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管理人さん

 投稿者:父っつあん  投稿日:2016年11月23日(水)20時23分46秒
  注意しなきゃあかんよ。嫌がらせの迷惑行為って思う人もおるで。  

うららさんのご意見に賛同します。

 投稿者:大阪の地区ブチョ?、メール  投稿日:2016年11月23日(水)20時07分17秒
編集済
  僕も先ほど、自分の問いかけに名無しの方からここは出逢い系ではありませんとメールを頂戴しました。ですので、無理に色々な方々と会う必要はないと安心いたしました。そして、知性ある大人の掲示板だと納得いたしました。ありがとうございます。  

スルーしなはれ

 投稿者:父っつあん  投稿日:2016年11月23日(水)20時00分6秒
  相手にしてくれる方をみつけたいだけやないか?
スルーしなはれや
 

虎さん

 投稿者:うらら  投稿日:2016年11月23日(水)19時55分31秒
  何かご用がおありでしょうか。
思いありなら内に秘めておられるままで掲示板の投稿者へ批判を投げかけ、
一方で他の方に対面を呼びかけておられますが、その意図がわかりません。
ここの皆さんが虎さんと対面すれば問題が打開できるのですか?
以前は元職の三人の方を批判されていたことはどうお考えなのですか?
正直、ご都合よろしく思えます。
私にとっては対話する前提に欠くのか、お相手をしたいとも思えません。
そして何か指図を受けたり、あなたにに従わなければ闘いでないかのようなお考えにも従えません。
そういった虎さんの書き込みは一人でもたくさんの会員に現在の問題を知って欲しい私にとっては妨害に等しいです。
まだまだ、この状況が飲み込めずにいらっしゃる方もたくさん閲覧に訪れると思いますので
有意義に多面的に54年問題を掘り下げる場であって欲しいと思います。

 

法華経の智慧・如来寿量品第十六・十界互具 菩薩界と仏界 「自己中心」の闇をたたき破って仏界の太陽は昇る  

 投稿者:臥子龍メール  投稿日:2016年11月23日(水)18時36分22秒
  如来寿量品第十六・十界互具

菩薩界と仏界

「自己中心」の闇をたたき破って仏界の太陽は昇る

斉藤 十界論を論じていただきましたが、読者から大きな反響がありました。その声を少し紹介させていただきます。多かったのは、仏法対話への意欲を新たにしたという声でした。たとえば、「大変にわかりやすく、納得しました。ますます確信を深めて、大いに十界論を語っていきます」と。
また、境涯論としての十界論に改めて注目された方々も多かったようです。「境涯論という人生の鏡を知ることで、これからの人生をもう一歩深く歩めそうな気がします。また、そうしていきます」「読んでいくうちに、境涯が広がっていくようです」等々と。

池田 すばらしいことだね。人間は、成長しないといけない。いわんや指導者は、これでいいと思ってはいけない。「自分はこれでいいのか」「生活はこれでいいのか」「地域はこれでいいのか」。一つひとつ、きちっと見ていくことです。それでこそ、法華経という「人間革命の経典」を学んだことになる。
本来、人間ほど弱いものはないかもしれない。人間ほど醜く、残酷なものはないかもしれない。その反面、人間は「心」ひとつで、いくらでも強くなれる。いくらでも崇高になれる。心には色もない、形もない、長さもない。しかし心は無限大に広がっていく。
今の自分の境涯──これは、いわば仮諦の仮の姿です。じつは、変化、変化で、一瞬も止まっていない。

遠藤 止まっていないと見るのが「空諦」ですね。

「日に新たに」リ-ダ-は成長を!

池田 「空」だから、どんな自分にでもなれるのです。今の姿に、とらわれてはならない。変化、変化です。問題は、よい方向に変化しているのか、悪い方向に変化しているのかだ。中間はないのです。

須田 「自分は成長がなくて」と言う人がいますが、甘えた言葉ですね。「成長がない」ということは「退歩している」ということですから。

池田 「進まざるは退転」です。とくに、組織の上のほうが成長を止めたら、こんな不幸はない。皆が、かわいそうです。だからこそ、「人間革命」です。
「日に新たに、日に日に、また日に新たなり」(『大学』)だ。自分が止まったら、周囲も後輩も止まってしまう。自分が止まってしまったリーダーにかぎって、威張るし、感情的に人を叱る。威張ったり、怒ったりするのは畜生界、餓鬼界です。ほめたたえるのが菩薩界です。人をたたえることです。学会員は宝の人です。尊敬し、一緒に「いい人生を生きていこう」と励まし合っていくのです。そのために組織がある。今こそ幹部自身が境涯革命する時です。その総立ちの「うねり」が、一念三千の理法で、社会をも変えていくにちがいない。

斉藤 はい。世の中全体が暗く、無軌道になっていますが、そうであればあるほど「このままでは、日本は、どうしようもない」「どうしても人間の根底から変えていく以外にない」という声が高まっています。

遠藤 対症療法じゃダメだ、根底から治療しなければ、ということですね。教育改革を、といっても、その根底となる哲学、人間観、人生観を問わずしては、小手先の技術論になってしまいます。

須田 へたをしたら、悪い政治家に利用されるだけでしょうね。

「心の不思議を」を知る人が仏

池田 日蓮大聖人は「病の起りを知らざる人の病を治せば弥よ病は倍増すべし」と仰せだ。
境涯革命──そのポイントは「心の革命」にある。「一念の革命」です。「心こそ大切」なのです。その大切な心が、どっちの方向を向いているのか。
もっと健康になって、広宣流布に活躍していこうという心なのか、一歩引いて、病気になってしまう心の動きか。もっと成長し、皆さんに喜んでいただこうという心なのか、組織や立場を利用して、威張っていこうという心なのか。タッチの差だが、結果は百八十度、違ってくる。
この「心の微妙さ」が十界論の真髄であり、十界互具論の真髄でもある。大聖人は、こう仰せだ。「心の不思議を以て経論の詮要と為すなり、此の心を悟り知るを名けて如来と云う」

斉藤 仏とは「心の不思議」を知り究めた人のことである──ということですね。

池田 そうです。それを体得するには修行しかない。ある有名な柔道家がいた。師匠に投げられて、投げられ抜いて、くたくたになって、どうしようもなくなった時に、ふっと心に宿るものがあった。そのとき、心技一体になって、勝つことができた、と。そういう話がある。本も、よくわからなくても、一生懸命に読んでいくうちに、何となく、わかるようになってくる。パッと、分かるときがくる。何でも「心」なんです。
仏道修行も、学んで、戦って、それで仏になる。境涯革命と何回、口で言っても、何も変わらない。組織の上に乗かって、人に苦労させ、自分は楽をしている。それでは堕落です。仏になど、なれるわけがない。一番、大変な思いをした人が仏になるのです。

あえて苦労を──それが菩薩

斉藤 それが菩薩ですね。

池田 菩薩です。あえて苦労していこう、法のため、人のため、社会のために、あえて重荷を背負っていこうという「心」です。「自分中心」ではない。

須田 自分中心は、六道であり、二乗もそうです。

遠藤 菩薩界というのは、「人のため」「法のため」に自分を捧げている。二乗までと正反対であり、人間の生き方の根本的転換です。
「菩薩界とは六道の凡夫の中に於て自身を軽んじ他人を重んじ悪を以て己に向け善を以て他に与えんと念う者有り」とあります。
「自分を軽んじて、他人を重んじる」「苦しいことは自分が引き受け、楽しいことを他に与えようとする」。これは、理想の人間像であり、指導者論ですね。

須田 人間の本能のままの生き方とは正反対です。今の社会は「自分を重んじて、他人を軽んじ」「苦しいことは人に押しつけ、楽しいことは自分が貪る」のが当たり前のようになっています。

池田 その通りだ。だから創価学会が、どれほど社会にとって必要か。学会員の生き方こそが、闇の社会を照らす太陽になっている。

遠藤 ポーリング博士が言っておられた「(十界のうち)ナンバー・ナイン(第九)の菩薩界が人類を救う」ということですね。
(ポーリング博士〈一九〇一年~九四年〉。現代化学の父。ノーベル化学貰・平和賞受賞。名誉会長と対談集『「生命の世紀」へ探求』〈本全集第一四巻収録〉を発刊。名誉会長の米クレアモント・マッケナ大学での講演〈九三年一月〉にも、わざわざ駆けつけ、講演をたたえて「ナンバー・ナイン」の話をした)

「利己主義の社会」の底流を変える

池田 そうです。「自分中心」の心の行きつくところは地獄界です。人生においても、社会においても。「法のため」「人のため」の心の行きつくところが仏界です。いな因果倶時で、その心にすでに仏界が宿っている。
社会の底流を「自分中心」から「人間愛」へ、「利己主義」から「慈悲」へと変えていくのが広宣流布の戦いです。
今、一番、必要な、一番、根本の貢献をしているのです。その誇りをもってもらいたい。正義を語り抜いてもらいたい。「菩薩界」といっても、特別なことではない。
大聖人は「無顧の悪人も猶妻子を慈愛す菩薩界の一分なり」と仰せだ。
(「他人をまったく顧みることのない悪人でも、妻子を慈愛する。これは人界に具わる菩薩界の一分である」)
家族愛であり、子を思う親の愛です。それを自分たちだけのエゴではなくて、もっと大きく広げたところに菩薩界の社会がある。

遠藤 広島の「世界平和祈願の碑」(一九九七年六月、完成)を思い出します。六体のブロンズ像(フランスの世界的彫刻家・デルプレ氏作)の中に「後継の像」がありました。

池田 子どもを抱いている母の像だね。

遠藤 はい。後継の子を抱き、高く掲げる母の像です。「今より、もっとすばらしい社会を、あなたに」と語りかけているような表情が印象的です。

斉藤 その心が、菩薩界の一分ですね。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
自分の日常生活で先生の心を我が心として、実践していくことは至難の業ですが、日々一歩ずつでも行動に移していけば、自分が変わり、社会も変わっていく事を私は確信いたしております。
 

