(笑)

もっと文面に注意してモノを書こうね~(笑) ガンバレ柳チャン、
 

ここは確か54年問題総括の場ですよね?

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年11月23日(水)12時56分22秒
  なんだかなぁ。
地震速報が入ってきたり。
レ ミゼラルブの文面が出てきたり。
東海村が出てきたり。
確認ですが、ここは54年問題総括の場ですよね?

実名告発読んで東京は魔を出してる戦いをしてるとか?
大丈夫ですか?大阪の地区ブチョ?、様
全部、池田先生が戦っていただいたおかげで魔が出てるだけやん。
幹部でまともな奴なんて誰一人関東にはおらんで。
関西にほんの少し抜刀隊的な方はおられますがね。
地区ブチョ?、様が知らんだけやん。
なんやったら京都の隣やから会いませんか?

ある方が聞きましたが、元職員の3人の方及びその周りの(足軽)人も
みんな同じ髪型をしてるとか?
前回の負けた裁判で、証人として池田先生を読んでたという事実を聞いて、
怖くなりました。
池田先生を守るとか言いながら、池田先生を自分たちの裁判に証人として申請する感覚が
私にはわからないし、理解もできない。
池田先生と言いながら先生を利用するにもほどがある。
なぜ仕事をしないのかと質問すると、そんな時間はないと。
たまに、プラカード持って、学会本部に立つことがそんなに忙しいかな?
本の出版も終わったことやし、そろそろ仕事しはったらどないですか?
いつまでも先生を守るという言いながら、人からの施しで飯食うなんてありえません。
池田先生が知られたらさぞがっかりされるでしょうね。
1日も早く『カリスマ』の人から逃れられるようにお題目送っています。

ところで、この間の大阪のヘタレの虎さんお元気ですか?
ロム専さんお元気ですか?
ネット上なのであなたたちの生活が心配でたまりません。
よろしければ、大阪なので地区ブチョ様とヘタレの虎さんとお会いしませんか?
勇気があるのならご連絡ください。

うららさん、今回はじっくり見てから書き込みました。
見ない見ないと言ってましたがすみません。
ある方から連絡をもらい、あまりにも偏り及び関係のないことが書かれていたので。
ネタのないのはわかりますが、だからと言ってね~。
実名告発買って読みましたよ。

最近は5重ハンネの〇〇〇〇さんお元気ですか。
最近出てこられないので心配しています。
まさか一人の○○○さんではないですよね。(妄想です)(笑)

本当にネットの世界はホンマか嘘かわかりませんね。
顔の見えないこの板で、陰で愚痴愚痴いう暇と時間があれば、題目あげたほうがいいと思います。
みなさまお元気で。
 

11・4会則改定: 不適切な「創価学会仏」の引用

 投稿者:粗還  投稿日:2016年11月23日(水)12時33分35秒
  ■  はじめに、池田名誉会長が言及した戸田二代会長の「創価学会仏」発言を見ておきたい:

【引用】 あまりにも使命深き学会の存在について、戸田先生はこう語られたことがありました。
 ―― 法華経には、威音王仏という仏が登場する。二万億もの仏が、みな同じ威音王仏という名前で、長遠の歳月、衆生を救済してきたと説かれている。この威音王という名も、優れた仏の名であったかもしれないし、またそういう名の教団があったと考えることもできる。
 同じように、「創価学会」という教団は、必ず未来の経典に金文字で記される。「一閻浮提広宣流布」という未来記を実現した「創価学会仏」として、永劫に仰がれゆくのだ ――。
         (『御書と師弟1』「第6回・仏の未来記」66~67頁)

即ち、戸田会長の「創価学会仏」発言は、「一閻浮提広宣流布」(=世界広宣流布)という未来記を実現すべき「使命深き学会の存在について」語られたもの。
「創価学会仏」とは、「“一閻浮提広宣流布”という未来記を実現した」結果、「未来の経典に…記される」べき名前。
それは、「一閻浮提広宣流布」という未来記を絶対に実現せずにはおかない、という戸田会長の強い宗教的使命感、確信に基づくものであり、学会員に「一閻浮提広宣流布」という未来記の実現を目指すべき「使命」を自覚し深めることを促がす発言と云っていい。
このように、「一閻浮提広宣流布を実現すべき使命」と切り離して「創価学会仏」は語れない。 戸田会長の「創価学会仏」発言は、その「使命」を共有する創価学会の同志に向けられたもの。


