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日本には文武両道がない!? スポーツ選手の「セカンドキャリア」について考える

nikkei BPnet 11/21(月) 9:52配信

 アメリカ人の野球選手と、現在・過去・未来などのキャリアについて雑談をしていると、「I am on borrowed time」というフレーズを聞くことがしばしばあります。

 borrowed timeを 直訳すれば「借りてきた時間」で、英和辞典を引くと、「わずかな時間」、「天から与えられた時間」と訳されています。つまり、野球は、天からの贈り物、束の間の楽しい時間であるということで、彼らに「野球にすべてを賭ける」とか「野球は人生だ」という考えはありません。

 なぜと問うと、たいてい「結果としてそうなるヒトはいるけれど、そうなることに賭けるほど、わたしはおめでたくない」という趣旨の返答。

 前回も記した通り、プロ野球の選手寿命は平均9年に満たない。実際、プロ野球選手の圧倒的大多数は30歳を前に、新たな道に歩み出すことになるのが普通ですから、これは特にアメリカ人らしい合理的な考え方というよりも、客観的にみれば常識的な考え方と言っていいでしょう。

 ところが、日本では、その道一筋、一つのことに集中するのが素晴らしい、という考えが今も野球に限らず、スポーツの世界では根強く、この割り切りに罪悪を感じる向きが強いのです。「一意専心」なんていう、その道一筋を美徳とする言葉もあったりして。

 しかし、その時は来ます。そこで、悲しみ、喪失感、孤独、不安と、一方で、自分は特別な人間なのだという思いもありますから、新たな世界で、学び、成長し、階段をのぼっていくことに踏み出すことができない。

 スポーツの世界において培い、発揮してきた、より良くなるための工夫と努力をする能力、それを粘り強く継続する能力、いずれも、どの世界においても、最も重要なスキルであり、つまり、成功する要素は持ち合わせているのにも関わらず、です。

 もちろん、その道で磨いた匠の技あるいはその余禄をもって、充実した一生を過ごすことができればいいですが、日本のスポーツのなかで、市場規模が最も大きいプロ野球においても、毎年100人超誕生するプロ野球選手のなかで、1人いればいいほう。

 野球のような契約金や年俸が貰えない他のプロスポーツやアマチュア競技は、その時のために準備をしなければいけないのは、はなから分かっているものの、日本代表クラスの選手ともなると、その道一筋の美徳は、野球に負けず劣らずです。

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最終更新:11/21(月) 10:21

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