すみません。

 投稿者:大阪の地区ブチョ?、メール  投稿日:2016年11月23日(水)18時08分57秒
  皆さま、こちらの掲示板はもしかして、出会い系でしょうか?
すみません、まだ書き出して日が浅いもので、、
 

琴の弦様って。

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年11月23日(水)18時00分34秒
  誰?
イカレテルって病名教えてよ。
以上これ以上書き込み付き合えません。
 

(無題)

 投稿者:琴の弦  投稿日:2016年11月23日(水)17時56分4秒
  だから、あなたはイカレてると言っているの。  

そういえば、京都中村書記長

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年11月23日(水)17時52分14秒
編集済
  俺を関西から守ってるて聞いたけど、守らんでいいよ。
はよちゃんと調べて、俺の人物特定して処分したらどないやねん。
いかにも守ってるふりして、処分もできひんビビリやろ。

毎日ネット対策で大変いうてたで中村君が、なんとかしたりいや米島京都長。

 

反応する方は。

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年11月23日(水)17時44分5秒
  相当その方にとっては嫌なんでしょうね。
昔からおるよね、正面切っていえずに、裏でコソコソいうやつ。
堂々と名乗っていえば?
勇気ないか。
病気ってなんの病気なん。
病名教えてよ。
言葉間違ったら削除されるよ、閲覧者さん。
 

(無題)

 投稿者:閲覧者  投稿日:2016年11月23日(水)17時36分33秒
  病気?
↓↓↓↓↓↓↓↓
 

うららさんには妨害と見えるんですね。

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年11月23日(水)17時32分35秒
  妨害ではありませんよ。
妨害だったとしたら、即刻管理人さんから削除されますよね。
陰でコソコソ言わないで堂々と名指ししたらどないなんですか?
顔も見えない、どんな人物かもわからない人と話すよりも、
会って話しすればお互い理解できるんですよ。
また、相手の本当の心根が見えますよ。
前回の東京でお会いした人の中で、相当周りから会うのはやめろと言われたけど、
来ていただいた方がおられましたが、まずその勇気に感謝して会うことから全てが始まります。
うららさんもずーとこの板で一生語って終えるんですか。
(もちろん地元での活動は当たり前です。)

グリグリさんもこれだけ5重ハンネと言われて何かいうことないんですか。
男だったら反論してください。
ハ○○さんもお元気ですか?
最近連絡くれませんね。
心配しています。
控訴されたそうですね、聞きました。
また相当お金かかりませんか?
働きましょうよ。
そのうちあっという間に人生の終焉を迎えますよ。

そういえば、気になるんですが太ちゃんさん元気ですか?
赤胴さんも最後に11月4日から書き込みがないんですがお元気ですか?
心配しています。
 

気をつけないと、うるさいハエになってしまうよ

 投稿者:妖刀  投稿日:2016年11月23日(水)17時27分48秒
  何の目的があって、いつも同じような文書で他を批判するのかな
皆が是非、一度会いたいと思わせるような魅力的な投稿をすればそれは可
他の投稿を批判するより、何故そのようなことが書かれたか、書いたかを深く洞察する能力も要
しつこく会いたい、会いましょうではせっかく純粋な気持ちで言っていても
何か別の意図があると取られてしまうから注意すべき
 

信濃町さま、GOOD!!です!!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月23日(水)17時20分0秒
  たかだか、数十年の歴史しか無い創価です。
悪態ついて悪い事出来る創価公達も、十数年しか、この世に居られません。

でも、創価仏の当体である現場会員は?
もっと言うと悩み・苦しみ・悶え・葛藤して艱難辛苦を題目唱えて乗り切る創価仏の我々は無限の存在であり無限の連帯です。だから「創価学会仏」とは、この集団をさす。

つまり、ビンボー人と病人とニートが集う、この板が、「創価学会仏」であるという事!

逆に、創価仏の現場会員の供養で飯を喰らい女房・子供を養いながら保身のために、現場会員を虐めて査問・除名を繰り返し、壇上で踊っている創価公達は、「悪鬼・脱命魔」てあると言う事です。
だんだんと体感出来るようになりましたね。先生同様に深く書物を読み込んでいくと仏の生命が共感・共振して広がっていきます。

『彼方に富士が見える』とは、目で視える事では無く、心に映し出されたものであり、その者の理想達成の姿であり、曇りの無い生き様を指し示しているのです。このような展開は、創価公達には出来ません(-_-)

何故か?既に病んでいるから!今世の使命を終えて畜生か、虫となって数万劫年生き死に繰り返して、瞬時に現在に立ち戻れば、それも出来ますが、手遅れ(-_-)もう死んでマス、仏の生命がみえません。

あとは、営々と現場会員を査問・除名して、淫行・乱行ざんまいの日々を生命枯れるまで犯り続けて死後も、その世界に入りたいのですね。いやはや、下半身が丈夫な方は元気ですね(-_-)
 

誰かお呼び?

 投稿者:うらら  投稿日:2016年11月23日(水)16時38分55秒
  意味不明で何を仰りたいのかわかりません。掲示板に文句がおありの方が
わざわざ書き込む理由はただ一つ、妨害が目的でしょうか。
 

師弟不二アーカイブより 「永遠の都」指導

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年11月23日(水)15時55分32秒
  【投稿者:河内平野 投稿日:2014年 9月13日(土)16時19分9秒 返信・引用】

ともあれ、ごまかしの詭弁が渦巻く現実社会の中で、真実の「正義」を見極める《ポイント》は何か。

それは「民衆のために尽くすのか」、それとも「民衆を裏切り、利用するのか」――この一点を基準に判断していけばよいというのである。

これは宗教の次元においても変わらない。


『永遠の都』では、《民衆を圧迫する聖職者》が厳しく断罪されている。


一人の庶民は、こう言いきる。

「もし法王が民衆と共に歩きたくなければ、民衆は法主をぬきにして前進しなくちゃいけない」と。
いつの時代も、庶民の目は鋭い。ごまかせない。傲り高ぶった一部の人間によって、民衆と時代の前進を止めることはできない。否、絶対に止めさせてはならない。


・・・・・(詳細は)
http://sgi-shiteifuni.com/?p=1126
 

今度はタイかい?

 投稿者:南米訪問団改めタイ訪問団  投稿日:2016年11月23日(水)15時54分47秒
  今度はタイかい?笑

どんなに海外行こうが原田会長はSGI会長にはなれない
なぜなら世界広布発展に尽くす因を積んでいない
会員の浄財を自由に使い、会合に行くだけの人はSGI会長になる資格はない!

サンダーバード様
わざわざありがとうございます

そんな訳で改名しました
よろしくお願いします
 

池田先生とロマン主義文学

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月23日(水)14時50分48秒
  何かで読んだことがあるのですが、外部の識者が池田先生の詩や文学は、ユゴー、トルストイの系譜に繋がるロマン主義文学の延長線上にあると評価していましたね。

創価大学の土井先生との対談集
ロマン派の詩人 ビクトルユゴーの世界
「人間と文学を語る」

も、人間主義(ユゴーの世界ではユマニテ、ヒューマニズム)を、ユゴー文学を通して語られていました。

ユゴーの生きた時代、また、ユゴーが影響を受けた時代はフランス革命から始まり、王政復古、ナポレオン革命などを経た激動の時代であり、何が正しいのか、価値観の揺れ動いた時代でした。

先生は、青年に名作を読みなさい。と常に指導されています。
それは、どのような時代の変化があろうとも変わらない人間そのもの、人間の生き方について書いてあるからです。

また、先生のスピーチには、トルストイについて語られているものも多数あります。その背景にはトルストイの生き様があるからです。

トルストイは、自らが信じた宗教観を貫いたがゆえ、当時の宗教的権威であるロシア正教の怒りを買い、破門となっています。しかし、トルストイは権威には屈しなかった。

ユゴーもトルストイも、文学の中にあるのは、人間に対しての眼差しだと思います。この眼差しを文学を通して教えていたのではないかと思います。
 

弊害

 投稿者:ジョーカー  投稿日:2016年11月23日(水)14時33分19秒
  ・くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲様

創価学会を一つの生命体と捉えるならば、仏の側面も、第六天の魔王の側面も有しています。仏の側面は人間主義として顕れ、第六天の魔王の側面は、権威主義となって顕れる。仏法はどこまでいっても仏と魔との闘争であり、学会の組織も当然例外ではない。54年は権威主義に屈した、つまり、第六天の魔王に食い破られたことを意味します。

一度、魔王に屈したら、骨抜きにされ、戦う心を奪われる。思想としては、会員よりも会長(幹部)のほうが上、個人よりも組織のほうが大事という考え方が主流を占める。これは第六天の魔王の土壌です。とんでもない間違いです。この土壌の上では、権威主義がはびこり、会員を苦しめ、不信を増長させ、やがては広宣流布そのものを破壊することとなる。

権威主義と戦うリーダー(幹部)をどれだけ増やすことが出来るか。これが組織存亡の鍵となる。大事なのは教育であり、即ち、どのような人材を育成するかです。権威主義に屈した54年組が、いくら指揮を執っても、体たらくなのは当然で、なぜならば、もうすでに終わっている人たちだからである。

誰にでも役割があります。54年組の人たちの役割は、二度と同じ過ちを繰り返さないように、後世の戒めとなること。分を弁えないから、打つ手打つ手がカオスの方向へ向かってしまうわけです。権威主義に屈した成れの果てが、一方的な振る舞いとなってあらわれてしまっている。そこに気づければ、本来の使命を果たせるのではないかと思います。