■  創価学会の会則は、内部文書ではない。
内部だけでなく一般社会に向けて公表される「創価学会とは、こういうルールに則って運営される団体ですよ」という、云わば創価学会の自己規定を内外共に示す文書だと言える。
信仰を共有する創価学会内部のみならず、共有していない一般社会にも向けられた公式文書。

一方、池田名誉会長が言及した戸田二代会長の「創価学会仏」発言は、信仰を共有する学会内部に向けた発言であって、信仰を共有していない世間一般に向けたものではない。 少なくとも信仰も宗教的使命感も共有していない限り理解を得る事は困難。
現に、週刊ポスト(11/25日号)の中吊り広告で疑問符が付けられている:

【引用】 巨大教団が「仏」になるってどういうこと? 創価学会仏と池田大作“先生”の謎 (週刊ポスト2016年11/25日号・中吊り広告)
  http://www.weeklypost.com/161125jp/index.html

一閻浮提広宣流布を実現すべき使命を共有する創価学会の会員に向けられた「創価学会仏」発言は、あくまでも会員各人が自分の内面の信仰において受け止めるべき発言であって、信仰を共有していない一般世間に向かって広言するべきものではない。

しかも、創価学会内部においても、従来、めったに口にされることはなかった。
島田裕巳氏も週刊ポストの記事でこう述べている:

【引用】 聖教新聞によれば、『創価学会仏』という単語は第二代会長の戸田城聖氏が用いたと説明していますが、これまで創価学会内で重要な用語として扱われた形跡もないため、理解が難しい  (週刊ポスト2016年11/25日号128頁)

いずれにせよ、宗教的使命感を共有する学会内部に向けた発言を、共有していない一般社会にも向けられた公式文書に引用すること自体が不適切であり非常識。


■ そもそも、なぜ原田会長が「宗教的独自性」などと言い出すのか不明。

創価学会がかつて日蓮正宗の信徒団体だった時は、一応、形の上では「宗教的独自性」は創価学会ではなく日蓮正宗宗門にあったと言えるかもしれない。
しかし、それは形の上のことに過ぎなかった。
筆者自身、いわゆる‘たて線’時代の入信以来、折伏を実践した宗門僧侶を一人も見たことは無い。
折伏・弘教をしない大聖人の弟子などあり得ない。
表向きは「僧俗和合」してはいたが、ほとんどの宗門僧侶が、日興遺誡置文の「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」(御書全集1618頁)に違背していることは誰の目にも明らかだった。
実質的には、折伏行に邁進する創価学会こそ「日蓮大聖人から日興上人への正統の流れを継承する教団」という「宗教的独自性」を鮮明にしていたと言える。

『人間革命』12巻の、戸田会長が直弟子・池田名誉会長に残した「最後の指導」にこうある:

【引用】 彼(戸田城聖)は、肩で大きく息をしながら、話を続けた。
「・・・戦時中、大聖人の仏法は、外敵によってではなく、臆病で、姑息な、僧侶の保身によって滅ぼされようとした。 ・・・日亨上人も、日昇上人も、また、日淳猊下も、そのことで、本当に苦慮されてきた。・・・そのなかで、厳然と、大聖人の仏法の命脈を保ったのが、牧口先生であり、創価学会なのだ。・・・だから、大聖人の御精神は、本当の信仰は、学会にしかない。・・・宗門は、死身弘法を貫いた学会と、戦後、僧俗和合してきたからこそ、大聖人の仏法を継承できたのだ・・・。もし、学会から離れるならば、・・・大聖人の正義を踏みにじった、謗法の宗でしかなくなってしまう。」
          (『人間革命』12巻「寂光」・聖教文庫版354~355頁)

上にある通り「宗門は、死身弘法を貫いた学会と、戦後、僧俗和合してきたからこそ、大聖人の仏法を継承できた」―― これが、『人間革命』12巻「寂光」を発表した当時の池田名誉会長の認識である。
言い替えれば、戦後、学会と僧俗和合しなかったら 宗門は大聖人の仏法を継承できなかったのであり、その意味でも実質的な「宗教的独自性」は宗門ではなく創価学会にあったことは明らか。

