佐藤 11月10日、沖縄の翁長雄志県知事は会見でトランプの当選について、「期待しつつ注視したい」と述べました。翁長知事は来年2月にワシントン訪問を予定していますが、そこでトランプとぜひ会いたいと考えているのです。当選からわずか1日で、トランプが日本の外交戦略に大きな影響を与えていることが明らかになっています。
日露関係にも変化が現れるでしょう。トランプの政策によって、アメリカが「世界の警察」の位置から去れば、北方領土交渉は、安倍総理にとっていい方向に向かうと思います。
山内 マイケル・フリンというアメリカの元国防情報局長が今年、日本に来たときに、日露接近に理解を示す発言をしていたようです。彼はトランプ外交のブレーンですが、北方領土問題をめぐる、現在の日露交渉を否定しなかったというのです。こうした発言に見られる通り、トランプの登場によって、日露関係、米露関係は変化するでしょう。
もちろん、他国との関係や安全保障政策についても、構図が変化してきます。しかし、日本の知米派やメディアは、依然として、日米安全保障条約からすべてを説く古典的な世界観に立っている。
そもそも、日本でトランプ大統領の当選を予見できた人はほとんどいませんでした。
佐藤 トランプは、非常にしたたかで有能な人物であるにもかかわらず、あたかも無能な人物であるかのように描かれてきたことが原因でしょう。
これは、日本でトランプに「二重のバイアス」がかかっていたからだと思います。ひとつは、「トランプに勝ってほしくない」というバイアスです。
山内 日本の多くのメディアはそう思っていたでしょうね。
佐藤 もうひとつは、日本が、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ、CNNなどアメリカのエスタブリッシュされたメディア、そしてシンクタンクを経由して情報を得ていたということ。彼らは「反トランプ」のバイアスを持っていますから、それが影響しています。
つまり日本人は、「クリントンに勝ってほしい」と思っていた勢力とばかり接していた。それは、既存の秩序が続くことを望む人々、つまり、ウォール・ストリートの金融資本、アメリカの大手メディア、EU諸国、韓国などです。
一方でトランプを歓迎するのは、既存の秩序を変更したいと願う国々。ロシア、中国、北朝鮮などです。日本にはそうした国の言語へのアクセスを持つ人々が少ないがゆえに、トランプが愚鈍な候補であるかのようにカリカチュアライズ(戯画化)されてしまったのです。
山内 大筋でそうだと思います。しかし実際はトランプは決して愚鈍というわけではなく、着実にアメリカ人の心をとらえていました。
彼は、アメリカの発展の歴史の主流にいた白人の中間層や、貧困に落ち込んだ労働者層の怒りを適切にすくいあげた。こうした層は、これまで不満を溜めてはいたものの、選挙に向かうことはありませんでした。今回、トランプがそうした思いの「はけ口」となったと思います。
佐藤 まさにそういう構図だったと思います。
山内 トランプは、自分の支持者が親近感を抱くような卑語や俗語を交え、人種差別など過激な表現を駆使し、彼らの不満を一気に取り込みました。同時に、イスラム教徒の存在を否定するような「本音」も歓迎された。
アメリカのエリートというのは、本音と建て前を使い分けます。これまでは、エスタブリッシュメントの間で、「人種差別的な発言をしない」といった建て前が維持されてきましたが、今回の選挙では、この建て前、そしてそれを重視するエリート層が完全に否定されてしまったのです。