・螺髪様

難行苦行の先にあるのは、人々の称賛かもしれませんが、感動はありません。それどころか、これだけ頑張った自分はすごいという自己満足にも陥りやすい。人の心を動かすのは、厳しさよりも、釈尊に乳粥を差し出した少女のような「優しさ」なのでしょう。

仏道修行も、仏道苦行に陥ってしまえば、かえってマイナスです。頑張ることが目的となり、理不尽(人災)なことがあっても、「自分さえ我慢すれば丸く収まる」という思考になりがちです。私は昔、仏道苦行を強いられている先輩の姿を見た時に、「こうはなりたくないな」と感じてしまいました。

リーダーがメンバーに、「こうはなりたくないな」と思わせてしまったら、一体なんのためのリーダーなのかわからなくなります。組織内に権威主義が横行すれば、否応なしに仏道苦行を強いられてしまいます。その姿からは感動は伝わらず、ただただ、大変だなとしか感じられない。幹部の子どもの未活率が高いのも、この辺りに要因があるのではないでしょうか。権威主義が仏道苦行を生み、メンバーを白けさせる。そしてその結果、活動家が減少する。悪循環とはこのことでしょう。


 

組織指導部の絶対権力の物神化ですがな

 投稿者:ドミサイル信濃町の入居者  投稿日:2016年11月23日(水)14時21分9秒
  昔懐かしい共産党の権力絶対化論と紙一重やがな。恐ろしい時代やなぁ。イラク戦争や反安保の時には国賊の非国民呼ばわりされましたでー。  

不適切な「創価学会仏」の引用!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月23日(水)14時08分52秒
  >11・4会則改定: 不適切な「創価学会仏」の引用(投稿者:粗還   投稿日:2016年11月23日(水)12時33分35秒)<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/60411

 抜群ですね。ここまで明確に書き込めるとは……。素晴らしいし、有り難いです。納得です。感動です。


 

柳チャ~ン、思わず本音が出ちゃったね~、ホントに毎日ご苦労さん(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年11月23日(水)13時03分49秒
  柳チャ~ン、ホントに毎日ブログ更新ご苦労さん(笑)しかたがないね~、だってカネ貰ってるから~(笑)

とはいえ、元職員3名の「実名告発・創価学会」が発売されてから、血眼になってるね~。

11月15日「足軽会の専門弁護士「
11月16日「唯我独尊の3人によるプロパガンダ本」
11月17日「元職員3人による蒸し返し訴訟」
11月18日「福岡を中心とする組織内組織」
11月19日「信用を失った青年たち」
11月21日「ふるいにかけられた者たち」
11月22日「元足軽会所属メンバーの証言」

そして、本日は「敵は内部から生まれる」だって~(笑)

あのね、柳チャン、いくらコラムでさ~、さも正論のごとく論を進めても、元3名の集会に来なかった時点で柳チャンは終わってるのよ。

だって、自ら取材して、真実を追求できるチャンスを自分で放棄してるんだから~(笑)

そんなんで、「妙法のジャーナリスト」なんて、お笑いだよ~(笑)

そのあとに、悔し紛れか、カネ貰ってかは知らないけど~、いくらブログ更新しても「負け犬の遠吠え」感がありありなんだけど~(笑)

まあ、それは置いといて、柳チャン、今日のブログね~、
>仮に大手会社の社長に対し、平社員が連名で「あなた」呼ばわりして「嘘つき」と主張する文書を本人に送りつければどのような扱いを受けるかは明らかであろう。要するに彼らに欠けているのは宗教以前の問題であり「常識」なのだ<
(11月23日コラム日誌より引用)

柳チャン、創価学会は「会社」なの~(笑) 師匠の指導をもう一回よく読んでみようね~(笑)

「逆ピラミッド」「会員が主役」「幹部は会員に奉仕」いたるところに師匠の指導があるけど、これはどういうことかな~(笑)

柳チャン、思わず本音が出ちゃったね~。つまり柳チャンは創価学会は会社組織と同じで、

会長職は社長職を同じで、会長が一番偉いってことなんだね~(笑)

創価学会は宗教団体なんだから~、師匠も事あるごとに言われているけど、

役職は組織における単なる立て分けの手段で、主役は会員であるってコトじゃないのかな~(笑)

その指導を無視するがごとく、世法の社長と、宗教団体の会長を同一視するのはおかしいんじゃな~い(笑)

このことをもってしても、柳チャンの裏に誰がいるか、分かった気がするよ~(笑)

もっと文面に注意してモノを書こうね~(笑) ガンバレ柳チャン、
 

ここは確か54年問題総括の場ですよね?

 投稿者:京都西京区乃虎  投稿日:2016年11月23日(水)12時56分22秒
  なんだかなぁ。
地震速報が入ってきたり。
レ ミゼラルブの文面が出てきたり。
東海村が出てきたり。
確認ですが、ここは54年問題総括の場ですよね?

実名告発読んで東京は魔を出してる戦いをしてるとか?
大丈夫ですか?大阪の地区ブチョ?、様
全部、池田先生が戦っていただいたおかげで魔が出てるだけやん。
幹部でまともな奴なんて誰一人関東にはおらんで。
関西にほんの少し抜刀隊的な方はおられますがね。
地区ブチョ?、様が知らんだけやん。
なんやったら京都の隣やから会いませんか?

ある方が聞きましたが、元職員の3人の方及びその周りの(足軽)人も
みんな同じ髪型をしてるとか?
前回の負けた裁判で、証人として池田先生を読んでたという事実を聞いて、
怖くなりました。
池田先生を守るとか言いながら、池田先生を自分たちの裁判に証人として申請する感覚が
私にはわからないし、理解もできない。
池田先生と言いながら先生を利用するにもほどがある。
なぜ仕事をしないのかと質問すると、そんな時間はないと。
たまに、プラカード持って、学会本部に立つことがそんなに忙しいかな?
本の出版も終わったことやし、そろそろ仕事しはったらどないですか?
いつまでも先生を守るという言いながら、人からの施しで飯食うなんてありえません。
池田先生が知られたらさぞがっかりされるでしょうね。
1日も早く『カリスマ』の人から逃れられるようにお題目送っています。

ところで、この間の大阪のヘタレの虎さんお元気ですか?
ロム専さんお元気ですか?
ネット上なのであなたたちの生活が心配でたまりません。
よろしければ、大阪なので地区ブチョ様とヘタレの虎さんとお会いしませんか?
勇気があるのならご連絡ください。

うららさん、今回はじっくり見てから書き込みました。
見ない見ないと言ってましたがすみません。
ある方から連絡をもらい、あまりにも偏り及び関係のないことが書かれていたので。
ネタのないのはわかりますが、だからと言ってね~。
実名告発買って読みましたよ。

最近は5重ハンネの〇〇〇〇さんお元気ですか。
最近出てこられないので心配しています。
まさか一人の○○○さんではないですよね。(妄想です)(笑)

本当にネットの世界はホンマか嘘かわかりませんね。
顔の見えないこの板で、陰で愚痴愚痴いう暇と時間があれば、題目あげたほうがいいと思います。
みなさまお元気で。
 

11・4会則改定: 不適切な「創価学会仏」の引用

 投稿者:粗還  投稿日:2016年11月23日(水)12時33分35秒
  ■  はじめに、池田名誉会長が言及した戸田二代会長の「創価学会仏」発言を見ておきたい:

【引用】 あまりにも使命深き学会の存在について、戸田先生はこう語られたことがありました。
 ―― 法華経には、威音王仏という仏が登場する。二万億もの仏が、みな同じ威音王仏という名前で、長遠の歳月、衆生を救済してきたと説かれている。この威音王という名も、優れた仏の名であったかもしれないし、またそういう名の教団があったと考えることもできる。
 同じように、「創価学会」という教団は、必ず未来の経典に金文字で記される。「一閻浮提広宣流布」という未来記を実現した「創価学会仏」として、永劫に仰がれゆくのだ ――。
         (『御書と師弟1』「第6回・仏の未来記」66~67頁)

即ち、戸田会長の「創価学会仏」発言は、「一閻浮提広宣流布」(=世界広宣流布)という未来記を実現すべき「使命深き学会の存在について」語られたもの。
「創価学会仏」とは、「“一閻浮提広宣流布”という未来記を実現した」結果、「未来の経典に…記される」べき名前。
それは、「一閻浮提広宣流布」という未来記を絶対に実現せずにはおかない、という戸田会長の強い宗教的使命感、確信に基づくものであり、学会員に「一閻浮提広宣流布」という未来記の実現を目指すべき「使命」を自覚し深めることを促がす発言と云っていい。
このように、「一閻浮提広宣流布を実現すべき使命」と切り離して「創価学会仏」は語れない。 戸田会長の「創価学会仏」発言は、その「使命」を共有する創価学会の同志に向けられたもの。


■  創価学会の会則は、内部文書ではない。
内部だけでなく一般社会に向けて公表される「創価学会とは、こういうルールに則って運営される団体ですよ」という、云わば創価学会の自己規定を内外共に示す文書だと言える。
信仰を共有する創価学会内部のみならず、共有していない一般社会にも向けられた公式文書。

一方、池田名誉会長が言及した戸田二代会長の「創価学会仏」発言は、信仰を共有する学会内部に向けた発言であって、信仰を共有していない世間一般に向けたものではない。 少なくとも信仰も宗教的使命感も共有していない限り理解を得る事は困難。
現に、週刊ポスト(11/25日号)の中吊り広告で疑問符が付けられている:

【引用】 巨大教団が「仏」になるってどういうこと? 創価学会仏と池田大作“先生”の謎 (週刊ポスト2016年11/25日号・中吊り広告)
  http://www.weeklypost.com/161125jp/index.html

一閻浮提広宣流布を実現すべき使命を共有する創価学会の会員に向けられた「創価学会仏」発言は、あくまでも会員各人が自分の内面の信仰において受け止めるべき発言であって、信仰を共有していない一般世間に向かって広言するべきものではない。