ましてや、「破門通告」を出して自ら創価学会から離れていった今の宗門は、かつての三宝義を改竄し、「貫主(法主)の指南は大聖人の御指南」だの、「‘総じての信心の血脈’に対する‘別しての法体の血脈’」といった御書の文証なき新・邪義を捏造しまくる謗法集団と化している。

したがって、創価学会の「日蓮大聖人から日興上人への正統の流れを継承する唯一の教団」としての「宗教的独自性」は、改めて会則でふれるまでもなく明確になっているはずではないか。(但し創価三代の会長との師弟共戦を踏み外さない限り)
今回の会則改定のように、戸田二代会長の「創価学会仏」発言を引用する必要など全く無かった。

そもそも、日蓮大聖人から日興上人への正統の流れを継承している事を主張して世界広宣流布を目指しているのは、創価学会だけでなく、日蓮正宗宗門も顕正会も同じ。
「宗教的独自性」を明確にしたければ、宗門と顕正会と対論して正邪を明らかにするしかないではないか。
会則をいじりまわして「宗教的独自性」を明確にできる と考えること自体が、安直な心得違いと云う他はない。

要するに、創価学会がかつて日蓮正宗の信徒団体だったという形式上の事実を、原田会長ら執行部自身が、なぜか、コンプレックスとして引き摺っている ――
原田会長ら執行部が、宗門との闘いを避けてきたが故に「魂の独立」が出来ていない ―― ということではないのか?


■  戸田二代会長の「創価学会仏」発言については、信仰の立場からは 様々にとらえることができるだろう。

一方、一般的な立場から云えば、人間が造った組織は現実に「価値」もしくは「反価値」を生み出す働きをすると云える。

例えば、病気の治療は、医師の診察だけでなく、看護師の諸々の処置や血液・レントゲン・CTの検査など、医療組織のチームワークによってなされる。 人間が造った医療組織が、現実に人の病気を治すというプラスの「価値」を生み出す、人助けの働き=菩薩の働きをすることになる。 (反対に医療事故で「反価値」を生み出してしまう場合もあるが・・・)
患者が治癒できた場合、それに関わった医療組織は「薬王菩薩」の働きをしたと言える。
この場合、「薬王菩薩」とは、病気を治す働き・機能を象徴する表現。

同じ様に、「創価学会仏」も、創価学会の組織の広宣流布=民衆救済の働き・機能を象徴する表現と考えることができる。
宿命に悩み苦しむ民衆一人ひとりを仏法に導き、その仏道修行をサポートしていくことは和合僧団の組織がなければ不可能。
更に、文化・教育を通して国と世界の平和(四表の静謐)を実現すること(「立正安国」の実現)も和合僧団の組織がなければ不可能。
こうした、和合僧団であるべき創価学会の組織が果たす 広宣流布=民衆救済という「仏」の働き・機能を象徴する表現が「創価学会仏」であると考えれば、一般世間には理解され易いかもしれない。


■  ともあれ、一旦 広まった言葉は独り歩きをする。

戸田会長の「創価学会仏」も、今回、会則で不適切に引用されたことにより、信仰を共有しない世間に広まるにつれて、発言者・戸田会長の意図と全くかけ離れた受け取られ方をされていく事は避けられないだろう。

上に紹介した週刊ポストの広告にも「巨大教団が「仏」になるってどういうこと?」とあったように、釈尊や日蓮といった「人」ではなく 教団の組織そのものを「仏」と見なすことが、一般世間から見れば 組織自体を擬人化するかのような、不可解で奇異な印象を与えるだろう。

島田裕巳氏は週刊ポストの記事でこう述べている:

【引用】 そもそも仏とは、釈迦のように真理を悟った者のことです。 『創価学会仏』という概念は宗教団体自体が仏になるということだと思われますが、人間でないものが悟りを得て仏になるということは、一般的な仏教の解釈では聞いたことがありません。    (週刊ポスト2016年11/25日号128頁)