しかも、創価学会内部においても、従来、めったに口にされることはなかった。
島田裕巳氏も週刊ポストの記事でこう述べている:

【引用】 聖教新聞によれば、『創価学会仏』という単語は第二代会長の戸田城聖氏が用いたと説明していますが、これまで創価学会内で重要な用語として扱われた形跡もないため、理解が難しい  (週刊ポスト2016年11/25日号128頁)

いずれにせよ、宗教的使命感を共有する学会内部に向けた発言を、共有していない一般社会にも向けられた公式文書に引用すること自体が不適切であり非常識。


■ そもそも、なぜ原田会長が「宗教的独自性」などと言い出すのか不明。

創価学会がかつて日蓮正宗の信徒団体だった時は、一応、形の上では「宗教的独自性」は創価学会ではなく日蓮正宗宗門にあったと言えるかもしれない。
しかし、それは形の上のことに過ぎなかった。
筆者自身、いわゆる‘たて線’時代の入信以来、折伏を実践した宗門僧侶を一人も見たことは無い。
折伏・弘教をしない大聖人の弟子などあり得ない。
表向きは「僧俗和合」してはいたが、ほとんどの宗門僧侶が、日興遺誡置文の「未だ広宣流布せざる間は身命を捨て随力弘通を致す可き事」(御書全集1618頁)に違背していることは誰の目にも明らかだった。
実質的には、折伏行に邁進する創価学会こそ「日蓮大聖人から日興上人への正統の流れを継承する教団」という「宗教的独自性」を鮮明にしていたと言える。

『人間革命』12巻の、戸田会長が直弟子・池田名誉会長に残した「最後の指導」にこうある:

【引用】 彼(戸田城聖)は、肩で大きく息をしながら、話を続けた。
「・・・戦時中、大聖人の仏法は、外敵によってではなく、臆病で、姑息な、僧侶の保身によって滅ぼされようとした。 ・・・日亨上人も、日昇上人も、また、日淳猊下も、そのことで、本当に苦慮されてきた。・・・そのなかで、厳然と、大聖人の仏法の命脈を保ったのが、牧口先生であり、創価学会なのだ。・・・だから、大聖人の御精神は、本当の信仰は、学会にしかない。・・・宗門は、死身弘法を貫いた学会と、戦後、僧俗和合してきたからこそ、大聖人の仏法を継承できたのだ・・・。もし、学会から離れるならば、・・・大聖人の正義を踏みにじった、謗法の宗でしかなくなってしまう。」
          (『人間革命』12巻「寂光」・聖教文庫版354~355頁)

上にある通り「宗門は、死身弘法を貫いた学会と、戦後、僧俗和合してきたからこそ、大聖人の仏法を継承できた」―― これが、『人間革命』12巻「寂光」を発表した当時の池田名誉会長の認識である。
言い替えれば、戦後、学会と僧俗和合しなかったら 宗門は大聖人の仏法を継承できなかったのであり、その意味でも実質的な「宗教的独自性」は宗門ではなく創価学会にあったことは明らか。

ましてや、「破門通告」を出して自ら創価学会から離れていった今の宗門は、かつての三宝義を改竄し、「貫主(法主)の指南は大聖人の御指南」だの、「‘総じての信心の血脈’に対する‘別しての法体の血脈’」といった御書の文証なき新・邪義を捏造しまくる謗法集団と化している。

したがって、創価学会の「日蓮大聖人から日興上人への正統の流れを継承する唯一の教団」としての「宗教的独自性」は、改めて会則でふれるまでもなく明確になっているはずではないか。(但し創価三代の会長との師弟共戦を踏み外さない限り)
今回の会則改定のように、戸田二代会長の「創価学会仏」発言を引用する必要など全く無かった。

そもそも、日蓮大聖人から日興上人への正統の流れを継承している事を主張して世界広宣流布を目指しているのは、創価学会だけでなく、日蓮正宗宗門も顕正会も同じ。
「宗教的独自性」を明確にしたければ、宗門と顕正会と対論して正邪を明らかにするしかないではないか。
会則をいじりまわして「宗教的独自性」を明確にできる と考えること自体が、安直な心得違いと云う他はない。

要するに、創価学会がかつて日蓮正宗の信徒団体だったという形式上の事実を、原田会長ら執行部自身が、なぜか、コンプレックスとして引き摺っている ――
原田会長ら執行部が、宗門との闘いを避けてきたが故に「魂の独立」が出来ていない ―― ということではないのか?


■  戸田二代会長の「創価学会仏」発言については、信仰の立場からは 様々にとらえることができるだろう。

一方、一般的な立場から云えば、人間が造った組織は現実に「価値」もしくは「反価値」を生み出す働きをすると云える。

例えば、病気の治療は、医師の診察だけでなく、看護師の諸々の処置や血液・レントゲン・CTの検査など、医療組織のチームワークによってなされる。 人間が造った医療組織が、現実に人の病気を治すというプラスの「価値」を生み出す、人助けの働き=菩薩の働きをすることになる。 (反対に医療事故で「反価値」を生み出してしまう場合もあるが・・・)
患者が治癒できた場合、それに関わった医療組織は「薬王菩薩」の働きをしたと言える。
この場合、「薬王菩薩」とは、病気を治す働き・機能を象徴する表現。

同じ様に、「創価学会仏」も、創価学会の組織の広宣流布=民衆救済の働き・機能を象徴する表現と考えることができる。
宿命に悩み苦しむ民衆一人ひとりを仏法に導き、その仏道修行をサポートしていくことは和合僧団の組織がなければ不可能。
更に、文化・教育を通して国と世界の平和(四表の静謐)を実現すること(「立正安国」の実現)も和合僧団の組織がなければ不可能。
こうした、和合僧団であるべき創価学会の組織が果たす 広宣流布=民衆救済という「仏」の働き・機能を象徴する表現が「創価学会仏」であると考えれば、一般世間には理解され易いかもしれない。


■  ともあれ、一旦 広まった言葉は独り歩きをする。

戸田会長の「創価学会仏」も、今回、会則で不適切に引用されたことにより、信仰を共有しない世間に広まるにつれて、発言者・戸田会長の意図と全くかけ離れた受け取られ方をされていく事は避けられないだろう。

上に紹介した週刊ポストの広告にも「巨大教団が「仏」になるってどういうこと?」とあったように、釈尊や日蓮といった「人」ではなく 教団の組織そのものを「仏」と見なすことが、一般世間から見れば 組織自体を擬人化するかのような、不可解で奇異な印象を与えるだろう。

島田裕巳氏は週刊ポストの記事でこう述べている:

【引用】 そもそも仏とは、釈迦のように真理を悟った者のことです。 『創価学会仏』という概念は宗教団体自体が仏になるということだと思われますが、人間でないものが悟りを得て仏になるということは、一般的な仏教の解釈では聞いたことがありません。    (週刊ポスト2016年11/25日号128頁)

問題は、島田氏が 宗教団体自体のような「人間でないものが悟りを得て仏になるということは、一般的な仏教の解釈では聞いたことがありません」と述べているように、外部の目には「一般的な仏教の解釈として理解困難」とされがちなこと。

その結果、「創価学会仏」発言が、創価学会と海外のSGIを「カルト認定」したり「カルト呼ばわり」することの格好の「根拠」となる可能性が出てくる。

その場合、批判の矛先は、会則における不適切な引用を行った原田会長らに対してではなく、戸田会長と池田名誉会長に向けられることになるのだ。


■ 組織の「自己目的化 ―物神化―」の惧れ

政治学者の丸山真男氏は、「制度の自己目的化 ―物神化― 」ということについて こう述べている:

「民主主義というものは、人民が本来 制度の自己目的化 ―物神化― を不断に警戒し、制度の現実の働き方を絶えず監視し批判する姿勢によって、はじめて生きたものとなり得るのです。 … つまり自由と同じように民主主義も、不断の民主化によって辛うじて民主主義でありうるような、そうした性格を本質的にもっています。」
(丸山真男『「である」ことと「する」こと』・岩波新書『日本の思想』所収)

この「制度の自己目的化 ―物神化― 」ということで言えば、創価学会会則における「創価学会仏」の引用は、創価学会の組織の「自己目的化 ―物神化―」に拍車をかけるものになるのではないか。
つまり、広宣流布(=民衆救済)の実現という創価学会本来の目的から外れ、創価学会の組織を維持していくこと自体が至上目的になっていく――
本来の目的である広宣流布のために、民衆の要求や時代の変化に応じて組織を改革することが凡そ不可能になっていく――
具体的には、本部執行部など 組織上の既得権を持つ者が、自分たちの保身のために、改革の動きを抑圧する大義名分として「創価学会仏」発言を利用する ―― 等々

また、組織自体を「仏」のような「神聖」なものとすることで、学会員を「神聖」な組織を維持するための「手段」とみなすようになるのではないか、という危惧も出てくる。 それは、トインビー博士が指摘する「集団力の崇拝」に、国家主義などと同じく全体主義につながる傾向をもたらすのではないか?

昨今の創価学会本部、執行部が、対話を求める学会員に対して対話を拒絶し、問答無用の処分を行っている事実を見ると、既にその傾向が顕われていることを感じざるを得ない。


 

師弟不二アーカイブより 【会則珍問答⑩】

 投稿者:プロジェクトX  投稿日:2016年11月23日(水)12時14分8秒
  (投稿者:ヨッシー 投稿日:2015年 3月 2日(月)12時07分4秒)


A: ♪とくべつなきょーうぎーをあーなたーにーあーげるー、ややこしいんだからー♪

B: 師匠、ご機嫌ですねー。

A: な、なんだお前か! おどかすなよ!

B: すいません。

A: お前さんの顔見ると、何かやな予感がするんだよなー。

B: そんなー、、、


A: 今日はどうした。

B: 今回の発表で、「電源と端子という関係は独善的だ」と言っているんですが、、、

A: その通りじゃ。それがどーした。


B: はい、でもよく考えますと、「電源と端子の関係」というのと、一方的な「認定と非認定の関係」と、
本当はどっちが独善的かなーと比べますと、、、

A: お前なー、ややこしい話を余計にややこしくするんじゃないよー!

B: いえいえ、至って単純な話でございまして、、、


A: 会長も言うとるだろう、「これで教団の宗教的独自性がより明確になった」と、この「認定力」こそ独自性なのじゃー!

B:たしかに、日蓮大聖人の御真筆本尊をすべて受持の対象にはしないという立場をとるのは創価学会だけですからね。


A:そうじゃ、すごいだろ、認定独一本門の独自性は!! 他のどの教団も真似できんじゃろ!!

B:でも、せっかく大聖人がわれわれ末代幼稚の頸に懸けようとしてくださったのに、いらないと断るのですから、変わり者と言われてもしかたがないですね。これでは大聖人直結の看板が泣きますね。


A:では、おまえはもとのままのほうがよかったというのか?

B:大聖人直結を標榜するなら、元のほうがいいと思います。一閻浮提総与の大御本尊のみを受持の対象とし、他の御真筆本尊は一機一縁だから拝まないとしてきた今までのほうが、大聖人直結の説得力がありますね。


A:では、おまえは学会としての独自性はどうでもよいのか。日蓮正宗や顕正会、正信会などの似たところがあってもいいのか。


B:お言葉を返すようですが、師匠、仏法において大事なのは「独自性」より「正統性」だとおもうんです。
今回の会則改定で「正統性」がより鮮明になったのならうれしいのですが、逆に身延に似てきたなんて言われていますし・・・。

それに、大御本尊信仰を捨てても、日寛や日昇など大石寺歴代の本尊を拝んでいる以上、日蓮正宗や顕正会、正信会との類似性は否定できませんしね。


A:あっ、あー、またお腹が痛くなってきた、
ワシ、ちょっくら医者行ってくるから。んじゃ。

B: しっ、師匠! 大丈夫ですか?、師匠!、待ってくださーい、、、

(つづく)

http://sgi-shiteifuni.com/?p=429
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★師弟不二ARCHIVE★
http://sgi-shiteifuni.com/
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怪鳥さまのクリアファイル

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年11月23日(水)11時29分5秒
  怪鳥さまの記念グッズw
南米訪問記念や東南アジア訪問記念もあるのかなw

http://6027.teacup.com/situation/bbs/55479
 

東海村の真実

 投稿者:生涯広布 & 広布一筋(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年11月23日(水)10時38分19秒
  閲覧注意

https://www.youtube.com/watch?v=0iHLJQTygkI 東海村の真実
 

「信濃藩家中見聞」 その七

 投稿者:ヨッシー  投稿日:2016年11月23日(水)09時55分46秒
  其の七

(頼ちゃん、頼ちゃんよー)

頼綱「おっ、その声は、第六天の、」

(どうだい、うまいこと運んでるかい?)

頼綱「拙者にぬかりはないわい。皆行の守にはしっかり焚きつけといたしな」

(そうかい。だが隠居には気を付けな、奴はお前さんの御禁制西洋絵巻を使った銭洗の仕掛けまで見抜いているぜ)

頼綱「なあに、それももう手は打った。絵巻の処理の相手は外国の宮家だ。こんどは幕府の隠密や勘定奉行だって手は出せんわい」

(さすがだねー)

頼綱「それより、、、、」

(なんだい、なにか心配事でもあんのか)

頼綱「うむー、城代の腹がどうも決まらん。まだ迷いがあるようだ」

(なーに心配いらねーよ。俺の方からもくすぐってるからな。もうひと押しさ)

頼綱「城代は事務方あがりだからどうも腰が引けてるところがある。前回の丸衆峠の戦の時も前大老の秋谷を引っ張り出して頼っていたくらいだ。おかげで前大老がまた復権しはじめてるぞ」

(いいじゃねーか。前大老はオヌシや原田城代以上に殿が嫌いだ。だから今度の藩乗っ取り作戦にはもってこいの男だよ)

頼綱「なるほど。確かにな。だが城代の腹をバチッと決めさせる妙手はないのか」

(あるぜ)

頼綱「なんと、早く申せ」

(城代にだな、正木八百の守がご城代の失脚を画策してると入れ込むのよ)

頼綱「それは本当か?」

(馬鹿だのー、真っ正直で真面目しか取り柄のない八百の守にそんな芸当ができるものか)

頼綱「しからばいかに吹き込むのだ?」

(知っての通り八百の守は殿一筋の男だ。同じように奴の家中はそういう輩が多い。最近その連中の一部が現体制に不満を募らせている。殿さまが表に出なくなってからそれが一層大きくなっているだろ)

頼綱「そのことは拙者も聞いてはいるが」

(だろ、だからさ、その連中を焚きつけてんのは実は八百の守だと城代に触れ込むのよ)

頼綱「なるほど」

(しかもこのままでは、殿さまが目を瞑った後に当代に就くのは八百の守だぜ。そうなりゃアンタの皆行の守による傀儡計画も水の泡さ。だからさ、)

頼綱「そうか、一石二鳥ってわけだな」

(やっとわかったかい。こいつを仕掛けりゃ城代の腹はきまるよ)

頼綱「よし、早速進めよう」

(つづく)


※これまでの投稿はこちらを。
壱の巻
其の壱 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60044
其の弐 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60103
其の参 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60162
其の四 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60211
其の五 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60303
其の六 http://6027.teacup.com/situation/bbs/60353
 

一献歌

 投稿者:ただ一言  投稿日:2016年11月23日(水)09時49分15秒
  先日も書きましたが‥
昭和54年の会長辞任後。先生は一人、師匠戸田先生を偲びつつ会員を守るために反転攻勢を期していた。その頃に大変に好まれ聞かれていた歌がある。それが、一献歌(いっこんか)。後日、随筆でも紹介される。

西南戦争の末期。西郷を師とした中津隊をうたった歌。敗戦必然の中、師との誓いの為に決起する。そこには「負けがわかっていても、師匠との誓いは守る」との誓願があった。戦い前夜別れの酒を酌み交わす惜別の場面を歌う。

男じゃないか胸を張れ
万策尽きて破るとも
天あり 地あり 師匠あり‥

私たちには師匠がいる。誓いがある。それだけでいいではないか!  彼らの心意気が伝わってくる。

昭和54年問題。会長辞任で万策尽きて敗れたかに見えた。しかし、先生は戸田先生を胸に、一人反転攻勢の狼煙を上げられた。師との誓いのため、会員を守るため。そして池田先生は勝つことができた。この歴史は永遠に残さないといけない。

今はどうか?
師匠がいる。誓いがある。
今、大切な時である。


 

二十一世紀への対話6

 投稿者:まなこ  投稿日:2016年11月23日(水)09時03分4秒
  【池田】 社会に規範がなかったならば、それはもはや人間の社会とはいえません。動物の社会にさえ劣るものでしょう。ある程度の精神的機能をもつ動物は、必ず何らかの行動規範をもっています。猿の集団を観察したある学者は、そこに食事の順序や性関係を規制する規範が厳然と存在することを報告しています。もし人間がすべての規範を放棄するとすれば、それはこうした動物よりも劣ることになります。

【トインビー】 なかんずく、性に関する規範は最も重要なものです。それは性が、人間の本性の動物的側面のうちで、最も深刻な要素をなしているからです。人間の身体にそなわるそれ以外の動物的機能は、すべて一個人の問題にとどまるものです。ところが性関係では、少なくとも二人の人間がその影響を分かち合います。そしてそこに子供の誕生という当然の結果をみるならば、すでにその影響はより多くの人間にも及ぶわけです。
人間はそれぞれ個人をとってみれば、性関係をもたずに生きることもできましょう。修道僧や修道尼はこれを断っています。しかし人類全体となると、性関係なしに存続することはできません。それ以外に繁殖のすべがないからです。
そこで、性関係に規律が加えられることによって、初めて愛が人間生来の性欲の充足にともない、それはまたこの愛によって尊厳性をもち、高められるのです。夫婦の愛、親子の愛は、孔子の教えにあるように、人間の社会性、道徳性の核心をなすものです。
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、またまた「謎の訪問団」デスか~(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2016年11月23日(水)08時50分19秒
  おはようございます。原田怪鳥様、笠貫女史とともにまたまた「謎の訪問団」を引き連れてのタイ国訪問、ご苦労様デス。(笑)

南米に続き、今度はタイ国デスか~(笑)いったい「訪問団」とは何人で、だれが団長ですか~?

「南アジア訪問団」と称するからには、タイ国だけでなく、他にも訪問するんですか~(笑)

「ねえ、ねえ、私ね~、アンコールワットにいってみた~い、おねが~い」なんて甘い声に乗せられてのご旅行デスか~(笑)

ともあれ、原田怪鳥様、この費用もすべて浄財から出ているのは間違いないことでしょう。

であるならば、訪問団の日程、人数、行動をすべて明らかにする義務が怪鳥様にはあるのデス。

明日からの怪鳥様の行動の報道を楽しみにしてま~す。訪問団と称して、いったい何人が写真に写っているのかな~(笑)
 

南米訪問団さん・ツイート人さんへ

 投稿者:サンダーバード  投稿日:2016年11月23日(水)08時42分15秒
  南米訪問団さん、ツイート人さん、御指摘ありがとうございます。
読み間違いと言うより、読んでいませんでした。
うららさん、SaySaySayさんの説明でよくわかりました。

私は言葉たらずでどうにもなりません。

元職員3人はわかっていないところがある(わからなくて当然だと思いますが)。

ツイート人さん紹介ツイートの自制しろと言ってきた奴もわかっていない、きっと「〈政治の次元、イデオロギーの次元の問題で、学会内部を撹乱し、人々の信仰を濁らせ、組織を破壊する行為は、許されない。〉と先生が言っているんだ。おまえの行為は組織破壊なんだよ、公明党が間違ったことするわけないだろ、間違ったことをしたら先生が許すはずないんだよ。」とか言ってんだろと思ったんです。ちょうどこのフレーズを見ていたところだったので。


以下、紙上座談会から抜粋

創立80周年へ 前進と勝利の座談会

<26> 公明党は創立の魂を忘れるな
出席者:秋谷会長、青木理事長、原田稔副理事長、正木副会長、竹内青年部長、佐藤男子部長

謙虚になれ!