問題は、島田氏が 宗教団体自体のような「人間でないものが悟りを得て仏になるということは、一般的な仏教の解釈では聞いたことがありません」と述べているように、外部の目には「一般的な仏教の解釈として理解困難」とされがちなこと。

その結果、「創価学会仏」発言が、創価学会と海外のSGIを「カルト認定」したり「カルト呼ばわり」することの格好の「根拠」となる可能性が出てくる。

その場合、批判の矛先は、会則における不適切な引用を行った原田会長らに対してではなく、戸田会長と池田名誉会長に向けられることになるのだ。


■ 組織の「自己目的化 ―物神化―」の惧れ

政治学者の丸山真男氏は、「制度の自己目的化 ―物神化― 」ということについて こう述べている:

「民主主義というものは、人民が本来 制度の自己目的化 ―物神化― を不断に警戒し、制度の現実の働き方を絶えず監視し批判する姿勢によって、はじめて生きたものとなり得るのです。 … つまり自由と同じように民主主義も、不断の民主化によって辛うじて民主主義でありうるような、そうした性格を本質的にもっています。」
(丸山真男『「である」ことと「する」こと』・岩波新書『日本の思想』所収)

この「制度の自己目的化 ―物神化― 」ということで言えば、創価学会会則における「創価学会仏」の引用は、創価学会の組織の「自己目的化 ―物神化―」に拍車をかけるものになるのではないか。
つまり、広宣流布(=民衆救済)の実現という創価学会本来の目的から外れ、創価学会の組織を維持していくこと自体が至上目的になっていく――
本来の目的である広宣流布のために、民衆の要求や時代の変化に応じて組織を改革することが凡そ不可能になっていく――
具体的には、本部執行部など 組織上の既得権を持つ者が、自分たちの保身のために、改革の動きを抑圧する大義名分として「創価学会仏」発言を利用する ―― 等々

また、組織自体を「仏」のような「神聖」なものとすることで、学会員を「神聖」な組織を維持するための「手段」とみなすようになるのではないか、という危惧も出てくる。 それは、トインビー博士が指摘する「集団力の崇拝」に、国家主義などと同じく全体主義につながる傾向をもたらすのではないか?

昨今の創価学会本部、執行部が、対話を求める学会員に対して対話を拒絶し、問答無用の処分を行っている事実を見ると、既にその傾向が顕われていることを感じざるを得ない。


 

師弟不二アーカイブより 【会則珍問答⑩】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年11月23日(水)12時14分8秒
  (投稿者:ヨッシー 投稿日:2015年 3月 2日(月)12時07分4秒)


A: ♪とくべつなきょーうぎーをあーなたーにーあーげるー、ややこしいんだからー♪

B: 師匠、ご機嫌ですねー。

A: な、なんだお前か! おどかすなよ!

B: すいません。

A: お前さんの顔見ると、何かやな予感がするんだよなー。

B: そんなー、、、


A: 今日はどうした。

B: 今回の発表で、「電源と端子という関係は独善的だ」と言っているんですが、、、

A: その通りじゃ。それがどーした。


B: はい、でもよく考えますと、「電源と端子の関係」というのと、一方的な「認定と非認定の関係」と、
本当はどっちが独善的かなーと比べますと、、、

A: お前なー、ややこしい話を余計にややこしくするんじゃないよー!

B: いえいえ、至って単純な話でございまして、、、


A: 会長も言うとるだろう、「これで教団の宗教的独自性がより明確になった」と、この「認定力」こそ独自性なのじゃー!

B:たしかに、日蓮大聖人の御真筆本尊をすべて受持の対象にはしないという立場をとるのは創価学会だけですからね。


A:そうじゃ、すごいだろ、認定独一本門の独自性は!! 他のどの教団も真似できんじゃろ!!

B:でも、せっかく大聖人がわれわれ末代幼稚の頸に懸けようとしてくださったのに、いらないと断るのですから、変わり者と言われてもしかたがないですね。これでは大聖人直結の看板が泣きますね。


A:では、おまえはもとのままのほうがよかったというのか?