秋谷 本当に戸田先生は、先の先まで見抜いておられた。「議員が学会を利用するだけになったら、断じて応援するな!」それはそれは厳しく言い残しておられたことを、私は今もって忘れられない。

青木 昔は議員も皆、戸田先生から厳しく指導をしていただいた。だから議員たちも、支持者の真情を理解できた。ピシッと襟を正せた。真剣になれた。

秋谷 むしろ、議員として思う存分に学会活動できないぶん、信心の指導を受けよう、厳しく言ってもらおうと、謙虚に頭を下げてくるのが本当じゃないか。結局、全部、支持団体の学会を手段にし、奴隷にしようという魂胆だった。その陰謀に失敗したから、裏切ったんだ。

(2006. 8.21. 聖教新聞)

<28> 政治家は誠意を持て
出席者:原田稔副理事長、正木副会長、竹内青年部長、佐藤男子部長、棚野総東京男子部長、森山学生部長

忘恩は畜生以下

佐藤 他党の政治家でも、誠意を持って非礼を心から詫び、悔い改めている。それを、何だ。公明党で議員にさせていただきながら、支持者を裏切った恩知らずども!

森山 竹入! 大橋、竜、藤原!

棚野 どいつもこいつも、今は、どこで何をやっているのやら。誰も知らない(笑い)。

佐藤 あんな連中、誰も知らない。見たこともない。すれ違ったって、誰も分からない(大笑い)。

竹内 連中は、もともと議員になんて到底なれっこない、最低も最低の境遇だった。それを偉大な学会の支持のおかげで、議員をさせていただいたんだ。どれほどの深い、ありがたい大恩か。

(2006. 8.  . 聖教新聞)

抜粋おわり

この紙上座談会を見る限り(切り分)では学会が主人で、公明党議員は奴隷ですね。まあ、母と子ではないですね。で、昔、実際に学会の不祥事の揉み消しに使われてたんですよね。


夕張で先生がぼこぼこにされたと聞きました。リンチを受けたと解釈しましたが、間違っていたら指摘してください。

先生を守るために公明党を利用して何が悪いんだ。
学会を守るために公明党を利用して何が悪いんだ。
このように思っている人いるでしょ。
実際には守るどころか、顔に泥を塗っているように私は思います


〈先生が除名されれば、わかりやすいんですけどね。〉
は言葉を追加すると、
〈創価学会が先生を除名したらわかりやすい、「僕も除名されちゃったよ」と、皆のところに来てくれるでしょう。〉
 

「苦しむ人に妙法を教えたい!」 〝折伏精神″こそ学会の宝 485世帯の折伏 ブラジル広布のお母さん マダレナさんの折伏報告

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月23日(水)07時53分48秒
  1月度の本部幹部会で先生から紹介されたブラジル広布のお母さん、マダレナさんの
折伏報告です。昨年の4月に書かれていた報告です。

「苦しむ人に妙法を教えたい!」
〝折伏精神″こそ学会の宝 485世帯の折伏
ブラジル広布のお母さん マダレナさんの折伏報告

私は1974年に初めて仏法のことを耳にし、1976年の4月に一家6人そろって入会いたしました。
当時、故夫と小さな商売をやっていましたが、借金に追われ、仕事もましに出来ないという状況
でした。さらに、私は血液の循環問題のため、医者から右足を切断しなれければならないとの
報告を受けておりました。

宗教に対して不信を抱いておりましたが、紹介者のエリオ・ペドロザさんに心を動かされ、
“とにかくやってみよう”ということで入会しました。御本尊に初めて祈った時,
「足を切断せずにすめば,生涯仏法を持(たも)ち,命のある限り弘教に励む」と誓いました。

入会以来、「困っている人たちに南無妙法蓮華経を伝える縁となることが出来ますように、
成仏出来ますように、広宣流布が達成されますように」と祈り続けています。
毎朝の勤行において、先生と大聖人に感謝を申し上げ、「困っている人と出会わせてください。
その人の苦しみを取り除いてあげることができますように」と1時間の唱題をしています。

幸せになるために一番必要なものは勇気であると学びました。そして自分の幸せの責任は自分に
あると仏法は説いております。その故、広宣流布のために戦えることができるように健康で
ありたいと決意しております。

今まで470の弘教を実らせることができましたが、決してうぬぼれておりません。
自分の可能性を信じ、誰も差別せず、御本尊第一にと心がけております。
はじめの頃は仏法のことは何も知りませんでしたが、私の情熱があまりであったため、
弘教を実らせることができました。

あなたは幸せですか? と聞き、もし「幸せです」との答えが返ってきたとしても、
「もっと幸せになれますよ」と言って、私の名前、電話番号と南無妙法蓮華経の意味を書いた
紙を渡します。しかし、最も目にするのは、苦しみにあふれている人たちです。
だから私は時と場所を選ばず仏法の話をします。

難もいっぱいありました。1995年には37歳の息子を失い、1999年には主人が亡くなりました。
しかし、いかなる時にでも活動を遠ざかったことはありませんでした。全力を尽くして地区の
皆様のために頑張っております。私が常に口にすることは「折伏の対象者は、我が子のようで
ある。常に甘えたがったり、気を引こうとしている」です。

戸田先生の「人々の苦しみを取り除きたい」との願いを胸に秘め、同じ責任感で人々を幸せに
してまいります。現在、72歳ですが、元気いっぱいで「最後まで大聖人の仰せの通り、広宣
流布の為に尽くすことが出来る人こそ、真の勝利者である。また大聖人は、その人達は若返る
と仰せである」とのご指導を実践しております。

現在、功徳にあふれ、とても幸せです。足を切断しなくて済んだことに対しての感謝の気持ち
は死ぬまで忘れません。書籍が届く度に、先生を我が家にお迎えしているようで、喜びいっぱ
いです。自分はブラジルの大地で先生の平和のメッセージを伝える使徒となることを決意して
おります。もう一つの喜びは一家全員が信心し、功徳をいっぱい頂いているということです。

故夫、息子達と嫁達を合わせて224世帯の弘教をしております。
2005年の5月3日までに家族で千世帯の折伏を実行するという偉大な目的を持っております。
「希望のある限り若く」とのご指導をそのまま感じ、この決意で折伏してまいります。
今世において先生にお会いし、南無妙法蓮華経と出あい、持(たも)つことが出来たことを
感謝申し上げたいと願っております。

先生、奥様、故夫の晩年の願いは一家そろって来日し、先生にお会いすることでした。
故夫は、この願いを叶(かな)えることが出来ずに亡くなり、現在では家族も少し小さくなりま
した。先生、私は72歳ですけど、とても健康です。身体検査した結果、医者からは旅行しても
一切問題ないとのことです。お会いしに行くことを決心しております。故夫も喜ぶことと思います。

奥様、私のこの気持ちを理解して頂けると思います。ですから、渉外部員である息子のエン
ヒッケ・ランジ、また同グループのナザレ・ソリノ、ジェアネ・マシャドたちと一緒に本年
9月、お会いしに行くことを決意しております。お会いできることを祈っております。先生、
奥様、大変ありがとうございます。

ブラジルSGI、リオ圏、コンスタンテ・ハモス地区、地区指導員 マダレナ・ナデル・ランジ
2001年4月17日
 

わが友に贈る 2016年11月23日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年11月23日(水)07時39分14秒
  近隣との絆が強いほど
安心と希望が広がる。
爽やかな挨拶と笑顔で
皆の心を結びゆこう!
地域を照らす灯台たれ!
 

本日の聖教新聞

 投稿者:匿名希望  投稿日:2016年11月23日(水)07時35分41秒
  聖教新聞、
原田会長含む南アジア訪問団(笠貫さんだけ?)が、タイに訪問したとのこと。

今度はタイですか。と思ってしまいました。

原田さん、笠貫さんと観光するんではなくて、しっかりタイの方々を激励して行ってください。
 

現場から見える風景はちょっと違うものである。

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年11月23日(水)02時19分10秒
  1999年9月30日、東海村のJCO核燃料施設で臨界事故が発生、

・・・とされている。不可解な点があるけれど、ともかく、wikiにもそう書かれている。

私は、当時、機械のメンテナンスという仕事上、ほうぼう車で回っていました。

当時の出来事が忘れられず、細かく覚えているのは、各所でいろんな証言を聞いたからです。



たとえば、あの日は、蒸し暑いのに埃を巻き上げて突風が吹き荒れていました。

事故の後から、事故地点から一定距離に住む人は、エアコンをかけると外気を取り込むので使っ

てはいけないとされただけでなく、外出が禁じられていました、

それで、学校や会社から、一時的に動けなくなった人もいます。



職場を首になりかけた人もいます。

役所のアナウンスを守って外出せず、職場にも伝えたのに、

後で、「出勤しなかったのは君だけだ」と上司に言われ、職場で突然孤立。



通りの木々の葉が、一斉に落ちて丸ボウズになり、無気味だった。



風評被害でキュウリ・芋など売れず、他県のJAダンボール箱に入れて出荷。等々、等々。


こんなふうに現場から見える風景は、報道されているものとちょっと違ってたりするのです。



三人の元職さんの告発は、いうなれば本部という「現場」から、現場ならでは見える風景であり

見ざる聞かざる言わざるの人も、そろそろ事実を知り、それを直視すべきではないでしょうか。










 

官僚主義組織がもたらす危機的な人災

 投稿者:ひかり(正義の師子同盟)  投稿日:2016年11月23日(水)01時10分13秒
編集済
  こんばんは~


昨朝の地震・津波。

すわ大災害?とテレビニュースにかじりつきましたよ。

といっても、石川県内にいましたが。



21日の朝も、変な地震がありました。

突風が細かく窓をたたいて行ったような揺れ。

福島小名浜沖に近い、茨城県北が震源でしたね。



それで、思い出した事があるんです。

福一原発事故当時のこと。



3・11のあの日、近所の本屋さん(地元の碩学の一人)である伊藤さんは、たまたま福島第

二(一ではない)原発に教育委員会の視察に行ってました。



原子炉モデルの所で、職員の説明を聞いていたら、その場所の壁時計が20分くらい遅れていた

んですって。

伊藤さんが「遅れてるよ」と指摘したら、

職員「はい、ずっとそうなんです」

伊藤さん「そうなんですって、あんた、時計も直さないなんて、ここはどういうところなんだ」



何人もから、職員の「業務へのゆるんだ態度」を問題視・不安視する意見が出たんだそうです。

すると、職員「上に聞いて、直すようにします」


この2時間後に、あの東日本大震災。

伊藤さん達一行のバスは、帰路、常磐高速の上がり口で、超渋滞にはまったまま身動きできず。

だんだんに渋滞列の後ろからほぐれてきて、ようやくバックで常磐高速を降り、

大きく迂回して山道を抜け、帰宅したのが翌日の深夜。

その間、いつ大爆発が起きるか、こりゃ死んでもしかたないわと観念する状況に置かれたと。


そして、帰宅翌日に伊藤さんと私は立ち話、「官僚主義であそこはもう駄目だ」

この言葉が耳朶を離れず。

ほどなく、福一の大爆発。

南相馬の親戚(津波で漁船と家を失いました)の話では「爆音と、空気振動がすごかった」

なぜか、報道では、音を抜いてましたね。・・・すごかったんですって。



ひるがえって現執行部の体たらく、似ています。私はそう思います。

組織が大変なことになっている。それを、自分達でしでかしている。

広布破壊の大悪逆である。

しかし、「学会と公明党は大丈夫、間違いない」

原発事故も、当初「福一はメルトダウンしていない」



東海村JCOの臨界事故って、覚えてますか?

あの時も、当初テレビで、ただの希望的推測を言い、上級職員がひきつり笑いなんかして、

深刻な現状を過小報道したんです。

この事故もいまだに謎が多いんです。

私、3・11のあと、民間の調査視察団(原発事故を広く検証しようという趣旨の)に加わり、

JCOについても見てきました。


このJCO事故の時、偶然ですが、仕事で事故現場から2キロくらいの企業に来ていたんです。

精密機械のメンテナンスでね。


以来いつも変だと思っていたのが、JCO事故の起きた時点からしか問題にしていないこと。

何人も、見てるんですよ、実は。

前日、東海駅前にいた、十人くらいの深刻で慌ただしい様子の人々を。

「おかしい、あやしい」と言われているのに、誰もそこを調べないのです。

民間の事故検証の中心者であり、このことで議員にもなった有名なAさんに聞きました。

すると、知らなかったんです。事故前日のことを。

事故の前にさかのぼって調べるべきだったと、不意をつかれたような顔してました。

こっちも、驚きました。そんなこと、知ってるだろうと思ってましたから。



さて、長々書き連ね、何が言いたいかといいますと、大きな事件・事故は、「予想以上に長い

時間経過の中で、おそらくは、官僚主義の密室で大きく育っているのだ」ということです。

そして、事が発覚するとまず「犠牲を隠蔽」「過小報告で欺く」に走るのです。









 

二種類の「永遠の生命」の考察 9/10

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年11月23日(水)00時39分17秒
  それに比べて無始の仏界、九界を説く、又、十界互具を説く法華経では、五陰の働きは、生きているときは顕現しているが、死んでも無くなるわけではなく、冥伏していると説くと思われます。

つまり、個の生命の五陰は一連の継続性をもって、生死、生死と続いていくのではないでしょうか。
しかし、それには、五陰の内のどれかが私達の個の生命の「我の情報ー 宿業」を永遠にはらんでいる必要があります。
私はそれが「識陰」だと思っています。

それを説明する前に、皆さんご存知だとは思いますが、まず五陰世間について少し説明をします。

五陰とは生命を成り立たせる五つの要素のことです。
世間とは、「差異」「差別」のことで、個々の生命の境涯の違いがこの五陰に顕れます。

受陰 - 六根を通して、外界や内面の物事を受け入れる知覚の働き

想陰 - 受け入れたものを心に想い浮かべる働き

行陰 - 知覚し、思い浮かべたものを、行為へと結びつける意思や欲求の働き

色陰 - 生命体を構成する物質。

受陰、想陰、行陰は 意業に関連する働きで
色陰は、現実に体を使って、身、口、の業に関連する働きだと思われます

そして、この個々によって違う独自性のある四つの陰の働きの源となるのが「識陰」です。

識陰、とは、物事を認識、識別する働きです。

教学の基礎 p197には、この「識陰」とは

「九識論でいう「識」とは、生命を構成する要素である五陰(色、受、想、行、識)の一つをさし、
物事を認識する働き、また認識する主体を意味しています。」

とあります。

九識論の中の第八識の宿業の蔵である阿頼耶識(あらやしき)は、無没(永遠に無くならない)という性質を持っています。

ですから阿頼耶識は、第九識である根本浄識の阿摩羅識(あまらしき)と共に生死を超えて永遠です。

そういう意味で、五陰の内の「識陰」とは、九識そのもの、なかんずく、個の宿業をはらむ阿頼耶識(あらやしき)そのものでもあることになります。

つまり、個々の宿業の違いが生命の傾向性となって、物事を認識、識別する違いに顕れ(識陰)、その個々の認識の違いが、他の四つ(受陰、想陰、行陰、色陰)に影響を与えながら、又新たな「身、口、意の三業」をつくっていくのだとは言えないでしょうか。

この様な事から、私の結論として、独自性のある個々の生命は、死して断絶するのではなく、生死を超えて続いていくものだと思っています。

しかし私は、この国の最高幹部の方達から、長年に渡って幾度となくこういう説明を聞いてきました。

「私達が死ぬと五陰の和合がほどかれ、それによって個々の宿業は個々の生命を離れる。
そしてそれは宇宙の中で他の宿業と混ざる。つまり、死後の個の生命というもの、個々に属する宿業というものは存在しない」

>かろうじて、依正不二に通じる「国土世間」は縁起の思想と相まって「全体主義」を目的とする現創価の教学ではウェルカムです。<

友好関係を全面に出している現学会では、依法としての人間関係も、「団結」「和」を最高の価値としています。

何物も、他の存在や環境から孤立しては存在し得ない、という「縁起」の教えさえも、個人の主張をかき消す為に利用されます。

創価仏という孤高な組織の栄光と個人の尊厳は相対化され、全体主義の大きなうねりの中に多くの会員達は埋没してしまいました。
 

二種類の「永遠の生命」の考察 8/10

 投稿者:一人のSGI  投稿日:2016年11月23日(水)00時26分20秒
  >「五陰世間」については、他の仏教並みに「五陰仮和合」を浅く解釈していて、
死においては過去の痕跡をのこすものは何もない、つまり、個人の宿業や「我」は死において宇宙に溶け込む段階で個性を失う、、という解釈です。<


一念三千における三世間の中の「五陰世間」の解釈において、爾前経と法華経では、逆の立場をとっています。

まず五陰仮和合という言葉が仏法の教義にありますが、その中の「仮」という解釈の違いです。

十界互具を説かない爾前経では、五陰はもともとばらばらに存在しているが、「生を受ける時」にそれが「仮」に「和合する」という考え方で、やはり九界の生命を実体視したくない傾向性(厭離断九(おんりだんく))がみられます。

そして、死ぬと又和合がほどかれ、それによって個の生命はなくなる、と説きます。
つまり、個を超越した敷衍的で全体的な部分の方を、生命に対する視点の基点としており、個の生命は派生的な存在と取る見方です。

ちなみに創価学会も、実は長い間、この考え方を踏襲していたものと思われます。

創価学会 東洋哲学研究所の研究

「『仏教は輪廻思想や業報因果論を主張する』という誤解は、かなり広まっている。しかし、真実は逆である。
仏教は、輪廻や業報因果からの解放を説く宗教であった」
「“スッタ・ニパータ”の“アッタカ・ヴァッガ”に伝えられる限りの釈尊の「悟り」とは、本来、「悟りなどはない」という形のものであったのである。
『悟りなどはない』というと、語弊があるかもしれないが、解脱すべき、悟るべき「自己」という考えこそ、我執の最たる者ではないだろうか。
『《実在》視された《自己》こそ《我執》の核に他ならない時、どのような経過で《自己》の《解脱》があったにしても、
《解脱》という名の《我執》の《完成》になる』という山口博士の指摘は、まことに正鵠を射たものといえよう」
(友岡雅弥「『法華経』の宗教性」『東洋学術研究』第34巻第2号 1995年11月)


 

原発輸出推進政党②

 投稿者:感性  投稿日:2016年11月23日(水)00時17分2秒
編集済
  >ベトナム
>原発計画、白紙を正式決定…日本、輸出に打撃
毎日新聞2016年11月22日 19時59分(最終更新 11月22日 20時30分)
以下引用

当初の計画では最初の原発が14年に着工、20年に稼働予定だったが、11年の福島原発事故後、新たな安全対策が必要となり、計画が先送りされ着工に至っていなかった。(共同)
http://mainichi.jp/articles/20161123/k00/00m/030/060000c

これも諸天の計らいか。
そして公明の苦しい是認の言い訳は所詮は無理筋だったことが分かります。
でも党はベトナムの翻意を恨んではいけませんよ。今回の同国の翻意には党として心から感謝しなければなりません。
同国で原発惨事があった折の日本国や公明の責任は世界史上でも計り知れないものになりますから・・・



原発輸出推進政党  投稿者:感性  投稿日:2016年11月12日(土)07時41分10秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/59688

 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年11月22日(火)23時45分9秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
今日は最高についている一日でした
明日も皆様共々最高の日であります様に
おやすみなさい
 

青年部卒業祝いおよび県長就任おめでとう??