B:大聖人直結を標榜するなら、元のほうがいいと思います。一閻浮提総与の大御本尊のみを受持の対象とし、他の御真筆本尊は一機一縁だから拝まないとしてきた今までのほうが、大聖人直結の説得力がありますね。


A:では、おまえは学会としての独自性はどうでもよいのか。日蓮正宗や顕正会、正信会などの似たところがあってもいいのか。


B:お言葉を返すようですが、師匠、仏法において大事なのは「独自性」より「正統性」だとおもうんです。
今回の会則改定で「正統性」がより鮮明になったのならうれしいのですが、逆に身延に似てきたなんて言われていますし・・・。

それに、大御本尊信仰を捨てても、日寛や日昇など大石寺歴代の本尊を拝んでいる以上、日蓮正宗や顕正会、正信会との類似性は否定できませんしね。


A:あっ、あー、またお腹が痛くなってきた、
ワシ、ちょっくら医者行ってくるから。んじゃ。

B: しっ、師匠! 大丈夫ですか?、師匠!、待ってくださーい、、、

(つづく)

http://sgi-shiteifuni.com/?p=429
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★師弟不二ARCHIVE★
http://sgi-shiteifuni.com/
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怪鳥さまのクリアファイル

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年11月23日(水)11時29分5秒
  怪鳥さまの記念グッズw
南米訪問記念や東南アジア訪問記念もあるのかなw

http://6027.teacup.com/situation/bbs/55479
 

東海村の真実

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月23日(水)10時38分19秒
  閲覧注意

https://www.youtube.com/watch?v=0iHLJQTygkI 東海村の真実
 

「信濃藩家中見聞」 その七

 投稿者:ヨッシー  投稿日:2016年11月23日(水)09時55分46秒
  其の七

(頼ちゃん、頼ちゃんよー)

頼綱「おっ、その声は、第六天の、」

(どうだい、うまいこと運んでるかい?)

頼綱「拙者にぬかりはないわい。皆行の守にはしっかり焚きつけといたしな」

(そうかい。だが隠居には気を付けな、奴はお前さんの御禁制西洋絵巻を使った銭洗の仕掛けまで見抜いているぜ)

頼綱「なあに、それももう手は打った。絵巻の処理の相手は外国の宮家だ。こんどは幕府の隠密や勘定奉行だって手は出せんわい」

(さすがだねー)

頼綱「それより、、、、」

(なんだい、なにか心配事でもあんのか)

頼綱「うむー、城代の腹がどうも決まらん。まだ迷いがあるようだ」

(なーに心配いらねーよ。俺の方からもくすぐってるからな。もうひと押しさ)

頼綱「城代は事務方あがりだからどうも腰が引けてるところがある。前回の丸衆峠の戦の時も前大老の秋谷を引っ張り出して頼っていたくらいだ。おかげで前大老がまた復権しはじめてるぞ」

(いいじゃねーか。前大老はオヌシや原田城代以上に殿が嫌いだ。だから今度の藩乗っ取り作戦にはもってこいの男だよ)

頼綱「なるほど。確かにな。だが城代の腹をバチッと決めさせる妙手はないのか」

(あるぜ)

頼綱「なんと、早く申せ」

(城代にだな、正木八百の守がご城代の失脚を画策してると入れ込むのよ)

頼綱「それは本当か?」

(馬鹿だのー、真っ正直で真面目しか取り柄のない八百の守にそんな芸当ができるものか)

頼綱「しからばいかに吹き込むのだ?」

(知っての通り八百の守は殿一筋の男だ。同じように奴の家中はそういう輩が多い。最近その連中の一部が現体制に不満を募らせている。殿さまが表に出なくなってからそれが一層大きくなっているだろ)

頼綱「そのことは拙者も聞いてはいるが」

(だろ、だからさ、その連中を焚きつけてんのは実は八百の守だと城代に触れ込むのよ)

頼綱「なるほど」

(しかもこのままでは、殿さまが目を瞑った後に当代に就くのは八百の守だぜ。そうなりゃアンタの皆行の守による傀儡計画も水の泡さ。だからさ、)

頼綱「そうか、一石二鳥ってわけだな」

(やっとわかったかい。こいつを仕掛けりゃ城代の腹はきまるよ)

頼綱「よし、早速進めよう」

(つづく)


※これまでの投稿はこちらを。
壱の巻
其の壱 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60044
其の弐 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60103
其の参 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60162
其の四 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60211
其の五 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60303
其の六 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60353
 

一献歌

 投稿者:ただ一言  投稿日:2016年11月23日(水)09時49分15秒
  先日も書きましたが‥
昭和54年の会長辞任後。先生は一人、師匠戸田先生を偲びつつ会員を守るために反転攻勢を期していた。その頃に大変に好まれ聞かれていた歌がある。それが、一献歌(いっこんか)。後日、随筆でも紹介される。

西南戦争の末期。西郷を師とした中津隊をうたった歌。敗戦必然の中、師との誓いの為に決起する。そこには「負けがわかっていても、師匠との誓いは守る」との誓願があった。戦い前夜別れの酒を酌み交わす惜別の場面を歌う。

男じゃないか胸を張れ
万策尽きて破るとも
天あり 地あり 師匠あり‥

私たちには師匠がいる。誓いがある。それだけでいいではないか!  彼らの心意気が伝わってくる。

昭和54年問題。会長辞任で万策尽きて敗れたかに見えた。しかし、先生は戸田先生を胸に、一人反転攻勢の狼煙を上げられた。師との誓いのため、会員を守るため。そして池田先生は勝つことができた。この歴史は永遠に残さないといけない。

今はどうか?
師匠がいる。誓いがある。
今、大切な時である。


 

二十一世紀への対話6

 投稿者:まなこ  投稿日:2016年11月23日(水)09時03分4秒
  【池田】 社会に規範がなかったならば、それはもはや人間の社会とはいえません。動物の社会にさえ劣るものでしょう。ある程度の精神的機能をもつ動物は、必ず何らかの行動規範をもっています。猿の集団を観察したある学者は、そこに食事の順序や性関係を規制する規範が厳然と存在することを報告しています。もし人間がすべての規範を放棄するとすれば、それはこうした動物よりも劣ることになります。

【トインビー】 なかんずく、性に関する規範は最も重要なものです。それは性が、人間の本性の動物的側面のうちで、最も深刻な要素をなしているからです。人間の身体にそなわるそれ以外の動物的機能は、すべて一個人の問題にとどまるものです。ところが性関係では、少なくとも二人の人間がその影響を分かち合います。そしてそこに子供の誕生という当然の結果をみるならば、すでにその影響はより多くの人間にも及ぶわけです。
人間はそれぞれ個人をとってみれば、性関係をもたずに生きることもできましょう。修道僧や修道尼はこれを断っています。しかし人類全体となると、性関係なしに存続することはできません。それ以外に繁殖のすべがないからです。
そこで、性関係に規律が加えられることによって、初めて愛が人間生来の性欲の充足にともない、それはまたこの愛によって尊厳性をもち、高められるのです。夫婦の愛、親子の愛は、孔子の教えにあるように、人間の社会性、道徳性の核心をなすものです。
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、またまた「謎の訪問団」デスか~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年11月23日(水)08時50分19秒
  おはようございます。原田怪鳥様、笠貫女史とともにまたまた「謎の訪問団」を引き連れてのタイ国訪問、ご苦労様デス。(笑)

南米に続き、今度はタイ国デスか~(笑)いったい「訪問団」とは何人で、だれが団長ですか~?

「南アジア訪問団」と称するからには、タイ国だけでなく、他にも訪問するんですか~(笑)

「ねえ、ねえ、私ね~、アンコールワットにいってみた~い、おねが~い」なんて甘い声に乗せられてのご旅行デスか~(笑)

ともあれ、原田怪鳥様、この費用もすべて浄財から出ているのは間違いないことでしょう。

であるならば、訪問団の日程、人数、行動をすべて明らかにする義務が怪鳥様にはあるのデス。

明日からの怪鳥様の行動の報道を楽しみにしてま~す。訪問団と称して、いったい何人が写真に写っているのかな~(笑)
 

南米訪問団さん・ツイート人さんへ

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年11月23日(水)08時42分15秒
  南米訪問団さん、ツイート人さん、御指摘ありがとうございます。
読み間違いと言うより、読んでいませんでした。
うららさん、SaySaySayさんの説明でよくわかりました。