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年11月22日(火)23時44分22秒
  T野はん、またかなり?濃いところの新県長w

とにかく、派閥の先輩方幹部にイジメられないように。

題目あげて頑張れ!

ところで元関東長だった西村はん、元気なのかな?
 

河辺メモ再掲

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年11月22日(火)23時23分39秒
  春日部在住の元関東のドン。兄は仏敵竹入元委員長。浅井はいとこです。

平成2年8月29日
尾林・河辺面談

尾林=浅井広昌の話しだが、竹入央迪(副会長)から8月17日深夜(18日PA1時)頃電話があり、9月2日開催の文化祭の件で登山したと前置きして。

1.我々が脱会したら宗門は受け入れてくれるか。

2.池田が北海道指導(7月)で、河辺が学会にスパイを放って、学会内部を探らせている。

以上の話しがあった。

 

同盟題目23時に開始します。

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年11月22日(火)22時55分59秒
  よろしくお願いします。しっかり祈りましょう。

朝の緊急地震速報にびっくりしましたが、皆様無事でしたか?東日本、明日は雪ですか?車も危ないですね。
 

信濃町の人びと 様

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月22日(火)21時31分25秒
  お心遣いありがとうございます。ちょっと最近飛ばし気味でしたね(笑)
仕事も普通で忙しくなかったので投稿用ファイルを打ちだめしてました。
まだ貢献できそうなのでほどほどのペースで投稿させていただきます。
 

アルベア論、あと僅かです!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月22日(火)21時28分52秒
  あと、23件くらいで終了です。
ご質問有る方はお早めにどうぞ\(^o^)/

キモい方はスルーして下さい。
アルベアさんは、『バカ(反板含む創価公達)は、相手にしない!』とはっきり言ってマス!!
 

虹と創価家族さま

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2016年11月22日(火)21時19分50秒
  お心遣い大変ありがとうございます。心にしみます。
体調は大丈夫です。睡眠時間を確保できれば体調は良いです。

過分なお褒めの言葉ありがとうございます、でも大した人材では
ないのですよ。恐縮してしまいます(;^_^A

私なりにいろいろ考えて投稿させてもらっているのですが虹さま
にはすべてお見通しですね(笑)すごいですね!何でわかるんでしょうか?

でも理解して下さる方が一人でもいるとこんなに心強い事はありません!
本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
 

ビンボーな青年部時代、皆、ビンボーだったから拠点やってました(-_-)

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年11月22日(火)21時14分56秒
  学生部時代、男子部時代を通して私は、皆んな大変だったから一軒家借りて拠点をやってました。だから便1先生みたいに、勝負パンツ穿いて裸で鍵も閉めずに、女体捕食の青年部時代を過ごすような世界ではありませんでした。世界平和文化祭の時は、地方から練習駆けつけて来た学生部員十数名を数週間泊めて、仏壇買おうとと貯めていたお金は全て食費に消えました。でもね、良い思い出ですね。先生はよく見ておられました。だから、怠惰な青年部時代をおくった同世代のケダモノを叩くのです!!

↓↓↓

その名は、タ・ニ・ガ・ワ!!??投稿者:蘭夢?
?投稿日:2016年10月29日(土)21時53分28秒? 通報

学生部の話がでたので、昔の話。
ふと、嫌なことを思い出した。
今まで、黙っていたが、374919事件もあるし、本当かも知れない。

ゲスな話なので、心に余裕のない方は、スルーした方が良いかも・・・

その昔、僕が学生の頃。

所属するサークルの先輩から突然、僕は声をかけられた。
その先輩は、普段は、ほとんど顔を見せない、チャライ2人。

そして、突然その先輩は、こう切り出したのだ。
「お前、創価学会ていう宗教やっているんだってな」

少なくとも、その先輩に信心の話をしたことは無いし、どこから僕が学会員であることを知ったのか
ともかくも、何か学会に対する文句か、それとも・・・
緊張感を感じとったのか、先輩は微笑みながら
「いや、何、なんか、やつけてやろうとか、そんなんじゃないんだ。」
「そうじゃなくて、内緒の話。ちょっと本当のことを、さぁ、俺たちも混ぜて欲しいんだよ」
馴れ馴れしく、僕の肩に手をまわしながら、その先輩は語った。

そして、僕は、この先輩から耳を疑うことを聞かされる羽目になる。

ここから先は、過去の話でもあるし、記憶が不鮮明なところもあるため
極力、脚色なしに、箇条書きにします。

・先輩は、ある噂で、学会に入ると、非常においしい話にありつけるということを聞きつけた。
・その、おいしい話とは、女性と仲良くなれる。もっと具体的には、やりたい放題という話。
・なんとしても、そのおいしい話にありつきたいと、学会員をさがしたところ
 同じサークルにいる僕にたどり着いたということ
・そして、先輩は、僕が秘密を隠していると疑い、何とか秘密のおいしい話の情報を聞き出そうとした。
・僕は、知らない。そんなものはデマだ。嘘だと強情なため、
??先輩は、ここまで知っているんだと、僕にとっておきの話を語りだした。

噂の根拠となる話。

その時、彼ら3人はAという人物との約束があり、Aの住む家を訪ねた。
ところが、何度呼び鈴を押しても本人は、出てこない。
鍵は開いていたので、3人は、扉を開けて玄関内に、
そこへ、慌てて、パンツ1枚のAが出てきた。
なんだ、お前らは、何しに来たんだ。
3人は、約束の事を話すと、Aは、今は忙しいと、3人を強引に玄関の外に追い出した。
だが、3人は、奥の部屋、ベッドの布団の中から、はみ出している脚をしっかりと見ていた。
3人は、あれって、やっぱり女の足だよな、やりまくっている噂は、本当だったか・・・・・。

Aは、ある時、酒の勢いか、こんなことを豪語していたらしい。
「俺は、将来、会長になる男だ。その為の布石は全部、打ってあるんだ。」
「先生、先生って、言ってればいいんだ。周りはバカなやつばかりだ。簡単だ、すぐに上に上がれる。」
「信心している女は、だましやすいんだ、先生、先生、といっていれば、簡単に信用してくれる。」

ゲスの極みだ。

女とやれるから信心やらないか、俺の仲間にならないか、などと、どんな勧誘だ。そんなゲスな奴など、いてたまるか。

これは、学会に対する言われなき根拠なき中傷だ。

僕は、自分が知る男子部の先輩の姿など、学会は、そんな話とは無縁であると訴えた。

先輩は、流石に、やはり嘘だったのかと・・・。だが、どうしても諦めきれないようで、

そして、

「思い出した。そう、Aの名前だ。そうだ、タ、ニ、ガ、ワ、だ。」
「タニガワとかいう幹部おるやろ、そいつや。」

僕は、きっぱり。
「そんな、人間は知らない。そんなゲスな幹部がいるわけないだろう。」

先輩は、夢破れて去っていった。

ちなみに、後で、あれ、そういえば、谷川・・・・はははっ、間違い間違い人違い。

ただ、そんな噂が出てしまうような状態とは、いかなるものなのか
そのように誤解されるような話が本当に無いのか
当時は、そのことで、何か違和感を感じていた。

そして、その時、同席していた、友人(僕が学生の時、本流した友人)と話した。
もしかして、先輩の話がまったく嘘ではなく、何かあったとしても

ただ、言えることとして、そんな奴は絶対に途中で排除されるに違いない。
そして、万が一、そんな奴が会長になったら。
学会も終わりだが、世界が終わる時だろう。
友人と二人して、想像して寒気に鳥肌がたった。

その名はタニガワ。忘れられないゲスな男の名前。
↑↑↑
 

還使遣告!

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年11月22日(火)21時14分20秒
  誰か私を呼んだ?さん


>ついでに、もし僧宝なら、なぜ敢えて「仏」を名乗るのか?、とか、
そこに釈尊(仏宝)から上行へ(僧宝→下種の仏宝へ)のような、
教主交代の思想があるのかないのか?、さらに、会長が、三代を承継することを、還使遣告と観るのか、など、(投稿者:誰か私を呼んだ?   投稿日:2016年11月21日(月)01時53分2秒)<

http://6027.teacup.com/situation/bbs/60278

 還使遣告(けんしげんごう)ですか……。

 捃拾遺嘱(くんじゅういぞく)と合わせて、鳩摩羅什の真骨頂ですね。なぜ、鳩摩羅什は神力品(第21)、嘱累品(第22)を不軽品(第20)の後にもってきたか。古訳の法華経(竺法護)、新訳の法華経(闍那崛多ら=開結10㌻あたり)と比べて特筆すべきところです。やはり「教主交代」の意味でしょうか……。

 

しかし、本部、多すぎ。

 投稿者:大阪の地区ブチョ?、メール  投稿日:2016年11月22日(火)20時46分14秒
  いくら信心強情すぎて第六天の魔王を呼び起こすとしてもです。
二人三人でしたらかわいいが、10数人ですか?
いやもっと多いかもしれません。
あまりにも魔王多すぎでしょう。
仏が一人もいてないとは、いったいどういう訳ですか?


 

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