私は言葉たらずでどうにもなりません。

元職員3人はわかっていないところがある(わからなくて当然だと思いますが)。

ツイート人さん紹介ツイートの自制しろと言ってきた奴もわかっていない、きっと「〈政治の次元、イデオロギーの次元の問題で、学会内部を撹乱し、人々の信仰を濁らせ、組織を破壊する行為は、許されない。〉と先生が言っているんだ。おまえの行為は組織破壊なんだよ、公明党が間違ったことするわけないだろ、間違ったことをしたら先生が許すはずないんだよ。」とか言ってんだろと思ったんです。ちょうどこのフレーズを見ていたところだったので。


以下、紙上座談会から抜粋

創立80周年へ 前進と勝利の座談会

<26> 公明党は創立の魂を忘れるな
出席者:秋谷会長、青木理事長、原田稔副理事長、正木副会長、竹内青年部長、佐藤男子部長

謙虚になれ!

秋谷 本当に戸田先生は、先の先まで見抜いておられた。「議員が学会を利用するだけになったら、断じて応援するな!」それはそれは厳しく言い残しておられたことを、私は今もって忘れられない。

青木 昔は議員も皆、戸田先生から厳しく指導をしていただいた。だから議員たちも、支持者の真情を理解できた。ピシッと襟を正せた。真剣になれた。

秋谷 むしろ、議員として思う存分に学会活動できないぶん、信心の指導を受けよう、厳しく言ってもらおうと、謙虚に頭を下げてくるのが本当じゃないか。結局、全部、支持団体の学会を手段にし、奴隷にしようという魂胆だった。その陰謀に失敗したから、裏切ったんだ。

(2006. 8.21. 聖教新聞)

<28> 政治家は誠意を持て
出席者:原田稔副理事長、正木副会長、竹内青年部長、佐藤男子部長、棚野総東京男子部長、森山学生部長

忘恩は畜生以下

佐藤 他党の政治家でも、誠意を持って非礼を心から詫び、悔い改めている。それを、何だ。公明党で議員にさせていただきながら、支持者を裏切った恩知らずども!

森山 竹入! 大橋、竜、藤原!

棚野 どいつもこいつも、今は、どこで何をやっているのやら。誰も知らない(笑い)。

佐藤 あんな連中、誰も知らない。見たこともない。すれ違ったって、誰も分からない(大笑い)。

竹内 連中は、もともと議員になんて到底なれっこない、最低も最低の境遇だった。それを偉大な学会の支持のおかげで、議員をさせていただいたんだ。どれほどの深い、ありがたい大恩か。

(2006. 8.  . 聖教新聞)

抜粋おわり

この紙上座談会を見る限り(切り分)では学会が主人で、公明党議員は奴隷ですね。まあ、母と子ではないですね。で、昔、実際に学会の不祥事の揉み消しに使われてたんですよね。


夕張で先生がぼこぼこにされたと聞きました。リンチを受けたと解釈しましたが、間違っていたら指摘してください。

先生を守るために公明党を利用して何が悪いんだ。
学会を守るために公明党を利用して何が悪いんだ。
このように思っている人いるでしょ。
実際には守るどころか、顔に泥を塗っているように私は思います


〈先生が除名されれば、わかりやすいんですけどね。〉
は言葉を追加すると、
〈創価学会が先生を除名したらわかりやすい、「僕も除名されちゃったよ」と、皆のところに来てくれるでしょう。〉
 

「苦しむ人に妙法を教えたい!」 〝折伏精神″こそ学会の宝 485世帯の折伏 ブラジル広布のお母さん マダレナさんの折伏報告

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月23日(水)07時53分48秒
  1月度の本部幹部会で先生から紹介されたブラジル広布のお母さん、マダレナさんの
折伏報告です。昨年の4月に書かれていた報告です。

「苦しむ人に妙法を教えたい!」
〝折伏精神″こそ学会の宝 485世帯の折伏
ブラジル広布のお母さん マダレナさんの折伏報告

私は1974年に初めて仏法のことを耳にし、1976年の4月に一家6人そろって入会いたしました。
当時、故夫と小さな商売をやっていましたが、借金に追われ、仕事もましに出来ないという状況
でした。さらに、私は血液の循環問題のため、医者から右足を切断しなれければならないとの
報告を受けておりました。

宗教に対して不信を抱いておりましたが、紹介者のエリオ・ペドロザさんに心を動かされ、
“とにかくやってみよう”ということで入会しました。御本尊に初めて祈った時,
「足を切断せずにすめば,生涯仏法を持(たも)ち,命のある限り弘教に励む」と誓いました。

入会以来、「困っている人たちに南無妙法蓮華経を伝える縁となることが出来ますように、
成仏出来ますように、広宣流布が達成されますように」と祈り続けています。
毎朝の勤行において、先生と大聖人に感謝を申し上げ、「困っている人と出会わせてください。
その人の苦しみを取り除いてあげることができますように」と1時間の唱題をしています。

幸せになるために一番必要なものは勇気であると学びました。そして自分の幸せの責任は自分に
あると仏法は説いております。その故、広宣流布のために戦えることができるように健康で
ありたいと決意しております。

今まで470の弘教を実らせることができましたが、決してうぬぼれておりません。
自分の可能性を信じ、誰も差別せず、御本尊第一にと心がけております。
はじめの頃は仏法のことは何も知りませんでしたが、私の情熱があまりであったため、
弘教を実らせることができました。

あなたは幸せですか? と聞き、もし「幸せです」との答えが返ってきたとしても、
「もっと幸せになれますよ」と言って、私の名前、電話番号と南無妙法蓮華経の意味を書いた
紙を渡します。しかし、最も目にするのは、苦しみにあふれている人たちです。
だから私は時と場所を選ばず仏法の話をします。

難もいっぱいありました。1995年には37歳の息子を失い、1999年には主人が亡くなりました。
しかし、いかなる時にでも活動を遠ざかったことはありませんでした。全力を尽くして地区の
皆様のために頑張っております。私が常に口にすることは「折伏の対象者は、我が子のようで
ある。常に甘えたがったり、気を引こうとしている」です。

戸田先生の「人々の苦しみを取り除きたい」との願いを胸に秘め、同じ責任感で人々を幸せに
してまいります。現在、72歳ですが、元気いっぱいで「最後まで大聖人の仰せの通り、広宣
流布の為に尽くすことが出来る人こそ、真の勝利者である。また大聖人は、その人達は若返る
と仰せである」とのご指導を実践しております。

現在、功徳にあふれ、とても幸せです。足を切断しなくて済んだことに対しての感謝の気持ち
は死ぬまで忘れません。書籍が届く度に、先生を我が家にお迎えしているようで、喜びいっぱ
いです。自分はブラジルの大地で先生の平和のメッセージを伝える使徒となることを決意して
おります。もう一つの喜びは一家全員が信心し、功徳をいっぱい頂いているということです。

故夫、息子達と嫁達を合わせて224世帯の弘教をしております。
2005年の5月3日までに家族で千世帯の折伏を実行するという偉大な目的を持っております。
「希望のある限り若く」とのご指導をそのまま感じ、この決意で折伏してまいります。
今世において先生にお会いし、南無妙法蓮華経と出あい、持(たも)つことが出来たことを
感謝申し上げたいと願っております。

先生、奥様、故夫の晩年の願いは一家そろって来日し、先生にお会いすることでした。
故夫は、この願いを叶(かな)えることが出来ずに亡くなり、現在では家族も少し小さくなりま
した。先生、私は72歳ですけど、とても健康です。身体検査した結果、医者からは旅行しても
一切問題ないとのことです。お会いしに行くことを決心しております。故夫も喜ぶことと思います。

奥様、私のこの気持ちを理解して頂けると思います。ですから、渉外部員である息子のエン
ヒッケ・ランジ、また同グループのナザレ・ソリノ、ジェアネ・マシャドたちと一緒に本年
9月、お会いしに行くことを決意しております。お会いできることを祈っております。先生、
奥様、大変ありがとうございます。

ブラジルSGI、リオ圏、コンスタンテ・ハモス地区、地区指導員 マダレナ・ナデル・ランジ
2001年4月17日
 

わが友に贈る 2016年11月23日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年11月23日(水)07時39分14秒
  近隣との絆が強いほど
安心と希望が広がる。
爽やかな挨拶と笑顔で
皆の心を結びゆこう!
地域を照らす灯台たれ!
 

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